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前代未聞のダンジョンメーカー  作者: 黛ちまた
第二章 マレビト
21/77

021.出会いと別れの季節

 夢見鳥が、マレビトがおまえの元に訪れると告げた。

 占った結果は吉凶判断不能と出た。

 気を付けるように。







 ノエルさんに紹介された、僕よりちょっと年上に見える少年を見た時、魔女からの手紙に書かれた言葉が頭に浮かんだ。


「彼の名前はナインだよ、アシュリー」


 真っ黒い髪に赤い目。どちらもはっきりした色で、自己主張があるのに、俯きがちで、表情は暗い。


「はじめまして、アシュリーです」


 お辞儀をしたら、お辞儀を返してくれた。


「はっきりとは分からないけど、アシュリーと年齢は変わらないんじゃないかな。見て分かる通り男の子だよ」


 ノエルさんの言葉に頷く。


「さっそくで申し訳ないんだけど、ナインに何か食べさせてあげてくれないかな? 年齢の割に成長が遅れているようだから」


 それは、奴隷として生きてきたからだろうと思う。

 僕も成長が遅いなんて言われてるけど、ナインさんのはそうじゃない。僕の力でも強く握ったら折れてしまいそうなぐらい、細い腕をしていた。


「分かりました。ノエルさんも食べますか?」


「うん、お願いします」


 ナインさんの事はおまけだったんじゃないかな、って言いたくなるぐらいの笑顔で、ノエルさんは頷いた。

 とは言っても、お昼が終わった後で、大したものは残ってないんだけど。そういえばノエルさん、お昼に大盛りで食べてなかったかな……?


 タマネギを二個薄切りにして、熱してオイルを垂らしておいたフライパンに入れる。タマネギの水分が早く出ていくように、塩を振りかけておく。

 ジュワジュワ、と良い音をさせるタマネギ。


「既に良い匂いと音に五感が刺激されるんだけど、アシュリー、何を作ってるの?」


「タマネギスープです」


 今すぐに作れそうなのは、タマネギを炒めて作るタマネギスープぐらいだった。パンをスープに入れて上からチーズをとろけさせたら出来るし、パンもふやけるし、おなかにも優しいし。


「ラズロは?」


「食材を買いに行ってます」


 僕はお留守番。


「アシュリーは一緒に行かないの?」


「僕はこれから夕食の仕込みがあるんです」


 本当は僕も行きたかったんだけど。


「こんな早い時間から仕込むって事は、手の込んだものを作るの?」


 ノエルさんが目をキラキラさせながら聞いてくる。


「今日はラズロさんがお店の人の押しに負けて沢山買ったキャベツで、最後の端肉を包んでスープに浸して食べる奴です」


「なにそれ、美味しそう」


 生でも食べられるキャベツだけど、ラズロさんが買ったキャベツは、春に採れたとは思えない程に皮が厚い。つまり固い。そのまま食べるより、煮た方が食べやすそうだし、皮が厚くて丈夫だから、具材を包んで煮込んでも破れなさそうだな、と思って。

 余りの野菜やらなんやらを端肉とまぜて、キャベツで包んで、塩・胡椒のスープで煮込む。


「良かったら食べに来て下さいね」


「絶対食べに来る」


 茶色くなったタマネギに、水と胡椒を足し入れて沸騰させる。煮立ったスープを器に注いで、上にパンをのせ、細かく切ったチーズをのせる。火の魔法でチーズの表面をとろけさせて、出来上がり。

 タマネギスープとスプーンを、ノエルさんとナインさんに渡す。


「んー! 良い匂いー!」


 とろけるチーズとパンをすくったスプーンを口に入れるノエルさん。ナインさんはノエルさんの真似をして、スープを口に入れた。目を見開いて、まじまじとスープを見つめる。


「アシュリーの作る食事はとっても美味しいから、毎日の楽しみにすると良いよ」


 ノエルさんがそう言うと、ナインさんは顔を上げて、まばたきを二回して、僕を見た。


「食べに来て下さいね」


 スプーンを口に当てたまま、ナインさんは小さく頷いた。僕とノエルさんは目を合わせて、笑顔になった。


 僕やラズロさんが作る料理を、ナインさんが気に入ってくれたら良いな。


「あー、くたびれたー」


 ラズロさんの声と、大きな物が床に下される音がした。

 どす、って。

 大きな袋を持って出かけたのは知ってたんだけど、あの袋の中、何が入ってるんだろう……?


