その七 小さな優しさ
「それが研究者の人達が全員殺された経緯だったのか」
話を聞いているだけなのにその凄まじさが頭の中で想像できてしまう。
どれほどの人の命が失われ、その土地でどれだけの血が流れたのか。
もしその場にいた時、俺は自分が同じように研究者を殺して居たのだろうか。
「気分のいい話ではないな。結局俺達も奴らと変わらなかった。自分らの目的の為に命を奪う」
「でも自業自得だ。研究者は皆の事を人間として扱わなかった。その結果が返って来ただけだ」
「俺達の行為を肯定してくれるのか。ありがとな。だがそう考えられる人たちだけじゃない。あの時同じように復讐のために研究者を殺して回った人も居れば、身を縮こませ時が過ぎ去るのを待つだけの人もいた。全員が全員この作戦に乗っかったわけじゃない」
「それでも間違いなく救いにはなったと思うよ。それからにゃんこ島が生まれたんだよね」
すると父さんは懐かしそうに笑みを浮かべた。
「そう言えばそんな名前だったな。そこら辺を話すとしようか。にゃんこ島が生まれた経緯を」
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あれから一ヶ月の月日が流れた。
研究者はあれから姿を見せない。
研究所をしらみつぶしに周って徹底的に研究者を殺して回った。
それを積極的に行ったのはガイスだった。
多くの半獣を引き連れて残党狩りを実行した。
だがゼットだけはそれに参戦することなく、ただボーっと様変わりした島を見ているだけだった。
「‥‥‥」
「いつまでそうしているつもりだ?」
いつも通り丘の上で呆然と島の様子を眺めていた時、ガイスがやってくる。
「別に、そっちは終わったのか」
「研究所らしき場所をしらみつぶしに周ったが、もう見かけなくなった。やばそうな物は面倒だから無視しただけど」
「そうか」
それだけ言い残して何も言わないゼットを見て不服そうに目元を細める。
「まるでもぬけの殻だなあの日からずっとそんな調子だな。周りの奴らも心配していたぞ。あの時のゼットさんは帰って来ないんですかってな。みんなお前を待っている」
「俺は正しい事をしたのか」
「何言ってるんだ、当たり前だろ。俺達のおかげで多くの命が助かった。これから半獣にされそうな人間もその前に止めることが出来た。あいつらの涙を流しながら感謝の言葉を言う姿を見ただろ」
「もっと、何か別の方法が合ったんじゃないのか」
「おい、いい加減にしろ。まるで別人だぞ、今更責任逃れをするつもりか。言っておくが、もう俺達は後戻りできない。ここの奴らは殺した、その手で殺したんだよ。俺達は共犯者だ」
「そうだな」
覇気も無く呟き続けるゼットの姿を見て、ガイスはそのまま近付くと肩を掴んだ。
「いいか、何一つ終わっちゃいねえ。ここからが本番だ。研究者がこの島に攻撃を仕掛けてくる可能性がある。その為の計画も立てなきゃいけねえ。これから先モンスターがはびこるこの世界での生き方も考えなきゃいけねえ。腑抜けになっている暇なんて何一つないんだ。みんなお前の言葉を待ってるんだよ」
「今は一人にさせてくれ」
「はあ、分かった。だが覚悟は決めておけよ。時間は待ってくれねえぞ」
それだけを言い残してガイスは不満げにその場を去って行った。
ゼットは再び島を眺める。
地面にはまだ乾ききっていない血の跡が残っている。
死体は全て炎の魔法を燃やし尽くした。
血液も水や風の魔法で消して行った。
それでもこの地には拭っても拭っても消えない物がある。
「俺は、何者なんだ」
ゼットはこの戦いを気にその答えを掴めるかと思っていた。
だが終わった所で結局その答えを見つけることは出来ずに、むしろさらに迷わせることになった。
自分の行いと自身の証明、何が出来て何が出来ないのか、自分の使命と生まれた意味。
疑問だけが生まれ続けて答えにたどり着くことが出来なかった。
それから数日、ゼットはそこから動くことなく島を眺め続けた。
ガイスはそんなゼットを見捨てる訳もなく毎日呼びかけていた。
周りの半獣もゼットが動き出さないことに疑問を感じ始めていた。
ゼットは本当に俺達のリーダーに相応しいのか。
