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前代未聞のダンジョンメーカー  作者: 黛ちまた
第二章 マレビト
31/77

031.回復の兆候

 蜂ヤニを朝・昼・晩と第一王子に出す食事に混ぜていく。少し濃い味の料理に、ちょっとずつ。

 一度に食べれば良いと言うものではないから、ちょっとずつちょっとずつ。今まではそれが毒で、今はそれが薬になった。

 味の変わらない毒を入れられていたって言うけど、第一王子は何処でそれが毒だって気付いたんだろう?


「王子はどうして毒を料理に入れられてるって分かったんだろう? 味もにおいもなかったんでしょう?」


 ネロとエノコログサで遊びながら、ベッドで横になってるパフィに質問する。


『気付く要素など色々あるだろう。それまで料理を運んでいた者が変わったとか、変わらずとも食べている自分をじっと見ていたり、少しずつ体力が削がれていったりすればな』


 そうか……もし、持って来る人が変わらないのに、ちゃんと毒の入った食べ物を口にしたかを確認する為にじっと見つめられたりしたら、凄いショックだよね。

 全部信じられなくなりそう。


「そこまで分かっている王子が、僕の作った料理をよく食べる気になってくれたね」


『王弟や魔法師長が言ったんだろうよ』


 あ、そっか。

 とは言え、食べるのに戸惑ったりしたよね、きっと。


『おまえの作った料理は残さず食べている。蜂ヤニは元々効果の高いものだが、ダンジョン蜂の作る蜂ヤニはそれよりも高い効果を持つ。

そもそも数年に一度手に入るかどうかの稀少なものだ。だが、おまえのスキルがそれを可能にした。解毒剤にもなり得る貴重な蜂ヤニを毎食口にする。

あの王子なら自分が口にしているものが何なのかぐらいは確認しているだろうよ』


 毎日、ちょっとずつ蜂ヤニをジャッロの子たちが分けてくれる。


『ベッドから出られるぐらいまで回復するのもそう遠くないぞ。奴らが動き出すのはそのあたりだろうな』


 にやり、とマグロが笑うものだから、少しだけ、あっちの人たちに同情する。でも、やってはいけないことをやり始めてしまったのは第二王子たちの方だから……まあ、仕方がない……と思う。

 マグロを見て呆れていたら、エノコログサをネロに取られてしまった。

 取り返そうと手を伸ばす。ネロはエノコログサを口に咥えたまま、僕の手の届く範囲からわずかにそれる。遊んでると思ってるんだろう。

 マグロの二又のしっぽがぐるぐると回転して、ネロの持つエノコログサがふわりと光った。


「何をかけたの?」


『ん? 悪い事から守ってくれるただのまじないだ』


 そう言ってマグロは目を閉じてしまった。

 ネロがエノコログサを咥えたまま部屋を飛び出してしまった。

 うーん……魔女のまじないがかかったエノコログサって、大丈夫なのかな……。


『安心しろ。悪い事にはならん』







 第一王子の侍従──お世話をする人のことをそう呼ぶって教えてもらった──が一人、いとまを出されたと教えてもらった。

 多分、あの時のまじないの結果だろうと思う。


 ネロは毎日のように花だったりエノコログサを持って来ては、パフィにまじないをかけてもらっていた。それを持って部屋を出て行くんだけど、たぶん、第一王子の所に。

 大丈夫なのかなぁ、と不安に思いながら、今日も食堂を出て行くネロを見送る。

  隣で洗い物をしていたラズロさんが話し始めた。


「黒猫が出入りしては、ベッドから起き上がれない第一王子の遊び相手をしているそうだぞ。王子も大層喜んでるって話だ」


 迷惑をかけてないと良いんだけど……。


「しかもその猫が持って来た花やエノコログサが王子を守ってるって話だ。

それで侍従も一人、暇を出されたって言うしなぁ」


「その、一体何をしたんですか?」


 エノコログサにかかったまじないが、どんなものなのかが気になって、詳しい話を聞きたくなった。パフィは教えてくれないし。


「なんでも、侍従が水にこっそりと毒を入れようとした所、エノコログサが光って、水が濁ったんだと。

他の侍従がそんな濁ったものを殿下に飲ませる気かと詰め寄ったら、こんな色になる筈ではと、自白したとかなんとか、って話だ」


 あー……パフィ得意のまじないだ。

 村で、賭け事をして家のお金に手をつけてしまったおじさんがいて、奥さんがどれだけ問い詰めても賭け事なんてしてないと言い張っていたら、パフィがやってきておじさんにまじないをかけた。

