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前代未聞のダンジョンメーカー  作者: 黛ちまた
第一章 新しい生活のはじまり
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011.お風呂とリンゴ

 今日、お風呂が完成する予定と聞いて、気持ちがそわそわする。

 もしかして、今日の夜から入れたりするのかな?


「アシュリー、落ち着け」


 お風呂のことばかり考えてしまって、どうも落ち着きがなかったみたいで、ラズロさんに頭をポンポンされた。


「ご、ごめんなさい、ラズロさん」


「いいよ。オレも楽しみだしな」


 昨日コッコが産んでくれた卵と、今朝産んでくれた卵を目玉焼きにする。

 鶏が一日に産める卵は1個。何日かに一度は産むのをお休みする。だからコッコの卵は食堂の料理には使えない。

 僕とラズロさんが大切に食べる。


「新鮮な卵を食べられるってのは贅沢な事だよな」


「本当ですね」


 コッコは裏庭を気に入っているみたいで、日中はそこで土を突いたりしている。秋も深まって来てるから、虫なんかは減ってるだろうけど。

 それにごはんとしては、食材の端っこなんかを食べている。人参の葉っぱ部分とかも好きみたいで、足で踏んで押さえて、器用に突いて食べる。

 キャベツとか、ネギとかジャガイモは食べさせない方が良い、と、コッコを譲ってくれた人が言っていたから、言い付けを守ってる。

 ネギはにおいも強いし、ジャガイモの芽は毒があるって言うから分かるんだけど、キャベツはちょっと不思議。


「そう言えば、飲み仲間がリンゴが売れなくて困る、って泣いてたんだよ。アシュリー、リンゴを使った料理、知らないか?」


「リンゴなのに、売れないんですか?」


 リンゴは人気の果物だから、売れないなんて、初めて聞いた。甘くて程良い酸味のリンゴは、生のまま皮を剥いて食べても美味しいし、煮るだけで甘くて美味しい。


「それがなぁ、ソイツ、馬鹿だからまだ若いうちから収穫しちまったみたいなんだよ」


 それは、駄目な気がする。


「ジャガイモ代わりに使えますよ」


「ジャガイモ代わり?」


「はい。前に村に台風が来て、リンゴが被害を受けて、熟す前に木から落ちちゃったんです。食べたら全然甘くなくて美味しくなくって。みんなでどうやったら美味しくなるかを考えたんです。ジャガイモの代わりにスープに入れるのが良いねってことになったんですよ」


 あの時は美味しくないリンゴを美味しく出来るかを、みんなで考えて試したりして、楽しかった。

 美味しくないリンゴを食べさせられるから、結論が出るまでは辛かったんだけど、みんなでわいわい集まって楽しかったことを覚えてる。


「豚をベーコンやハムにして余った端肉を安く売ってもらって、リンゴと煮て食べるのが好きです」


「よし、今日の買い出しで端肉を買ってくるわ。それから売れ残りリンゴを買い叩いてくるぜ」


 買い叩いちゃうんだ。

 ……売れないよりは、良いのかな? どうしても駄目な場合はフルール用に売ってもらおうかな。


 ラズロさんはにやりと笑う。


「馬鹿だな、アシュリー。アシュリーが作ってくれる料理は美味い。となれば、捨てるか身内で食べるしかないような端肉なんて捨値なんだぞ。それと売れ残りのリンゴなんて買い叩ける。安く済むだろうが」


 なるほど!

