013.新しい仕入れ先と吟遊詩人
ラズロさんと買い出し。
端肉のペーストも美味しいけど、キノコのペーストも美味しいので、買いたいな。
季節としては終わりに差し掛かってるから、安く大量に仕入れたりしないかな。
「そのペーストって奴を食べてみたい。端肉以外では作れねぇのか?」
「キノコのペーストも作りたいなって思ってるんです。今なら安いかなって思うんですけど、どうですか?」
「値下がり始める頃だな」
決まりだな、とラズロさんは頷いて、野菜を扱ってるお店が並ぶ方に足を向ける。
「おぅ、ラズロ! 今日は何が入り用だい?」
威勢の良いおじさんがラズロさんに話しかける。
「キノコだな」
「ちぃっと季節を外してるが、良いのか?」
ちら、とラズロさんがこちらに視線を向けるので、頷いた。
「大丈夫だ」
「今持ってくるから、待ってろ」
おじさんは奥に引っ込み、カゴいっぱいのキノコを持って戻って来た。
「キノコで何やんだ? 焼くのか?」
「作るのはオレじゃねぇからな」
ラズロさんが僕を見るので、おじさんも僕を見た。
「デボラが言ってたアシュリーか?」
「そうだ」
ラズロさんの大きな手が僕の頭にのる。
「まだちっせぇのに、立派な料理人だ。これからよろしくな。アシュリー、このゴツいのはサイモンだ」
サイモンと呼ばれたおじさんにお辞儀する。
「アシュリーです、よろしくお願いします」
よろしくな、と言ってサイモンさんはにかっと笑った。
「デボラの言う通り、随分良い子じゃねぇか」
「おぅよ。騙したりしたら許さねぇからな」
「そんな事しねぇよ。
アシュリー、コレをどうするつもりなんだ?」
「油で煮て潰して、ペーストにします」
「味付けは?」
塩です、と答えると、ラズロさんがしけた胡椒も入れとけ、と言った、あ、それ美味しそう。
「塩気が欲しいなら、コレ、持ってってくれねぇか?」
サイモンさんが指差した先には、僕の頭ぐらいの大きさはある壺が置いてあった。
「デボラが置いてったんだけどよ、イワシを塩と油に漬けた奴なんだがな。塩気が強過ぎて食うのが大変だっつーのに、デボラの奴、イワシが悪くなりそうになるたびに作って持ってきやがるから、減らねえんだよ」
塩で味付けしたイワシが油に漬かってるもの?
「あぁ、アレな。分かった。もらってくわ」
「無くなったら言ってくれ、まだあるからよ」
……いっぱいもらったんだね、サイモンさん。
前回の時といい、デボラさんはなかなか押しの強い人なんだなって分かった。
キノコとイワシの塩漬けが手に入ったけど、生の野菜が食べたいなぁ。
「サイモンさん、ニンジンはありますか?」
「あるぜ、冬ニンジンが」
サイモンさんが親指で差した方にニンジンが山盛りになっていた。
「ニンジン? 何すんだ?」
「ニンジンの酢漬けを作りたいんです。塩と油と酢を入れて作るんですけど、冬場は野菜が足りなくなるので、酢漬けにして日持ちさせるんです」
ニンジンの側にカラシナが束になっておいてあった。
「あ、カラシナも欲しいです」
「好きなだけ持ってっていいぞ。借金のカタに置いてかれたんだけどよ、どう扱って良いか分からなくて参ってたんだ」
サイモンさんにお礼を言ってお城に戻る。
帰り道、カラシナの使い道をラズロさんが聞いてきた。
「アレをどうすんだ?」
「粒マスタードを作ります。ちょっと手間がかかりますけど、色んな料理に使えるんです」
「粒マスタード?」
王都では食べないのかな?
