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前代未聞のダンジョンメーカー  作者: 黛ちまた
第一章 新しい生活のはじまり
20/77

020.スオウの花見

 スオウの花見には、僕、ラズロさん、ノエルさん、クリフさんの四人で行く事になった。

 王都の城壁の外に、スオウの樹が沢山植えられた林があって、そこで花見をするのがラズロさんたちの定番らしい。王都の広場にはいつも以上に出店があるし、城壁の中でもスオウの樹はあるけど、混雑し過ぎて花見どころではないんだって。花より酒だと思っていたラズロさんの言葉に驚いていると、ラズロさんに頬をつままれた。


 来る途中に串焼きを買って、食べながら目的地に向かう。戦の前に腹拵えだ、ってラズロさんは言ってた。戦は言い過ぎだけど、ラズロさんの本気度合いは感じた。

 熱々を、口の中ではふはふと転がしながら食べた。

 串だけしかあげないのは嫌だから、ちゃんと肉も残してフルールにあげた。フルールの表情は変わらないけど、多分僕と同じように美味しいと感じてると思う。多分だけど。ネロには味が付いてるからあげられない。


「よぉし! ここだ!」


 そう言うと、ラズロさんとノエルさんとクリフさんがテキパキと用意を始める。あまりの手際の良さに何を手伝えば良いのかも聞けない。

 ノエルさんが笑って「待っててね」と言ったので、フルールを抱きしめながら、切り株の上に腰掛けて待つ。ネロは飛んでる蝶を適当に追いかけてる。あれは絶対適当だと思う。


 目の前で用意されていくものは、とても外での簡単な食事をしつつ、花を楽しむものには見えないんだけど……初めての僕としては正しい花見が分かりません。

 分からないんだけど、きっと違う。

 だって、その調理道具は何ですか? 


「待ってたぞ、今日という日を!」


 カゴから木の器がいくつも取り出される。


「まずは、簡単に食えるものから食べて、腹が落ち着いてきたら調理を始めるぞー!」


 一体ここに、何時間いる予定なんだろうか……?

 ちらりとノエルさんとクリフさんを見ると、ノエルさんは肩を竦ませて、クリフさんは首を横に振った。

 あー、これは二人も諦めてるってことなのかな。


 器を渡され、瓶に入ったジュースが注がれる。ブドウジュースだ! 顔を上げるとラズロさんがにやりと笑っていて、「ザックにもらったんだよ」と言った。


「では、我が友の勝利と無事を祝って、乾杯だ!」


「かんぱーい」


「乾杯」


「乾杯!」


 器のジュースを飲み干す。甘さと酸っぱさに刺激されたのか、おなかが急に空いてきた。さっき串焼きを食べたけど、ちょっとだけだったし。

 カゴから取り出したパニーノをみんなに渡す。


「ありがとー、アシュリー!」


「美味そうだ」


 パニーノに噛り付こうとしたら、ラズロさんに止められた。


「待て待て、これを入れてみようぜ」


 来る途中で沢山買っていた串焼きの肉を、串から外して僕の持つパニーノに入れていく。これは、美味しそう!

 ノエルさんとクリフさんのパニーノにも肉が詰め込まれていく。最後にラズロさんの。

 パニーノに噛り付く。肉の旨味が口に広がって、野菜の酢漬けが肉の脂を和らげてくれる。マスタードも効いてる気がする。

 作っている時に、ラズロさんが酢漬けのパニーノを作ろう、マスタードを入れよう、って言うから、何故なんだろうと思っていたけだ、その時からきっと串焼きの肉を入れる事を思い付いていたんだろうな。


