その十二 島の在り方
「何で付いて来るんだ」
先程の騒動の後、昼食を食べ終えた一同は再び作業に戻る。
その中で一人集団の輪からはみ出しているデュラをゼットは追いかけていた。
「何処に行くのかと思ってな」
「それは言う必要があるのか」
「ないな、だからついて行っている」
「それは同じ意味じゃないのか?」
「少なくとも言葉で伝える必要は無くなる。話すのはあまり好きじゃないみたいだしな」
するとデュラはその足を止めて諦めたようにため息をつく。
「目的を言えば、来ないでくれるか」
「悪いな。それじゃあ俺は退けない」
「はあ、ならどうすればここから消えてくれる」
「どうして一人になろうとする」
その質問にデュラが答えたくなさそうに視線を下に向ける。
それを見てゼットは言葉を付けたした。
「お前はいつも集団から離れようとする節がある。島民会議の時にも話し合いには参加していなかったよな」
「参加してないって‥‥‥見えなかっただけだ」
「俺の目はお前らよりもいいんだ数キロメートル先を見るのだって容易い」
「それは冗談だろ?‥‥‥冗談だよな」
無表情のゼットの顔を見てデュラは考えるのをやめた。
「とにかく一人で居れば危険が伴う。この土地周りはモンスターが近づくことは無くなったが、離れれば未だにモンスターがうろつく魔境だ。まだ魔法もろくに扱えないだろう」
「だから守るっていうのか?」
「一人でいるよりはいいだろう」
その言葉を聞いた時にデュラは背を向けて拳を握りしめる。
「一人でいる方がマシだ」
「デュラ?」
「付いてこなくていい、こんな事で時間を無駄にしない方がそっちの為だ。俺に時間を使う価値はない」
「なぜ決めつける。それに俺がどう時間を使おうが俺の自由だろ」
「そうだな、だからこうするのも俺の自由だ」
その瞬間、デュラの周りに魔法陣が展開される。
魔法陣はまだこの時は周囲に広まっていない技。
ここ最近でようやく魔法陣の可能性と力にたどり着いたゼットにとって、同じように魔法陣を使う相手は決して油断できない者だった。
それによりゼットは反応に遅れる。
それは魔法の発動には十分な時間だった。
「っ消えた?」
魔法陣が光り輝くと同時にその姿が無くなっていた。
ゼットはデュラが立っていた場所に立つ。
そこは特に何かあるわけでもなく、痕跡が一つも残されていなかった。
「風の魔法‥‥‥とは違うか。まさか本当に姿を消したのか?」
魔法陣を生み出す技術を持った魔法使いは現時点では存在しない。
ゼットですら現状は自然魔法を応用する形で魔法陣を作る事しか出来ない。
もし仮にこの目の前で起きた現象が自然魔法とは関係のない、新たな魔法だとしたら。
ゼットが知る限りではこの世で初めて魔法を作れる魔法使いという事になる。
「デュラ、お前は一体何者だ」
そしてこの事実を知っているのはゼットしかいない。
「ゼットさん」
「っブライドか。どうした」
駆け寄って来るブライドの姿を見て、ゼットは一旦考えるのをやめる。
「例の住民街で事件発生です。暴れてる奴がいる」
「またか、今度は誰だ」
「それもまた例の自由組だ」
「懲りないな、あいつらも」
「全くだ。どうします、俺がやってもいいですけど」
「いや、俺が行く。そう何度も作業を止められちゃいつまで経っても出来上がらない」
「連中はそれが目的ですしね」
「行こう。仕事の時間だ」
ゼットはブライドの案内の元現場に向かって行った。
そしてそこには数人の男女が作業エリアを占拠していた。
その近くには数人が地に倒れて居た。
「我々に自由を!我々に帰る権利を!」
「ここの島は地獄そのものだ。俺達は自由を経て生まれた場所に帰る」
「船を用意しろ。そして一ヶ月生き残れるほどの物資を寄こせ」
自由組、島に残るのではなく離れることを主張する者達の総称。
何度も作業の邪魔をして、島の発展を遅らせている。
島のチンピラと周囲は呼んでいる。
「くそ、またこいつら邪魔しやがって」
「退け!仕事しねえ奴が来るところじゃねえぞ」
「騒がしいな」
ゼットは現場にたどり着くとすぐに辺りを見渡す。
暴れている者の人数と人物を確認したうえで一人で対処できると判断したゼットは前に出る。
