その八十二 強化人間
「これで検査をすべて終了します」
謎の機械から出てきた後、白髪の研究員は私にそう告げた。
「よかった、これで寒さに耐える必要はないのね。美しい体を余すことなく見られるのも悪くはないけど、風邪を引いてしまったら台無しだもの」
「それではその服に着替えてください。それが終わったら奥の部屋にどうぞ」
そこに置いてあるのは私が来ていた元の服ではなく、ただのボロボロの布一枚だけだった。
「随分と最先端な洋服ね。惜しい所は透けて見えてしまいそうという所かしら」
「下着はそこの籠に置いてあります」
その隣に確かに籠が置いてあり、それもまた不衛生な物だった。
「随分と仰々しい建物の割には資金が少ないのかしら」
「申し訳ありませんが、あなた方に資金を割く必要はないので。あなた達はあくまで未来の研究の為の道具でしかありませんから。それじゃあ着替えた後に部屋にお願いします」
「私としてはもっと可愛らしい物が欲しいんだけど」
だがそれ以上答えることなくそのまま行ってしまった。
お話は嫌いなのかしら、それとも人見知りとか。
まあ美少女を目の前にして目を合わせて会話するのは気恥ずかしい気持ちは分かるわね。
「とりあえず着替えましょうか」
置いてある洋服に着替えてから言われた部屋へと入って行く。
そこは小さな個室で椅子と机があるシンプルな作りだった。
さっきの部屋は身体検査をする為の機械などが沢山あったのに、同じ部屋とは思えないほど簡素な作りだ。
「さあてどんなおもてなしがあるのかしら」
少し待ってみると静かに扉が開いた。
そこには私のよく知っている美少女の研究者ともう一人、知らない男の人が先頭を歩いて入って来る。
私とは違って素材がよさそうな服を着ているし、同じ研究者なんだろう。
それにしてもあの顔を見る限り傲慢で自意識過剰な自己中な男の人ね。
「何をじろじろと見ているんだ」
「ああ、ごめんなさいね。何だか似ているような気がして」
「ははっみすぼらしいモルモットと私が似ていると。冗談は顔だけにしておけ」
「あらっ私の顔に何かついてたかしら。あるとしたら宝石のように輝いているこの瞳?それともこの桃の様に鮮やかなピンク色の唇?」
「おい、こいつ元からこんな感じなのか」
目の前の男の人は心底めんどくさそうに白髪の研究者に指摘する。
「いえ、元々は消極的な性格で容姿に絶大なコンプレックスを抱いていたようですね。整形を気に人生観が変わった結果、この様な自意識過剰な性格になったのでは」
「面倒だな。まあ、いい。検査の結果は拝見させてもらった。おめでとう、モルモットよ!お前はこれからモルモットの中でも好待遇で迎えられるだろう」
嬉しそうな声を上げながら研究者は軽快な拍手をする。
「へえ、それはとっても嬉しいわね。毎日アロママッサージでもしてくれるのかしら」
「マッサージならいくらでもやってあげよう。手術という名のマッサージおな」
男の研究者は白髪の研究者に指で合図を送ると、持っていたタブレットを机に置く。
すると何もないと思っていた机が水色に点滅するとタブレットが点滅し空中に映像が移しだされる。
「へえ、ただの談話室じゃないのね」
「すべてが最新鋭の設備になっている。悪いが設備には金の糸目を付けないんだよ」
「もうちょっとおしゃれにも気にしてくれないかしら」
男の研究者は空中に浮かんでる映像に触れる。
すると指の動きに連動してその映像が動き出す。
「身体検査の結果がこれだ。この中で特に優秀な数値がある」
「私のスリーサイズのことかしら」
「低俗な会話は控えろ。モルモット如きが俺の言葉に口を挟むな。この数値は半獣とお前のシンクロ率の数値だ。それが九十九パーセント以上を叩きだしている」
「この数値が確認されているの現在五名です。つまりあなたで六人目となります」
「へえ、それはありがたいわね。それで私は選ばれた人ってことなのかしら」
「ああ、より深くそして激痛を味わう研究に選ばれたと言う事だ。未来の礎になる事を光栄に思う事だな」
「それは、すごいわね」
私の命はこいつらに握られている。
今更断った所で私の帰る所はない。
何をされようが協力するしか道はない。
「それで私はこれから何をされるのかしら。また体中を隅から隅まで見られるとか?」
「お前には最強の人類である半獣になってもらう。その為の準備をお前にはしてもらう」
「準備?」
「そうだ、半獣の体に適性があろうがお前はたかが人間の身。半獣に変化する過程で人間の体では耐えられない可能性がある。だからお前の体を半獣の変化に耐えられる体にする。強化人間だと言う事だ」
「強化人間ね。それって顔に傷はつかないわよね?なるべく今のスタイルを崩したくないんだけど」
「安心しろ。お前のスタイルが崩れた所で誰も興味ない。それに強化人間と言ったが姿が変わるわけじゃない。半獣になる為に適した体にするだけだ」
どちらにしろ痛そうなことには変わりなさそうね。
「それじゃあ早速準備に取り掛かろう。お前の体力を鑑みて強化人間の手術期間は一ヶ月を要する。せいぜい死なない事を祈っているよ。後は任せたぞ。こいつと喋っていると知能レベルが下がりそうだからな」
それだけ言うと男は部屋を出て行った。
そして白髪の研究者だけがその場に残る。
「また二人っきりね。ガールズトークでもしましょうか」
「あなたと話すことはありません。次の部屋に移動します。そこで一か月間地獄の苦しみが続きますが、あの人の言った通り死なないでくださいね。その笑みが消えない様に。どうぞ」
白髪の研究者は奥の扉を開く。
何だか嫌な予感を感じるけど、私が何を言った所で状況が変わるわけがないし素直に行きましょうか。
それに美しいだけじゃなくて、生物としてもさらに魅力的になれるのなら一石二鳥じゃないかしら。
「それじゃあ行きましょうか。新しい自分に出会いに」
それから一か月間、私は文字通り地獄のような苦しみに苛まれ続けた。
 




