012.牛とリンゴと売り切れごめん
牛が来た。出産していないのにずっとミルクを出せるという牛。キャラメルブラウンのキレイな牛で、直ぐにテイムさせてくれた。
牛と呼んでるけど、分類的には一応モンスターなんだって。グラフェーフっていうらしい。
モンスターの定義はよく分からないけど、このグラフェーフはとても温厚で、テイムしやすいモンスターとの事。実際直ぐにテイムさせてくれた。
通常テイマーは強いモンスターか、移動に適したモンスターをテイムする事が多いみたいで、グラフェーフはあまりテイムされないらしい。
「名前、何にしたんだ?」
「ビーフにしようかなって」
「やめてあげて」
ノエルさんに止められた。
「え、駄目ですか?」
わかりやすいかなって思ったんだけど。
「直球すぎんだろ!」
駄目かぁ。名前考えるの苦手なんだよね……。
「……うーん……じゃあ、メルにします」
キャラメルの後ろ二文字を取ってメル。
「何となく由来は分かったが、それで目を瞑る」
ラズロさんとノエルさんが同時にため息を吐いた。
ネーミングセンスがなくて申し訳ないです……。
「よろしくね、メル」
メルは長い舌で僕の頰を舐めた。
ゾワゾワするー!
「グラフェーフという牛は、テイムしないとミルクを搾らせてくれないらしいから、これからはアシュリーには搾らせてくれると思うよ」
「そうなんですね」
メルの頰を撫でる。
普通の牛はテイムされてなくてもミルクを搾らせてくれるから、そこがモンスターとの違いなのかな?
「ここの生活に慣れてきたら、ミルクを搾らせてね」
牛はストレスを感じるとミルクの質が下がっちゃう。追い立てるような事は牛にとってストレスだから、やらないようにしてる。
「オレ、惚れた女が出来たら、アシュリーの村に行ってみようと思う」
「言わんとする事は何となく分かるよ……」
ラズロさん、今の内容からして、好きな人はいないって事なのかな?
ノエルさんはこんなに忙しくしているけど、大丈夫なのかなー?
日頃お世話になってる僕としては、ステキな奥さんを見つけてしあわせになって欲しいなぁ。
メル用に下ろしたタオルをお湯で濡らして絞ってから、身体を拭いていく。
「生まれ変わるならアシュリーにテイムされたい」
ノエルさんが変な事を言ってる。
生まれ変わるって死んじゃうって事?
恐る恐るノエルさんを見る。実は病気とか?
「アホか。アシュリーが不安そうな顔してんだろが」
ノエルさんが慌てて僕の頭を撫でた。
「例えだよ、物の例えだから、僕はまだ死なないから安心して!」
「良かったです」
最近のノエルさんは変な事を良く言うから、余計に不安になっちゃったよ。
メルは意外な事に雑食、って言うのはちょっと違うかな。草とか野菜とか穀物、果物を好んで食べるらしい。草しか食べないのかと思っていた。
試しにラズロさんが大量に買い込んだ熟していないリンゴを出してみたところ、普通に食べていた。あまりに大量にあり過ぎて、フルールに食べさせるにしてもその前に悪くなりそうだと思っていたから、良かった。
柔らかくなった端肉を、塩で煮込んで味を染み込ませて冷ましておく。すっかり冷めたところでタマネギとリンゴを適当な大きさに切って更に塩を追加して煮込む。
食べる前に胡椒をふりかけて出来上がり。
肉の筋の部分も煮溶けてるから、口に入れたらホロホロと崩れるぐらいには柔らかくなっていると思う。
洗い物を終えて中庭を見ると、リンゴを無心に食べてるメルがいた。牛と同じで反芻するからなのか、リンゴ一つ食べるのも結構時間かかるみたい。
そんなメルの足元でコッコが土を啄んでる。メルはほとんど動かないから大丈夫なんだろうけど、普通なら大きさが全然違うから足元をうろうろするのは危なさそう。
一緒にいるって事は、仲良くなったのかな?
