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 かつて、この島が三つの国に分かれていた頃。

 今では信じられないことに、ザファールという国には魔力を持つ民が存在していた。

 彼らは、不思議の力を持つが故に迫害され、いつしか表舞台から姿を消したという。


 やがて、島の覇権を巡る百年戦争が起こり、一人の男がこれを平定する。魔力を身に宿す救世主、ライナルシア王国の初代国王である。

 建国以来五百年を経た今でも魔力は子々孫々と受け継がれ、この国は、尊き王の加護により永久の平和と繁栄が約束されている。


 というのが、よく知られた建国の縁起だ。

 もっとも、百年戦争勃発前の史実は情報統制の下にあり、魔力を持つ民の存在は公にされていない。

 シュリアも、魔力は王家の専売特許で、魔力の証たる青い瞳は王族の象徴だと、この夏までは疑いもしなかった。


 夏といえば社交シーズン。

 特に建国五百年祭が重なった今年、ザファルの街は大変な盛り上がりを見せた。

 その混乱に乗じ、ミルデハルト伯爵家に眠る「歴の書」を手に入れようと画策したのが、王家転覆を目論む正体不明の組織「闇の光」だ。

 彼らは、古代魔術語で記された魔術の書を「歴の書」と称し、為政者の正当性を崩す手掛かりとして集めていた。

 何故なら、建国前に記された「歴の書」は王家が回収済み、魔術は門外不出。そんな状況下、新たな「歴の書」は王族以外に宿る魔力の存在を示唆するからだ。

 

 ミルデハルト伯爵家は、ザファール国の魔力を持つ民を祖とする名家である。そして、ファビエル=ランド=ミルデハルトという四百年前の当主が、王家との血縁もないのに青い瞳を持っていた事で知られている。

 そして、今もなお。

 かの家の末裔には、時として魔力が顕現する。


 それは、とある男が自らの魂に掛けた呪いだ。

 彼は、最愛の人を失った。

 しかし、その事実を受け入れなかった。

 目の前から消えても、この世界のどこかで彼女は俺を待っている。そう信じて探し続ける事を己に強いた。

 やがて、彼の莫大な魔力は自然の摂理をねじ曲げる。

 子を持たない彼が目を付けたのは、いずれ初代ミルデハルト伯爵を輩出する弟の血脈だ。魂はそのままに肉体を替えて生き続ける、そんな呪いを発動させるには近い血を持つ宿体の方が好都合だ。

 男の肉体は土に還り、かくして長い旅が始まった。

 執念が運命を手繰り寄せるのは、無為に過ぎる夜を気が狂う程に数えた後。

 死を心待ちにしていた老人が、幼いシュリアと出会ったのだ。


 それで終わりなら良かった。

 

 老人の死後、時を置かずして、記憶も魔力も持たない新たな宿体が生まれ落ちた。

 運命は奇跡を呼ぶ。

 まっさらな宿体は三度彼女と出会い、時を重ね、過去を辿るように想いを募らせた。

 彼の願いは始祖を呼び起こし、遂に呪いが発動する。

 言わずもがな、カイナルとシュリアの話である。


 一時期のカイナルは、やたらツバが大きい騎士団の制帽で青い瞳を隠していた。

 呪いが体に馴染んだ頃から魔力の暴走は収まり、それと共に瞳の色も落ち着いたため、今ではあの悪評高い制帽を被る事もない。

 ごく普通の装いをすれば、隣に並ぶのも気後れしてしまうような紳士だ。

 まして、行き違いがあって手放したとはいえ、一度は仄かな恋心を抱いた相手。

 そんな人に好きだと告げられ、妻にと望まれ。

 喜びのあまり天にも昇りそうなものだったが。


(何度考えても、ねえ)

 額に落ちた黒髪は艶やかで、切れ長の目元は涼しげで。

 同じ人間とも思えぬ完璧な造形が、これまた完璧な角度で微笑みを浮かべている。

 カイナルのことは好きだ。

 恋愛に不慣れな自分でもそうと分かるくらい、甘い想いは胸にある。

(好きだけど、それでいいかと言われると……)

 最愛の人と同じ魂を持つあなたを探していた、と言われて、無邪気にのぼせ上がるのは十代も前半の少女だけだ。

(気になるわよねぇ)

 何せ、一切の記憶がないのだから。


 一に、探していた魂は本当にシュリアなのか。

 二に、「最愛の人」自身はどう思っていたのか。


 カイナルの意思表示は積極的だ。過度なまでに好意を示されれば、最初の疑問は百歩譲って忘れることもできる。

 本当に問題なのは二番目の方。

 果たして、引き裂かれた二人に通う愛情はあったのか?

 一方的な熱で一方的に追いかけたのであれば、違う意味で悲劇である。運命の一言で片付けられない。

(多くの人生を犠牲にしてまで、身勝手を通したんでしょう?)

 カイナル=ザックハルトの足元には、使い捨てられた宿体の屍が積み重なっているのだ。

 だから、始祖の呪いは関係ないと言葉を尽くされても、万が一にも万が一のことがあればと考えてしまう。

(結局、何だかんだで踏み切れない……)

 お付き合いからでお願いしますと保留したが、二人とも結婚適齢期真っ只中。結婚が遅い平民でも、シュリアは既に盛りを越えた。

 好きだけで行動できる年でもなく、悠長に考えていられる年でもない。

(理性を押しつぶすくらいに恋心が膨らめば、カイナル様の胸に飛び込んで行けるのに) 

 そんな頃まで待ってくれるだろうか。

 その前に、そんな状況が訪れるだろうか。

 抜けない棘のように、何かがシュリアを縫い止める。


 二十歳を過ぎて早数年。

 遅れてやってきた春は、悲しい程に手に余る。

誤字訂正しました

ご報告ありがとうございます(2019.7.17)

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