「ラズロ、おかえり」


 ノエルさんがラズロさんに声をかける。


「あんだけ昼に大盛り食っておいて、今度はスープ食ってるとか、おまえの腹はどうなってんだよ?」


「アシュリーの作る料理は美味しいから、いくらでも入るよ。それに魔法使いは胃が丈夫じゃないともたないからね」


 使った魔力は食べる事で回復する。あとは睡眠。


「お? そいつが噂の魔術師殿か?」


 ノエルさんに促されて、ナインさんがラズロさんに挨拶する。

 ラズロさんはナインさんの頭をガシガシと撫でると、「声がちっせぇなぁ。うちで美味いもんいっぱい食って大きくなれよ!」


 ナインさんは泣きそうな、でも嬉しそうな顔で頷いた。


「ティールじゃ、まともに飯も食わせてもらえねぇだろうからなぁ」


 ティールさん? ナインさんは魔術師長の養子に入った、って前にノエルさんが言ってたから、その魔術師長の事かな?

 そうなんだよね、とノエルさんも答える。


「だから毎食ここに食いに来いよ。風呂もあるからな」


 風呂、と言う言葉にナインさんが身体を震わせる。それを見てノエルさんが背中を撫でた。


「大丈夫、この国のお風呂は温かくてほっと出来るものだから、安心して」


「あー、悪ぃな、ナイン」


 話の流れからして、ナインさんの記憶の中のお風呂は、とっても怖いものだったんだろうな。

 生まれた国によって、まったく別の生活で……。


「ふかふかのタオルとせっけん、用意しておきますね」


 僕がそう言うと、ノエルさんが頷いた。


「ありがとう、アシュリー」




 ノエルさんとナインさんがいなくなった後、ラズロさんは買ってきた食材を片付け終えて、僕のやっていた仕込みを手伝ってくれた。


「それにしても、あんな子供を、魔術師のスキル持ちだ、ってだけで奴隷にするっつーんだから、腐ってやがるな、あの国の奴らは」


 ブツブツと文句を言いながらタマネギをみじん切りにしていくラズロさん。心なしかみじん切りの早さがいつもより増している気がする。


「……僕、奴隷だった人を初めて見ました」


 身なりはノエルさん達に整えられてきたのだろう、髪は切られて長さも整っていたし、服もちゃんとしたものを着ていた。

 でも、白い腕は骨の形が分かるぐらいに細かった。


「ナイン太らせ計画を実行しようぜ!」


「それも良いですけど、ナインさんにとっては全部が目新しいものばっかりだと思うんです。だから、ここでの普通を知って、もう危なくないんだ、って知ってもらいたいなぁ」


「アシュリー、おまえ、実は年齢詐称してない?」


「ジジ臭いは言われた事ありますよー」


「いや、ジジ臭いじゃなくて、おまえ、ジジイだろ?

なんだその達観ぶりは」


「そうかなぁ」


 スキルを与えられて、それが全部中途半端で、みんなにがっかりした顔で見られて。でもみんな優しいから、慰めてくれた。

 ありがたい事だったけど、胸がちょっと痛かった。

 僕は何者にもなれない気がして。

 七歳で人生が決まってしまったと、不貞腐れていた僕に、魔女は言った。


『アレはただの指標だ。私は魔女だが、魔女と言うスキルはこの世に存在しない』


 てっきりあるのだと思っていた僕は驚いて、どうして魔女になったのかと尋ねてみた。


『面白そうだったから』


 あんまりな答えにぽかんとしてる僕に、魔女は言った。


『私の元で色々学ぶが良い。スキルだけで生き抜ける程世の中は甘くない。沢山の事を学べ、アシュリー』


 そう言って僕に、魔女はタマネギスープの作り方を教えてくれて。優しいなぁ、と思ったら二日酔いに効くからだと後になって知った。


「僕、まだまだ、知らない事ばっかりです」


 ラズロさんは笑って、「まだ先は長いんだから、おまえも人生を楽しめよ」と言った。


 タマネギ、余っていた野菜、端肉をラズロさんが刻んでくれている間に、芯をくり抜いて、キャベツの葉を一枚ずつ丁寧に剥がしていく。

 芯をフルールに渡すと、いつものようにシャクシャクと良い音をさせて食べている。この前試しに僕も食べてみたんだけど、美味しくはなかった。フルールの食べる音はちょっとした魔法だと思う。


