033.クロケットにはケチャップも合いますよ
予想通り二日酔いになって、食堂のテーブルに突っ伏しているラズロさん。
タマネギスープは食べられたみたいだけど、それでもまだ辛そう。そんなラズロさんの頭を、マグロの二又のしっぽがパシパシと叩いてる。
どうも、連れて行かなかった事を怒ってるみたい。
パフィもお酒、大好きだからね。
僕はひたすら茹でたジャガイモを潰している。クロケットを作る為に。
帰りにレシピを書いたメモをザックさんからもらったんだけど、そこに、刻んで炒めておいたタマネギを、茹でたジャガイモに混ぜると旨い、肉も入ると更に旨い、と書いてあった。
肉はひき肉にして、タマネギのみじん切りと炒めてボウルに入れて冷ましているところ。
一人での作業だからちょっと時間がかかるけど、お昼の少し前からクロケットを揚げれば良いから、間に合うと思う。
ザックさんの言う変わり種のマヨネーズは、ジャガイモのクロケットには合わなさそうだけど、僕も別の料理で使ってみたいな。今日のクロケット用には、ザックさんにお土産だともらったケチャップ。
トマトの酸味と甘味がする美味しいケチャップだったから、クロケットはちょっと濃いめの味付けにするんだ。
『まったく……』
ラズロさんの頭をしっぽで叩くのに飽きたのか、パフィがやって来た。
『クロケットか?』
「うん。タマネギとひき肉も入るから、パフィ好みのクロケットになると思うから、楽しみにしててね」
『たっぷりだぞ?』
「分かってるよ」
茹で上がって粗く潰し終えたジャガイモに、炒めたひき肉とタマネギを加えた。
塩と胡椒を加えて、よくかき混ぜる。かき混ざったらそれを僕の片手で掴んだぐらいに分けて並べていく。
「あーーーー……悪ぃ、本当にスマン」
げっそりした顔のラズロさんが厨房にやって来た。
まだ顔色おかしいけど。大丈夫なのかな。
勢いよく両手で頰をバチンバチン、と叩くと、せっけんで念入りに手を洗って僕の横に立つ。頰が真っ赤で痛そうだけど、それには触れちゃいけないんだろうな。
「クロケットか? タマネギとひき肉が入ってんのか。旨そうだな。……食えそうにないけど」
最後のひと言に思わず笑ってしまった。
「イースタンから、他の国で食ったクロケットの話を聞いたんだけどな、ジャガイモの周りに、粉を付けてから卵を付けるより、良いやり方があるらしいぞ」
「良いやり方ですか?」
そうだ、とラズロさんが頷く。
「粉と水と卵を最初から混ぜておくんだと。そこにパン粉を付けたほうがキレイにつくんだってよ」
「へぇーっ! やってみたいです」
「おぅよ。ちょっと粉取ってくるわ」
いつもは形を整えたジャガイモ種を粉でまぶしてから溶き卵にくぐらせて、パン粉をまぶす。粉と卵を混ぜておくのだと、手順も減って作りやすくなるなぁ。
ラズロさんに教えてもらった通り、とき卵に粉と水を加えてよくかき混ぜてから、ジャガイモ種につけた。その後にパン粉を付ける。
「いつもよりパン粉がキレイにくっついてる気がします!」
これなら、僕が液体に付けて、ラズロさんがパン粉を付ける、ってやれそう!