「美味しい!」


「うん、美味いな」


「そうだろうそうだろう」


「偉そうに言ってるけど、作ったのアシュリーでしょ?」


 ノエルさんに指摘されると、ラズロさんは聞こえないフリをしてるのか、パニーノを美味しそうに食べていく。

 このやりとりも久しぶりだ、って思った。

 寒さに耐えて、みんなの無事を祈ってる間に、冬は通り過ぎていった。

 ノエルさんやクリフさん達が、危険な思いをしながら頑張ってくれたから、今、こんな風に花見が出来てるんだよね。


「アシュリー?」


 クリフさんが僕を見てる。僕は笑顔を返す。


「おかえりなさい、クリフさん」


 前に言ったけど、なんとなく言いたくなって。


「ただいま、アシュリー」と、クリフさんが笑顔になる。


 ノエルさんもそわそわしてるので、ちょっと笑ってしまった。


「おかえりなさい、ノエルさん」


「ただいま、アシュリー!」


 ラズロさんが呆れた声を出す。


「魔法師団のノエルと騎士団のクリフって言ったら、泣く子も黙る氷のような二人で有名だったんだけどなぁ」


「皆が勝手に言ってるだけで、僕はそんな事言ってませんけど?」


「オレもだ」


 三人のやりとりを笑って見ながら、パニーノを食べる。

 本当に、無事で嬉しい。怪我一つないなんて、凄い事だと思う。


「冬の王は、やっぱり強かったんですか?」


 当たり前だ、って言われるだろうけど、他にどう尋ねていいのか分からないから、そう訊いてみた。


「冬の王討伐隊に参加するのは二度目なんだけど」


 ノエルさんが話し始めた。


「前回の冬の王は魔力が凄まじくて、死傷者も沢山出て、トキア様がいなかったら本当に危なかったと思う」


 前回はトキア様も行かれたんだ。


「氷の槍が降って来て、どんどん兵士達が傷付いていくんだよ。回復魔法が間に合わないぐらい。トキア様の案で盾を変形させる事に成功して、冬の王の氷の槍の殆どを盾に吸収させてからは、こちらの被害も少なくなって、攻撃出来るようになってね」


 ねぇ、とノエルさんがクリフさんに話を振る。クリフさんが頷いて続きを話し始める。前回の時も二人は参加したんだ。


「団長の号令を受けて、冬の王を守っている魔物達を屠ってからは戦況が好転して、そこからは冬の王の魔力を削る事に注力した。長期戦だったが、勝てて良かった」


「氷の槍には炎の魔法を使うのかと思っていました」


 パニーノを齧る。

 話に聞き入ってたら、蝶を追いかけ回すのに飽きたネロがやってきて、パニーノを食べようとするから。


「初めはね。でも、氷の槍が振る範囲が広過ぎたし、火のエーテルが少ないから炎を広げるのは難しくて、守りきれなかったんだよ」


 あぁ、なるほど。冬だし、冬の王がいるから火のエーテルは少ないだろうから、そうすると魔法使いが火の精霊と契約していないといけないもんね。


「盾に吸収させるって、どうやるんですか?」


 槍が盾に穴を空けてしまうんじゃないか、って、僕なんかは思ってしまうんだけど。


「トキア様は盾を水の状態で展開したんだよ。

大気中には水のエーテルが沢山あったからね、それをある程度の厚さで広げたの。冬の王からの冷気で水は氷化していってね。これは魔法師団の半数が参加して、大きな盾みたいにしたんだ」


 へぇーっ!

 水の盾に刺さった氷の槍、炎じゃないし、溶けたりしないよね?


「盾に氷の槍が刺さった瞬間に発動する魔法を、残りの師団の上級魔法使いが展開したんだよ。えっとね、魔法による膜を貫通する瞬間に氷の槍が砕けるようにする防御の魔法でね、細かくなった氷なら水の盾に取り込むのは難しくなかったから」


 魔法って、凄い……。

 僕のなんちゃって魔法とは、あまりに違い過ぎて……。って言うか、僕のを魔法と呼ぶことがそもそも間違いな気がしてきた。


「前回はそんな感じだったんだけど、今回はうって変わって楽でね」


 クリフさんが二度頷く。

 楽、と言うのがどのぐらい楽なのか、想像もつかないけど……。


「救援要請を出してきたあっちの国にね、優秀な子がいたんだよ」


 優秀な子。ノエルさんが言うんだから、よっぽどなんだろうな。


「でも、あっちの国はその子の価値に気付いてないって言うか」


「いや、あの国が前時代的過ぎるのだろう」


「そうだね」とノエルさんが納得したように頷いた。


「うちの国は、数代前まで隣国と同じだったんだけど、雨不足による飢饉だったり、それによる農民の土地離れとか、まぁ、色々と続いたんだよ。だからこのままの体制では国が崩壊するって危機感を王家が抱いて、改革が進んだんだよ。だから僕のような平民でも、貴族様のクリフと肩を並べていられる訳」


