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 カイナルが王宮騎士団を去った後。

 間違いなく、子爵家の三男坊にドルトムント伯爵令嬢は見向きもしなかった。

 ところがである。

 つい最近、婚約者の伯爵令息の不貞が発覚し、すったもんだで婚約破棄。

 結婚間近と目されていただけに、このタイミングでの破談には誰もが驚き、理由を探った。

 そして、全てが明るみに出てしまったのだ。


「でも、自分だって浮気していたようなものだろ。自業自得じゃないか」

 先に婚約者以外の相手を堂々と追いかけ回したのはご令嬢の方だ。

 もっともな意見にシュリアが大きく頷くと、宥めるようにグレイドは肩をすくめた。

「そう言うな。浮気相手に子供ができたと大々的に話が流れてしまったんだ、可哀想なものだろう」


 この国の貴族社会は火遊びを許容する。

 ただし、あくまで暗黙の了解だ。表面上は隠し通してこそ一人前だとか、平民には理解できない美学があるそうだ。

 満足に浮気一つできないと伯爵令息の方が嘲笑されるのは分かるが、裏切られたご令嬢にどんな不都合が起こるのだろうか。

 考えたところで想像もつかない。

 そもそも、そんな文化がまかり通ること自体が異常なのだと、シュリアは思う。

 返ってきた淡白過ぎる反応に、グレイドは言葉を足した。


 不貞の相手はどこぞのご令嬢。当然、どちらのご令嬢の親も怒髪点を突いた。

 しかし、子供ができてしまえば責任を取るのだから、自動的にドルトムント伯爵令嬢は捨てられる。

 口さがない人間は、魅力がなくて寝取られたとか、器量が悪くて愛想を尽かされたとか、ご令嬢自身に非があるように好き勝手な噂を流した。

 そうなると、誰もが振り向く花の顔もただの売れ残り。結婚相手を探すお嬢様たちに比べて決して若くないドルトムント伯爵令嬢に、今さら引く手はない。

 この夏、社交界を賑わせた最大のスキャンダルである。



 グレイドが持つ情報はここまでだ。

「今回の滞在は急に決まったみたいで、俺も詳しく分からないんだ。何で今さら、因縁浅からぬ相手との縁組みを目論んだのやら……」

 そうですよねと、シュリアは聞き流したが。

「でも、あのお嬢様は伯爵家の一人娘だ。対して名門伯爵家に近い子爵家の三男坊は、婿に取るにはいい条件だよな。子爵だって感情論を抜きにすれば願ったり叶ったりだろう」

 縁組み、婿。

 豪華な晩餐、不機嫌なカイナル母子。


 繋がった。

 今、全ての謎が繋がった。


(少なくとも子爵様は、その縁組みに賛成したのだわ)

 家名を盾に結婚を迫られたあの時とは違う。嫌ならば拒めるだろうし、歓待する必要もない。

 子爵は、何を考えて承諾したのだろうか。

(どうして、ドルトムント伯爵令嬢なの)

 カイナルは二十歳。身を固めるには良い時期だ。だから、縁談が持ち上がるのは仕方ない。

 そうだとしても、相手がドルトムント伯爵令嬢ならばまるで嫌がらせではないか。


 塞ぎ込んだシュリアを置き去りに、男同士の会話は続いている。

「カイナル様はその話を受けるつもり? ここにいないという事は、今、歓迎の晩餐に出てるんだろ?」

「ないない、絶対ない。追いかけ回された件で頭にハゲまで作ったんだぞ、今さらほいほい嫁にするとでも思うか? 晩餐に出たのは、親と相手の顔を一度は立ててやった方が後々動き易いからだろ」

「ハゲ、あの人がハゲ! 恐ろしいお嬢様だな!」


 ライルが叫んだ一言が、やけに鮮明に飛び込んだ。

(あったわね、ハゲ。制帽で隠していた……)