村では川の土手なんかに群生するカラシナの実から、粒マスタードを作ってた。
ちょっと時間がかかるから、今回の酢漬けには使えないだろうけど、美味しいから作っておきたい。
「腸詰に付けると、酸味と辛みで腸詰の味がひきしまって、美味しいんですよ」
「是非やろう。手伝うぜ」
お城に戻った僕達は、念の為キノコの選別をしてから洗う。この前と違っておかしなのはなかったけど。
興味があったらしくて、ラズロさんにキノコの種類と見分け方を教えながら選別していく。
終わったらラズロさんはキノコと一緒に炒めるネギをみじん切りしていってくれてる。僕はキノコを刻み始める。
「そう言えばイワシ、どうする?」
サイモンさんに渡されたイワシの塩漬け。
壺のフタを開けて、取り出してみる。生みたいだ。ただ、しっかり塩に漬けられてたから、悪くはなってなさそう。油にも入っていたから、余計に。
「ネギとキノコのペーストに、ちょっと混ぜてみたいです。キノコとネギだけだとぼんやりした味になるんですけど、これが入ったら味がしまるような気がします」
「あー、なるほどな」
味の想像がついたのか、ラズロさんが頷く。
大鍋に油をひいて、ネギとキノコを炒める。大鍋だと僕は身長が足りないから、台の上に乗る。
木べらで掻き混ぜて火を通していく。ネギが透明になって、キノコがしんなりしてきた。
「イワシの塩分が強いからな、塩は入れずに胡椒入れようぜ」
「はい」
出来上がったネギとキノコを別の容器に移して、その上にラズロさんが刻んでおいてくれたイワシを入れる。
フタをして、風魔法で細かくしていく。
「何度見てもコレ、すげぇよなぁ」
ラズロさんは風魔法で粉砕しながら攪拌するのが結構好きみたいで、作業していると必ず見に来る。
魔法を止めて、木べらでかき混ぜる。大分細かくはなってきているけど、もうちょっと細かくしたい。
もう一度細かくしていく。
「なぁ、アシュリー」
「なんですか?」
「これは明日には食えるのか?」
質問に思わず笑ってしまった。
「はい、これは明日食べられます」
「よっし。端肉の煮込みは美味かったが、待つのが辛かったからなー!」
ペースト具合を確認する。うん、ちょうど良い感じ。
焼いておいたパンを薄く切って、出来たばかりのペーストを塗る。
一つは自分用。もう一つはラズロさん用。
「お、味見か?」
「そうです」
口に入れる。イワシで十分過ぎる塩分がある。キノコとネギで甘さと旨味と滑らかさはある。
「なぁ、アシュリー、イワシの臭み、消せねぇかな? この前のニンニクとかさ、後は酒か」
イワシが入った事で旨味は増してるんだけど、やっぱり生臭さが出てしまう。
ラズロさんの言うように、ニンニクをみじん切りして、白ワインを入れたら変わるかも。
試しなので別の器に少し取り分けて、ニンニクと白ワインを少し注いでよく掻き混ぜていく。
それからもう一度味見。
「お、コレはちょっと癖はあるものの、美味いな」
「臭みが逆に味になっている気がします」
うんうん、とラズロさんは頷いた。
「よっし、これで明日の昼には食えるな!」
「そのまま食べても良いし、パンに塗って食べても美味しいので、食べる人に食べ方はお任せですね」
「そう言う食べ方も面白れぇな」
ニンニクを刻み、白ワインを注いでよく掻き混ぜてから、保存用の容器に移して氷室に運ぶ。
五瓶出来たから、しばらく持ちそう。
キノコのペーストが出来たから、今度はニンジンの酢漬けを作ろう。
ニンジンを洗って皮を剥き、フルールにあげる。
シャクシャクシャク、と音をさせてあっという間に食べていく。ウサギの姿でニンジンを食べてると、可愛さが倍増する気がする。
四等分にしたニンジンを、皮のように気持ち薄めに剥いていく。剥き終わった最後の芯はフルールに。削ったニンジンは適当な幅で切る。拍子切りにすれば良いんだけど、ニンジンは固いのでどうも大きさがバラバラになっちゃう。ニンジンの酢漬けは生のままだし、味を早めに染み込ませたいのもあって、皮を剥くように身の部分も削って、幅を調整してる。
ニンジン二十本を同様に切って深めの器に入れる。
そこへ塩、胡椒、油、酢を入れて掻き混ぜて、味が染み込めば完成。
「アシュリー、味見しても良いか?」
「まだ味は染み込んでませんけど、いいんですか?」
「おぅ」
日持ちするように酢を強めに入れたのもあって、口に入れた瞬間、ラズロさんが目を閉じた。
「効くな、コレ! 二日酔いに効きそうだ」
「粒マスタードが出来たら、これに加えるんですけど、とても美味しいんですよ」
「ほー? 粒マスタードがどんなもんか分からんが、楽しみにしてるわ。んで、粒マスタードはいつ作るんだ?」
「明日やろうかなって思ってます」
量が少ないから直ぐに終わるだろうけど、今日は大分日が傾いてる。
「じゃあオレも手伝うぜ」
「ありがとうございます!」
「今日はアシュリーも外でメシを食わねぇか?」
外で?
