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 いつかと同じ様に腰を落ろし、近況を交わす。

 とは言っても、引きこもりのシュリアに話の種はなく、喋っているのはライルばかりだ。

 バケツとスコップの謎から始まり、兄に仕掛けた内緒の悪戯、馬に乗れるまでの紆余曲折、得意技の民族舞踊と話題が変わる。

 おどけた語り口調の意図も知らず、シュリアは久し振りに声を出して笑った。



 本当は、聞きたいことがたくさんあった。

 しかし、聞くべきではないと思い直した。

 事件の捜査は騎士の領域で、シュリアがいたずらに首を突っ込むべきではない。



「すっきりした?」

 立て続けに喋り倒したライルが、揶揄を消して覗き込む。

 目尻に溜まった涙を拭うと、洗い流されたおかげで随分と世界が明るい。

 そこで気付いた。

 ライルは、落ち込んでいたシュリアにひっそり寄り添ってくれたのだ。

 何て格好良い。

 格好良すぎて、もはや称賛が止まらない。

 

 感動と、気恥ずかしさと、勝手に覚えた親近感と。

 緩んだ口は、緩んだ頭の指令どおり、うっかりでは済まない言葉を紡ぎ出した。


「ライルさんは、好きな人はいる?」


 意味を捉えかねたライルがぽかんと口を開く。

(……あ、私)

 とんでもないことを口走ってしまった。

 まず、出会って数日の相手に尋ねることではない。

 次に、参考までに聞きたいだけで、お相手に自分を売り込むような打算はない。

(で、でも、今のはそんな風にも取れるわよね!)

 カイナルが聞けば大地震だ。

 おかしな意味はないと慌てて両手を振り回せば、立ち直ったライルが声を上げて笑った。

「薮から棒に、何てことを聞いてくるんだ。君、友達いないでしょ?」

「友達? ここでどうして友達?」

「いないでしょ?」

「……い、いるわよ、失礼ね」

 脈略のなさから協調性の欠落を指摘したつもりだろうが、そうはいかないとささやかな胸を張る。

 すれ違えば挨拶くらい交わす友なら、一人か二人はいるのだ。

「ふうん?」

 見栄を見透かす瞳から顔を逸らして、早口で弁解を繰り出した。

「違うの、参考にさせて欲しいだけなの。ライルさんなら好きな人の一人や二人はいそうだし、だったら……」

「それって、同時に一人や二人って意味だと相当失礼だけど?」

「そんなこと思ってないわ! 人を好きになるってどんな気持ちなのか聞きたいだけよ!」

 いい年をして何を聞くんだと言われそうな内容は、反論のために勢い付いたおかげですっきり吐き出せた。

 偉そうに頼み込んでしまった気さえするが、その会話さえも楽しんでいる様子のライルは何枚も上手だ。

 少し考えた後で、もう一度ふうんと呟くと。

「そういう経験はないの?」

 浮かんで当然の質問を返し、シュリアを黙らせた。

「あるというか、ないというか……」

「ないんだね。だったらなおさら、そういうのは女友達に聞くものじゃない?」

「……相手がライルさんじゃなきゃ、こんなこと聞かないわ」

 ぐっと黙り込んだのは、今度はライルの方だ。

 珍しい真顔はすぐに消えたが、明後日の方を向いて話しかけているではないか。

「分かってる、俺なら答えるだろうってことだよね。うん、紛らわしい」

 改めてシュリアに向き直る頃には、ライルは普段の調子を取り戻していた。

「で、何でそんな事聞くの?」

「いくら好きでも、当人にはどうしようもない問題は色々とあるでしょう? みんな、そういう問題はどう整理するのかしら。現実に負けてしまわないのかしら。そうまでして、恋愛に飛び込む決め手は何かしら」

 真面目に打ち明けると、ライルの顔から目に見えて力が抜けた。

 そして、話にならないと首を振るのだ。

「頭でっかちだね。整理とか、決め手とか、そんな事を考えていられる間は、強いて言うなら好き程度で、恋じゃないんだよ」


 恋は、頭でするものではない。

 もっと本能的に、問題なんて構っていられないほどの勢いで巻き込まれるものだ。


「だって、恋に落ちるっていうでしょ。考える前に落ちてるものなんじゃない?」


 胸に沁みる台詞を格好良く決めて。

「……とか何とか、独身の俺が言ってもね。数少ない経験則だから参考にはならないよ」

 色男の騎士様に聞いた方が有意義じゃないかと、とんでもない提案をした。

(色男? まさかグレイドさんのこと?)