 そうしたら、賭け事以外の内緒にしていたことも全部話しちゃって、大ゲンカになって、村中を巻き込んだことがあったっけ……。


「殿下が無事で良かったです」


 料理に毒を混ぜられないから、別の形で毒を盛ろうとしてるってことだよね。

 第二王子側の人が誰も第一王子に近付けないようになったら、僕の方に来るのかな。

 パフィはそうしたいんだろうし。その為にネロにまじないのかかった花だったりエノコログサを持たせて第一王子の元に行かせてるんだろうな。

 ネロは最近僕が構ってあげられてないから、暇みたいだし、第一王子に遊んでもらってるんだろうな。ごめんね、ネロ……。

 王子は喜んでくれてるって言ってたけど、本当かな……。ベッドから出られない王子を、ネロが少しでも癒してくれてると良いんだけど。


「ところでアシュリーさん、わたくし、謝らないといけないことがあるんです」


「なんですか?」


 氷室で見かけた、大量のいものことかなぁ。春のジャガイモは、それはそれで美味しいよね。


「春にも、ジャガイモって穫れるじゃないですか?」


 やっぱりそうみたい。

 こんな、かしこまった言い方しなくても、怒ったりしないのに、いつもこんな風に言うラズロさんに、笑ってしまう。


「ニョッキにしますね」


「さすがアシュリー!! オレ、前にアシュリーが作ってくれたクリームソースで食ってみたい!」


「ラズロさんも手伝って下さいね」


「おうよ!」


 クリームソースなら、第一王子にも食べてもらえそうだし、身体にも良さそうだよね。




 ジャガイモを僕が洗う。そのジャガイモの皮をラズロさんが剥く。剥かれたジャガイモは器の中へ。残った皮はフルールのおなかへ。

 大量の皮も、フルールにかかるとあっという間に消えていく。気持ち良い食べっぷり。


 半分ぐらいのジャガイモを洗い終えたところで、鍋に水をはり、火魔法で湯を沸かし始める。

 残りのジャガイモを洗う。あともう一つ魔法を発動するぐらいが僕の魔力の限界。

 この前のダンジョンでの話で、僕は自分の魔力だけで魔法を使ってることがわかった。

 精霊は見えるけど、確かに僕の周りには近付いて来ないなとは思ってたんだよね……。

 じゃあ、テイマーの能力は要らないのか、って言われると、そもそも魔力がそれほどないから魔法使いとしてはあんまりなんだろうし、生活に不便のないほどの魔法が使えて、フルールたちをテイム出来て、実はとっても恵まれているんじゃないかって思ってる。


 皮をむいたジャガイモを半分に切って、まとめて水にさらしておく。

 沸かしておいた湯に塩を入れて、ジャガイモを入れる。勢いよく入れて湯が飛ぶと熱い。やけどするといけないから、そっと湯の中へ。

 大きな鍋で料理をするのに、僕だと腕の長さが足りない。そんな僕にラズロさんがこの前、調理道具をくれた。

 長い柄のついた木べら。これまでは、鍋に身体を近付けすぎて服を焦がしそうになっていたんだけど、柄が長いから腕を伸ばさなくても鍋の底をかき混ぜられる。

 わざわざ注文して作ってくれたんだって!


