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「シュリアさん?」

 カイナルは戸惑いながら聞き直した。

 とんでもなく物騒な意味に聞こえたのだ。

「受ける、というのは?」

「こんな私ですがよろしくお願いします」

「え、あ、はい……?」

 すっくと立ち上がったシュリアは、一拍置いて、並々ならぬ決意の程が伝わるように深く頭を下げた。

 再び見せた顔には敵愾心が表れていて、とてもじゃないが照れ隠しとは思えぬ覇気が漲っている。

 その、甘さのかけらもない様子に、さすがのカイナルも不安に襲われたようだ。本当に良いのかと、神妙な顔付きで念を押した。

「あなたには多大な苦労をかけることになります。伯爵は、親交のある貴族に養女として迎えて貰うつもりでいますが、そうやって身分を整えても、周囲は好き放題にあなたを貶めるでしょう。それでも承諾してくださいますか?」

 自信なく問いかけたカイナルの手を、回り込んだシュリアが固く握る。

「大丈夫です。いえ、大丈夫じゃないけれど大丈夫です!」

 両手で包んだ大きな手をぎゅうぎゅうと握りつぶし、派手に振り回し、強い意思を宿す瞳で言い切るのだ。

「あなたが私を見ていてくださるなら、私は大丈夫ですから!」


 だから、私だけを見て。


 何という積極的な告白だろうか。

 勢いに押され呆然となったカイナルは、やがて意味を噛み締めると柔らかく相好を崩した。

「それならば、大丈夫です」

「私、負けません」

「頼もしいですね」

「いつか絶対に、伯爵様に許してくれと言わせてみせます」 

「……許してくれ? 何を?」

 気合い十分の初心演説を前に、受けると言った意味をもう一度尋ねるべきか逡巡するカイナルである。

「これで、約束が果たされて魂の呪いも解ければ一石三鳥ですね」

「約束……」

「なんて、どういう約束か分からないので簡単に言ってしまいました」

 関係を繋ぐだけではなく生涯を共にする。だから、魂の呪いを終わらせることができるのではないか。

 シュリアの思い付きが、カイナルの疑念を吹き飛ばした。

 間違いない。求めた答えで合っていたのだ。

「ちょっと浅はかでしたね、すみません」

 そうと知らないシュリアは、先ほどまでの食い気味な様子はどこへやら、一日を終えた花のように小さく萎れてしまった。

「良いのですよ。もう、それは、良いのです」

 慰める声が俯いた顔を追い掛ける。

「王城前の石畳を見に行くという約束でしたね。打ち身と、怪我と、二日酔いに効く薬草の調合もお願いしていました。他には……」

 シュリアが忘れていた小さな約束まで楽しそうに並べ上げ、これが全てだと、カイナルは告げた。

「全て、ですか?」

「はい。他に、果たしていない約束はありません」

「でも!」

 あの約束を残せば呪いが解けない。

 言いかけたシュリアの唇に長い指が触れた。

「あなたと交わした約束はこれが全てです。あなたと歩く私に、その他の約束は必要ない」

 視線だけで真意を探るシュリアに頷きが返る。

「どうすれば過去を封じられるのか悩んだのですが、そうではなかった。過去とは、とっくに終わってしまって、ただそこにあるだけのものでした」

 だから、封じたりやり直したり、今になって手をかけるような真似はできないのだ。

 あの約束は過去のもの。

 そう語るカイナルに、無理や後悔の色は浮かんでいない。



 結局、折り合いを付けるのも付けられるのもカイナル自身だ。

 喋ることで整理をつけたいのだろうと察したシュリアは、黙って耳を澄ました。

 そんな風に構えていたら、である。

「あなたも私だけを見ていてくださるのでしょう? それならば私も大丈夫です。何も不安に思うことはありませんね?」

 続けられたのは、シュリアがなかば勢い任せでぶつけてしまった台詞だ。

 どこかのお姫様ならともかく、改めて聞くと自分には過ぎた台詞だったことが良く分かる。

 何てことを言ってしまったのか。

 遅い後悔に悶えながら、先ほどのカイナルと同じように返した。

「そ、それなら大丈夫ですよ!」

 すると目の前には、実に晴れやかな笑顔が広がったのだ。

「どんな未来であれ、あなたを妻に迎えられる日が今から楽しみです」

 どこにいるのかも忘れさせるような見とれるほどの笑顔に、うっかり見とれたシュリアはつられて笑った。

「そうですね、妻に、つまに……」

「そう、私の妻に」


 なってくださるのでしょう?


 笑顔が圧力となって襲い掛かった。

 カイナルの変わらぬ強引さは、シュリアの中から欲しい言葉だけを引っ張り出そうとしている。

 異論はないが、勢いなくして簡単に口にできるかといえば別問題だ。

「な、ならせていただきますとも……」

 喜んで、と。

 消え入る声でシュリアは続けた。

 俯くまいと必死な顔は、薄暗い書庫でもはっきり見て取れるほど真っ赤に染まっている。

 恥ずかしさか悔しさか、その理由までは分からない。

貴重なお時間を割いて最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


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