その四 自由の提案
ゼットのDNAをベースとした新薬は完成に近づいていた。
それによりゼットはいつもよりも身体検査が多くなり魔法に関する訓練はしばらく延期となっていた。
体を動かすことが少なくなった為、ゼットは独り言を言う回数が多くなって来た。
研究者はその事に関してもう気にすることもなくなった。
新薬開発に勤しむ中、他の検体の準備も進められていた。
その中でも優秀な個体であるガイスの元に研究者が赴く。
「おはよう、健康状態はどうかな」
「ん?もう朝か。窓もない部屋に閉じ込められて時間の感覚が狂いそうだ」
「すまないな。脱走を防ぐために地下に作られているんだ。窓を作っても何も見えないよ。予定が決まった」
「ああ、ようやくか」
ガイスは身を起こすと期待に満ちた表情で研究者の言葉を待つ。
「一週間後、最初の投与を始める。効果はすぐには出ないだろうが長期的な研究だ。だがこれによりお前の体は人間を超えた者になるだろう」
「その為にここに来たんだからな。なってもらわなきゃ困る。その薬ってのは俺が初めてなのか」
「最初の投与はお前からだ。その後すぐに別の奴にも投与を行なう。対して順番は変わらない」
「いいんだよ。こういうのは先かどうかが肝心だ。大体俺はどれくらいで超人に成れる?」
「長期的と言ったはずだ。進行度合いは人による。おおよその見解では約一ヶ月は最低でもかかるだろうな」
「そうか‥‥‥」
ガイスはそれに対して何を思ったのか、拳を握りしめてほくそ笑んだ。
それから一週間後、新薬が開発され早速実験が始まった。
最初の被験者は五名、ガイス、コア、ブライド、デュラ、クルシミナが選ばれた。
アブノーマルクラスのメンバーは一人の研究者の提案で後回しとなった。
「モルモット、今からお前は人類史上初めての実験に立ち会えているんだ、光栄に思うがいい」
「それはどうも。人体改造からようやくこの日が来たか。作るのに随分かかったね」
「無駄口を叩くな。お前は大人しく実験に参加すればいい。お前が優秀な個体でなければアブノーマルクラスにぶち込んでいた所だ。毎度毎度脱走しやがって」
「ちゃんと戻ってるでしょ。ずっと檻の中に居ると体がなまっちゃうからさ」
「減らず口を。とにかくお前は半獣になるんだ。はやくその注射器を打て」
沢山の研究者が見守る中、ガイスのみが部屋の中に入り小さな机の上に置いている注射器を手に取る。
中には青色の液体が入っており、明らかに人体に入れて良い色とは思えなかった。
ガイスはそれを首に当てる。
ボタンに手を添えると一呼吸する。
「さあ、ここからが始まりだ」
躊躇うことなくボタンを押した。
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「俺は何者なんだ‥‥‥」
ゼットは呆然と天井を見つめ続けていた。
いつも通り魔法の訓練に戻る日々を送っていた時、再びあの男が訪ねに来た。
コンコン
「っ?」
聞き慣れないガラスを叩く音が聞こえて来て、ゼットは起き上がりそちらの方を見る。
「お前は、たしかガイスだったか」
「ああ、覚えてくれてたか。久しぶりだな。ここ最近は実験続きでさすがに自由に歩き回れなくてな」
「‥‥‥どうやら実験は成功したみたいだな」
「分かるのか。この魔法って言うのは素晴らしいな。ようやく物に出来そうだ」
そう言いながらガイスは炎の魔法を発動させる。
それを見てゼットはほおっと声を漏らした。
「それでわざわざ何しに来た。魔法を見せびらかしに来たのか」
「そんなんじゃない。というか魔法の練度で言えば圧倒的にそっちが上だろ。俺じゃあ自慢にもならない。それよりも提案しに来た」
「提案?」
ガイスは改めて周囲を警戒する。
そして近くに合った機械を見つけるとそれを弄り始める。
「こうすれば録音はされないかな。さっ見つかる前に手短に話すぞ。お前、俺と一緒にここを出ねえか」
「ここを?」
「ああ、このままずっと閉じ込められたままで良いと思うか?俺達には自由になる権利がある。お前も自由になりたいだろ。ここで産まれて、一生を終える何て詰まらねえ人生をこの長寿の身で耐えられると思うか?」
「‥‥‥俺達だけなのか」
その言葉に対してガイスは首を振る。
「ここを出たらおそらく外はこいつらの仲間がうじゃうじゃいる。モンスターって言う化け物も居るだろうしな。やるなら研究者を殺さなきゃいけないだろうな。殺しは無理か」
「分からないな。殺したことはないから」
「どちらにしろ、ここには大勢の人間が閉じ込められている。今も惨い人体実験が繰り返されて、今後も被害者は急増していくだろう。俺達は力を得た。だがこれは自由を得る為の力だ。奴らに好き放題に使われるための物じゃない。俺達なら出来るんだよ」
「‥‥‥少し時間をくれ」
「返事は早くしてくれよ。色々と決めなきゃいけない事もあるからな。一週間後にまた来る」
それだけ言い残すとガイスはすぐにその場を後にした。
今回は慎重を期してきたのか誰かが追って来る事はなかった。
ゼットは一人その場に残されてガイスが言った言葉を考える。
「ここを出るか‥‥‥」
そんな事は考えたことも無かった。
ただ提案はされていたが、本気でそうしようとは考えなかった。
だが日々聞かされる他の人間達の悲鳴。
どれだけの屍が積み重なり今の実験の成功へと繋がっているのか。
そしてその犠牲が本当に必要な物だったのか。
今まで頭の片隅に合った疑念が改めて浮き彫りになる事で深く考えさせられる。
『奴の言葉は正しい』
頭の中で語りかけている。
『奴と協力しよう』
こちらを諭すように。
『俺達は自由になるべきだ』
思考がそちらに誘導させられる。
『君は彼らの英雄になるんだ』
罪のない人々を救うために。
『俺が力を貸そう』
力があるのだから。
「ああ、分かった」
ゼットは小さくそう呟いた。