「たまには良いだろ」
「はい。ラズロさんオススメのお店ですか?」
「おぅよ。酒も美味いし、料理も美味いぞ。アシュリーはまだ酒は飲めねえだろうけど、それでも気にいると思うぜ」
「じゃあ、僕も行く」
予想外の方向から声がした。ノエルさんだ。
「夜食の準備はして行くぞ?」
「そうじゃないよ、アシュリーが心配だから僕も行く」
ラズロさんって、結構色んな人に言われているけど、そんなに酒癖が悪いのかな?
連れて来てもらったお店は『宵鍋』と言う名前だった。
「邪魔するぞー」
「おぅ、ラズロか。ノエルも一緒とは珍しいな。……ゥン?」
ラズロさんに声をかけた店主は、ノエルさんに声をかけ、僕を見た。お辞儀する。
「この前ラズロが言ってたアシュリーか?」
「そうだ。美味いものたらふく食わせてやってくれ。いつも作る側だからな、たまには作ってもらう側も良いだろ」
あぁ、そう言う理由で誘ってくれたんだ。
ラズロさんって、かなり気を遣ってくれる人だと思う。
「頰が落ちる程美味いモン、食わしてやるよ!」
キレイな女の人が来て席に案内してくれた。四人席に腰掛ける。
「オレとノエルはエールで。アシュリーにはジュースを頼む」
カウンターからあいよ! と返事が来た。
それから直ぐに酒の入った器と、ジュースが入った器が運ばれて来た。
「おし! 乾杯だ!」
「かんぱーい!」
器を持ち上げて合わせる。
口にしたジュースはリンゴだった。甘くて美味しい〜。
次々と運ばれて来る料理で、テーブルはあっという間に埋め尽くされた。
新年を迎える時と、スキルを神様からもらう時ぐらいしか、こんなに沢山の料理が並ぶ事はなかったから、それだけで僕の胸はワクワクしてしまった。
「アシュリー、コレ美味いぞー」
「こっちも美味しいよ、アシュリー」
ラズロさんとノエルさんが僕のお皿にどんどん料理をのせていくから、食べるのに一生懸命で会話に参加する余裕はなかった。
二人とも有名なのか、ひっきりなしに色んな人が来て話をしていった。男の人も、女の人も、とにかくいっぱい。
「おなか、いっぱいです」
「もうか? まだまだ美味いもんいっぱいあるぞ?」
酔って来てご機嫌なラズロさんが肩に手を回して来た。
「もうちょっとでステージが始まるぞ」
「ステージ?」
「旅の吟遊詩人だったり、踊り子だったりな、日によって違う奴等が、ほら、あそこで」
ラズロさんが指差した先には丸い台があった。踊るだけあって、結構大きめの台だ。
「歌ったり踊ったりすんだよ」
「へぇーっ!」
村にも旅人は寄る事があったけど、芸を披露する人は見た事ない。
「芸が終わって、良かったと思ったら拍手すんだぞ。袋やら帽子を持ってテーブルの間を歩くから、気持ち入れてやるんだ」
気持ち?
「二人とも、始まるよ」
お店の奥から、着飾ったキレイな女の人が出て来て、台の上に乗った。楽器を持ってる。自由になる方の手でスカートを少しだけ持ち上げると、ゆっくりとお辞儀をして、椅子に腰掛けた。楽器を抱くように膝の上にのせる。
村でもお祭りには楽器を弾く事もあったけど、初めて見る形だ。
その女の人は色白で、切れ長の目をしている。微笑むと優しく見える。
さっきまで賑やかだったお店の中は、水を打った様に静かになっていた。
女の人の指が楽器の弦に触れると、ポロン、と少し物悲しい音がした。それから、透き通るような声で歌い出す。
歌詞は分からなかった。見た目からして、この国の人じゃないのかも知れない。
続けて5曲歌い終えると、女の人は立ち上がってお辞儀をした。みんなが拍手する。僕も拍手する。とても、ステキな歌だった。女の人は台から降りると、袋を持ってテーブルの間を歩いて回る。みんなが声をかけながらお金を入れている。なるほど! 気持ちって、お金の事だったんだ。
僕達のいるテーブルに回って来たから、袋にお金を入れようとしたら、女の人に首を振られた。
「子供からはもらえないわ」
ステキな歌だったから、もらって欲しかったのに。残念……。
ラズロさんが銀貨を入れた。おぉ! と言う声が上がる。なんて大盤振る舞い!
「三人からだ」
その言葉に女の人はにっこり微笑んだ。
「ありがとう! とても嬉しいわ」
「それから、嫌じゃなければ空いてる席に座って食ってけよ。料理が余ってる」
僕が子供なのもあるけど、ラズロさんは頼み過ぎだと思うよ。
「……いいのかしら?」
戸惑った顔で、女の人はノエルさんと僕を見る。
「僕はどちらでも」と、ノエルさん。心なし、素っ気ない?
