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 突拍子もない理由を耳にして、シュリアはぽかんと口を開けた。

「犯人? あの人が?」

 人間、一言でも言葉を交わせば人となりが大体分かる。

 ライルの思慮深さは、夜陰に乗じて屋敷に押し入った犯人像とはとても重ならない。

「どうしてまた……」

 出会って間もないシュリアでさえ不思議に思うのだ。


 事件の夜、書庫の近くにライルの姿があった。

 目撃した使用人は、まるで人目を憚るようだったと証言した。

 それだけなら偶然を理由に切り捨てるところだが、何とライルの自室から、ザックハルト子爵家所蔵の書物が発見されてしまったのだ。

 王太子近衛隊の俺様貴族は、全ての調査が終わるまでライルを拘束するよう指示した。

 証拠が出た以上、やむを得ない流れだった。


 カイナルの声は、借りてきた言葉を並べるように上滑りしていた。

「ライルは……あの日の夜、書物を無断で持ち出したことを認めました。その時にはまだ、書庫は荒らされていなかったと」

 夜。

(……夜っていつ?)

 明かりはどうした、暗闇を見通せるほど夜目が利くのか。

(書庫の入口は施錠されているんじゃないの?)

 何だか説明が漠然としている。

 ライルも目撃した使用人も、どちらの弁にしても欠陥がありそうだ。

「その証言をされた方は、いつ頃見かけたんですか?」

「夜番の者で、母の部屋に就寝前の香草茶を運んだ帰りだそうです」

「ライルさんは、その時間は?」

 矢継ぎ早に質問が口をつく。

(絶対、無実に決まっているもの)

 無断で書物を持ち出したことも、彼なりの理由があるはずだ。

「ライルの父や兄が屋敷で働いていることはご存じですか? 国外に出ていたことも?」

 全面的に無実を信じて疑わないシュリアは大きく頷いた。

「そのお話は先程聞きましたので大丈夫です」

「……そんなことまで」

「それで、ライルさんは?」

 カイナルが飲み込んだ苦い独り言も、繊細な男心にも頓着せず、止まってしまった説明の続きを催促する。

「……ええ。帰国した足で、使用人部屋にいる兄を訪れて飲み明かしたのですよ」

 屋敷の使用人はみな自宅から通っているが、一応、寝泊まり可能な使用人部屋は用意されている。

 ライルの兄は、そう遠くない場所に実家がありながら、いちいち通うのが面倒だと住み込んでしまったのだとか。

「お兄様は怪我をされていたんですよね?」

「二日酔いの朝に事件の知らせを聞いて、動転して転んだ弾みの捻挫です」

 両足首の捻挫だ。

 ライルが早伝馬に乗ったのは、二日酔いの責任を取らされたとも言える。

「まあ、そんな訳で、兄が先に潰れてしまったので、酔い醒ましにふらふらとそこらを歩いたとは言っていますが。如何せん、時間の特定ができません」  

 客観的に見て、十分に怪しい。

(言い逃れができない……)

 格下の人間を人間とも思わぬ俺様貴族なら、そういう結論に至って当然だろう。

「持ち出した書物とは、どのようなものですか?」

「貴族名鑑といって、家ごとの系譜や領地の特色などが書かれたものです。社交界に出る前に私も勉強させられました。加えて言うと、この書物は持ち出し厳禁なのですよ」

 うわぁと、シュリアの口元が歪んだ。

 聞けば聞くほど旗色が悪化する。

「ちょっとした勉強のつもりだったと、本人は言っていますが……」

 残念ながら、ちょっとしたで許される域は逸脱してしまった。

(ライルさんは何を勉強するつもりだったのかしら)

 帰国の日に行動を起こした、そのタイミングを考えれば。

(地に足を付けて、と言っていたわ……)

 帰国の理由が関係しているはずなのだ。

「近衛隊の彼は、この襲撃も「闇の光」の仕業と信じています。つまり、ライルは組織の一員だと思われているのです」

「それなら!」

 持ち出した書物が貴族名鑑の時点で、無実は明かではないか。

 お門違いの怒りは冷静な声に遮られた。

「貴族名鑑は、カモフラージュや情報収集のためとも考えられるでしょう」

 カイナルに淡々と言われると、落ち着きを取り戻して素直に納得してしまうシュリアである。

(……私の頭で考えつくような簡単なお話じゃないわよね)

 それより先に、聞いておくべき根本的な問題があった。

「あの、「歴の書」は……」

「私が記憶する限り、ここにはありませんね」

 レンブルクに身を寄せたファビエル=ランド=ミルデハルトも、彼以外の記憶を探っても、あの屋敷に「歴の書」を残した者はいない。

 事件を受けて記憶の海に潜ったカイナルは、間髪入れずに断言した。


 カイナルの記憶とは、建国前から続く魂の記憶だ。

(記憶する限りでは、ね)

 内容よりその一言が、シュリアの胸にまで痛みを及ぼす。

 こういう時だ。

 今ここにいるのに、長く孤独な道程を歩いたカイナルを遠くに感じるのは。

 そうまでして彼が求めたのは誰なのか。

 何度目かの自問自答に、両腕で自分を抱き締めた。


 急に口を噤み、眉を寄せたシュリアを見て、カイナルは小さく息を吐いた。

「私は、ライルは無関係だと思っています。生まれた時からの付き合いですから、根拠はありませんが、見ていれば分かります」

 カイナルが物心付いた頃、良き遊び相手でありお付きの者として既にライルは側にいた。

 剣や馬、上流階級の子息が身に付ける一通りの技術を共に学ばされたが、当時のカイナルから見てもライルは優秀な生徒で、特に座学は教師が舌を巻くほどの成績だった。

 反面、体を動かす能力は冗談でも恵まれているとは言えず、馬に至っては自分で乗ることさえもできなかったのだ。


 そんなライルが、何を思ったか大陸に渡ると豪語したとき。

「彼の目は、広い世界を見るためにある。この狭い島国には収まり切らないのだと感じました。もしもこの国を変えようとするなら、より効率的に、平和的に、彼ならいくらでも手段を講じるでしょう」

 「闇の光」という組織は、もっと、閉鎖的な世界に生きる人間の集まりだ。そんな連中と同列に語れるような男ではない。

 どことなく自慢そうにカイナルは言い切った。


 幼なじみが言うのだからシュリアの直感も外れていない。

 顔付きを見れば分かる。

 カイナルは、ライルの無実を証明するために動くつもりなのだ。

(私にも、何かできることがないかしら)

 目下、時間を持て余しているシュリアである。カイナルと同じように動くことはできなくても、考えることなら許されるはず。

(帰国の理由をちゃんと聞いておけば良かったわ)

 やはり、気になるのはそこだ。

(軟禁ということは、全く会えない訳じゃあないものね。事件もそうだけど、外国のお話とか、もっと色々と聞きたいわ)

 もう少し親しくなれば話してくれるだろうか。

 ライルは魅力的な人物で、仲良くなりたいと思う。だが、断じて、それだけではない。

(少しでも、カイナル様の力に)

 ライルの窮地はカイナルの窮地だ。

 何もせず部屋にこもってなどいられない。


 意欲を燃やし始めたシュリアを、隣のカイナルは不思議そうに見て。

「あなたは何故、ライルのために動こうとしているのでしょうね?」

 今度こそ、不機嫌な独り言をシュリアの頭上に落とした。

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