023.記憶
エスナさんの送別会の翌日、お昼も終わって、厨房で一人、仕込みをしてる時だった。
ナインさんがやって来て、カウンターの前に立った。座ろうとはしない。挨拶もしない。俯いている。
昨日の事、まだ考えてるのかなぁ?
ナインさんにとって、何が気になるんだろう? 自分を助けた国を出ようとするエスナさんを止めたかった……とか、そういうのかな?
「チャイを入れるので、飲みませんか?」
「チャイ……?」
「甘くて、あったかくて、美味しい飲み物です」
イースタンさんの店で買った香辛料も、そろそろ底を尽く。勿体ないと思っていた僕に、ラズロさんは言った。
食べる為に買った。食べられる為にコイツらも収穫されてんだ。勿体ぶってシケさせる方が失礼だぞ、と。
ラズロさんのこういう所、僕は好きだ。食べ物を粗末に扱ってるんじゃないから。
カウンターの席に座ったナインさんは、黙ったまま、僕がチャイを淹れるのを見てる。あんまりじっと見られると、緊張する。
「ナインさんは、エスナさんが旅に出たのが嫌だったんですか?」
ナインさんが頷く。
「この街は、生まれた国と違って、優しい」
その言葉に胸がちょっと痛くなる。
チャイをカップに移して渡す。
「分からない」
そう言ってチャイを見つめる。
「僕、ここの生まれじゃないんです」
顔を上げて僕を見るナインさん。
「僕も少し前にノエルさんとクリフさんにここに連れて来てもらったんですよ」
「アシュリーも、奴隷?」
首を横に振る。
「生まれ育った村で死ぬまで生きるんだって思ってたんです。とても温かくて、優しくて、住んでる人も明るくて、良い村だったんです。
王都に来て、あの村とはまた違ってて、まだ分からない事ばっかりですし、たまに寂しく思ったりもしますけど、僕はしあわせですよ」
「……よく、分からない」
「エスナさんは、王都が嫌いだから出て行くんじゃなくて、自分だけの場所を、本当は探してるのかも知れないし、そうじゃないかも知れない。
ラズロさんが言ってました。旅でしか得られないものがある、って」
「旅でしか、得られないもの……」
呟いた後、ナインさんはチャイを口にした。初めての味と香りに目をキラキラさせる。何を食べても美味しそうにしてくれるナインさんを見るのは嬉しいけど、少し悲しくもなる。
「美味しい……」
「シナモンとクローブ、という香辛料が入ってるんですよ」
チャイの香りを改めて嗅ぐナインさん。
「香辛料はこの国では取れないものだから、行商人や、大きな商会から買うんです」
「ぎょうしょうにん?」
「旅をしながらその土地でしかとれないものを買って、別の場所で売る人、だそうです」
「香辛料も、旅してきた」
その言葉に思わず笑ってしまった。上手だなぁ。
「……大人になったら、アシュリーと、旅したい」
突然の言葉にびっくりする。
そんなに僕の事を気に入ってくれてるとは思ってなかったから。
「誘ってもらって嬉しいですけど、僕は行けないんです」
「どうして? アシュリー、ナイン、嫌い?」
首を横に振って、そうじゃないと伝える。
「そうじゃなくて、僕は王都から出られないんですよ」
「どうして? アシュリー悪い事してない。どうして出られない?」
「僕が持ってるスキルが特殊だからです」
スキル? と聞き返されたので、頷く。
「ダンジョンメーカーと言うスキルを持っているんです」
「だんじょん……めーかー……」
ナインさんの顔が真っ白になって、身体が傾いて椅子から落ち、床に倒れてしまった。
「ナインさん! ナインさん!!」
僕の声を聞き付けたラズロさんが慌てて食堂に入って来た。
「どうした、アシュリー?!」
「ラズロさん、ナインさんが突然倒れちゃったんです!」
「オレが医術室に運ぶから、アシュリーはトキア様、ノエル、ティールを呼んで来てくれ!」
駆け寄って来たラズロさんがナインさんを抱え上げた。
「はい!」
食堂を飛び出し、みんなを呼びに向かった。
城の中を走っちゃいけないのは分かってるけど、ごめんなさい! と、心の中で謝りながらノエルさんの元に向かう。
僕の顔を見た魔法師の人は不思議そうにしていた。
「ノエルさん、いますか?」
「中にいるよ。どうぞ」
「ありがとうございます」
部屋の一番奥の大きな扉の向こうにはトキア様のお部屋で、その隣の部屋がノエルさんの部屋だ。
でもノエルさんはあんまりその部屋にはいなくて、みんながいる部屋にいる事が多い。
部屋に入った僕に、ノエルさんがすぐに気付いてくれた。
「アシュリー? どうしたの?」
ノエルさんに駆け寄って、ナインさんの事を伝える。