 うんうん、とラズロさんも頷く。


「無用な制度とは思わないが、あまり身分にばかりこだわっても良くない。貴族であろうが平民であろうが、愚物は愚物だし、優れた人材はいる」


 平民の僕がこうしてクリフさんと話せるのは、本来ならあり得ない事だもんね。


「僕、この国に生まれて良かったです」


 飢饉とか、それにより続いた被害は僕のいた村が、今の形になるきっかけだったんだろうな。


「あっちでは、魔法は重宝されてるけど、魔術は忌避されてる」


 魔術師。前にノエルさんからちょっと教えてもらったけど、詳しくは知らない。


「魔術師は魔力を込めた魔術符や陣を用いて魔法と同じ効果を発現させる者たちの事だ、って以前説明したと思うんだけど、術師の力量が全てなんだよ」


 高度な技術を要する、って言ってたもんね。


「上手く制御出来ないと大惨事になったりするし、なにしろ、クロウリーの出身国なんだ」


 クロウリーって、僕と同じダンジョンメーカーの?


「膨大な魔力を持ちながら、魔法使いとしてのスキルは持たなかったクロウリーは、同じように魔力を用いる魔術師のスキルを与えられていた。貴族出身でもあり、魔法を重視する国で、クロウリーは冷遇された」


 ……なんとなく、展開が分かるような気がする。


「貴族特有の高慢な自尊心と膨大な魔力。クロウリーは己を嘲笑った者達に復讐を決意し、魔術を用いて混乱を招いた。結果として国は甚大な被害を受け、以降、あの国では魔術のスキルを持つだけで奴隷に落とされる」


 やっぱり、と言う気持ちと、そんな事をするからクロウリーさんも性格がねじ曲がってしまったんだと思う。

 懲りない国なのかな……。


「それでね、冬の王との戦いの前線に出されたのは、魔術スキルを持つ奴隷達ばかりだったんだよ」


 ……酷い。


「僕達の国にも魔術師はいるし、今回の戦いにも参加していた。だから彼らと協力して、冬の王の攻撃を弱める為の術式をあらかじめ展開してもらって、魔法使いも騎士団も攻撃に専念出来たんだよ。正直な所、前回よりも冬の王が強かったんだけど、被害は少なく済んだし、時間こそかかったけど、無事に倒せたんだ」


 前回は魔法使いの人たちは守りに集中してる風だったもんね。


「僕達の国では、魔術師は魔法使いとは違う意味で有用な人材、と言うのが共通認識なんだけどね。何しろ数が少ないんだ。難しいからね、スキルを持っているだけじゃ駄目なんだよ」


 ふむふむ、と頷いていたら、ラズロさんにちょんちょんと肩を叩かれた。料理を始めよう、って事みたい。

 確かに、そろそろ次の料理を作り始めた方が良さそう。

 簡易調理台の上にはまな板と包丁が置かれてる。素材をノエルさんが水魔法で洗っていく。


「これ、程よい水加減が難しい。良い練習になるよ」と、真剣な顔で言う。


 ラズロさんがジャガイモの皮を剥いてひと口大に切ってくれたものを、鍋に油を少し注いで炒めていく。塩と胡椒も入れる。

 ジャガイモの表面が焼けたくらいで、メルからもらったミルクを少し注ぎ入れる。っていうか、これ、液体だから重かったんじゃないのかなぁ。

 火で温められて、鍋の中のミルクがしゅわしゅわと泡立ち始めた所に、ラズロさんが刻んだチーズを入れていく。

 春になったとは言っても、まだ少し寒い。料理の為の火と、鍋から広がる湯気というか、熱のおかげで、少し暖かく感じる。


 ノエルさんはちょっと離れた所で焚き火を焚いていた。

 クリフさんはフルールを抱っこしてる。ノエルさんの膝の上にはネロがいる。

 よく見ると、焚き火の側で何か焼いてる。何だろう?


「あれは、オレが考案したイモ肉巻きだ」


「イモ肉巻き?」


「蒸して潰したジャガイモを串で刺して、その上にチーズと塩胡椒をかけて、薄切りのベーコンで巻いてる。ジャガイモは火が通ってるから、ベーコンが焼けて、中まで温まれば食える」


