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 ここは、ライナルシア王国。

 百年戦争に終止符を打った救世主の末裔が、強大な魔力で統べる小さな島国。



 季節は秋。

 建国五百年祭から早くも一か月が過ぎ、王都ザファルは穏やかな日常を取り戻していた。

 ほとんどの貴族が領地に引きこもる季節を前に、人々は冬支度を始め、街並みは徐々に色褪せる。

 畑や森や、自然に溢れた田舎町が恋しく思えるのはこういう時だ。大都会ザファルは整備されすぎていて、頬を染める木々もない。

 市中警備の帰り道、夕日の向こうに故郷を思い描いたのはカイナル=ザックハルトである。

「今日も平和で何より何より」

「そうですね」

 相棒のグレイドに、顔も見ないまま相槌を打った。

 返事が素っ気ないのはいつものこと。今夜は遊びにいらしてねと、すれ違いざま送られた秋波に手を振るグレイドは気にした様子もない。

「明日からノーム月だってよ。一年があっという間で嫌になるね」

 四十路に手を掛けようかという色男は、年寄り臭く呟いた。

「そろそろ収穫祭だろ? お貴族さんが領地に戻るのは分かるんだが、その穴埋めで恐怖の十連勤とか、今年は勘弁してほしいよなぁ」

 彼らは、ライナルシア王国が誇る第三騎士団第一隊に所属する騎士である。

 王城を守る第一騎士団ならともかく、第二騎士団以下は中下級貴族と平民で構成されている。かく言うグレイドもザファルの大通りに店を構える商家の出身だ。

 ザックハルト子爵家の三男という身でありながら叙任早々第一騎士団へ配属されてしまったカイナルは、すったもんだの末、先の異動で第三騎士団への転属が認められた。

 がちがちの貴族社会から初めて解放され、話し方一つにも戸惑っていたお坊ちゃんは、身分差を歯牙にもかけない仲間内の歓迎を受けて随分と庶民色に染まったのだが。

 夏に起きた事件が尾を引いて、グレイドとの距離は一方的に開いたままだ。

「第一騎士団ほどじゃないにしても、うちの連中も結構抜けるんだよな。お前の家はそういうのないんだろう?」

「そうですね」

「じゃあ、しっかり働いてくれよ」

 頼りにしていると肩を叩く手を、カイナルは迷惑そうに眺めるだけ。

 打てども響かぬ会話は、しかしながら途切れることもない。



 第三騎士団が駐在する騎士団ザファル支部に戻ると、異常がなかった旨を上司に報告すれば本日も業務終了である。

「ご苦労だった。気をつけて帰れよ」

 この国では珍しい色彩のルミエフ副隊長から通常営業の無表情で労われ、カイナルも似たような無表情で返事をした。

 平民出身というレッテルをもろともせず出世街道をばく進し、今もって活躍中のルミエフ副隊長は昔から憧れの人だ。どうせ転属するならこの人のいる隊へと希望を出したくらいだ。

 部下に付いた今でも憧れは変わらない、のだけれど。 

「カイナル、昨日も送り届けてくれたのか」

 グレイドに続いて立ち去ろうとしたところに声がかかった。

「ええ、遅くなったようでしたので」

「そうか。いや、悪かった」

 誰を、と言われなくても十分だ。

 見慣れた無表情が更に硬い。

「お前の手を取らせないよう言っておくから、気を遣わないでくれ」

 これは、額面どおりの意味ではない。

 もちろん、受けて立つ以外の選択肢もない。

「大丈夫です。私が勝手にしていることですから」

 最近になって急に兄貴風を吹かせ始めたルミエフである。

 末の妹とよく似た顔立ちを強ばらせ、さらりと返した部下に次の言葉を探しているうちに。

「では、お先に失礼します」

 とりつく島もなく執務室を出た。



 夜番に入る騎士へ二、三の連絡事項を引き継いで、私物を取りに更衣室へと移動する。今夜も野暮用でねと言いながら私服に着替えるグレイドを横目に、騎士団の黒い制服のまま廊下に出た。

「おう、カイナルじゃん。もう上がり?」

 背後から掛けられた声は、第三隊に所属するライザフのものだ。

 近付くと、頭半分は下にある薄茶の双眸が猫のように細くなった。

「そうです。昼番でしたので」

「奇遇じゃん! 俺も上がりだから飲みに行こうぜ!」

 こう見えてもライザフは立派な先輩だ。身長が高いカイナルに比べると小さく見えるが、一般的にはそんなこともない。甘い顔立ちと均整の取れた体つき、何より気さくな雰囲気のおかげで彼のファンは多い。

 しかし、破天荒で傍迷惑な中身さえ魅力的と思える彼女たちの感性は謎だ。

「生憎ですが先約がありまして」

「ええ? そうなの? がっかり!」

「申し訳ありません」

「何、誰、先約って? どこの彼女?」

 あのルミエフ副隊長の弟と聞いて、頭の回転の速さだけは納得したものだ。

 しかし、へらへらと笑って誤魔化された狙いに気付かぬカイナルではない。

「伯父です」

「ふうん、ミルデハルト伯爵のところか」

「晩餐に誘われまして」

「あ、そうなの。そりゃ、引き留めて悪かったな」

 昼の終わりを告げる夕刻の鐘は、貴族の屋敷に勤める通いの使用人には終業の合図だ。

 まさに今、市街地を見下ろす王城の時計塔から鐘の音が響いている。

 伯父であるミルデハルト伯爵の屋敷には、使用人のほとんどが引き上げた後に着くだろう。

 ということは、ライザフがこれ以上の探りを入れる必要も時間稼ぎに走る必要もない訳で。

 分かりやすく任務を放棄した先輩に見送られ、ようやく建物を出た。



 ルミエフ兄弟に情報を流したのは、彼らの妹のリーリアだろう。

 まさか共同戦線を張られるとは。

 ライザフが情報を引き出して、リーリアが結果を確認して、ルミエフが圧をかける。なかなかの協力体制だ。さすがに平民騎士を二人も輩出した家である。長兄のエドルフまで取り込まれていないことを祈りたい。

 本来なら縁もゆかりもない、ただの平民の五人兄妹だ。

 彼らは、ミルデハルト伯爵邸で働く末の妹のため、逆毛を立ててカイナルを警戒している。


 頭のてっぺんを残すだけとなった夕日を睨んで、これから向かう伯父の屋敷に思いを馳せた。

 今日も、作業に熱中するあまり、夕刻の鐘を聞き逃していてくれないだろうか。


 一瞬だけでも顔が見たい。


 願えども、現実はそう甘くなかった。

 最近、カイナルの周りには敵が多い。

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