「ナインさんと食堂でお茶を飲んでいたら、突然ナインさんが倒れたんです。今はラズロさんが医術室に運んでて、僕はノエルさん、トキア様、ティール様を呼んでくるように言われました」
「ナインが倒れた……?」
怪訝な顔になった後、頷いて、近くにいた魔法師の人に「ティールに今すぐ医術室に来るようにと伝えて」と言うと、トキア様の部屋の扉をコンコンと叩き、中に入っていった。
僕は扉の前で待ってる。
ノエルさんに言われた人は走るようにして部屋を出て行った。
扉が開いて、トキア様とノエルさんが出てきた。
「ちょっとごめんね」と言ってノエルさんが僕を抱える。
トキア様とノエルさんは目を合わせて頷くと、周囲の魔法師の人達にあれこれと命じて、魔法師団の部屋を出た。
「アシュリー、ナインとのやりとりを最初から話してくれるか?」
トキア様に言われて、ナインさんが食堂に来てから倒れるまでのナインさんの様子とか、内容を話した。
「……特段おかしなやりとりをしている訳ではないな」
頷く。
話しているうちに医術室に着いた僕達は、ナインさんが眠る部屋に通された。
「ラズロ」
声をかけられてラズロさんが立ち上がる。
ベッドにはナインさんが眠っている。
「運んでから、何か気になる事はあった?」
「いや」と短く答えて、ラズロさんは首を横に振った。
ただ眠っているだけに見えるナインさん。
どうしたんだろう、何があったんだろう。
扉が開いてティール様もやって来た。
トキア様に挨拶をすると、ナインさんの横に立って、様子を確認し始めた。
「嗜眠状態ですか」
「うん」
「話を伺った感じですと、ナインはアシュリー君の言葉に過剰な反応を見せて昏倒したように受け止められますが……」
僕の言葉?
ダンジョンメーカーの事?
もしかして、口にしてもいけない言葉なの?
ノエルさんを見ると、僕の考えた事が分かったみたいで、首を横に振った。
「スキルそのものは特殊ではあるものの、呪言ではないよ、大丈夫。特別視されているのは、クロウリーの所為だから、本来は忌避されるような力では無いんだ」
クロウリー……。
僕と同じダンジョンメーカーのスキルを持っていて、ナインさんと同じ魔術師だった人。
その力で母国を無茶苦茶にして、魔術師が嫌われる原因になってしまった人。
ナインさんはそれから少しして目を覚ました。
初めて会った時のような、怯えた顔をして、僕達を見る。
「気分はどうだ?」
トキア様が尋ねると、ナインさんは小さく「大丈夫です」と答えた。
「頭が痛いとか、吐き気とか、身体の何処かをぶつけたとか、違和感があるなら教えて」
顔を上げて、みんなの顔を見るナインさん。ノエルさんが笑顔を向ける。
俯いて首を横に振る。
「昨日……寝れ……なかった、から……」
嘘だと僕でも分かったから、みんなも分かったと思う。でも何も言わずにナインさんの頭を撫でた。
「今日は何もせずとも良い。休め」
トキア様が言って、ノエルさん、ティール様、ラズロさんと僕も医術室を出た。
「無理強いはするな」
ノエルさんとティール様が頭を下げる。
トキア様は戻って行って、僕たちは食堂に向かった。
「ナインは何かを隠してると、思う」
ノエルさんの言葉にティール様も頷く。
「でも、言いたくねぇんだろ」と、ラズロさんが言って厨房に立つ。コーヒーを入れるみたいだ。
手伝おうとしたら、座ってろ、と言われたので、お言葉に甘えて座って待つ事にする。
ネロが何処からかやって来て、膝の上に乗る。
「アシュリーがダンジョンメーカーの話をしたら、倒れた」
「あの国ではクロウリーの事もあって、魔術師もダンジョンメーカーも禁忌です」
え……。
「禁忌故に、衝撃を受けたと言う事でしょうか?」
違うと思う、とノエルさんが否定する。
「魔術師のスキルを持って生まれる者は多い。だから禁忌だとしても封じ込める事は出来ない。だからナインのようにスキル所持者は奴隷に落とされてしまう」
ラズロさんがコーヒーの入ったカップをテーブルに置く。ありがとう、とノエルさんとティール様が礼を言う。
ミルクのたっぷり入ったカップを受け取る。ラズロさんにお礼を言うと、おぅよ、と返事が返ってきた。
「ダンジョンメーカーは稀有なスキルだ。アシュリーを迎えるまで、知識としては知っていたけど、保持者を目にした事はなかった。アシュリーしか見た事が無いよ」
そんなに珍しいスキルなんだ。
「あの国ではダンジョンメーカーと言うスキルは存在そのものがないものとされてる。だから、七歳でスキルが発覚して奴隷に落とされたナインが知ってる筈がないんだよ」
カタン、と音がして、見るとナインさんが入り口に立っていた。