 百戦錬磨のグレイドには敢えて聞かなかったというのに。

「あの人の答えは、私なんかに理解ができないと思うのよ」

 すり寄る女性をあしらう才能には長けているが、果たして、自分から求めたことはあるのだろうか。

 グレイドの高度な恋愛論は、きっと、初心者には向いていない。

「ああ、うん、だね。かと言ってカイナル様に聞くのもなぁ……」

 本当にこの手の話には自信がないのだろう。悩めるシュリアのために生真面目に悩んだライルは、自分で挙げた名前を自分で否定した。

「カイナル様じゃ、参考になりそうもないなぁ」

 ごもっとも、という同意は飲み込んで。

「だからあなたに尋ねたの。ありがとう」

「俺の話で良かった?」

「私の気持ちが、どちらかと言えば好きなのかも、という程度だってよく分かったわ!」


 いっそ晴れやかに言い切れば、奇妙な沈黙が落ちた。


「ねえ、ちょっと待って。今のはまさに旬な話? 勝手に完結させて大丈夫なやつ?」

 ただの机上論ではないと知らされたライルが慌てている。

 相手はどうなんだ、本当にそれでいいのかと矢継ぎ早に問いかけた後で。

「結論を出すのは早いと思うんだ!」

 前言撤回しそうな勢いで、シュリアの肩を掴んだ。

「整理しよう。君は今、気になる相手がいるけれど、何か、取り巻く環境だとかを考えると踏み出せない、て状況だよね。具体的に、何が君を引き留めているのかな?」

 掌から伝わるのは異様な焦燥感。

 差し支えなければ話してくれと、いつの間にやら猫撫で声だ。

「何が、と言われると……」

 原因は特殊すぎて説明できない。何かに例えようにも難しい。

 これ以上の迷惑はかけられないとやんわり辞退すれば、ライルはそれらしい候補を挙げた。

「よく聞くのは身分の違い、しがらみ、周囲の反対とかだよね」

 どうも、話を続けたがっているようだ。

「そのとおりよ。さすがライルさんね」

 他の理由は公にできないが、少なくとも今の三つは全て当てはまる。小首を傾けて苦笑いを浮かべると、みるみるうちにライルの顔色は悪くなった。

 目を合わせて、というか覗き込んで、一言一句を丁寧に紡ぐ。

「色々と考えるのは、それだけ真剣だってことだよ。どちらかと言えば好き、な相手に無駄な時間は割かないだろ。君は今、恋と言う名の大海原で、風を待っているだけなんだ」

「大海原……?」

「人間は多面性がある生き物だ。一時の思いで決めつけるのは愚かに過ぎる!」

 大海原の例えは理解できないが、恋に溺れるという表現もあるし、きっとそういう意味だろうと解釈する。

(視野が広い人の言うことはやっぱり違う)

 あやうく、恋心を全否定するところだった。

(好き。恋愛として好き。考えてしまうのは風を待っているから……風?)

 風とはいかに?

(大海原に嵐を巻き起こす、風? それだと縁起が悪そうだけど)

 どうやら、詩的過ぎる表現は向いていないようだ。

 改めて確認するのも無粋に思えて、悪い意味ではないだろうと感覚で流した。

「それも経験談?」

 誤魔化すように笑うと、あからさまな安堵がライルの顔いっぱいに広がった。シュリアの肩に食い込んでいた指先からも力が抜ける。

「そんな立派なものじゃないよ。どうかな、参考になったかな?」

「十分過ぎるくらい」

「それは良かった、本当に……」

 こんな季節だと言うのに、ライルは額の汗を拭っている。

 汗ばむほど本気で向き合ってくれたのだ。


 胸の内で復唱すれば勇気が湧いた。

 ライルの熱弁に救われて、想いの先に続く道を考えられそうだ。

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