 安くて美味しいなら言うことないよね。


 意気揚々と出かけて行ったラズロさんは、台車に山盛りのリンゴを載せて帰ってきた。そうかと思うと、端肉がたっぷり載った台車がやってきた。

 ……ラズロさん、限度ってあると思うの。




 「それでこんなに買ってきたの? 馬鹿なの?」


 ノエルさんの冷たい視線がラズロさんに刺さる。


「アシュリーの話だと、ずっと煮込んでいないといけないんでしょ? ずっと魔法を使い続けるって大変なんだよ? 分かってるの?」


 魔法に関してだからなのか、ノエルさんは本気でラズロさんに怒っていた。


「……ずっと煮込まなくちゃいけないなんて思ってなかったんだよ……」


 さすがのラズロさんもノエルさんの剣幕に押されて、声が小さくなってる。


「もう食材を買ってしまったのは仕方がないとして、アシュリーが小腹が空いた時に食べれるように、何か買ってきて。今すぐ、ラズロの自腹で」


「わ、分かったよ!」


 逃げるようにしてラズロさんは食堂から出て行った。

 ノエルさんのため息が深いです。


「まったく、アイツは。馬鹿じゃない筈なんだけど、時折こう言ったズレた事をするんだよね。ごめんね、アシュリー」


「大丈夫です。端肉は一度に使わずに氷室に保管しておきます。リンゴも」


「僕も微調整の練習として手伝っても良い?」


 ノエルさんは魔力量が多いから、普通に使っても威力が出てしまう。この前の貝祭りでもそうだったけど、弱めに魔法を放出するのが苦手なんだって。


「ありがとうございます。でも大丈夫ですか? 魔法師団の方のお仕事は忙しくないんですか?」


「終わってから手伝いにくるから大丈夫だよ」


 そう言ってノエルさんが頭を撫でてくれた。

 ノエルさんは本当に優しい。




 端肉を水魔法ですすいで汚れとか血を落として、大鍋に入れていく。

 僕の魔力量と要相談ではあるけど、最近寒くなってきたから、煮込み料理をしていると食堂が温まって嬉しい。


 最近はコーヒーとか、ミルクコーヒーを飲みに食堂に休憩に来る人が増えた。


「わっ、食堂があったかいー!」


 この声はリンさん。

 毎日食堂にお昼を食べに来てくれる人で、お城でのお仕事はジムショリなんだって。書類とにらめっこする仕事だよ! って言ってた。


「アシュリー、ミルクコーヒー下さいなー」


「はい、ちょっと待って下さいね」


 リンさんはカウンターに腰掛けた。リンさんはいつもカウンターに座る。

 人によっては食堂の端に座って、休憩する。

 休み方は人それぞれなんだなぁ、って見ていて思う。


「アシュリー、何を煮てるの?」


「豚肉の筋の多い端肉です。食べられるのは明後日になると思います」


「えーっ! 今から煮て食べられるのが明後日?!」


 筋のある肉はまるまる一日煮込んで、ようやく食べられるようになる。結構な量で、最初にノエルさんに沸騰まで手伝ってもらったから、僕の火魔法のとろ火でもこうして煮込んでいられる。


「僕は大好きな味なんですけど、みんなの口に合うと嬉しいです」


 カウンターと厨房の間の台の上に、ミルクコーヒーを置くと、リンさんの手が伸びてきた。


「リンさん、手が荒れてますね」


 季節的に荒れてくる時期だよね。


「そうなのー。紙が手の潤いを奪うんだよー」


 調理の仕事も手がカサカサになるけど、紙を扱うお仕事もそうなんだなぁ。

 ポケットから、木で作った蓋付きの容器を渡す。


「なぁに? これ」


「中に油を固めたものが入ってます。少しとって、手に伸ばしてみて下さい」


 いつも家のことをしていた僕の手が荒れていたから、魔女が教えてくれた、肌荒れの薬。

 固まりやすい油に、薬草をすり潰して漉したものを入れてる。


「え、これ、良い匂いだね」


「良い香りのする薬草を入れてあるんです。気にせず渡してしまったんですけど、匂い、大丈夫でしたか?」


 大丈夫! と笑顔で答えながら、リンさんは手に油を塗り込んでいく。


「ねぇ、アシュリー、お金を払うから、私にもこれ、作ってくれない? これからの季節、すっごい手が荒れて、酷い時なんて裂けて血が出ちゃうの!」


 血が?!


「分かりました。出来たら渡しますね」


「ありがとう!」







 遂にお風呂が完成!

 まず最初に入って来いと言われたので、お湯を入れに行く。そういえば、掃除用具を買ってなかった。明日買いに行きたいけど、端肉の煮込みもあるし、どうしよう。


 ノエルさんとラズロさんも一緒。見てみたいんだって。


「まさか城に風呂が作られるとは思わなかったぜ」


「確かに」


 裏庭の奥に風呂用の小屋があった。裏庭にいるコッコを迎えに行く時に見てはいたけど、こうして完成したのを見ると、胸がわくわくする。

 ドアには中鍵が付いてる。外からも開けられるけど、その鍵は何故か僕の部屋に置かれる事になった。管理人ってこと?


