その七十七 授かり物
自分が醜い事は自分が一番分かっている。
それは変えられない事実、なら今出来ることをやるしかない。
幸い、うちの学校はお金持ちの学校だからメイクの許可は許されてる。
だからメイクの勉強をしっかりして皆に美人だって思ってもらわないと。
ネットでそう言った知識を得て必要な物をママに頼む。
ママは私が美しくなることに対して積極的に手伝ってくれた。
どんなに高い化粧道具でもすぐに買ってくれた。
パパは私が化粧をすることにあまりよくは思ってないから、学校から帰ったらすぐにメイクを落とした。
部屋の中に化粧道具を仕舞って買っていることをバレない様に、ママもパパに内緒の口座を使って買ってくれてるようだ。
ママはパパと結婚した時から女優業を引退し、専業主婦に徹していたから普段から買い物やお友達に会いに行くなどで外に行く事は合ったが、あの日以来ほとんど部屋から出て来ずネットでご飯を買ってそれを食べていた。
パパもお医者さんの仕事の都合上中々帰って来ないので、私も頼んだご飯を食べる生活を送っていた。
「ママは今疲れちゃってるんだよ。大丈夫、元気になったらまた家族三人でどこかに出かけよう」
いつもそう言って優しいその手で頭を撫でてくれる。
お医者さんとして沢山の命を救ってきた手だ。
パパに頭を撫でられると自然と心が軽くなる。
「大丈夫だよ、パパ」
「そっか、スタリィも大きくなったな」
「パパの方が大きいと思うよ?」
「ははっ身長の事じゃないよ。スタリィはママが好きかい?」
「うん、大好き」
「‥‥‥そうか」
「パパの事も大好きだよ」
「ははっそれは嬉しいな。俺もスタリィが大好きだよ。今日はもう寝なさい」
「うん、おやすみ」
「おやすみ」
あの事でパパとママは少し口論になっていた。
私の事で喧嘩する両親は見たくなかった。
だからこそもう迷惑をかけない為にもちゃんとした学校生活を送るんだ。
学校では相変わらず私はいじめられていた。
それでも私はめげずに通い続けた。
いつかママに認められるその日まで。
その努力のおかげか段々といじめも少なくなって来た。
余りいじめに加担していなかった子や、私がどういう状況に置かれているのかよく分かっていない子は話しかけてくれるようになった。
可愛いねと、綺麗だねって言われることも増えた。
自分に自信を持てるようになった、相変わらずその仮面の裏は醜い顔だけど表面的な自分を受け入れてもらえるだけでよかったんだ。
私が四年生に上がる頃、クラス替えがあって元々学生数は何千人というマンモス学校だったから元のクラスメイトと一緒になるってことは少なかった。
メイクも上達していじめられることも少なくなって来たから、今度こそちゃんと学校生活が送れると思った。
胸を張ってママに自分の娘だと思ってもらえると思ったんだ。
努力はちゃんと報われるって、ここから本当の意味で私の人生が始まるって。
美しい人生が始まるって、そう信じていた。
始業式が目前に迫って来た時、遊びに帰って来るとママが部屋から出て来ていた。
「ママ‥‥‥?」
居間の椅子に座ってる?
