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 最後まで扉が閉まると、馴れ馴れしくカイナルの肩に回された腕はぱっと離れた。

「お邪魔虫は退散してやろうぜ、兄貴同然の幼なじみなんだろ?」

 簡易宿泊室が並ぶフロアに入ってすぐの、宿泊者用の共用ロビー。

 大きな窓から落ちた日差しが飴色の床に弾け、長椅子に掛けたグレイドの横顔を照らした。

「何が言いたいのですか」

「勝てると思っているのか?」

 ライルに、今のお前で。

 暗に否定されたカイナルは眼差しで応戦する。

「勝ち負けの問題ではないでしょう」

 言い返したは良いが、負け惜しみに聞こえなかっただろうか。

 図星を突いた恋愛の達人をきつく睨み返し、それ以上の台詞を探した。


 シュリアに必要なのは安静である。

 無事の保証があるならカイナルが側にいる必要はない。それより看病はライルに任せ、騎士の任務に没頭する方が効率が良い。


 分かりきった理屈は、退出を渋るカイナルに百戦錬磨の色男が説いたものだ。

 そのグレイドが、言葉を止めた後輩を憐れむように見上げた。

「奴にあってお前にないもの、考えてみろよ」

 


 机の下のカイナルは、床板を丁寧に元に戻した。

 少し時間を置きすぎてしまったが、偽の「歴の書」は無事にあって、動かされた形跡も見当たらない。

 良かったような、良くないような。

(どちらかと言えば良くはないか……)

 早々に獲物がかかってくれる事を祈る。

 この部屋への頻繁な出入りは、床下の確認もさることながら重要物件の存在を匂わせる意図があった。

 一つの賭けである。

 敵がこのタイミングで狙ってくるかは分からない。仮にそうだとしても、教会内に潜んでいるのか味方の振りをしているのか、全く予測が付かない。

 この部屋で異変があれば少なからず前進すると考えて、罠を仕掛けたのだ。

 しかし、理由ができた今、白でも黒でも構わないからはっきりして欲しいと切に願った。


 膝に付いた埃を大袈裟に払うと、カイナルは窓辺に歩み寄った。

 質の悪い硝子窓の先は、午前中にシュリアと過ごした中庭である。

 南の空には頂点を過ぎた太陽。まさに戦いの火蓋が切って落とされ、往来をあらゆる物が飛び交っている頃合いだ。

 レンブルク中央教会のど真ん前で供物を投げ合う不信心者はいないが、この時間、大事をとって正面玄関は閉ざされる。

 避難所兼救護所の役割を兼ねる礼拝堂では、騒動が山場を越えるのを待つ観光客が何組かいるものだ。

 その人々を送り出せば臨時閉館。

 つまり、閉館後に異変があれば関係者を疑わざるを得ない。そういう意味でも早く状況が動いて欲しいところだった。



 敷地の最奥に位置する中庭では、膝丈もない草が緩い風にそよいでいる。

 喧騒の届かない穏やかな光景が、カイナルの足元を崩した。

(私は駄目だな……)

 我が儘どころか自己主張も少ないシュリアが、今日のような暖かい日に寒い寒いと口にしていた。あの時点でかなり具合が悪かったのだ。


 ライルに勝てると思うか。


 グレイドの投げかけに、カイナルは何も返せなかった。

 勝るとすれば、生きた年数と過去の記憶、彼女への執念と望まざる魔の力くらいだ。思い返さなければ体調不良に気付けない男が、あのライルと競って勝ち目がある訳がない。

(それで、好きになって欲しいとはよく言ったものだ)

 白い目を向けられたことも、閉口されたことも知っている。

 しかしシュリアは、何だかんだ言ってカイナル自身を否定したことはない。


 それを良いことに。

(私は、あなたの声に何一つ耳を傾けなかった)

 隣にいても、何も見てはいなかった。


 遠い昔、魂の始祖の想いは本物で、返された想いに偽りはなかった。それが、ライナルシア王国の歴史より長い時間を経て姿を変えてしまった。

 本当の願いは、二人で幸せになることだ。

 例の約束もそのためのもの。

 だから魂は旅を続けたというのに、今や叶える事が目的となってしまっている。

 とても愛情とは呼べない身勝手な都合を、有無を言わせず押し付けていた。


 ライルは、賢いくせに掴み所がなく、いつも笑みを含んで弟分を見守っていた男である。

 しかも、どんな難題も飄々とかいくぐっては、何てことなかったと、羨望を抱かずにいられない感想を言ってのけるのだ。

 そんな男が。

 僅かな冗談の色もなく、ただの男の目で愛おしそうにシュリアを見ていた。

 とても尊く、美しい眼差しだった。


(それでも私は、あなたが欲しい)


 シュリアという平民の女性に、最初に好感を抱いたのは呪いが発動する前のこと。

 ドルトムント伯爵令嬢の影響で女性を敬遠していたカイナルは、息抜きをしようと連れ出されたルミエフ副隊長に妹を紹介され、正直に言って反応に困った。

 にもかかわらず思わぬきっかけで距離が縮まり、護衛任務が始まると、いつの間にかシュリアを送る夕暮れ時を楽しみに待つ自分がいた。

 シュリアは大人しい娘だが、自分の意見がしっかりあって周囲に流されない。伸びた背筋や凛とした横顔にその気質が表れていると思えば、時折、見とれるような柔らかい微笑を浮かべる。

 他愛ない世間話を重ねて、シュリアの方からも嫌われてはいないと安心していた、あの頃。

(今となっては、何年も昔のように思えるな)

 ライルにあってカイナルにないものは、透明で純度の高い恋心だ。

 余裕があるからこそ包容力もあるし、頼り甲斐もある。好きだと言いながら相手を顧みない男とは違う。

 ここで、諦めるという選択肢があれば良かった。

 足掻くことしか選べない自分は、勝率のない戦いだろうと立ち向かうしかない。

(どうする……)

 約束の本質を見誤らなければ、今からでも救いはあるだろうか。

(あなたを手に入れるには……)


 自分は、変われるだろうか。

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