ガイスはその度に上手く周りの熱を冷まして落ち着かせているが、それも次第に収まらなくなっていく。
そろそろみんなに我慢が限界に近づいた時、ゼットは不思議な出会いを果たす。
「あのう、これ食べてください!」
今までゼットの側に近づいてきたのはガイスだけだった。
余計な心配をかけさせないため、今のゼットの姿を隠す為ガイスも近付かない様に周りに言い聞かせていた。
だがその少女は純粋な心配を胸に秘め、何のためらいもなくゼットに話しかけた。
「誰だ?」
「あっごめんなさい。私、あなたがずっとここに居るのを知ってて。何も食べてないでしょ、これ作ったの。でも今は調理器具がないからお肉を焼いただけだけど」
おどおどとした様子で少女は手に持っている焼かれた肉をゼットに差し出す。
それは本当にただ肉を焼いただけの料理というにはあまりにも単純な工程のみを施した物。
ゼットは少し迷ってからその肉を受け取った。
すると少女は期待した様子でゼットを見続ける。
ここで食べなきゃいけないのか。
ゼットは少し躊躇いながらも毒に対する耐性を持っていることも考慮し、念のため一口サイズに風の魔法で切ってから口に運んだ。
「っ!これは‥‥‥」
口の中に入れた瞬間、とろける様な食感と肉の旨味が口いっぱいに広がって行く。
「どう、でしたか?」
「これは、本当に肉を焼いただけなのか」
「はい、火力調節はまだ慣れないので焦がしてしまった部分もありますけど」
「それにしては美味すぎるな。肉が上質なのか、本当に腕がいいのか。これは何の肉だ」
「モンスターの肉です。あっきちんと食用の物を選んでるので、お腹は壊さないと思います。最近モンスター狩りを行なってるので」
「モンスター狩り、そうかあいつもそう言ってたな」
ゼットは残りの肉もぺろりと平らげてしまった。
満足そうに口元を拭くと、あの日以来動かなかった体が動き出す。
「ごちそうさま。ありがとう、おかげで自分のやるべきことが分かった」
「え?は、はあありがとうございます」
空になった皿を少女は受け取る。
その皿はまるで洗ったかのような綺麗な状態を保っていた、肉片一つなかった。
それを見て少女は満足そうに笑みを浮かべた。
「あのっ!」
「何だ?」
「また作ってもいいですか?」
「‥‥‥作ってくれるのなら残さず食べよう。ありがとう」
それだけ伝えるとゼットはガイスの元へと向かった。
それからゼットはガイスが行っている作戦に合流した。
基本的には島に蔓延るモンスターの掃討。
好戦的なモンスターや土地を占領しているモンスター、この島で生活していく中で邪魔になりそうなモンスターを次々と倒していく。
今まで倒せなかった強大なモンスターもゼットが加入したことで楽々倒せることが出来た。
それにより再び周囲がゼットを賞賛し、信頼を取り戻していく。
本人は特にその事に関しては興味はなかったが、ガイスはこの状況にほっと胸をなでおろす。
作戦を終えて一息つくゼットにガイスが歩み寄って来る。
「どうして重い腰を上げるようになった」
そうは言いながらもガイスは嬉しそうな声を上げていた。
「俺にもやるべきことがあると思ってな。日向ぼっこはもう終わりだ」
「日向ぼっこをしてたのか?それにしては随分と苦しそうな顔をしていたがな」
「俺は自分の生まれた意味を知りたかったんだ。だが考えていた所でそんな物に答えはなかった。ならば今出来ることをするしかないだろ」
「それは日向ぼっこをしていて思いついたのか?」
それに対しゼットは微かに笑みを浮かべた。
「小さな優しさに触れてな。それを返したいと思っている」
「どういうことだ?」
「一つ、提案したい事があるんだ」
「お前からは珍しいな」
「ここを皆が過ごせる島にしたい」
あの子が自由に料理を作れるように。
彼女の料理を多くの人が食べられるように。
「今回討伐したモンスターに食用に向いた奴がいたな。それをある少女に届けてやってやれ。それと香辛料に使えそうな植物や味付けに出来そうな果物とか、とにかく色んなものを集めて持って行こう」
「少女って誰の事だよ」
「それは‥‥‥名前を聞き忘れた」
そう告げるゼットに対してガイスはやれやれと言った様子で肩を落とした。