すると私の声に反応したママがこちらに振り向いた。
「スタリィ、こっちに来なさい」
「う、うん」
手招きされて正面の椅子に座る。
久し振りに見るママの顔は瘦せ細っていて、血色も悪かった。
もしこの家に居なかったらそれがママだとは一瞬分からなかったかもしれない。
それ程までに変わってしまっていた。
するとママは一枚の紙をこちらに出してくる。
「これって‥‥‥」
「整形外科よ」
「整形‥‥‥」
聞いた事はある。
メイクの勉強をしている時に見かけて、興味本位で見て見た。
メイクとは違って顔の一部を変えたりするって。
「私の知り合いがやっている場所よ。情報を漏らさずに極秘でやってくれるの。あなたくらいの歳の子が整形するのは世間的にはあまりよく思われていないし、まだ騒ぎになったら面倒だからね」
「整形って、私を?」
「そうよ、ようやく大金をはたいて予約を前倒しにしてもらったんだから。早速明日に出発するわよ」
「ママ、私‥‥‥」
その時、目元がクマで黒くなったその瞳をぎろりと見つめて来る。
「なに、スタリィは私に口答えをするの?あなたの為にここまでしてあげたのに、あなたはまたそうやって私の期待を無下にするの」
「ご、ごめんなさいママ。整形するよ」
「そう、それじゃあ今日はすぐに寝るのよ。この事は私とスタリィだけの秘密だからね」
にっこりと笑顔を見せるとまた部屋に戻って行った。
その後、頼んだご飯を食べて私はすぐに部屋に戻った。
そして次の日、パパが仕事に出かけたタイミングでママが車を運転して予約したと言ったお店に向かった。
そこは一見何の変哲もないビルだけど、中に入って見ると高級そうな内装で大人の人にママが話しかけ、その後ある部屋へと案内された。
「先生、今日はよろしくお願いしますね」
「はい、それじゃあ今回整形を受けるって子はその子かな」
「ええ、この子顔が酷く歪んでしまっていて。目元も離れているし、鼻も低いでしょ?唇も平たくて、歯も汚い。なので全体的に整形をお願いしたいんです」
ママは私の顔でよくない部分を指摘しながら席に座るように促す。
私は先生と呼ばれる大人の男の人の前の席に座る。
なんか、怖いな。
その人は私の事をまじまじと見て来る。
「なるほどね。プチ整形をしたいって子はこのくらいの歳の子でも居ますけどね。本格的にやるとなると結構なリスクがありますよ。年齢的にもまだ未成熟、子供の成長の妨げになる可能性もあります。それらをご承知のうえで整形を行なうと言う事ですか?」
「はい、もちろんです。成長してもこの子の醜さは変わらないので」
「君もそれでいいのかな」
「え?」
正直ママたちが何を話してるのか理解が出来なかった。
リスクがあるって言ってたけど、もしかして危ない事をするのかな。
整形は痛いってことも聞いた事があるし、やっぱりやめようかな。
「もちろん、この子もすっごくやりたがっていますよ。そうよね」
「っう、うん」
「そうですか。では今回は簡単な同意書と何処の個所を手術するかの検査とその費用についての説明などをやります。本格的な整形は次回行ないます」
「分かりました。それらは私が対応しますね」
その後ママと先生は二人で色々な話をしていた。
私はほとんど会話に混ざる事が出来ずに、その話が終わるまでただ聞く事しか出来なかった。
その時間だけ、不安が大きくなっていった。
話し終わったのかママが先生に対して感謝を述べると部屋を出て行く。
私もそれに続いて部屋を出た。
「おかえりはこちらです。次の予約はいつにしますか?」
「明日でお願いしますわ」
「分かりました。それでは明日お待ちしております」
「行くわよ、スタリィ」
「う、うん」
明日、整形をするんだ。
私は家に帰るまでその事について聞かれなかった。
家に帰ってもパパは帰って来てなかった、元々帰りも遅いし帰って来ない日も多いのでいつも通りなんだけど。
「これ、読んでおきなさい」
そう言ってママはパンフレットを渡してきた。
パラパラとめくってみると私が整形する個所の説明などが書かれていた。
「ご飯は頼んでおくから、食べ終わったらすぐに寝る事。化粧もしないで、そしてこのことはパパには内緒にしなさい。びっくりさせたいでしょ」