「木べら、丁度良さそうだな」


「はい、とっても使いやすいです! ありがとうございます!」


「そりゃ、なにより。奥から粉取ってくるわ」


 茹で上がったジャガイモは、ジャガイモがバラバラにならないように、つなぎの粉を入れてこねる。その後にも粉を使う。

 粉は大きな袋に入ってるから、僕だとどうしても一回で沢山の量を持ってくるのは難しい。少しの量で良い時は器を持っていって、氷室で粉を袋から器に移せば済むんだけど。


 ラズロさんがたっぷりの粉を持って来てくれた。

 器に移したジャガイモは茹で上がったばかりで、ほかほかと良い匂いがする。ジャガイモを木べらで潰す。温かいうちにやらないと、潰しにくくなっちゃうから、大急ぎ。


「代わってやるよ」


 笑って僕からジャガイモの入った大きな器を受け取ると、ラズロさんは慣れた手付きでジャガイモをあっという間に潰していく。早い。


「アシュリー、上から粉入れてって」


「はい」


 振りかけるようにジャガイモに粉を入れる。ジャガイモと粉を手早くラズロさんがかき混ぜていく。


「んー、もう少し。さっきの半分ぐらい入れてくれ」


 追加した粉も、ラズロさんがこねるたびにジャガイモに馴染んでいく。


「よっし、こねもこんなもんだろ。丸めんぞー」


「はーい」


 僕はこの、ひと口大に丸める作業が好き。

 進んでやるぐらい、好き。生地をぎゅっと握って、親指と人差し指の間から出るぐらいの量がちょうどひと口大で、ニョッキを二人で作る時は、僕がこの役割をやらせてもらってる。

 ひと口大にした生地はそのままラズロさんがきれいに丸めて、フォークの背をおしつけてくぼみを作ってくれる。こうしないと茹でても中まできれいに茹でられないから、大事な工程。でも僕はいつも強く押しすぎてしまって、ぺっちゃんこにしちゃう。

 だから、作業を分担。


 ニョッキはすぐに茹で上がるから、後はクリームソースだけど、それもすぐに出来てしまうから、ニョッキの仕込みはここまでにして、夜から時間をかけて発酵させておいたパンの生地を氷室から取り出す。これは、第一王子の為だけに作っているパンで、ジャッロたちが分けてくれる蜂ヤニを入れて練り込んであるもの。

 僕やラズロさんたちが食べる用のには蜂ヤニの入っていないパン。パンを僕の拳ぐらいの大きさに丸めて焼いたものを二つ添えて今日のお昼は完成。


「あーー、疲れたーー」


 掠れた声をさせて、リンさんが食堂に入って来た。


「いつものミルクコーヒーで良いかー?」


 ダンジョンで暮らすようになってから、メルのミルクの量が増えた。パフィが言うには、ダンジョンには魔力が溢れてるから、その魔力を吸収しているんだろうとのこと。

 僕としては、ミルクの量が増えるのは、メルの身体に負担がかからないなら大歓迎。今までもある程度の量を搾らせてもらっていたけど、増えたお陰で買わなくて済むようになった。足りない分は買っていたんだよね。

