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「あの手紙を書いた時期だけでは何も判断できません。情報の出所は、「闇の光」とは別にあるのかもしれない」

 それこそ独自の情報経路が。

 何せあのミルデハルト伯爵ですからと、カイナルは唸る。



 カイナルの懸念は、ミルデハルト伯爵家に床下の書が伝えられた可能性だ。

 ファビエル=ランド=ミルデハルトは、あの隠れ家に自分以外の人間を入れなかった。床下の細工も、何人かいた職人の頭領だけに指示を出してひっそりと作らせたものだ。

 当然、魔術の書の存在は口外していない。隠れ家を管理する教会も、それを保護したザックハルト子爵家も把握していないはずである。

 あれは、同じ魂を持つ未来の宿体のために残したのだから。

 それがどこかで、いや、誰からか漏れたのだとしたら。

 そこまで考えて深く記憶を探ってみたけれど、それらしい場面は見当たらなかった。そもそも記憶量が多過ぎる。余程印象的でなければ、日常の出来事など記憶の渦に取りこぼしていて不思議はない。



「情報の出所はともかく、盗みを仄めかした動機は、現状で三つのうちのどれかでしょうね」

 そう言いながら、カイナルは人差し指を立てた。

「一つ目は、「闇の光」そのままの動機です。伯爵自身が連中の仲間か、与していなくとも同じ思想を持っているか。まあ、非常に考えにくいことですが」

 自分で言っておきながら全く納得していない様子で、中指も立てた。

「二つ目はその逆です。先回りして「歴の書」を奪い「闇の光」の狙いを挫いた」

 王家に対してそこまでの忠誠はなさそうだと、否定しつつ薬指も立てる。

「最後は、単に物珍しい書を手に入れたいという蒐集癖です」

「そんな……」

 カイナルの眼差しには、最初の二つを語った時よりも遥かに自信がみなぎっていた。

「そんなことはないと、言い切れないのが伯爵の伯爵たる所以です」

 愛する甥っ子には言われたくない辛い評価だ。

(でも、そうね、そう言われてみれば。あの伯爵様ならありそうだと思えてくるわ)

 今時珍しく、いつ終わるとも知れない書庫整理に人を雇うような人だ。社交界ではちょっと変わり者と噂されていることも、お屋敷の使用人は知っている。

「伯爵は、あの隠れ家の最初の持ち主を知っています。必然、床下に貴重な書物があると耳にすれば、たとえ真実は知らなくても隠れ家の持ち主が残したと主張するでしょう。祖先の宝を子孫が手に入れて何が悪いと言い出しかねません」

 仮に最初の想定どおりだとしても、後ろ暗い組織との繋がりは何より隠したいものだ。

 だからその一言は、伯爵にとって最高の免罪符になる。


 しかし、なのである。


 この際動機は何だって良いと、カイナルは語調を強めた。

「あざといというか、汚いというか、ライルを唆したやり方が許せません」

 何せカイナルは、ライルの冤罪を払うために必死で走り回ったのだ。

 命令ならまだしも情に訴えてライルの善意を利用した伯父を、そう簡単には許せない。

 その言い分はもっともだと思う。

 しかし、咀嚼しきれない後味の悪さが、カイナルに同調する気持ちを押し止めた。

(義理を逆手に取るような真似を、あの伯爵様が安易になさるかしら)

 つい先ほど納得しかけた動機と実際の手段が結び付かない。

「……ですが」

 込み上げる感情を宥めながら、カイナルは、仕方ないとばかりに言葉を捻り出す。

「動機は何だって良いと言いましたが、万が一にも最初の想定が当たっていた場合には、王太子近衛に知られる前に事を納める必要があります」

 つまり、事実を隠匿するということだ。

 シュリアがまじまじと真意を探れば、視線の先にほろ苦い笑みが浮かんだ。

「まだ、あの家を潰す訳にはいかないのですよ」

「まだ?」

「……この呪いが、私の代で解ける確証はありません。どこに宿体が生まれ落ちようと、ミルデハルト伯爵家という武器は必ず助けになる」

 身分は力である。

 たとえ平民の家に生まれようと、何かのときにはミルデハルト伯爵家が逃げ場になる。

 目を伏せたシュリアに、カイナルは事実だけを告げた。


「それに、あの家がなくなるとあなたも困ってしまうでしょう?」


 声には暗い色がなく、まるで他愛のない世間話でもするかのようだ。

 ふいを突かれて、シュリアは視線を跳ね上げた。

「……はい、あ、そうですね、困りますね」

「あなたが楽しそうに仕事に励む姿は、見ている私も楽しいものです。そんなあなたから職場を取り上げてしまうなど言断道断」

 夏の終わり、シュリアに向かって妻にしたいと告げた口が、職を失わせるつもりはないとフォローを重ねる。

「次の仕事を探そうにも、取り潰された屋敷の使用人は縁起が悪いと敬遠されます。到底、まともな雇い口は見つかりません」

 三年後、王都を離れる際にはシュリアも共に連れて行くとまで言った、その口が。

「名門伯爵家の看板と使用人の生活を背負っているのだから、二度と妙な真似はしないよう言い聞かせておきますね」

「はい……」

 最後まで、カイナルの穏やかな相好に変化はなかった。



 唐突に、シュリアは。

 冬の湖に投げ込まれたかのような衝撃を受けた。

(ええっと、それは、どういうことかしら)

 ずっと勤め続ける必要があるなら、カイナルの妻になる未来はない。

 王都を離れる騎士が必ずしも家族を伴うとは限らないが、独占欲の塊のような男がそんな選択はしないだろう。

(妻にしたいと、おっしゃったのは……)

 遅れて、愕然となる。

「ご安心を。王太子近衛くらい、いざとなればどうとでも誤魔化しますから」

 不安を払拭しようと優しく言葉を重ねられれば、より一層、別の不安が煽られた。

 この感情は、もはやただの不安ではない。

(私との未来は、もう……?)


 手も足も、心も。

 余りに冷たくて、僅かたりとも動かせない。

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