「う、うん」
「それじゃあ、また明日ね」
またママは部屋に閉じこもってしまった。
その後、頼んだご飯を食べて寝る支度を済ませた後部屋に戻った。
中々寝付けなくてママから貰ったパンフレットを眺める。
難しい言葉だらけだけど、整形をした後のイメージ絵を見て見ると確かに今の自分とは比べ物にならない程綺麗になってる。
「整形か‥‥‥頑張ったんだけどな」
メイクもたくさん勉強して道具にも妥協をしなかった。
遊びに行って帰った時も、ちゃんと手を抜かずにきちんとメイクして行ってたはずなんだけど。
帰って来た時、ママはメイクした私の顔を見ても整形をするべきって思ったのかな。
努力してきたのに、認めてもらえなかったんだ。
「整形しなきゃいけないのかな。でも怖いな、整形。でもママの期待を裏切りたくないし、それに綺麗になれるなら整形もありなのかな。やるしかないのかな」
「こんな時間まで何をしてるんだ」
「っ!?」
声が聞こえて来て思わず持っていたパンフレットを背中に隠して振り返る。
そこにはパパの姿があった。
いつの間に帰ってたんだ。
「お、おかえりパパ。帰って来てたんだね」
「その後ろに隠した物はなんだ」
「なっ何でもないよ。本当に私もう寝るから」
椅子から降りてベッドに潜ろうとした時、腕を掴まれて背中の服の裏に隠したパンフレットが床に落ちる。
「あっ!」
私はそれを必死に取ろうとしたがそれよりも早くパパがそれを手に取った。
「これは‥‥‥」
「くっ配ってる人が居たの!無料で貰って、面白そうだったから読んでたの。でもやらないよ、本当に」
「ママが渡したのか」
「いや、違くて」
するとパパは今まで見たことがない程険しい表情をすると、私の言葉を聞かずに荒々しい足取りで部屋を出て行った。
止めることが出来なかった、パパには内緒にしとかなきゃいけなかったのに。
「どういうことだこれは!!!」
「ひっ!」
その瞬間、家中に響き渡るほどの怒鳴り声が聞こえて来る。
こんな声、初めて聞いた。
止めないと、私のせいで二人が。
急いでママの部屋に向かうと二人が向かい合った。
「うるさいわね、静かにしてくれる。今何時だと思ってる」
「これは一体どういう意味か説明してくれ」
パパは私から奪ったパンフレットをママに見せる。
するとママは頭を抱えるとめんどくさそうに舌打ちする。
「それが何か問題でも」
「問題でもだと?まさか本気であの子に整形をさせるつもりじゃないだろうな」
「本気よ、整形ごときでうるさいわね。私もこのくらいの時に整形したわよ。普通でしょ」
「お前は本当に、まだスタリィは子供だぞ。これから成長していくのに、整形なんてしたら成長の妨げになる。そんな事も分からないのか」
「別に私は整形しても普通だったけど。それにおかしくなったらまた整形すればいいでしょ、今の状態よりもいくらかましよ」
「何でそこまで整形にこだわる。今のスタリィを真摯に育てようとは思わないのか。自分の子供がかわいくないのか」
激しく詰め寄るパパに対してママはあくまで冷静に答えた。
「あんな不細工愛せる訳ないでしょ。いくら化粧で取り繕った所で、醜さを隠せるわけじゃない」
「お前本気で言ってるのか。何でそうなっちまったんだ、昔のお前はそんなんじゃなかったはずだ」
「変わったとしたらあの子のせいよ。ていうか、何のためにあんたと結婚したと思ってるの。顔が良いことくらいしか取り柄がないんだから、ほとんどで私のおかげであんたの病院は有名になったんじゃない。それなのに子供が不細工なんて、あんたと結婚して損したわ」
「何だと‥‥‥本気で、言ってるのか」
何だろう、すごく嫌な予感がする。
止めに行かなきゃいけないのに、足が動かない。
「もう耐えられない。娘の為だと思って我慢していたが、これ以上はあの子にも悪影響を及ぼす」
「なに、暴力でもするつもり?言っとくけどあんたみたいなカス医者が有名女優に勝てる訳」
「離婚しよう」
「え?」
思わず身を出してしまった。
離婚する、そんな言葉が聞こえて来た。
淡々と告げたパパの言葉に対してママは驚いたように目を見開いていた。