 懐かしいのは、ちょっと真面目過ぎるが良い人だと呑気に思っていたあの頃の自分。

 カイナルに怪しい言動が増えてやたらと過保護になるまで、そう時間はかからなかった。

 シュリアを守ることに異常な熱意を燃やすあの人は、昼間、言い付けには従わないと言い切ったではないか。

(少なくともカイナル様に、ドルトムント伯爵令嬢を選ぶおつもりはないのよ)

 歓迎するつもりもない歓迎の晩餐には、義務的に出席させられたのだ。

 だから、今夜が終われば再び隣に戻ってくる。

(約束がどうだと、あれほどに言っていたんだもの)

 王城前広場の石畳を見に行くとか、二日酔いに効く薬草を調合するとか、大なり小なりカイナルと交わした約束はあるが。

(その約束は、私が交わしたものじゃないけれど)

 カイナルが決まって口にする約束とは、シュリアが生まれる前の、ずっとずっと前の、交わしたかどうかも怪しい約束を指している。

 未だに内容は明かして貰えないのだから、さては迂闊に喋れないような内容ではと勘ぐりたくもなる。

(信憑性を疑っている訳じゃないけれど、記憶にないんだから反応もできないわよね)

 嘘か本当か、行き違いか。もしくはやっぱり、魂の始祖の思い込みか。

 真実だったとしても、シュリアにとって問題の約束相手はもはや他人だ。

 他人が交わした約束を押し付けられるのだから気分は複雑で、それは私ではないと何度言いかけただろう。

(それなのに、ここで約束に頼ろうなんて。私、どうしたのかしら)

 こんな時だけ都合が良い。


 カイナルの縁談に焦りが湧かないのは、相手がドルトムント伯爵令嬢だからだ。

 宿敵とも呼べるドルトムント伯爵令嬢だけは、天地がひっくり返っても絶対に選ばれない。

 だから平然としていられるのだと、シュリアは薄々感じていた。

(他の、何の問題もないご令嬢がお相手だったら?)

 その時は、どう思うのだろうか。



 ふいに、グレイドが顔を上げた。

 つられてライルも視線を流す。

「ご一行様かな、晩餐は終わったみたいだね」

 耳を澄ませるまでもなく、賑やかな話し声と規則的な靴音が廊下に溢れた。

 その中でも、高く澄んだ女性の声が一際大きく響く。

「自分の屋敷と勘違いしてるの?」

 美貌を連想させる奇跡の声が、廊下という公の場所にいながら結構な内輪話を喋り倒している。

 耳を塞ぐような悪態が丸聞こえで、ライルは眉を寄せた。

「部屋まで待てないくらい、感動したんだろうよ」

 世の全ての女性を愛するグレイドもこれには苦笑いだ。

 料理、給仕人、晩餐室の装飾。子爵の話術と子爵夫人のドレス。

 唯一、カイナル本人の容貌だけはやんわり褒めたものの、他の全ての物に何かしらの文句を付けている。

 これが、まだ選ばれる立場にあると信じて疑わないドルトムント伯爵令嬢その人なのだろう。

 ばたんと、大きな扉の音が騒音を飲み込むと、シュリアたちが囲むテーブルには気まずい沈黙が落ちた。

(何だか、怒るに怒れない)

 腹は立つが、いきり立つには哀れに思えた。知らぬ間に世間から掌を返され、それを本人が気付いていないのだ。

(教えてくれるような人もいないんだわ)

 色々な意味で、ああはなりたくない。

 ライルですら、どういう反応をすべきか迷った後で呟いただけだ。

「カイナル様があれを選んだら、俺、就職先を考え直すわ……」

「安心しろ、あれはありえないだろ」

 あれ呼ばわりされた本人が二人のやり取りを聞けば、ありえないなんて自分の台詞だと吐き捨てるのだろう。

 顔も知らない相手を何となく思い描くと、同性として心が沈んだ。

 


 その後は話が盛り上がることもなく、結構な時間を話し込んでしまったと男性陣は腰を上げる。


 部屋を出る前、二人は真剣に警告を残した。

 あれには絶対に接触するな、と。

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