その十五 故郷
「皆、もう書き終わったか。全員紙をこの箱に入れてくれ」
会場に居た人達は中央に置かれた箱の中に次々と紙を入れていく。
そして全員が紙を入れたことを確認すると、ゼットがその箱に近づく。
箱は二つあり、それぞれ赤色と青色で分かれていた。
「それではこれより島の名前とこの街の名前を決める。俺がこの箱の中から一枚の紙を見ずに選ぶ。選ばれた物がこの島の名前と街の名前となる。異論はないな」
その言葉に周囲は同意した声を上げる。
ゼットは皆の反応を確認して早速それぞれの箱に手を入れる。
箱の中身は一切見ずに顔を上げてかき混ぜるようにして、箱の中の紙を手に取った。
赤と青、それぞれの箱から紙を取り出し両手には一枚の紙が握りしめられる。
「それじゃあ、発表する」
ゼットの言葉に皆が緊張した面持ちで見守る。
この島にそして皆で作られた街に名前が付けられようとしているのだから。
それは生涯立ち会う事はまずない、歴史的な瞬間でもある。
二枚の紙の中身を確認すると、ゼットは小さくを息を吸う。
「これがこの島の名前だ。島の名前はにゃんこ島!」
「っ!?」
「あっそれわた——————」
「にゃんこ島!?何だその名前は」
「さすがにふざけすぎじゃない」
「にゃんこ島出身何て恥ずかしくて言えねえよ」
「誰かがふざけて書いたんだろ。変更しようぜ」
名前が発表された瞬間、周囲が一斉にブーイングを始める。
名前の変更を求める中、気まずそうに縮こまっている女性が一人。
ゼットはそれを見逃さず、諭すような声色で喧騒な空間を鎮めるように発する。
「それはこの名前を書いた人に対する侮辱か?」
「え?」
「どんな名前にも名付けた者の意図が含まれている。それが他の者にとってはふざけていると捉えられたとしても、本人にとっては別角度の意味が存在するはずだ。名付けた者の意図も知ろうとせずに表面的に否定だけをするのは、失礼だとは思わないのか」
ゼットの言葉が周りの人達の口をつぐませる。
静かになった会場でゼットは静かにその瞳を名付け親に向けた。
「俺は素敵だと思う。可愛らしいじゃないか。良い名前を付けたな」
「っ!はい!」
イズナはゼットの意図を気にすることなく元気に返事をしてしまった。
そのせいで誰がこの名前を付けたのか一瞬にしてバレる事となった。
ゼットは頭を抱えそうになったが、気にしないことにした。
「え?イズナちゃんが付けたのか」
「まあ、らしいと言えばらしいな」
「でも何でにゃんこ島なんだ」
「あっそれはですね。皆さんネコ見たいな可愛い耳と尻尾が付いているので、まるでねこの島だと思いませんか。でもそのままだとつまらないのでにゃんこ島って付けたんですよ。どうですかね」
イズナは目を輝かせて、自信満々に名付けた理由を語った。
その言葉に皆が呆れている中、ゼットは感心したように頷く。
「思った通り深い理由があったな」
「何処がだ!!」
周囲に笑い声が響き渡る。
先程までの空気とは違い和やかな雰囲気が辺りを包んだ。
だがその中で気にくわないと思っている者も居る。
その女性は最初から隅っこでめんどくさそうに会場に居た。
そして他にも笑っていない者が数名、ゼットはその人物たちに気付いていた。
「そう言えば、この島の名前は決定したけどこの街の名前はどうなったんだ」
ガイスがその事を不意に切り出した。
それにより皆思い出したかのように声を漏らす。
ゼットはもう一つの紙の方に視線を移す。
「それじゃあ今度はこの街の名前を発表するとしようか」
再び緊張した空気が周囲に流れる。
ゼットは紙を開いてその名を確認した。
「この街の名前は今日からシアラルスとする」
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「それがこの島の名前と街の名前の誕生か」
話しを聞き終えて俺は納得するように頷いた。
それにしてもイズナって言う人はかなりの能天気の様だ。
名前の付け方が可愛らしいと言うか抜けていると言うか、それでもこの名前が付いた理由としては納得は出来るかな。