 ドアを開けて中に入る。ランタンの明かりしかないので全体は見えない。脱衣所から土足厳禁にしてもらった。

 村の浴場を参考にしてて、上手く伝えられていたか心配だったけど、大丈夫みたい。


「靴はここで脱いで下さいね」


「えっ?!」


 ノエルさんが僕と木工ギルドの間に入って、拙い僕の説明をギルドの人に伝えてくれた。

 だからノエルさんは中の作りとかが分かってるけど、ラズロさんは初めてだから戸惑ってるみたい。


「え、じゃなくて、靴を脱いで」


「オレはまだ風呂に入んねぇぞ?」


「違うよ、この脱衣所がそもそも、土足を禁止してるの。せっかくお風呂で身体を洗ってキレイになっても、脱衣所が汚かったら足が汚れちゃうでしょ?」


 ノエルさん説明に納得したラズロさんは、靴を脱いだ。


「靴はこの、靴箱に入れます」


 脱いだ靴を、すぐ横に作ってもらった棚に入れて扉を閉める。


「なんだコレ?!」


「靴箱です。靴を入れたら、閉じて、扉に付いてる札を取って下さい」


 ラズロさんの頭の上に?が見えるぐらいに、戸惑ってる。その姿を見てノエルさんが笑う。


「その札を差し込むと、開くんだよ」


 言われた通りに札を扉に付いてるポケットに嵌めると、カチリ、と音がさせて開いた。


「コレがあったら全部開けられんのか?」


「開かないよ」


 ノエルさんが札をラズロさんに見せる。ラズロさんがもう一度手にした札と見比べる。

 似てるけど、札の下の切り込みが違う。


「形が違うのか」


 そう、とノエルさんが答えた。


「靴箱は二十あって、全部札の形が違うからね、それに番号が書いてあるでしょ」


「おう」


 ラズロさんの札は5番。僕は7番。ノエルさんは12番。


「札に書いてある数字と棚に書いてある数字は一致してるから、目安にしてね」


 ほほーっ、とラズロさんが感心したように声を上げる。


「面白れぇなぁ、コレ」


 札には麻紐が通されてるので、その麻紐で手首に巻いてもらえば、無くさないで済む。

 脱衣所には大きな棚を設置してもらった。好きな場所で服を脱ぎ着してもらおうと思って。


 すっかり忘れていたけど、脱衣所のあちこちにろうそくが立てられる場所が用意されていた。その一つひとつに火魔法で明かりを灯す。

 ノエルさんがやると火災になるから、僕がやる。


「ごめんね、アシュリー。早く微調整出来るようになるからねっ」


「気にしないで下さい。ノエルさんはそんなこと出来なくても凄いんですから」


「アシュリー!」


 ノエルさんに抱きしめられて窒息しそうになったのをラズロさんが助けてくれた。


「アシュリー、湯を入れんだろ?」


「はい」


 浴室にも明かりを灯していく。お湯がかからないように高い位置にろうそくがおかれてる。魔法だから灯せるけど、そうじゃなかったら僕の身長だと手が届かないかも。


 浴槽に向けて火と水の魔法を唱える。単純に消えない火の中を水が通ることでお湯になる、っていうものなんだけどね。

 問題は、村の家にあった浴槽よりこの浴槽が大きいから、すぐにいっぱいにならない気がする。今も少しずつしかお湯が溜まっていかない。


「なるほどー。これなら僕も出来るかも」


 そう言ってノエルさんが、前よりも加減出来るようになった火魔法で作り出した火を浴槽の上に浮かばせる。そこに魔法で作った水を通していく。

 魔力量が僕もよりも圧倒的に多いノエルさんがやってくれたので、あっという間に浴槽にお湯がはられた。

 さすがです。


「これ、湯水が冷えてきたらどうすんだ?」


「魔法で作った火をお湯の中に入れるんです。魔力で維持している間は火は消えないので」


「なるほどな」と、うんうん頷くと、ラズロさんは浴槽に手を入れた。


「良い湯加減だぞ! オレたちはもう食堂に戻るから、アシュリーはこのまま入っちまえよ!」