「端肉もこれで終わりかー、また来いよー」


 端肉の煮込みに粒マスタードを付けて食べるのが好きなラズロさんは、端肉に語りかけながら刻んでいく。

 風魔法で刻んでも良かったんだけど、ラズロさんがやると言ってくれたので、お願いする。


「そう言えば、魔術師長のティール様は、どんな方なんですか?」


「変人」


 即答だ。これは、かなりの変人なんだろうな。心なしかラズロさんの目線が遠くを向いてるし……。


「魔法薬学のレンレンも大概だけどな、アイツはまだ、魔法薬学の素晴らしさを伝えて仲間に引き込もうとするだけだからまだ良いんだよ」


 はぁ、とラズロさんがため息を吐く。


「ティールはなぁ、魔術以外にまったく興味がなくってな、飯も食わねぇし、寝もしねぇ、なんて事がザラだ。

ナインを養子にとったからと言って、何ひとつ構ってやらないだろうな」


 なんでそんな人の元にいく事になったんだろう……?


「なんでそんな奴に、って思っただろう? 実際その通りなんだがな、あれでいて魔術ではそれなりに有名なんだよ、だからナインがいた国が、後になって返せと言ってきてもつっぱねられるだけの後ろ盾を付けようって事になったんだってよ」


 ナインさんは、凄い優秀なんだろうな。

 だからこうしてみんなが守ろうってしてあげてるんだと思う。


「色々あるんですね」


「まぁなぁ」


「ラズロさんって、情報通ですよね?」


茹で上がったキャベツを麺棒でゴロゴロし、固い部分を柔らかくしていく。


「ティールはオレの幼馴染なんだよ。ノエルとも知り合いだったからな。流れで城に出入りするようになって、クリフとも知り合ったってわけだ」


「そうなんですね。ラズロさんも実は凄い人なのかと、最近疑ってました」


 ぶはっ、と吹き出すと、ラズロさんは笑った。


「ないない、由緒正しき平民だよ、アシュリーと一緒だ」


「仲間ですね」


「おうよ、周りが異常な奴らばっかりだと、自分がおかしくなったんじゃないかって思えてくるから、危険だよな」


 ラズロさんの言葉に笑ってしまう。


「まぁ、でも、他所は他所、他人は他人、だ。同じである必要なんかねぇし、オレはオレの事がそれなりに気に入ってるぜ」


「ラズロさんは、人を惹きつける力がありますよね」


「えっ、なに、アシュリーさん。オレの事そんな風に思っててくれたの?」


 そんな風って、どんな風だろう?

