その七十九 かおなし
苦しみな‥‥‥
苦しむ、私は。
苦しみな‥‥‥
逃れられない、逃げてはいけない。
苦しみな‥‥‥
それがママの——————
「あっああ‥‥‥」
ここは、どこ?
目が覚めてるの?
何も見えない、瞼を開く感覚がない。
体が熱い、熱くて痛くて苦しい。
苦しい?
苦しむ、これが私の罰?
私のせいでママが苦しんだから、私も苦しまなきゃいけないの。
「先生!気付いたみたいです!」
「そうか、スタリィ聞こえるか?」
知らない人の声、少し聞きにくいけど聞こえる。
返事をしないといけないのに、喉が痛む。
口に何かが入ってる。
「あっげほ!げほげほげほっ!」
「落ち着いて、声は出さなくていい。首を動かして答えてくれ」
私はゆっくりと首を動かす。
この人は誰、私は今どうなっちゃってるの。
「ならそのまま聞いてくれ。今の君の状態と起きている現状について私から話そう。まず、前提としてはここは病院で私は医者だ」
病院、医者、ああそうか。
最後に思い出せる記憶は苦痛に苛まれて迫って来るママの顔だった。
その手には包丁が握りしめられていた。
私、刺されちゃったんだ。
でもどうして何も見えないんだろう。
それにこんなにも体が痛くて、熱いのだろう。
「君は今重度の火傷と部位の欠損による多量出血で死の境を彷徨っている。幸い手術が早めに行えたことで何とか命を繋ぎ止めたが、現状生きているのが奇跡と言えるだろう。患者にこんな事を言うのもあれだが、正直その体で生きているのが不思議だ」
火傷ってどうして火傷なんかしてるの。
私は刺されたはず、そう言えば体が熱を籠ってるみたいに熱いのはそれが原因。
「どうして自分がそんな状況に陥っているのか、分かるかい?」
私は首を横に振る。
「それを知りたいかい?今すぐに聞く必要はない。容態が安定してからでも遅くはない」
それは聞いてしまえば容態が悪くなると、そう言ってるように聞こえた。
それでも私は知りたい。
私は大きく頷いた。
そこから三秒ほど、間が相手から声が聞こえて来る。
「‥‥‥分かった。警察から聞いた話なんだが、スタリィの家で火事が起きたようだ。部屋の中には大量のガソリンがばらまかれていた。発火した人物と家の中に居た者達の状況から見て、加害者はマクラウィン・フランメ、君の母親だ」
「っあが——————げほっ!げほげほ、うぐっ!」
「先生!血が!」
「大丈夫だ、吸引装置で血を吸いだそう」
口の中に大量の血が入り込んだと思ったら勢いよく吸い出される。
口の中に何かが入ってると思ったらそれが入ってたんだ。
「落ち着いて、冷静にそのままの姿勢で聞くんだ。これ以上話せばさらに動揺することになるだろう。やはり日を改めるか」
ここで聞かなきゃ後悔するかもしれない。
私はもう一度頷いた。
「分かった。火災現場から救出されたのは一人、被害者は二人、そして加害者は一人。系四人があの火災現場に居合わせていた。救出されたのはスタリィ、そして被害者は君の父親とその婚約相手だ。その二人は現場ですでに亡くなっていた」
「っ!」
パパが死んだ?
どうして、あの場には居なかった。
お母さんは間に合わなかった、やっぱりあの時ママに刺されて。
あれ?でも何で私は生きてるんだ。
私も刺されたはずなのに。
少し間が相手からまた声が聞こえて来た。
「君があの現場で生きながらえたのは君のお父さんのおかげでもある。現場に到着した者達から聞いたが、君の体に覆いかぶさるようにして亡くなっていたようだ。炎と煙から君を守ろうとしたんだろう」
「っあっああ‥‥‥」
悲しみが込み上げる。
今すぐにでも泣き叫びたい衝動にかられる。
なのに何でだろう、流れるのは涙じゃない。
痛い、目が痛い。
何かが違う、私の体どうなっちゃったの。
「先生、血がにじみ出ています。これって‥‥‥」
「包帯を変えよう。すぐに準備を」
「分かりました」
「今の君はやけどによる後遺症と出血により全身に包帯を巻いている状態だ。特に顔の損傷が酷くてね。正直、包帯を変える度に死の淵を彷徨うかもしれない。鎮痛剤を打っておく、それでも痛みは覚悟しといてくれ」
痛みってどういう。
体が起き上がらされる。
血を流し過ぎたって言ってた、そのせいで体がだるいのかな。
腕に何かを入れられた。
鎮痛剤と言っていたからそれを打ったんだろうな。
打ち終わったのか刺されるような痛みが消えた。
その後、顔を優しく触られる。
「包帯、取りますね」
そう言うと、看護師さんらしき人が包帯を取り始めた。
若干少しずつ取れて言っているのが分かる。
結構巻かれてるのだろう、少し時間がかかってるみたい。
「行きます」
覚悟を決めた声が聞こえて来る。
私も自然と力が入ってしまった。
その瞬間、何かが引き剥がされる感覚に襲われた。
「っ!!」
反射的に体が包帯を剥がす手を掴んでいた。
痛い、イタイイタイタイ!
「ごめんなさい。私の手、強く掴んでいいからこのまま行きますね」
そう言いながら包帯を引きはがしていく。
違う、包帯じゃない。
これは皮膚だ、皮膚を引きはがしている。
どうしてそんなひどい事をするの、いたいたいたいたい!
いやだいやだいやだ!
早く終わって、早くこの地獄から解放されたい。
「もう一つ、君には伝えなければいけない事がある。今君の顔には目と鼻と口、そして皮膚が無い」
「取り終えました」
痛みの先に待っていたのは、ただの闇。
どうしようもない、苦しみだけだった。