「ナイン?」
「ナインさん?」
みんなで慌ててナインさんの元に向かう。
「動いて大丈夫なの?」と、ノエルさんがナインさんの顔色を窺いながら尋ねる。
「休息は大事ですよ、ナイン」とティール様が言うと、すかさず「おまえが言うな」とラズロさんに言われていた。
「ナインさん、大丈夫ですか?」
「話す……」
ナインさんは自身の服をぎゅっと握りしめて言った。
「え?」
「ダンジョンメーカーについて、話す」
ナインさんに座ってもらって、受け取ってまだ口を付けてなかったミルクたっぷりコーヒーをナインさんの前に置く。
「それで、ナイン。
ダンジョンメーカーについて話す、と言うのはどう言う事?」
優しい声で、ゆっくりとノエルさんが尋ねる。
「……クロウリー」
ティール様の眉間に皺が寄る。
「…………クロウリーだった」
「え?」
「僕、クロウリーだった」
ノエルさんが笑顔のまま固まる。
「ごめん、ナイン、もう一度言って?」
「僕の、前世、クロウリーだった」
今度こそノエルさんとティール様が完全に固まった。
魔術師とダンジョンメーカーのスキルを持っていた、色々やらかしてしまったクロウリーという人物の記憶を、ナインさんは持っていると言う。
「クロウリーの記憶はいつからあるの?」
「スキル、分かった時」
と、言う事は結構前に記憶を取り戻して?いるんだね。
「その……思い出してから、影響はあった? 性格が変わったって言われたとか……」
歯切れの悪いノエルさん。
でも、無理もないのかな……。
ダンジョンメーカーのスキルを持っているからと、僕を王都に連れて来たんだし。それはクロウリーさんがした事がとんでもない事だったからで。
そんな人の記憶を持ってると言われて、動揺しない訳がないよね……。
僕には聞かせてもらえなかったけど、ノエルさんとティールさんは、ナインさんが本当にクロウリーさんの記憶を持っているのか、確かめる為の質問を何個もした、みたい。質問の結果、ナインさんの中には誰かの記憶があって、どうもクロウリーさんの可能性が高い、と思ったみたいだった。
ナインさんは一瞬考えて、首を横に傾けた。
「記憶ある、けど、いつもいつも頭の中、いっぱいじゃない」
ナインさんの言葉にノエルさんはホッとしていた。
「ごめん、なさい、さっき、言えなかった」
俯くナインさんの頭をノエルさんが撫でて、ティール様が肩を撫でた。
「言えないわな、そんなん」
それは、何となく分かる。でも、言わない訳にはいかないんだろうな。ただ、言うのって凄い勇気が必要だったと思う。
「ナイン、教えてくれてありがとう。
あのね、トキア様にも、教えていいかな?」
ノエルさんの質問にナインさんは頷いた。
「とりあえず、今日は休もう。医術室まで送るから」
ティール様とノエルさんがナインさんを挟むようにして食堂を出て行った。
「小難しい事になってんなぁ」
盛大なため息を吐きながらラズロさんが言った。
同感です。
「ナインさん、大丈夫でしょうか」
「ナイン次第だろ。記憶が記憶だけなら良いけどな、性格にまで影響が出るとか、その記憶の所為で捻じ曲がるとか、色々考えられるからな」
「スキルを与えられてから結構経ってますよ?」
だから大丈夫なんじゃないかと思うんだけど。
「まぁな。でも、アシュリーも言ってたろうよ。村を出たら以前とは別人と思え、みたいな事」
確かに言ったけど、それは悪い環境に置かれたからで……。
「人ってのは難しいからな。恵まれた環境にいたって捻くれる奴は捻くれる。人は言う程単純じゃねぇよ」
なんとなく分かる。
馬鹿な僕は、恵まれていたのに、与えられたスキルが全部中途半端で、辛くなったもの。
一つでも良いからちゃんと誇れるスキルが欲しかった、って思ってしまった。
今は、どのスキルも気に入ってるし、同じスキルを持ってますと言うのが申し訳なくなる事はあっても、前のような気持ちにはならなくなってきた。
料理は好きだし、テイマーのスキルがあるからコッコやネロ、フルールにメルと一緒にいられる訳だし。
魔法は強すぎないから日常生活で使いやすくて、とっても便利だし。
ダンジョンメーカーのスキルは使い方が分からないから、なんとも言えないけど、このスキルがあったから、家族とは離れ離れになっちゃったけど、ノエルさん達とも会えたし。
悪い事ばっかりじゃなくって。
勿論、僕が運が良かったのは分かってるんだけど。
ほんのちょっとの事で、人の気持ちは変わるんだ、って言うラズロさんの言葉の意味、理解出来る。
ナインさんの持つ記憶が、ナインさんのこれからに悪い影響を及ぼさないで欲しい。