「ああ、それからみんなこの島をにゃんこ島と呼ぶようになり。街もシアラルスと呼ばれるようにはなった」
「そう言えばシアラルスって誰が名付けたんだ?にゃんこ島はイズナって人が付けたのは分かったけど」
「シアラルスはガイスが名付けたんだ」
「ガイスが?それにも意味はあるの?」
すると父さんは何故か黙り込んでしまった。
「父さん?」
「ああ、悪い。名付けた理由だったな。聞いて見た所、思い出らしい」
「思い出?その言葉に昔何かしらの出来事があったのか。それでもガイスが名付けたとなると、あんまりいい理由は考えられないな」
「やはり、かつはガイスに対してあまりいい印象は持たないか」
「まあ、ガイスのせいで島の皆が大変な目に合ったしな。それに、犠牲になった人もいるし」
それを聞いて重苦しい空気が流れる。
流石に気まずいな、何か別の話題をしないと。
「そ、それで街はどうなったんだ?他の街とか。キンメキラタウンとかカルシナシティとか」
「何だその名前は?どうやら俺が去った後も島は随分と発展したみたいでよかった。あの悲劇が皆の心を折っていない様で」
「悲劇?」
「ああ、もう二度とあんな思いをさせたくはないと思って居たんだがな」
父さんの表情が曇る。
先程まで楽しそうに思い出を語ってる様子だったのに。
ここから先はおそらく聞いた所で胸が躍るわけもなく、希望を抱くこともないのかもしれない。
聞いた所だただただ辛い気持ちになるだけで、後味の悪い話を聞かされるだけなのかもしれない。
だけど俺はここで話を聞かないといけない。
「聞かせてくれない。その話を」
「息子に聞かせるような話じゃないが、全てを話すと言った以上話さないわけにはいかないな」
父さんはそう言うとあまり話したくなさそうにゆっくりと語り始めた。
「すべてが順調だった。島も発展していき、住民たちとも友好関係を築き全員が幸せを謳歌していたんだ。だがそれは長くは続かなかった。全ての始まりは人間だ」
「人間?」
「そう、人間だ。半獣の実験を受けずに、地獄の環境をただ怯えながら過ごした居た者達だ。皆には実験の苦痛や記憶があるおかげか、結束を強く持つことが出来た。だがそれを共有できない者達は心が一歩離れた所に居た。そしてその力も持たない者達だ。自然と恐怖心が他の者よりも増さる」
「つまり人間達はその島で生きていくことに対して、あまりよく思ってないって事?」
「そうだ、最初は従うしかなかったのだろう。モンスターがはびこるこの島では魔法という力を持つ半獣に頼るしかなかった。だがモンスターが倒されて行き、ある程度自由に動けるようになった時、溜まっていた不満が爆発した」
父さんはいつの間にか強く拳を握っていた。
苦い思い出が、当時の想いを蘇らせているのだろうか。
「もう少し話し合うべきだと今となっては後悔している。だがそれはもう遅いと言う事は分かってる。あの日、小さな事件が起きた。それがすべてのきっかけになったんだ」
「小さな事件?」
その言葉に父さんは無言でうなずいた。
「あの日、他の地点の街づくりの為に出かけたんだ。いつものメンバーの中には人間も含まれていた。彼らは主に雑用をしてもらって居たんだ。その場所に行く途中野営をして、日が昇るまで待つつもりだった。だがその日、一人の男がその地点から無断で離れた」
「何でそんな事を」
「理由は彼には妻が居た。ちょうど野営をしていた場所には、そこにしか咲かない花が合ったらしい。それを手に入れて、彼女に送ろうとしたそうだ。だがその近くにはモンスターが居た」
「っ!それで、どうなったの?」
「悲鳴を上げる間もなく死んだ。気付いた時にはもう朝になっていて、少し離れた地点で花畑の中で血だまりが出来ていた。死体は一欠けらも残っていなかった」
話を聞いただけで心の奥がざわついた。
その人の奥さんはきっと酷く悲しんだだろう。
大切な人がもう二度と帰って来ないと言われるんだから。
「それから人々は再び思い出したんだ。自分たちに弱さとこの島で生きていく事の辛さを。それをガイスは見逃さなかった」
「ガイス?」
「そうだ、ガイスはずっと待っていたんだ。この島から出て行く時を」