 第一王子はミルクが好きみたいで、ミルクの入った茶をよく飲む。侍従のことがあってから、第一王子の飲み物は、食堂で作ったものに限られるようになった。


「うん、その前に水もらえるかな」


 水魔法で出した水を器に入れて渡すと、凄い勢いで水を一気飲みする。よっぽど咽喉が渇いてたんだね。

 咽喉が潤ったリンさんは、ほっと息を吐いて僕を見た。


「ねぇ、アシュリー、この水さ、食事時に飲めないかな?」


 食事時?と聞き返すと、リンさんは頷いた。


「スープがある時はいいんだけどさ、ない時に欲しくなるんだよね」


 あぁ、なるほど。


「それはありっちゃありだが、すぐには無理だな。器が足りん」


「是非、ご一考をー」


 ミルクコーヒーの入った器が、リンさんの前に置かれる。


「ありがとー!」


 ミルクコーヒーまで一気飲みして、リンさんは去って行った。リンさんの後ろ姿を見送りながら、ラズロさんがぽつりと呟いた。


「相変わらず、アイツは謎の勢いがあるなぁ」


 確かに、リンさんはいつも元気いっぱい。疲れてぐったりしてても、僕のぐったりとはちょっと違う気がする。


「とりあえず仕込みも終わったし、オレらも少し休憩しようぜ」


「はーい」


 ラズロさんがリンさんのミルクコーヒーを入れる時に、僕のも一緒に作ってくれていたみたいで、ミルクコーヒーの入った器が目の前に差し出された。


「ありがとうございます」


 気が付けば器にコーヒーの粉が入ったものをフルールが両手で持っていた。ジャガイモの皮は食べ終えて、今度はコーヒーの粉なんだね。


「フルール、裏庭で休もう」


 ぴょこ、と耳を揺らすフルールを連れて、裏庭に出る。

 春も中頃で、咲いていた花の中には、種を飛ばし終えて、枯れたり萎れたりしてるものもある。

 そう言った花を摘んでいたら、フルールが器を差し出してきた。

 おかわりをあげるのに、フルールに器を出して、って何度か言っていたら、器を差し出すことを覚えたみたい。

 フルールの頭の良さは、あれかな、トキア様がくれた核が凄い奴だったからかな。

 摘んだばかりの枯れた花をフルールの器に入れる。嬉しそうに鼻をひくひくさせる。

 村では枯れ葉なんかを集めて堆肥にしていたけど、ここではそう言ったことをしないから、枯れ葉や枯れた花なんかはフルールのものになる。枯れ枝なんかは集めて城の貯蔵庫に持って行く。

 みんながみんな魔法を使える訳じゃないし、ずっと使い続けられる訳じゃないから、部屋を暖めるのは暖炉だし、もう片方の食堂では変わらずに薪で火をおこしてるって聞いてる。

 切り株に腰掛けてミルクコーヒーを飲む僕の横で、フルールがせっせとコーヒーの粉を口に運ぶ。三人分しかなかったから、あっという間に食べ終えて、裏庭を散策する。

 落ちた葉や枯れた花を手にしては持って来て、僕に食べて良いか確認をするものだから、立ち上がって庭を歩いて回って、フルールが食べられそうなものを拾っては、フルールの器に入れた。


『何をやっとるんだ、おまえたちは』


 呆れたような声がして、振り向くとマグロがいた。


「フルールのおやつ探し」


『見れば分かる』


 そうだろうけど、他に答えようがないです。


『第一王子が、ベッドから出たぞ』


「本当?! 凄いね、もう歩いたりしてるの?」


『騎士が王弟の命を受けて明日から第一王子の散歩に付き合う事になった』


 クリフさんがいれば、安全だろうし、王子が転けそうになってもすぐに助けてくれそうだから、安心だね。


『魔法使いの長が、魔力のこもった杖をあらかじめ作っていたからな、それを手にしながら歩くだろう。

奴らは本格的に動かざるをえんだろうなぁ』


 そう言ってパフィがくっくっ、と笑う。なんだか悪者みたいだけど。


「じゃあ……ダンジョンに侵入しようとしてくる、ってことだよね?」


『そうだ。三日ほど普通に侵入しようとするだろう。それから、別の手段でダンジョンに入ろうとする筈だ。そうなったら、ダンジョンに奴らの手先が入れるようにしてやろう。後はジャッロ達が何とかする』


 パフィはそう言うけど、ジャッロたちに危害を加えられるのは嫌だし、ダンジョンの中にはメルとコッコもいる。

 そのことについてパフィに尋ねる。


『確かにな。明日にでも第二層を作っておくか。当面は第一層と同じようにしておけば、メルもコッコも困らんだろう』


「ジャッロたちは……」


『問題ない。前にも話したが、ダンジョン蜂はとても凶暴だ。巣には百を優に超える働き蜂がいる事だろうし、あの大きさが何百匹と襲う。無事では済むまいよ。

おまえが心配しているのは、ジャッロ達の事だろうが、どれぐらい被害が出るかは正直分からん。そこに関しては諦めろ。罠を仕掛ける事は可能だが、それでは奴等が諦めん』


 ジャッロたちが可哀想だと僕が言ったとして、今度はあの人たちが僕を狙うようになるだけ。そうなったらラズロさんやノエルさん、クリフさん、パフィが……。


「もっと穏便に第二王子たちに諦めさせることは出来ないの?」


 呆れたように半目になるマグロ。


『今やってる事がもっとも穏便だろうに。病弱だから自分達が成り代われるのではと言う野望を、分かりやすく挫いてやってるだろう。第一王子は健全な身体を取り戻そうとしているし、元々後見となっている二人は有力者だ。そこに魔女がついた。それだけでも頭があるなら、諦めるに充分だ』


 ……そうなんだよね。

 それでも諦められないのは、手に入ると思ってしまったから、なんだろうなぁ……。


「仕方がないんだろうけど、どちらにもあんまり被害が出ないと良いなって思う」


『おまえだけでも、そう祈ってやると良い』


「うん……」


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