その二十二 短い決着
「イズナ!!」
ゼットはイズナが待っていると言われていた扉の前へとやってくる。
そこにはすでに多くの人々が扉が開くのを今か今かと待ちわびていた。
その中には探している人物とメメが献身的に支えていた。
そしてゼットの姿を目撃した瞬間、その待ち人は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「ゼット!」
イズナは駆け出しそうになったが、メメは慌ててその足を止めさせる。
「激しい運動は駄目なのだよ。ほら、あっちから来てくれるんだからここで待っているのだよ」
「ご、ごめんなさい」
「イズナ、大丈夫か」
「うん、皆がここまで運んでくれたから。安全な道をゼットが作ってくれたんでしょ」
それを聞いてゼットは安心したように息を付く。
そしてイズナの体を優しく支える。
「役に立ったのならよかった。メメ、助かった。イズナを見ていてくれてありがとな」
「本当は最後まであそこに居なきゃいけなかったのに、まっ相手があの男なら仕方のない事なのだよ。ほら、早く二人とも行くのだよ。もうすぐ扉は開かれるのだよ」
メメ博士がそう言うと開かれている扉が完全に開きそうになる。
未だ扉には膜のような物が張られており、奥が深淵の様に吸い込まれそうな暗闇となっていた。
人々はその扉に対して期待に満ちた表情をしている。
当初の予定ではゼットがここに辿り着きその扉の説明をしようと思っていた。
だが周囲の反応が思ったよりも落ち着いているのを見て少し引っかかった。
「既に周りの人達の説明は済ませてあるのだよ。直前に焦って扉に一斉に押し入って押しつぶされたら最悪だから」
「さすがだ。すまなかったな、最後の最後まで任せっきりになってしまって」
「どうってことないのだよ。本当なら博士は既に命を失っていた身なのだよ。偶然薬が合って、それを飲んでなりすまして生きて来て、いつかはバレて殺されると思ってたのにゼットに拾われて。そしてこの島で生きていくことを許してくれた。これはその恩返しなのだよ」
メメ博士はそう言うと悲し気な笑みを浮かべる。
それは別れをすることの悲しさなのか、自分だけが生き残った罪悪感なのか。
ゼットはその表情を読み取ろうとしてじっとその顔を見つめる。
すると次第にメメ博士は気まずそうに視線を外した。
「何で‥‥‥黙って見つめて来るの」
「いや、随分とお前らしくないなと思って」
「博士らしく?」
「ああ、いつものお前は自信満々で自らを誇りに思っているような発言をしていた」
「うんうん、博士は凄いのだよ!っていつも言ってるよね。それを見て私はいつも可愛いなって思ってたんだよ」
「何か馬鹿にされている気がするのだよ」
そんな事を言うメメ博士に対してゼットは首を振った。
「褒めている。お前はそのままで居てくれ。皆の事を支えてやってほしい。さて、そろそろ扉が開かれるな。改めてあいつらにお礼を——————」
「それなら直に言ってあげると言い。すぐに会えるぞ」
メメ博士の背後に現れた人物をゼットが視界に捉えた時、額から嫌な汗がにじみ出る。
先程まで和やかだった雰囲気は一変し、空気が緊迫した。
「ゼットさん‥‥‥」
不安げに呟くイズナの声を聞いて、自身が恐ろしい表情をしていることに気付きすぐに表情を戻し、イズナを落ち着かせようと微笑む。
「大丈夫だ。心配する必要はない」
「随分と余裕そうだな。大切な弟子が死んだって言うのに」
「あいつらはそう簡単には死なない。そしてお前もそう簡単にはやられない事を俺は知っている」
「分かってたうえであいつらを俺に当てたのか?それは随分と残酷なことをしたな」
「信じているからだ。お前には分からないだろう」
そう告げた瞬間、一瞬にしてゼットとガイスの周りが風の檻によって外界から隔たれる。
そのあまりの展開スピードにガイスは手を出す暇もなかった。
だが二人っきりの空間で逃げ場がない状況にもかかわらず、ガイスは余裕そうに言葉を発する。
「随分と思い切ったことをするな。閉じ込められたのは自分自身だという事を分かってるのか」
「何をしているのだよ!扉が開くのはあと、数秒しかないのだよ!」
