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 王城でのミルデハルト伯爵は、忙しい名誉職と揶揄されている。

 先ほど、そんな風に説明を受けたシュリアである。

 片やカイナルといえば、私情さえ挟まなければ将来有望と次兄ルミエフに言わしめた男。

 持ち前の回転の速さと冷静さを発揮されたら舌を巻くと語る兄の評価は、私情を挟んだ姿ばかり目にしていても信じるに値する。

(そんなカイナル様を名誉職に? 書庫の整理を終わらせるため?)

 身勝手も大概にしろと、もはや憤懣やるかたない。

「ミルデハルト領主はミルデハルト伯爵でなければいけませんから、その場合、伯爵が持つ無駄に多い爵位のうち相応の爵位が私には与えられます」

 とは言っても一部署の長が男爵や子爵という訳にはいかない。領地を持たぬ名ばかりの伯爵位が妥当だろう。それならば、平民出身の妻でも貴族の夫人業が務まるのではないか。

 さも名案と言いたげにミルデハルト伯爵は語ったのだとか。

「一応、伯爵なりの配慮なのですよ。さすがに、ミルデハルト伯爵夫人は荷が重いですからね」

「へぇ……」

 配慮という名のこじつけは、もはや、取って付けた理由にしか聞こえないのである。

(実際のところ取って付けただけでしょう? 甥っ子が平民の妻を迎えるなんて、いくら伯爵様でも想像しないわよね)

 結局のところ。

 シュリアがカイナルを選べば自動的にシュリアの将来も決まる。領主夫人と長官夫人、ありがたい配慮だろうが重圧に変わりない。

「あなたが私を選ぶも選ばないも伯爵に損はありません。現状、この家には私以上に血の濃い後継者がいませんので、このまま行けば次のミルデハルト伯爵には私が収まるでしょう。それで、あなたは書庫に残るという筋書きです」

 完璧で嫌らしい計画ですよねと、カイナルは同意を求めた。

「……伯爵様はそこまでお考えなんですね」

 暇さえあれば書庫に顔を出し、作業中のシュリアに気安く喋りかけてくるミルデハルト伯爵。

(実はそんな策略を練っていらしたなんて……)

 腹の内を知った今、もう二度と、わだかまりなく笑えそうにない。

 しかめた顔から心中を察したのか、カイナルの伯父に対する態度は僅かに軟化した。

「あれで、なけなしの良心はあるのですよ。レンブルク中央教会の「歴の書」を求めたのは不安の芽を摘むためです。妙な因縁を付けられても、ましてや国が滅んでも苦労するのは次の伯爵ですからね」

 魔力と聞けばミルデハルト伯爵家が連想される世の中である。可能な限り平坦な道を引き継ぐ努力こそ、伯爵なりの愛情表現だった。

 ライルを引き入れたのもそうだ。どちらを継がせるにしろ、カイナルには支えが必要であると考えたからだ。

 聡明で、機転が利いて、相性が良い。

 完璧に条件を満たすライルは、まだ子供の頃から目を付けられていた。

「傍若無人なだけでは伯爵家当主は務まりません。僅かですが長所もありますから、今すぐ勤めを辞めようなどと思わないでやってください」

「辞めようとまでは、思っていませんけれど」

「ありがとうございます」

 そういうことですから、と。

 上体を起こし、仕切り直すようにカイナルは言った。

「伯爵の都合まで気にされなくて結構です」

「……そのようですね」

 着々と……いや、虎視眈々と計画を実行に移すミルデハルト伯爵は、シュリアの気遣いなど求めていないだろう。

(……と、いうことは?)

 はたと、その事実に気付いてしまった。


 後顧の憂いが、全て断たれた。


 伯爵は相当あなたを気に入っているのですね、とか何とか続く涼しい声も耳に入らず、猛然と最終判断を迫られるシュリアである。

(どうするの、どうなの、私!)

 ここで縁を切ってしまうのか、否か。

 許される返事はそのどちらかで、下手な逃げ口上は通用しない。

(そういえば私、あなたが好きって、勢いで言ってしまわなかった?)

 よくよく記憶を巻き戻せば、つい先ほど、ちゃんと告白済みなのである。

(今さら悩んだって、もう言ってしまったのに?)

 答えは出た、素直になれ。

 激励の嵐に身を委ねるシュリアは、眉間に刻んだ皺もくっきりと深く一点を見つめ続けている。

 そうと知らないカイナルは、険しい表情のシュリアをなだめにかかった。

「ご立腹なのは分かります。伯爵がさっさと手の内を見せていればあなたが怪我を負うことはなかった。騎士団としても厳重に注意しておきましたので、どうかお許しください」

「……え、注意?」

 たまたま耳に止まった言葉が、使用人の皆々様から何度も聞かされた噂話を呼び起こす。

(ああ、だから、伯爵様がこてんぱんにされてしまったなんて話になった訳ね)

 伯爵が仮死状態に陥っていたと聞かせた者もいたが、今の話を鑑みれば納得の末路ではないか。

 最たる被害を受けたのは間違いなくカイナルだ。

(それなのに、許してくださいなんて、伯爵様の代わりに言う必要はないんだから)

 誰よりも伯爵を許してはいけない人物にそんな台詞を言わせてしまったことが、未だ踏ん切りのつかない心に火をつけた。


 ここでけじめを付けなければ。


 迷いが晴れると腹の底から力が湧く。

 勇ましくも顎を上げたシュリアは、据わりきった目で見えない敵を睨み付けた。

 そして。

「分かりました、終わりにはしません。結婚を前提のお付き合い、お受けいたします!」

 驚くカイナルに向けて、挑むように、力強く宣言したのだった。

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