003.料理人見習い
クリフさんの後ろを歩く。
お城はとても大きくて、迷路みたいにあちこちの通路に繋がっている。
廊下だけで僕の村ぐらいあるんじゃないかと思う。
天井も高くて、壁が驚いた事に全部石で出来てる……!
「また改めて案内する」
クリフさんの声に、僕は顔が熱くなった。
「ご、ごめんなさい、クリフさん」
クリフさんは目を細めて笑うと、僕の頭に手を置いた。
「大丈夫だ。さ、行くぞ」
今度立ち止まったら抱き上げるからな、と言われてしまったので、大慌てでクリフさんの後を付いて行く。
厨房は城の一番端っこにあった。端っこと言っても、どの辺なのか分からないけど、クリフさんがそう言ってた。
扉を開けると、村にあった食堂の何倍もの大きさがあって、大きなテーブルと椅子が並んでいた。
「うわぁ!」
一体どれぐらいの人数の人が、ここで食事をするんだろう?
僕の住んでいた村の人間全員が入ってもまだまだ席が余りそう!
「ラズロ!」
奥に向かってクリフさんが声を張り上げる。
カウンターの奥で、誰かが立ち上がった。
「クリフか、どうした?」
カウンターの方に向かうクリフさんの後を追う。
「おぅ、クリフ、お前討伐に行ってたんじゃなかったのか?」
赤い髪に茶色い瞳をした、クリフさんとそんなに年齢は離れてなさそうな人がカウンターの奥にいた。
「……にしてはでけぇな」
そう言って僕を見る。
!
もしかして、僕をクリフさんの子供だと疑ってるって事?!
「馬鹿を言うな。それよりおまえ、厨房で働く人間を探していただろう」
「まぁな。最近の騎士団は、わざわざ厨房の人員まで護衛対象になってんのか?」
「そんな訳あるか」
随分と砕けて話してる。お友達なのかな?
会話のキャッチボールがポンポン進む。よっぽど仲が良くないとこうはならない気がする。
クリフさんは僕の視線に気が付いて、頭の上に手を置いた。
「この子はアシュリー。訳あって王城で保護しなくてはならない対象だ」
ラズロと呼ばれた人の片方の眉がぴくりと動く。
「こんなに小せぇのに、なんかに巻き込まれてんのか?」
「いや、そうじゃない。この子の持つスキルが第一級危険スキルの為保護する事になったんだが、見た通り、アシュリーは良い子だ」
「珍しいな、おまえがそんな風に褒めるなんて。
ホラ、道中まともなモン食えなかっただろう、今から何か作ってやるから、待ってろ」
それなんだが、とクリフさんがラズロさんの言葉を遮る。
「このアシュリーは料理が嫌いじゃないみたいでな。
良かったらおまえの所で働かせてくれないか?」
ラズロさんの眉間に皺が寄る。
「第一級危険スキル持ちを? 何言ってんだ、おまえ」
後ろの方で扉の開く音がした。
振り返るとノエルさんと、見た事のない、立派な服を着た人が立っていた。
「アシュリー、お待たせー」
ノエルさんともう一人の人は僕の前にやって来た。
「紹介するね、魔法師団の団長の、トキア様だよ」
ノエルさんはトキア様と呼ばれた、魔法師団の団長さんの方を向いて話を続ける。
「トキア様、この子が先程お話した第一級危険スキル持ちのアシュリーです」
瞬きもせず、トキア様は僕をじっと見つめる。
……えっと……ちょっと……怖い……って言うか、緊張すると言うか……。
「とりあえず座れよ」とのラズロさんの言葉に、皆が頷いた。
トキア様とラズロさんが隣合わせに座り、何故か正面の席に僕を挟むようにしてクリフさんとノエルさんが座る。
みんなの前にはラズロさんが淹れてくれた、コウチャという、赤い色の液体が入ったコップが置かれた。
「たまたま寄った村でアシュリーと出会って、アシュリーがダンジョンメーカーのスキルを持っている事が分かって、保護する事にしたんだ」
ノエルさんの説明にクリフさんが頷く。
「アシュリーが他に持つ能力は、料理、テイマー、魔法なんだけど、テイマーとしての能力も、魔法もそれ程強くないんだよ」
そのようだ、とトキア様が言った。
ノエルさんが初めて会った時に僕の能力をあっさり見抜いたように、トキア様も見抜いたみたい。凄い。
「それで、アシュリーは料理は結構出来るから、王城の厨房で働いてもらえば、一石二鳥かなと思って」
「理に適っている」と、トキア様は頷いた。
「こっちも人手が足りねぇからな、正直助かる」
そこからはトントン拍子に話が進んでいって、誓約書に僕はサインをした。
調理人が立て続けに辞めてしまったので、空いてる部屋があるとの事で、相部屋にならず、僕だけの部屋をもらってしまった。勿論、人数が増えたら相部屋になるみたいだけど。
鞄の中に閉じ込めっぱなしだったコッコは、鞄から出てくるなり怒って僕の頰を突いた。
「いたっ、いたたっ、コッコ、ごめん! ごめんってば!」
扉をノックする音がして、入るぞー、の言葉と共にラズロさんが入って来た。
僕が抱えているコッコを見て、笑う。
「おまえ、それ鶏じゃねぇか? 食材にでもすんのか?」
食材?!