ネロは食堂に用意したカゴベッドの中で丸まってる。このベッドを用意しないと、寒いのが嫌で、ずっと僕の肩の上に乗ってしまうから、仕方なく。
食堂に来た人たちにはきまぐれに撫でさせたり、相手をしたりするけど、構われたくない時は僕の部屋に行ってるみたい。賢いなぁ。
フルールは僕の側にいて、調理で出た不要な部分。野菜とか果物の皮とかをせっせと食べてる。
ラズロさんは買い出しで、お店が売値も付かないようなものを置いてるとフルール用にもらって来てくれる。
トキア様が沢山食べさせろとおっしゃってたから、ラズロさんからの差し入れ?は、とてもありがたいのです。
「うおっ! 良い匂い!」
買い出しに出ていたラズロさんが戻って来た。
端肉を煮てるので今日も僕はお留守番。
「おかえりなさい、ラズロさん」
カゴいっぱいに入れた素材を台の上にドサドサと並べて行く。
「今日は粉類と塩と胡椒、ベーコンと腸詰、ハムを冬を越せる分頼んで来たから遅くなっちまった。悪ぃな、アシュリー」
「大丈夫ですよー」
「土産があるぞ」
土産?
ほら、と言って渡されたのは、紫色の塊だった。
「アシュリーはアマイモは初めてか?」
アマイモ?
「この時期にな、ほんっとにたまにだけど南の国から入ってくるんだよ。蒸して食うんだけどな、甘くて美味いぞ」
半分に割って、皮を剥いて齧れ、と言われたので、言われたように皮を剥く。凄い薄い皮! 中は黄金色で、甘くて良い匂いがする。
フルールに皮と身の部分をあげると、鼻をひくひくさせてから、齧り付いた。
僕も噛り付く。柔らかい! 甘い! 熱い!
「あつ……っ!」
はははっ、とラズロさんは笑った。
「でも美味いだろ?」
口の中にアマイモが入ってるから、こくこく頷くと満足げにラズロさんは笑った。
「また売ってたら買って来てやるよ」
「ありがとうございます!」
にゃー、と足元からネロの鳴き声。僕の足をカリカリしてる。
「ネロも食べたい?」
屈んで皮を剥いてから少しネロにあげる。ネロは器用に前足でアマイモを挟んで食べ始めた。美味しいのか、夢中になって食べてる。コッコとメルにも少しずつお裾分けした。
コッコは恐る恐る突いた後、高速で突いて食べた。美味しかったんだね。
メルはひと口で食べてしまったけど、べろり、と口のまわりを舐めていたから美味しかったんだと思う。
「ラズロさん、ありがとうございます、とっても美味しかったです!」
「動物にも分けてやるなんて、ほんっとアシュリーは良い子だよなぁ」
「そんな事ないですよ?」
食べ終えたネロは肉球部分を念入りに舐めてる。満足してくれたみたいで良かった。
「独り占めしようとしても、ネロに取られてたかも知れませんし」
ははっ、とラズロさんは笑う。
「確かに良い食い付きだったな」
「でしたね。あ、そうだ。ラズロさん、煮込みの味見してもらえますか?」
「おっ! 遂に来たかー! いつ食えんのかと聞かれまくってたんだよ」
えっ、そうなの?!
ラズロさんは煮込みから取り皿に少しだけ移して口に入れた。
「うまっ! なんだこれ!」
僕も味見をしたんだけど、お肉の旨味とリンゴの酸味とネギの甘味が出て、自画自賛しちゃうけど、美味しかった。
「これが端肉と捨てリンゴとは思えないな!」
「明日のお昼に出そうと思います」
「明日は売り切れ注意だな」
ニヤ、とラズロさんが笑った。
まさかそんな。
ラズロさんが言った通り、昼食時の食堂は入れない人が出た程だった。
「肉が! 口の中で溶ける!」
「美味い!」
食堂のあちこちから上がる声に嬉しくなる。
二日かけてコトコト煮込んで、味をゆっくりと染み込ませた豚の端肉とネギとリンゴの煮込みは、あっという間に完食されてしまった。
いつもよりも多めに作ったのに、なくなってしまうなんて思わなかった。
食べられなかった人もいたみたい。
「いつもよりも多めに作った筈なのに、どうして足りなくなっちゃったんでしょう?」
「普段ならあっちを使う奴等まで紛れ込んでたからな、足りなくなるに決まってる」
あっち?