「もし良かったら」と答える。
「じゃあ、着替えてきて良いかしら?」
「おぅ。エールで良いか?」
「えぇ、お願いするわ」
そう言って女の人はお店の奥に入って行った。
着替えて楽器も置いて来たらしい女の人は、さっきより幼く見えた。お化粧も軽く落としたのかも。
「お言葉に甘えてお邪魔するわね」
さっきも思ったけど、声もキレイ。
「私はエスナ。アロシ国の出身よ」
「そりゃ随分遠い所から来たな」
初めて聞く国名だった。ラズロさんは遠い国だと言ったから、僕が見た事のある地図には載ってない国なのかも。
「オレはラズロ。よろしくな」
「僕はノエル」
ノエルさんは名前しか言わなかった。そう言えばラズロさんは平民なのかな? ノエルさんは平民だけど家名があるのは、有名なお家だから?
「僕はアシュリーです」
エスナさんはにっこり微笑んだ。
乾杯するか、とラズロさんが言ったので、ジュースの入った器を手にする。
「新しい出会いと素晴らしい歌に、カンパーイ!」
カンパーイ、と言ってから器を重ねて鳴らし、ジュースを口にする。
「はぁ……美味しいわ」
「料理も遠慮せず食えよ。新しい料理を頼みたいからな」
エスナさんは細い身体だし、そんなに食べられないのでは? と、僕は思ってたんだけど、気持ち良いぐらいにもりもり食べていく。
「歌うとおなか空くのよねー」
なるほど。そうかも知れない。
「アシュリー、飲み物を頼む?」
僕の器に気付いたノエルさんが聞いてきた。
「リンゴも美味しいけど、ブドウも美味しいよ」
「ブドウ?」
「アシュリーは知らないかな?」
頷くと、ノエルさんはちょうど横を通ったお店の女の人にブドウジュースを頼んだ。
「ブドウは、これぐらいの粒が房になって沢山付いてる果物だよ」と、指で丸を作る。
「美味しいわよ」とエスナさん。
しばらくして、運ばれてきたブドウジュースは、真っ黒だった。
「ノエルさん、真っ黒ですよ?」
僕の反応にノエルさんは笑った。
「大丈夫。美味しいから。騙されたと思って飲んでみて」
恐る恐る器に鼻を近付けると、甘い良い匂いがした。リンゴとは違う甘い良い匂い。
口にすると、また、甘くてびっくりする。
濃くて甘い。色からは想像も付かない味だった。
「とっても甘くて美味しいです」
それは良かったよ、とノエルさんは笑顔になる。
「エスナはいつから吟遊詩人をやってるんだ?」
エスナさんは料理を口に入れるのをやめ、口の周りを拭いた。
「八年前からよ」
「一人でか? 女の一人旅はさすがに危ないだろう」
そうなのよ、とエスナさんも頷く。
「そろそろ何処かに腰を落ち着けたいとは思っているの。だから今回が最後の旅になりそう。あ、移動はちゃんと乗合馬車を使ってるのよ。徒歩ではないの」
「それならまだ、安全だな」
乗合馬車は知ってる。村にもたまに寄っていたから。
沢山の人が幌のある馬車に乗って、色んな村に移動する奴だ。
この国では乗合馬車には護衛が付く事が多いから、盗賊や魔物に襲われ難いと聞いた事がある。
テイマーなんかが護衛に付く事が多いみたい。
「良い町はあったか?」
「そうね。港町なんかは旅の途中に寄るのは良かったけど、暮らすとなると閉鎖的な所が多いと聞くし、農村も難しいのよね。私、野良仕事のスキルも無いし」
スキルがなくてもやっていけるけど、ある方が受け入れてもらいやすいって聞く。
「次は何処に行くんだ?」
「冬の間はここで旅銀を貯めて、春になったらコンカ国にでも行こうかな、って思ってるわ」
「じゃあ、しばらくはエスナの歌を聴けるな」
「また聴きに来てくれると嬉しいわ」
それから、エスナさんが行った事のある色んな国の話を聞いているうちに夜も遅くなって来たので、会はお開きになった。
正直に、エスナさんの歌は好きだ。なんだか、村にいた時の事を思い出す。郷愁って言うんだってノエルさんが教えてくれた。
だからエスナさんの歌がしばらくの間聴けるのは、嬉しい。ラズロさんにお願いして、また連れて来てもらいたいな。