「おぅ。いつもよりまんべんなくパン粉が付いてる感じするわ」
作業工程が一つ減ったから、キャベツの千切りも焦らずに作れた。
「タマネギの酢漬けも添えるか?」
「はい。タマネギも余ってますからね」
フルールにあげたりもしてるけど、さすがに荷台いっぱいに乗ったタマネギはすぐには減らない。
そう言った野菜はどんどんザックさんからもらった白ワインビネガーに漬けておく。そうしておけば日持ちもするし、品数も増えるから、みんなにも好評だったりする。
「香辛料がもう少し安くなんねぇかなぁ」
はぁ、とラズロさんがため息を吐く。
「あ、そうだ。ナインさんが香辛料をダンジョンで育てたらどうかって言ってました」
「育てられんのか!?」
興奮するラズロさん。
「出来るんじゃないか、ってナインさんは言ってたけど、分からないです」
『いけるだろう』
すっかり寛いでるパフィがしっぽを揺らしながら言った。
『あの記憶持ち、なかなかに良い提案をするではないか。
香辛料だけでなく薬草も育てれば料理の幅も広がるな』
にやり、と笑うパフィ。
みんなの為じゃなく、自分の為だろうなぁ、きっと。
でも、香辛料や薬草があれば、確かに色んな味の料理が作れそうだよね。
王都の周りは平地が多いから、山でしか採れないような薬草があったら、色々と良いとは思う。
『これで飲み放題だな』
……やっぱり。
クロケットにケチャップをかけて、キャベツの千切りとタマネギの酢漬けを乗せた昼食は、みんなに大好評だった。
「最近、食堂に来てくれる人、増えてますよね?」
皿を洗いながら聞いた。うんうん、と頷くラズロさん。
上級官の人たちがこっちの食堂を利用する回数が増えたんだよね。服装が違うからすぐに分かる。
少し量を増やした方が良いのかも知れない。売り切れになって、食べられない人が出たら申し訳ないから。
「今日で三日目だな」
皿に視線を落としたまま、ラズロさんが言った。思わず固まってしまったけれど、ラズロさんの方を見ずにそうですね、と答えた。
ダンジョンに第二王子派と思われる人達が忍び込もうとしてから今日で三日。
入り口の砂に描いた絵は毎日ぐちゃぐちゃになってた。
パフィは三日ぐらいしたら、入れるようにしろと言っていた。
「お邪魔します」
あまり大きくない声がして、顔を上げるとティール様だった。いつも通りのボサボサの頭で、昨日も寮に帰ってないんだな、って事がよく分かる見た目だった。
ノエルさんに怒られてから、毎晩お風呂には入りに来ているし、夕食も食堂で食べているからか、初めて会った時に比べると血色が良くなった気がする。
「なんだおまえ、また昨日帰ってねぇのか」
カウンターに腰掛けたティールさんへのラズロさんの第一声は、幼馴染という間柄もあってか、容赦ない。
「ナインがいるので、二日に一度は帰っています」
誇らしげに言うティールさんに、ラズロさんの厳しい口調は続く。
「当たり前なんだよ、馬鹿。何を偉っそうに言ってんだ。って言うかナインも二日に一度しか寮に帰してないのか?」
ラズロさんの低い声に、ティール様は両手を胸の前で振って否定する。
「いえっ、ちゃんとナインは毎日寮に帰らせてから、研究室に戻ってます! 二日に一度はちゃんと寝てます!」
「おまえにしては比較的まともな生活送ってんじゃねぇか」
ラズロさんがそれを言うのは、ちょっとどうなんだろうな。こう言っては何だけど、ラズロさんてば、立派な飲んだくれだし。
ちら、とラズロさんの方を見たら、ラズロさんも自分で言ってて思うところがあったのか、気まずそうな顔をしていた。ノエルさんがいたら間違いなく、指摘されていたと思う。
「それで、どうした? 昼飯でも食いに来たのか?」
「いえ、ご報告に上がったんですよ」
報告?と、ラズロさんが怪訝な顔をする。
はい、とティール様は頷いた。
「魔女様からのご命令で、術符をあちらに渡す事になっておりまして」
そう言ってポケットから術符を取り出す。
僕にはなんの事やらさっぱり分からない難しい文字が書かれてる。
「んだ、コレ?」
「結界を破る術式を施した符、ですねー」
のんびりした口調で話すティール様には、なんて言うのか、緊張感がない。僕もあんまりないんだけど。
「まぁ、ナインから、この程度の術式でダンジョンの制約は破れないと言われているんですが、あちら側には分かりませんから」
へらっという言葉がぴったりくるような、軽い笑いを浮かべるティール様。
「これをアイツらに渡すと、アイツらはこれでダンジョンに入れると思い込んで中に入り、ダンジョン蜂にやられるって寸法だな?」
そうですそうです、とティール様は答える。
「ご笑納下さい」
「ありがとうございます。後で、ダンジョンに行ってきますね」
はい、と答えると、丁寧にお辞儀してティール様は食堂を出て行った。
「ティール様って、変わってますよね」
「……否定しない」
ダンジョンに入る。
ティール様が作ってくれた術符のおかげで、魔力が充満してる。
『この階層も、下の階層も、魔力は十分だな』
後ろからパフィの声がした。ついて来てくれたみたい。
「ねぇ、パフィ、アマーリアーナ様が言ってた魔力の結晶って、どうやって作るの?」
すっかり忘れていたけど、アマーリアーナ様、怒ってたりしないかな。
『あれは作るものではない』
でも、アマーリアーナ様は僕に作って欲しいって言ってたような……。
『ダンジョンは魔素だけでも作成されるものだ。だがその場合の階層は浅い。
クロウリーやおまえのようなダンジョンメーカーは魔素の集合体である魔力でもってダンジョンを作る。自然に集まった魔力によって作られたダンジョンもある事にはある。
魔力は魔物を強くする。力を求めて魔物はダンジョンに入り込むのだ』
だからメルの毛艶が良くなってるのかな? メルも強くなるの?