「上級官までこっちに来てたんだよ、アシュリーは気付いてなかったろうけど」
「ジョウキュウカン?」
お城の中の事を全然分かってない僕に、ラズロさんが説明してくれた。
「城の職務は大概三つの等級に分かれてんだよ。上級、中級、下級ってな。この城には食堂が二つあるって話したろ?」
ラズロさんの問いに頷く。
「王族や大臣達はそれぞれ部屋に食事が運ばれるが、これはあっちの食堂で作った物を出す。素材もメニューも別だ。上級官と呼ばれる奴等はあっちで食うのが基本だ。別にこっちで食っても構わねぇけど、お高く止まった奴等が多いからな、大体来ねぇな」
ふむふむ。
上級官、中級官、下級官。
「中級官、下級官が使用して良いのがこっちの食堂だ。
金銭的にゆとりのある奴は少ねぇからな、いつもここに来て食ってく。だから今日アシュリーが作った量は絶対に足りる量だったんだよ。それ以上に用意もしてたしな。
普段なら寄り付きもしねぇ上級官が今日に限ってゴロゴロいたからな、足りなくなる」
「どうして今日、こっちに来たんでしょう?」
「二日に渡ってここから良い匂いが城内に漂ってたからな、興味がわいたんだろ」
「そう言うもの、なんですか?」
「そんなもんだ」
片付けをしながらそんな話をしていたら、食堂に誰かが駆け込んで来た。
「今日の!」
ノエルさんだ。
「今日のランチ、売り切れたって本当?!」
「売り切れだ」
ノエルさんは壁に額を付けて何かブツブツ言ってる。
何て言ってるのか聞こうと近付いたらラズロさんに耳を塞がれた。
「やべーこと言ってっから、アシュリーは聞くな」
ちょっとしてトキア様とクリフさんもやって来た。
丁度良かった。
「お昼は食べてしまいましたか?」
ノエルさんは俯きながら首を横に振った。……本当に大丈夫かな……?
「まだだが、本日のは大人気で売り切れと聞いたが」
トキア様までどうして知ってるんだろう?
「? みなさんのは取っておいてありますよ?」
途端にノエルさんの顔が明るくなって、抱き締められて窒息しそうになった。
そんなに楽しみにしてくれてたんだ。
トキア様、クリフさん、ノエルさん、ラズロさんと僕用に別に取り分けておいたのを、火にかけて温める。
「ちょっとカギ閉めてくるわ」
そう言ってラズロさんは食堂のカギを閉めた。
「売り切れた場合の札でも作るかな」
温めた煮込みを器に移して、テーブルに置く。ノエルさんとクリフさんがみんなが座る場所に置いてくれた。
スプーンとフォークを持って僕も座る。
「いただきます!」
ノエルさんは肉を口に頬張った直後、目を閉じた。
「お……美味しい……肉なのに……肉なのに口の中で溶けていく」
「これは……美味いな」とクリフさん。
「うむ……丁寧によくよく煮込まれている。これだけ手間のかけた料理は久しぶりだ。実に美味だな」
「うん、美味い」
僕も口にする。
味見でちょっと口にしたぐらいだったから、僕も全然食べれて無かったんだよね。
うん、口の中で肉がほろほろと崩れる。よく煮えてる。
美味しい。
「これ、もしかしてリンゴなの?」
スプーンで掬ったリンゴを食べる。
「とろりとしているのに、噛むとちょっとシャクッとする。不思議な食感だね。ネギもとろとろで口の中で溶けるよ」
気に入ってくれたみたいで、ノエルさんはにこにこしている。クリフさんも笑顔だ。トキア様の口角が上がってる。良かった、上手くいって。
「アシュリーのレシピをリンゴ農家の坊々に売り付けてやろうかと思ったけど、こりゃ、真似出来ねぇから売れないなぁ」
苦笑いしながらラズロさんが言う。
「アシュリーぐらいだよね、こんなに時間をかけて魔法で煮込み続けられるのは」
「そうだな」
クリフさんも頷く。
「端肉は全部使い終わったの?」
「いえ、まだあるので、暇を見て煮込んで、ペースト状にしようかと思ってます」
ペースト? と、みんなの声が揃った。
「端肉を柔らかくなるまで脂で煮込んで、ほぐしたものなんですけど、保存食になるんですよ。パンに塗っても美味しいですし、固めて焼いても美味しいんですよ」
父さんはよく、酒のつまみにちょっとずつ食べてたな。
きのこで作るペーストも美味しいんだよね。
明日の買い出し、連れて行ってもらおう。