「あ、じゃあ、タオルとせっけんを部屋に取りに行きます。持ってきてないので」


 ラズロさんとノエルさんと一緒に一度食堂に戻ってから、部屋にタオルとせっけんを取りに行き、お風呂にとんぼ返りした。


 お湯を汚さないように、先に身体やら髪を洗う。それがマナーよ! と母さんから教わった。

 石鹸を泡立てて、泡で髪を洗っていく。それから顔、身体も泡で洗う。

 村では毎年へちまを作っていて、へちまが出来たら繊維だけ残るように煮てスポンジを作っていた。出来たらここでも作りたい。この前王都で見たのは硬い毛のブラシばっかりだったんだよね。


 全身キレイにしてから浴槽に入る。


「はぁ…………」


 身体のあちこちがほぐれていくのが分かる。お風呂に入れない日が続いて、少し寒くもなってきてたから、自然と体に力が入ってたみたい。

 温かくて、気持ち良い。

 お風呂は一日の疲れを取る貴重な時間。王都にお風呂がないと知ってショックだったけど、ラズロさん、ノエルさん、クリフさんのお陰でここでもお風呂に入れる。

 あぁ、しあわせ……。




 タオルで髪を軽く拭き、風魔法で髪の水分を飛ばす。ちゃんと乾かさないと風邪ひいちゃうからね。

 新しい下着、服に着替えてお風呂を出て食堂に戻る。

 ラズロさんとノエルさんがカードをしていた。


「おぅ、さっぱりした顔してやがるな。さて、オレも入ってくるかなー」


「ちょっとラズロ、自分が負けそうだからって逃げようとしてるでしょ?」


 そんな事ねぇよ、と言いながら視線を逸らしてるから、図星だね、うん。

 文字通り逃げるようにしてラズロさんは食堂を出て行った。


「お風呂はどうだった?」


「とても気持ち良かったです! ノエルさん、本当にありがとうございます!」


 ノエルさんはにこにこと微笑む。


「どういたしまして。実家でもお風呂はあったけど、大きさがないからね。あんな大きな浴槽は初めてだから、僕も楽しみだよ」


 それから、貴族の人達が入るお風呂の話を聞いた。

 浴槽はあるにはあるけど、浴室そのものを蒸気で満たして、その中で座って汗をかき、浴槽に浸かって汗を流すのが一般的な入浴方式らしい。

 僕の知ってる入浴方法と全然違うのでびっくりした。

 ノエルさんは僕の村の入浴方法を試してみたいらしい。


「アシュリー、今度の週末はどうするの?」


「浴室と脱衣所を掃除する道具が欲しいのと、身体を洗うスポンジが欲しいです」


 食堂の食器を洗うのにたわしを使ってるけど、洗い切れない事があって、何度も洗う事になるから、食器を洗うのにスポンジが欲しい。


「スポンジ……?」


 ノエルさんが怪訝な顔をする。


「アシュリー、スポンジって、何?」


 村にはへちまで大量にスポンジを作って、それで身体を洗ったり、食堂洗いに使ってた。その話をするとノエルさんが困ったように笑う。


「アシュリーの出身村は、聞けば聞くほど意味が分からない程に衛生的だね。王都の比じゃない。桁違いだよ」


 自分の村しか知らなかったから、あれが普通なんだと思っていたけど、全然普通じゃなかったみたい。


「週末、買い物に行こう。来年はへちまを育てるにしても、とりあえず今、必要だからね」


「いいんですか?」


「勿論だよ。冬用の布団も買わないといけないでしょ?」


 冬用の布団かぁ。


「王都では何て言う鳥の羽根を使ってるんですか?」


「……羽根……?」


 あれ……?

 ノエルさんの反応が、おかしい。


「布団の話ですよね?」


「布団の話だね」


「……羽毛、入れますよね?」


「羽毛? 布団に入れるのは綿だろう?」


「………………」

「………………」


 はぁ、と深いため息を吐いたノエルさんは、その辺も教えて、と言った。

 どうやら、布団事情も違うみたい……。


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