「ち、違います! コッコは僕と契約をしている鶏で、毎日卵を産んでくれる賢いコなんですっ」
ラズロさんは僕の横まで来て、マジマジとコッコを見る。
コッコは、命を狙われてると思ったのか、小さくコケ、とだけ鳴いた。
「テイマーの能力ありでも、テイマー出来るのが鶏か。
まぁ、料理人になるなら悪くはねぇと思うけどな」
「前は牛もテイムしていたんですけど、さすがに王都には連れて来れないので、置いてきました」
「牛もか!」
ぶはっ、とラズロさんは笑うと、立ち上がってベッドに腰掛けた。
「さすがに牛は部屋の中で飼わせられねぇからな、飼うんなら裏庭だな」
「えっ! 飼っていいんですか?」
「クリフとノエルに言えば大概の許可は下りんだろ。
そもそも、王室の都合で生まれ故郷から連れ出されてんだから、それぐらい言ってもバチあたんねぇよ」
そ、そういうものなのかな。
でも、僕、ミルクが大好きだから、出来たら牛を飼いたいなぁ。
「そうそう、その鶏、ネズミに齧られねぇように気をつけろよ?」
ネズミ?!
気の所為か、コッコが大きく目を見開いたような。
「何処だか見つけきれねぇんだけど、棲みつきやがってな。食材を齧られて困ってんだよ」
はぁ、とラズロさんはため息を吐く。
貴重な食材をネズミに食べられるなんて、大変だ。
「お、そうだ、ここに来た用事をすっかり忘れてたぜ」
ほら、と言ってラズロさんは僕に銀貨を3枚渡してきた。
「やるよ」
「えっ!?」
銀貨3枚を?! ありえない! こんな大金!
「だ、駄目です!こんな大金もらえないです!」
ラズロさんはにやりと笑った。
「いいんだよ。
今、厨房にはオレとおまえしかいねぇんだから」
え…? あの大きな食堂で、僕とラズロさんだけ?!
このお城の大きさからして、かなりの人数が食堂に来るよね?!
「本当なら10人で切り盛りする厨房を、当面の間二人で切り盛りすんだから、これぐらいもらってもバチ当たんねぇよ。もらっとけもらっとけ」
むしろ返したくなった僕の手に、銀貨を強引に握りしめさせると、じゃあな、と言ってラズロさんは部屋を出て行った。
翌朝、僕が身だしなみを整えて厨房に行くと、ラズロさんが既にいた。僕を見て笑う。
「おはようございます、ラズロさん」
「おぅ」
「ラズロさん、もうお仕事を始めてるんですか?」
「まぁな。人数が足りねぇから、朝から仕込まねぇと終わらねぇ。
おまえは気にせず座ってていいぞ、まだ早いだろ」
そう言ってしょりしょりとジャガイモの皮を剥いていくラズロさん。
「えっと、朝ごはん作ってもいいですか?」
「おぅ、いいぞー。調理器具やら皿は自由に使っていいぞ」
「はい、ありがとうございます」
ベーコンの残りと、コッコが産んだ卵と、最後のパンを食べよう。
ノグの実もあるし、ノエルさんが見つけてくれたリンゴもあるし。
卵を見たラズロさんが、「産みたてか。贅沢だなぁ」と言った。
新鮮な卵は、それだけで本当に美味しいもんね。
水魔法で卵に付いている汚れを落とし、まな板と包丁を借りてノグの実を刻み、火魔法を使ってフライパンでノグの実を炒める。
塩を入れて、味付けをし、フライパンにベーコンと卵を落として焼く。
視線に気が付いて顔を上げると、ラズロさんがぽかんとしている。
「あ、ラズロさんも食べますか? お口にあわないかもですけど」
ラズロさんは無言で頷いた。
カップにノグの実のスープを入れて、お皿にベーコンと卵を焼いたものを、半分に分けて取り分ける。
パンはもうカチカチなので、スープでふやかして食べようっと。
リンゴは後で切ろう。黄色く変色しちゃうし。
「あの、気にいらなかったら、無理して食べないで下さいね」
さっき、あんまり考えずに食べますか? なんて聞いちゃったけど、ラズロさんてば本物の料理人なんだよね。
そんな人に僕の料理を食べさせるとか、今更だけどありえない。うぅ……馬鹿だ、僕。
ラズロさんは僕の作ったスープをひと口飲む。
「うん、美味い」
続けてベーコンと卵を口にする。
「美味い!」
じっと見ている僕に気付いたのか、「何やってる、おまえもとっとと食えよ、冷めるぞ」
はっとして、僕もベーコンを口にする。
先に食べ終わったラズロさんは、リンゴを剥いて持ってきてくれた。
「魔法をあんな風に使うとはなぁ」
あぁ、さっきぽかんとしていたのは、それだったのか。
それなのに僕は勘違いして、食事に誘っちゃったんだな。
「井戸から水を汲まなくてもいいし、薪を使わなくても火を起こせるなんて、料理人としては完璧な才能じゃねぇか。オレも欲しい」
ノエルに相談するか、とラズロさんはブツブツ呟きだした。
まさか、僕の中途半端な魔法を、こんな風に褒められるとは思わなかった。
「おまえ、魔法を後はどんな風に使ってんだ?」
「えーと、日常生活ほぼ全てで使ってます。
洗濯物を洗う時に、水魔法と風魔法を組み合わせますし、早く乾かしたい時とか、髪を乾かす時にも風魔法を使いますね。あと、お風呂に入りたい時は、水魔法と火魔法でお湯を沸かしたり…」
「はぁ?!」
ラズロさんの声にびっくりしてしまった。
「なんだその便利魔法は!」
確かに、凄く便利。
実家にいた時も、僕が洗濯当番やっていたし、お風呂当番もやってた。
「そういえば、王城では、お風呂は何処にあるんですか?
