その十六 俺じゃない
「どういうことだ、ガイス!!」
ゼットは勢いよく王の間の扉を開けると、空の玉座の横でお酒を嗜んでいるガイスの姿が合った。
ガイスはゼットの慌てぶりとは反して、ゆったりとグラスを口元から離す。
「どうした、そんな焦って。また何か問題が起きたのか」
「また何かだと?既に問題が起きてるだろ!人々が島を出たがっている」
「そうか、やはり同じ島に居るのは退屈だろうな」
「違う、どうしてそこまで他人事でいられる。ガイスがそそのかしたんだろ!」
ゼットは机を思いっきり叩くと、入っていた酒瓶が倒れて床に零れる。
それを眺めていたガイスは残念そうにため息をつく。
「まだ酒造は完璧とはいいがたいんだ、勿体ないな」
「酒なんか飲んでる暇はないぞ。今すぐに島の人々に説明しろ。島の外に出ることが恐ろしいと言う事を」
「なぜだ」
「何だと?」
ガイスは床に染みた酒を眺めると、持っていたグラスを傾けて中身を零していく。
そしてそのままグラスを離して地面にガラスが飛び散る。
「当時は確かに島に出ることは危険だった。だが、今は違う。島に居る者は力を経て、魔法もさらに磨きがかかっている。もう危険はない。俺達に敵はない」
「ガイス、何をするつもりだ」
ガイスはガラスを踏みしめて歩いて行く。
「島を出たがっているのなら協力してあげればいい。人は故郷へと帰る生き物だ。お前は今まで人間という生き物の感情を理解したがっていたようだが」
ガイスが歩くたびにガラスの割れる音が聞こえて来る。
そしてすぐ横を通り過ぎようとした時。
「だが、お前が見て来た物はすべて半獣という生き物の感情だ」
「っ!」
「人間はこんな物じゃない。もっと欲深く、もっと醜悪さ。身近にいる者を簡単には信じるなと、教わらなかっただろう」
囁くようにその言葉を言った後、ガイスは扉へと歩いて行く。
ゼットはすぐに振り返ると、すでにガイスは扉へと手をかけてた。
「ガイス!!」
「お前はこの島に残りたがっているようだが、ただ破滅を待つだけの未来はつまらない。王は一人で十分だ。友達ごっこはもうやめにしよう」
そう言うとガイスはその扉を閉じた。
その日を境に明確に二つの陣営に分かれた。
島に残りここで生きていくことを望むゼット派と島を出て故郷へと帰る事を望むガイス派に。
その中で中立的な立場に居る者も居たが、ガイスの巧みな話術によって徐々にその者達もガイスの方へと流れて行った。
「もうこれ以上は黙ってられないでしょ」
共同の家の中でブライドがゼットに進言する。
ゼットは持っていたグラスを傾けて中に入っている酒を揺らす。
「何の話だ」
「とぼけるなよ、この島で起きている現状だ。奴は次々と勢力を伸ばしている。中立的な立場だった奴も今ではあいつの側に行っちまってる。俺達は争わないと停戦を申し出ているが、あっちはもうそんな事お構いなしって感じだ」
「どうしてそう思う」
「先日路地裏で遺体が見つかった」
「っ!」
ゼットは持っていたグラスを落としそうになる。
ゆっくりとそれをテーブルに置くとブライドの方を見る。
「モンスターの仕業じゃないですよ。明らかに魔法でやられた痕跡があった。しかも殺された奴はこちらを指示していた奴だ。明らかにあっちの派閥の奴が手を出した」
「それを知っているのは誰だ?」
「すでに知れ渡ってる。過激な奴はすぐにでもやり返すべきだと、息巻いてるぜ。やられっぱなしはごめんだって言うのは俺も感じてる。このまま停戦を続ければ一方的に殺される可能性もある。そうなればこの方針に疑問を持って寝返る可能性もある」
「争いはさらなる争いを生むだけだ。これ以上、この島で血を流すような出来事を起こすべきじゃない」
「ゼットさんがイズナさんの事で事を荒立てたくないのは分かる。だがそれならなおさらこの島を守る為にも戦わなきゃいけないんじゃないのか。いつまでも停滞してるだけじゃ、本当に殺されてしまいだ!」