「メメ、すぐにあいつらの元に行ってやってくれ。イズナ、扉が開いたらすぐに入るんだ」
「そんな!私一緒じゃないと嫌だよ!」
「大丈夫だ、すぐに追いかける。また会おう、イズナ」
微かに空いていた隙間さえ閉ざされたことで、完全に孤立した空間と化した。
ゼットは覚悟を決めると息を吸う。
「先程閉じ込められたのは自分自身だと言っていたな。悪いが、扉が閉まるまでお前に時間をかける必要はない。一分で決着を付けよう」
その言葉を聞いて先程まで余裕を保っていたガイスの表情が険しくなる。
それを見てゼットは相手が挑発に乗ったことを確信した。
「俺はお前とこれまで魔法を交わしたことはなかった。だがそれは何も俺がお前よりも弱いと思っていたからではない。準備をしていただけだ。お前を殺す準備を」
そう言うとガイスはニヤリと笑みを浮かべる。
それを見てゼットは初めて人に対して背筋が凍るような思いをした。
明らかに何かを仕掛けて来る。
「一分でケリを付けるのはこちらの方だ!真王の領域!」
それは一瞬だった。
地面に展開された魔法陣はゼットの足元に触れた事で、ゼットの中の時間が止まった。
身動き一つ取れなくなったゼットの姿を見てガイスは確信した。
この勝負は自分の勝ちだと。
「自ら狭い場所を作ったのは失敗だったな。あの女を守る為にした事だろうが。俺とお前じゃ勝利条件が違う。時間制限があるのはお前だけだ。このまま体を停止させ続ければ、お前の負けだ」
ガイスは微動だにしないゼットをようやく手にした彫刻品を見るように眺める。
ゆっくりとじっくりと愉悦に浸りながら、眺め続ける。
時間は既に二分を過ぎていた、勝利が確定するまで残り三分。
外側から干渉が出来ないこの環境ではこちらが何かをしない限り、この状況を変える事は出来ない。
やはり風の魔法で外を遮断したのは悪手だったと、ガイスは確信する。
「もう一つのとっておきを使うまでもなかったな」
ガイスがそう口にした時、ある変化が起きた。
地面に展開された魔法陣が突如揺らぎ始めた。
それは次第に大きくなり、歪みがさらに増していく。
「どういうことだ。魔法陣が破壊されそうになっている?魔力解析!」
オリジナル魔法を使用するとゼットの魔力や魔法に関する情報を読み取る。
それを見た時、突如目に痛みが生じた。
「うぐっ!?これは許容超過?俺の魔力じゃ、こいつを測定できない。まさか、俺のオリジナル魔法が破壊されそうになっていたのは、こいつの魔力が吸い取れ切れなくて。まずい、このままじゃあいつが動き出す」
ガイスはすぐに新たな魔法陣を展開させる。
それは全ての魔力を集結させた一撃だった。
「これで死ねええぇぇえええぇ!」
それは間違いなくゼットに直撃するはずだった。
ガイスのすべての魔力を注いだ一撃はゼットを消し炭にするだけでなく、辺り一帯を吹き飛ばすほどになるはずだ。
その余波はあの島を覆い隠すほどの扉まで至るはずだった。
だがその一撃は両者の間で消滅した。
破壊の余波も、衝撃音も、ぶつかる時に生じる衝撃波も無く。
ただ消えていった。
完全なる力の相殺、寸分の狂いもなく適切な力をぶつけられたその一撃は完全に殺されたのだ。
ゼットの一撃によって。
「確かに俺はお前を侮っていた。まさかこんな手を残していた何てな」
「どうして、俺はお前の魔力を奪って。そのうえですべての魔力を放ったはずだ。それなのにどうして俺の一撃を防げたんだ」
「これからは俺のターンだ。言っておくが目を離すなよ」
時間にしてほんの一秒、だがガイスからしたらまるで時間を引き延ばされたかのように長く感じた。
すべてがゆっくりと流れていき、ゼットがこちらに向かって来る。
その姿はっきりと見えるが自身の体を動かすことは出来ない。
意識が体に追いつかない。
ただただゼットがこちらに向かってくる姿が見える。
「インパクト」
シンプルかつ強力な一撃、誰よりも早く誰よりも強い。
その一撃は長年考えていたガイスの計画を簡単に潰して見せたのだ。
ガイスは完璧だった、その計画は達成するには十分な物だった。
唯一相手がゼットだということを除いては。