『おまえの牛は強くなっても限度がある。安心しろ』
メルが強くなって荒々しくなったらどうして良いか分からないから、安心した。
『さっきも言ったように、自然発生したダンジョンには魔物が入り込む。そうしてダンジョン内の魔力を身に取り込む。魔力を失ったダンジョンはただの洞窟に成り果てる訳だが、ダンジョンメーカーが作り出したダンジョンには、制約がかけられる』
魔物が入らないから、魔力が減らないってこと?
『クロウリーは元々、潤沢な魔力を持ち得ていた。
可能だろうと言う仮説は立てていたものの、検証する必要がなかった事がある。ダンジョンへの魔力の補充の可否だ』
クロウリーさんと違って僕は魔力が少ないから、ティール様に術符を作ってもらって、魔力を外から取り込んでもらってるんだもんね。
『次に、一度にダンジョンの階層を組成するのではなく、必要に応じて追加していく、という事だ。
アマーリアーナが、ダンジョンメーカーがダンジョンを消す事が可能だと言った事から、逆も然りだと気付いた』
最初に、ナインさんは僕の魔力だと階層を四つ作るのが限度だろうって言ってた。ナインさんの持つクロウリーさんの記憶からすれば、一度に作れる階層は、四つまでだったんだろうな。
『その辺の足元を見てみるといい。光るものが落ちているだろう』
マグロのしっぽが指す先を見てみると、草むらの中にキラキラ光る小さな石があった。石を拾って、掌にのせてみる。
『魔石だ。この階層の魔力が不足すれば、ダンジョンそのものに吸収されて消えるだろうが、今は充足しているからな、余剰分が石化しているのだ』
「へぇぇ。キレイだね」
掌の上で転がしてみる。石そのものが発光してるみたいにキラキラしていて、不思議だ。
『光に透かしてみろ。濁りが見られる筈だ』
パフィに言われたとおり、魔石を指で摘んで、階層内に用意した、お日様の代わりに透かしてみる。掌にのせて見た時には気づかなかったけど、緑色と黄色が混じっているように見えた。
「緑色と、黄色が入ってるように見えるね」
『エーテルが混じったのだろうな。おまえがいずれ作る事になる魔力水晶は、一切の濁りがないものが出来上がるだろう』
アマーリアーナ様が、ヴィヴィアンナ様の為に必要だって言ってる魔力水晶。
エーテルが混じっていてもこんなにキレイだから、水晶はもっとキレイなんだろうな。
『当面はクズ王子の下僕共の殲滅に注力しろ』
同時に出来ることと、出来ないことって、あるもんね。
「うん、分かった」
『それよりも、術符を持つ者は第一階層まで入れるようにしておけ』
あ、そうだった。
ティール様からもらった術符をポケットから取り出して、これと同じ術符を持っている人は、この第一階層まで入れるようになりますように、と祈っておく。
それから、ジャッロたちが酷い目に遭いませんように、と祈ってからダンジョンを出た。