「要求は」
「ゼット‥‥‥お前を待っていた。今すぐにここに居る者達を解放しろ。お前の一言ですべてが解決する」
「それは出来ない。それと島を離れるのはお前達だけだろ。総意の様に話すな」
「分かっていないな、ゼット。言葉では言えないだけで皆そう考えてるはずだ。こんな化け物どもがはびこる島に残る事、地獄のような日々を過ごしたこんな島に残る事が苦痛だと。それでも誰も反論が出来ないのは、ゼット!お前が強いからだ、強いから誰も意見出来ない。強いから従うしかない。お前がここの全ての人間を苦しめている」
ゼットは相手に意見をすべて聞いたうえでゆっくりと口を開いた。
「恋しいのか故郷が」
「なっ!話を聞いていなかったのか。俺はお前のせいだと言ってるんだ。誰が故郷の話など」
「様は苦しんだこの島から離れて生まれた所に帰りたいんだろ」
「っ分かってるじゃないか。だからこそ今すぐにこの島から」
「それは無理だ。これはお前らを守る為だ」
「言い訳だな、自分の立場を守りたいだけだろ。王様気分は気持ちがいいからな」
「王様か、なりたくてなったわけじゃないが。いいだろう。着いて来い」
「は?」
「この島がお前らにとってどんな場所か、教えてやる」
ゼットはそう言うと付いて来るように手招きして歩き始める。
自由組の連中は少し疑惑を持ちながらも黙って手招きするゼットを見て、大人しく付いて行くことにした。
「他にも島を出たいと思ってる奴らが居たら呼んで来い。全員連れて行く」
「何だと?」
「居るんだろ、他にもお前と同じように島を出たい奴らが。一人一人説得するのは面倒だからな」
「まとめて消し去ろうとしてるのか」
「野蛮だな。俺は人殺しは趣味じゃない。いいから呼んで来い、知りたいんだろ。この島がどんな場所なのか」
自由組はそれから一時間後に戻って来た。
その人数はざっと五十三人、自由を主張する為に暴れた者も居れば共に作業をしていた者も居た。
ゼットは全員が来たことを確認すると風の魔法でその人達を全員運んで行った。
そして辿り着いた場所は島の一番端っこだった。
「ここに何があると言うんだ」
「焦らないで。皆、よく見てくれ」
ゼットは近くの小石を手に取った。
そしてその小石を海の方へと思いっきり投げる。
猛スピードで飛んで行った小石はある一定のラインを越えた所で何かが始まった。
「っ!?何だ!」
「あそこを見て見ろ」
ゼットが指差した方向には柱があった。
それは島を囲むようにして点在している。
その一部が光り輝いた瞬間、天に向かって何かを放出した。
そしてそれは天から再び降り落ちて、海に投げて言った小石に直撃した。
その一撃は狙った標的に対してあまりにも過剰な雷の一撃だった。
「なっ‥‥‥」
見ていた者達全員が震撼する。
そして自分たちとその小石を重ねてしまう。
もし自分たちがこの島を離れようとしたらああなるのだと。
驚愕している者の中から声が漏れ出る。
「何だよ、これ。こんなのあんまりだろ。これじゃあまるでこの島は俺達を閉じ込める檻じゃねえか」
「いや、砦だ。この柱はあらゆる外敵からこの島を守っている。それと同時に外の者達も守っているんだ。これのおかげでモンスターはこの島を出て行かず、俺達は外部からの侵略にも恐れることはない」
ゼットはまだ戸惑っている人達に向かって向き直る。
「お前たちが感じている不安も分かる。すまないが今すぐに安心させる事は出来ない。だが必ずお前らが不自由のない暮らすを出来るようにさせる。モンスターに怯えることも無く、生きていけるようにさせる。ここは地獄でも檻でもない、お前達の第二の故郷であり、俺達の国だ」
「本当にそんな風になるのかよ」
「俺がさせる。その為に皆には協力してもらいたい。頼む」
そう言うとゼットは皆に対して深々と頭を下げる。
それを見て皆が驚いた表情を浮かべる。
そう言った事をする人物には見えなかったからだ、だがその意外性がみんなの心を掴んだ。
「俺は何をすればいい」
「俺も協力する」
「私も」
「皆‥‥‥ありがとう」
この日からさらに島の人達の結束は固くなり作業スピードが格段に上がった。