ブライドは机を思いっきり叩くと、乗っていたグラスが倒れる。
「ゼットさん?」
すると不安そうにお腹を擦るイズナの姿が合った。
その横にはクリシナがイズナの体を支えていた。
ゼットは先程までの深刻そうな顔とは打って変わって、優しい笑みを浮かべる。
「何でもない、俺がブライドの取っておいたプリンを食べてしまってな」
「なっ!?‥‥‥そうですね、結構楽しみにしてたんで」
「そうだったんだ、なら今度は私が作ってあげる。得意なの、爆発プリン」
「それは随分と派手なプリンね。でもイズナさん、お体に障るから今は無理しちゃ駄目よ。お腹の可愛らしい赤ちゃんも、美味しそうなプリンが目の前にあったら早く出てきちゃうかも」
「クリシナ、イズナを部屋まで送ってあげてくれ。俺はブライドにプリンを買って来る」
「はーい、ほらほらこの子の服を編む続きをしましょう」
「わ、分かったから。それじゃあね、仲良くするんだよ」
クリシナは優しくイズナの手を引いてそのまま二人は部屋に戻って行った。
「考えがないわけじゃない。すでに手は打ってある」
「それは一体、そう言えばあいつらの姿が見えませんね」
「ああ、すでにある場所に向かわせた。付いて来い」
ゼットはブライドを連れてある場所へと向かって行った。
そこはシアラルスの建てられた建物の中に並ぶ異質な建築物、唯一破壊を免れた研究所の一つだった。
「ここは、こんな所で何をするつもりですか」
「まあとりあえず中に入れ」
ゼットは先頭を歩きブライドはその後ろを追う。
中に入ると、そこには戦いの後が残されていた。
綺麗に清掃されていたが、まだボロボロな部分が目立つ。
するとある部屋の中に入ると、そこにはメメとデュラの姿が合った。
「あっ待っていたよ。ちょうど色々と調整をしていた所なのだよ」
「そうか、それで動かせそうか」
「うーん、どうかな。言っておくけど博士はここの専門家ではないから動かせるかどうかは分からないのだよ。とりあえず残っている資料をかき集めて、見様見真似ではやってみるけどあまり期待はして欲しくないのだよ」
「何でもいい、少しでも希望があるのなら続けてくれ。ここはもうメメの研究所だ。すでに清掃は済ませてある、散らばっていた武器もまとめて倉庫にしまっておいた」
「物騒な所なのだよ。深夜に幽霊でも出そうだ」
「その時は俺が守ろう。その為に俺が居る」
「はいはい、どうもありがとう」
メメは適当にデュラをあしらうと再び作業を始める。
「一体何をやっている。この残された研究所で何を作ってんだ」
「作っている訳じゃない。動かそうとしているんだ」
「動かそうとしている?一体何を」
「この島には一つ、大きな扉が存在しているだろ」
「あの何の扉か分からない奴ですか」
「そうだ、昔の記憶を辿ると研究者の中で別の世界へと移動する技術を研究していたと聞いた事がある。もしかすると、あの扉はそう言う意図が含まれてる可能性がある」
その言葉を聞いてブライドはおもむろに口にする。
「つまりゼットさんはこの世界から逃げようとしているってことですか」
「言い方に少し棘があるように思えるな。俺が逃げることがそんなに嫌か」
「嫌ですね。そんな人じゃないでしょ。何を恐れているんですか」
「ブライド、俺はな。自分が何者かを知りたかった、なぜ生まれて自分には何が出来るのか。その為に島の人々と交流していき、理解していった。そう思って居たんだがな。どうやら俺が知っていたと思っていた人は、表側だけだったようだ」
「ガイスに裏切らた事が余程ショックだったんですか。元からあいつはそう言う奴だった。俺は最初から気付いていた。それにもうこだわる必要はないでしょ。ゼットさんはあの時、研究者を皆殺しにした。そのおかげで僕達は助かった。今回もその力で救ってくださいよ」
「あの時の俺は、俺じゃなかった。あれは俺じゃないんだ」
そう言いながらゼットは自らの頭を抑える。
そんな姿を見てブライドは何とも言えない気持ちになった。