出来たら僕、入りたいんですが…」
残り湯でいいから入りたい。
「風呂なんて、王族ぐらいしか入れねぇよ。大量の薪と水を使うんだから。オレ達平民は水で濡らした布で身体を拭くぐらいしか出来ねえよ、貴族や商人じゃあるまいし」
え、お風呂ないのか。
僕のいた村は、皆が当たり前にお風呂に入ってたんだよね。魔女が村の真ん中に巨大なお風呂を作ってくれて、毎日皆でそこに入ってた。
ある時マネしてやってみたら、家族が入るぐらいの大きさなら僕の魔力でも何とかなったから、それ以来僕がお風呂を毎日入れてた。
家族も、今は村のお風呂に入ってるんだろうなぁ。
「おはよう、ラズロ、アシュリー」
扉が開いてノエルさんが入って来た。
「アシュリー、お願い、僕にも何か食べさせてー」
ちらりとラズロさんを見る。
「食材は好きなの使っていいぞ」
「はい、分かりました」
まだ鍋に少し残っていたノグの実のスープに水を少し足す。これだけだとあんまりだよね。
食材を見ると、パンとチーズがあった。
スープの味を見て、スライスしたパンをスープの中に入れてから、チーズを上に散らばらせて、火魔法で一瞬だけ加熱して、チーズを溶かす。
スープ皿に移して、スプーンと一緒に持って行くと、ノエルさんが笑顔になった。
「アシュリー、ありがとう! 昨日、報告書をまとめてたから帰れてなくて、おなかが空いてたんだよー」
ノエルさんはチーズをスプーンでつつく。
「アシュリー、これなに? チーズに似てるけど」
「チーズです。とけてる方が食べやすいかと思って」
「さっきの火魔法はこれかー」
そう言ってスープを口にする。
「んー、美味しい! チーズがとろりとして、パンがスープを吸ってて。チーズをこんな風に食べたの初めてだよ」
ラズロさんがノエルさんからスプーンを奪うと、ひと口飲む。
「美味いな。アシュリー、明日からはオレ達の分でも気にせず食材使っていいからな?」
「あ、はい」
そうなのか、いけないのかと思ってた。
ノエルさんはラズロさんからスプーンを取り戻すと、スープを食べ始める。
「おなかが温まるし、ホッとする味で、美味しい」
ぺろりとスープを平らげたノエルさんは、ふぅ、とため息を吐いた。
「あとは温かいお風呂に入れたら言う事なしなんだけど……寮のお風呂は週末じゃないと入れないからなぁ……」
しょんぼりした顔のノエルさん。
「あのー、ノエルさん」
「ん?」
「王都では、公共のお風呂はないんですか?」
ラズロさんとノエルさんが同時に「公共の風呂?」と聞き返してきた。
僕は頷く。
「僕のいた村は、昔疫病が流行った事があって、それから清潔に保つ為にお風呂に入る事になってたんです。
でも、水も薪も沢山使うので、村の魔女が大きなお風呂に水魔法と火魔法を使ってお風呂を入れてました」
ぽかんとする二人。
「村の真ん中を通る川に風車をいくつも用意して、小麦を引いたり、洗濯をしたり、清潔を保つ事に熱心な村だったんです」
「だからか、アシュリーの村は、全然臭くなかった。
みんな普通の村人とは思えないぐらいに小綺麗で、凄い不思議だったんだ」
「王都なんかより、よっぽど清潔な村だな」
ラズロさんの言葉にノエルさんが頷く。
昨日は盥を借りてお湯を張って、布で身体を拭いたんだけど、これが毎日とかはちょっと耐えられない。
「ノエル、裏庭に小屋を建ててもいいか?」
「小屋? 何に使う小屋?」
「アシュリーの風呂。ついでにオレを入らせてもらう」
「?!」
「あ、それいいね。僕も入りたい。
後でちょっと許可取ってくるから、待ってて」
「あ、それから、アシュリーが牛を飼いたいらしいから、それの許可も頼む。
上手くいけば、新鮮なミルクが手に入って料理の幅が広がる」
ノエルさんが良い笑顔で、いいね! と答える。
なんか僕、余計な事を言っちゃったような気がするんだけど、大丈夫かな…。