「えっ! 美味しそう!」


「美味いぞ。花見の時しか作んないけどな」


 ジャガイモのミルク煮を火にかけている間、僕たちは焚き火を囲んでイモ肉巻きを食べた。

 中のジャガイモが何故だかもちもちしてる。ラズロさんに聞いたら、粉をつなぎに入れてるんだって。そうしないとバラバラになっちゃうから。なるほどー。

 これ、野菜をベーコンでぐるぐる巻いても美味しそうだなー。


 イモ肉巻きを食べ終えて、ジャガイモのミルク煮を食べていたら、ノエルさんが話し始めた。


「あっちの魔術師の中でも飛び抜けて術式の制御が上手な奴隷がいてね。その子をどうしても連れて帰りたいと魔術師達が言い出して。あっちとしてもその子の事を疎ましく思っていたみたいだから、特に問題なく譲り受ける事が出来たんだよ。年はアシュリーと同じぐらいかな」


 沢山いる魔術師の奴隷を、全員譲ってもらう、って言うのは難しいんだろうな。

 奴隷かぁ……。話には聞いた事あったけど、本当にいるんだ。

 生まれた国が違うだけで、同じスキルを持っていても境遇が変わってしまうんだもんね……。


「魔術師長の養子に入る事になったから、機会があったら会う事もあると思うよ」


 奴隷の暮らしがどんなものか分からないけど……その子はこっちに来るのに抵抗はなかったのかな?

 家族も、いるのかな……? 本人の気持ちとか……。


 炒めたり、煮こんだりしながら、冬の王の討伐での話を聞いた。僕達もこんな事があったよ、と、毎日の事を話していた。


「やっぱりここだったか」


 よく通る声がして、振り向くとザックさんがいた。脇に小さな樽を、反対側には大きなカゴを持ってる。


「宵鍋は?」とクリフさんが聞く。


「オレだって花見がしたいんだよ」


 そう言ってカゴから料理を取り出す。


「よく今日が花見だって知ってたね?」


 不思議そうにノエルさんが尋ねる。


「オレが教えたに決まってるだろ」と言ってラズロさんが笑って、ノエルさんも笑った。

 ラズロさんがザックさんに皿とフォークを渡す。


「そりゃ、そうだよね」


 ザックさんが持ってきてくれた宵鍋の料理が追加されて、途端に豪華になる。


「参加させてくれ」


 トキア様までやって来た! 手にはワインが入ってると思われる瓶を持ってる。


「参加料はこれでいいか?」


 みんなが嬉しそうにしている所からして、良い酒、と言う奴なんだろうな。僕も大人になったら、この酒は美味いな、とか言うのかな。


「アシュリーにもある」


 そう言ってトキア様は、僕に紙に包まれた揚げた菓子をくれた。平に伸ばした生地をねじった生地を、油で揚げて、砂糖をまぶした菓子。

 高いからあんまり買わないんだけど、渡された袋の中には菓子が五本も入ってる。嬉しい! 嬉しいけど、全部僕がもらう訳にはいかないよね。


「全部、アシュリーにだ」


 トキア様の目が優しく細められる。表情はあまり変わらないトキア様だけど、嬉しい時とかに、こうして目を細める。その顔が優しくて僕は好き。


「ありがとうございます!」


 六人になったので、改めて乾杯をした。

 ザックさんが持って来てくれた料理は、この前宵鍋で食べた祝い鶏だった。またこれが食べられるなんて思わなかったから、嬉しい。

 ノエルさんも好きみたいで、祝い鶏だ、と嬉しそうな声をあげる。クリフさんもトキア様も嬉しそう。


「なかなか宵鍋に顔を見せないからな、こうして持ってきてやった」


 ザックさんはそう言って、祝い鶏に切れ目を入れていって、みんなの皿にふるまっていく。


 食べたり喋ったりしていたら、ザックさんが歌い出した。太くてしっかりした声、って言うのか、響く歌声で、気持ちが落ち着いてくる。

 それに合わせてみんなが歌う。僕は歌詞を知らないけど、音に合わせて揺れてみたりした。


 歌って、飲んで、食べて。

 足りなくなってたらラズロさんが材料を取り出してきたもので、僕、ラズロさん、ザックさんの三人で料理する。




「いい夜だ」


 料理で火の側にいたからなのか、日が暮れようとしてるのに気がつくのが遅かった。


 風が吹くと、スオウの樹の枝が揺れて、葉と葉、花と花が触れてるからなのか、ザザァ、と音がする。その風に、花の香りが混ざって、いいにおい。


 ぽっかりと空に浮かぶ月は、半分ほど欠けているけど、地上にいる僕たちを照らしてくれるから、明るい。

 みんな何も言わないで、月を見る。

 濃い黄色い月は、光ってキレイだった。


「また来年も、こうして花見に来ようぜ」


 ラズロさんの言葉にみんな頷く。


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