 何処に行ってもみんなラズロさんの事を知ってて、こんな奴、みたいな言い方をされる事が多いけど、嫌な奴だ、って誰も思ってなくて。仕方ないなぁ、みたいな感じ。

 ラズロさんは僕の事を愛されてると言うけど、僕からしたらラズロさんの方がよっぽど愛されてると思う。


「ラズロさんはみんなに愛されてますよね」


「呆れられてるの間違いだろ」


「ほら、刻み終わったぞ、次は?」と聞いてきたラズロさんは、少し恥ずかしそうに笑っていた。

 照れてるみたい。


「卵を入れます。キャベツの中で崩れてないように」


「おー、つなぎなー? それなら粉も入れた方がいいんじゃねぇか?」


「そうですね、そうしましょう」


 卵と粉を入れて、キャベツを包む具を作って、ちょうど包みやすい大きさに分けていく。それをラズロさんがキャベツで包んでいく。

 僕だと手が小さくて上手く丸められないから、ラズロさんにお願いした。


「これ、初めて食うけどさ、絶対美味い奴だよな」


「僕の予定では、美味しくなる筈です」


 大きい鍋に、具を包んだキャベツを並べていく。火が入ってキャベツが崩れないように、なるべくぴっちりになるように並べる。

 春になって、再び行商を始める為に王都を出て行ったイースタンさんは、僕にトマトで作った濃いソースと、その作り方を書いた紙をくれた。

 そのトマトソースと塩、コショウを別の器の中で水に溶かしてよくかき混ぜておく。それをキャベツの上にかけて煮込みを開始する。


 スープの部分が煮立って、良い匂いがしてくる。


「これ、ノエルの分取っておかないと、殺されそうだな」


 隣でラズロさんがぽつりと呟いた。







「美味しい!!」


 夕食を食べにきたノエルさんがひと口食べて言った。


「ね、美味しいね、ナイン!」


 ノエルさんの横に座っているナインさんも、何度も頷いた。

 ところで、僕はさっきから、ナインさんの隣に座ってる人が気になります。

 明らかに上級官の着衣なのに、髪は伸びっぱなしのボサボサで、髭も生えて、伸び過ぎた前髪の所為で顔の上半分が見えない。

 えーと、ティール様、かな?


「ティール、どう? 美味しいでしょ?」


 ノエルさんの質問にティール様が頷く。


「徹夜明けの胃袋に染み入ります」


 ナインさんとティール様の二人は、ノエルさんに連れられてお風呂に入ってから、この食堂にやって来て、夕食を食べている。

 それにしても徹夜……ラズロさんが言っていた通りの人なんだな、本当に……。


「これを食べていると……あともうちょっとで何か閃きそうな気がするんです」


「いや、食べたら今日は寝なよ。清潔になり、美味しい物を食べ、睡眠をたっぷりとれば、明日にはもっと色々な事を閃くよ」


 ティール様はノエルさんを見る。ノエルさんは気にせず食べていく。


「ティールを寝かせる為に言ってるんじゃなくて、これは僕の経験則。睡眠と食事を正しく摂取しないと、効率が下がるんだよ。集中が続かなくなるし、頭が働かなくなる」


「そんな時はレンレンの作ったポーションを飲めば……」


「ポーションは飲み過ぎると効かなくなるって聞いた事あるよ」


 心当たりがあるのか、ティール様は俯く。


 思っていたのと違って、ティール様は結構大人しめだった。なんかもっと、弾けてるって言うのか、無茶苦茶な人なのかと思っていたのに。多分、ラズロさんの幼馴染って聞いて、似た感じを予想したんだと思う。全然違った。


「せっかくナインも来たんだから、メリハリのある生活にしなよ、ダラダラした生活じゃなくて」


「ダラダラではなく、効率を重視した結果、一定時間間隔でポーションを飲む事が……」


「ナインにティールの悪い癖がうつっても困るし、やめてよ。燃やすよ?」


 あからさまにティール様が怯える。多分、前に一度何かを燃やされてるんじゃないかな……そういう怯え方に見える。優しいノエルさんの過激な言葉にナインさんも怯える。


「大丈夫だよ、燃やすのはティールだけだからねー」


 燃やされたの、ティール様なの? 燃えたのに生きてるのって、凄い気がするんだけど。


「ティールにトキア様から命が下ってるよ」


 聞く所によると、魔法、魔術、魔法薬学は全て魔法師団長配下にあるらしい。

 一番偉いのがトキア様。その下に魔法師の長としてノエルさんがいて、魔術師の中で一番偉いのはティール様。魔法薬学で一番上はレンレンさん、レンレン様?という事になってるらしい。

 確かに、同じように権力のある人がいっぱいいたら、それはそれで大変そうだよね。


「ナインとアシュリーの勉強を毎日見るように、って」


「ええっ?!」


 この世の終わりみたいな声を出されてしまった。

 僕も何故だか入ってるけど、ナインさんの勉強は見てあげて欲しい。


「私の貴重な研究時間が減るじゃないですか!」


「嫌なら嫌でも良いよ。トキア様にはそう伝えておく。

その結果、今まで許されていた、魔術師長としての職務が免除されなくなったとしても、それはティールの選択の結果だからね」


 なるほど。

 交渉って、こうやるんだね。


「感心した顔をしてるけどな、アシュリー。あれは普通に恫喝だからな、覚えるなよ……」


 ラズロさんに止められた。


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