その二 ツキノとコイン
「う〜ん、どうしよ」
しばらく見て回ったが、正直カジノなんてものやったことないので全部ルールがさっぱり分からん。
「名前は知ってるやつとかあるんだよな。でも下手に変なのやって金減らすのもやだしな」
何をしようか試行錯誤しているとひとりの女の人と目があった。
「…………」
俺はつい反射で目を逸らしてしまった。
するとその女がどんどんこちらに近付いてきた。
え?何、こっち来んの?いや、来なくていいよ!
そして俺の目の前でピタリと止まった。
「…………」
「……………」
お互い無言でただただ棒立ちしている。
え?何、この時間は?俺は何をすればいいんだ?
正直言ってすぐにこの場から逃げたかったがそれで変な誤解を生まれるのはなるべく避けたい。
ていうか面倒事に巻き込まれたくない。
俺は勇気を振り絞り目の前の人に話しかけた。
「あ、あの〜……何か用ですか?」
「…………」
無言かい!
あーもう駄目だ。
これ以上は無理!
正直言ってこれ俺のせいでもないしな、あの人が喋らないせいだよな。
そう決めつけ俺はその場を黙って立ち去ろうとした時、女の人が口を開いた。
「ゲーム……」
「え?」
「ゲーム……しませんか?」
もしかして俺をゲームに誘ってるのか?
「そ、そうかそれだけか。は、はい!別にいいですよ」
「………ありがとう」
先程の暗い顔から少し嬉しそうな顔に変わる。
ただゲームに誘いたかっただけなのか。
それだけであんなに無言だったってことは口下手なのか?
すると女の人は早速椅子に座った。
俺もそれに続いて座る。
「それで、どんなゲームをするんだ?俺あんまり難しいのは出来ないんだけど」
「これ……」
女の人の手にはコインが光り輝いていた。
「コイン……もしかして表と裏どっちかってやつか?」
「そう……やろ……こっちが表ね……」
これなら俺でもできるな。
「よし、それでいいぞ」
「それじゃあ……行くよ……」
「ちょっと待て、お前の名前は?」
流石に名前を聞かずに続けるのは少し面倒だ。
すると女の人がコインを指で弾く。
「私の……名前は……」
そしてそのまま空中で回転しながら落ちて行き、そしてそれを手でうまく隠して取る。
「ツキノ……それが私の名前……」
「ツキノか……俺は絶対かつだ」
すまないけどツキノ、俺分かっちゃったんだ。
思っていた以上に半獣は洞察力が凄いらしい。
空中のコインがゆっくり見えるほどに。
この勝負貰った!
「表だ!」
するとツキノの口元が少し動いた。
「正解は……裏……」
「な!?嘘だろ!」
完璧に表だったはずだ!
なのに何で……
「何でって顔してるね……」
ツキノは俺の目をじっと見つめている。
「かつ……イカサマしたとか……考えてる……」
「え!?いや……それは……」
ツキノは、まだ俺の瞳を見つめている。
まるで心を見透かされているような目だ。
「これは俺の運が無かっただけだ。イカサマなんて……少し……いや、でもほんとにイカサマとか思ってないからな!」
「イカサマしたよ……」
「へ?したの?」
意外とあっさり答えたな。
「魔法使った……風の魔法で……コイン動かした……」
「ああ……そうなのか」
するとツキノは俺に向かってコインを投げた。
「え?」
「次……私の番……」
「なるほど、分かった。俺はイカサマしないからな」
「分かった……」
するとツキノがコインを一点に見つめ始めた。
もう始まってるってことか。
「それじゃあ行くぞ」
俺は指でコインを上に弾き飛ばす。
そして回転しながら落ちて行き見えないように手でキャッチした。
「どっちだ?」
「表……」
俺は手の中にあるコインを見る為にゆっくりと手を広げた。
「表……当たってる。全然イカサマしなくても出来るじゃないか」
「だって……イカサマしたもん……」
「え!?したのかよ!」
て、何信じてるんだ俺は。
今投げたのは俺なんだからイカサマできるわけ無いだろ。
「今……出来るわけ無いって……思った?」
「お前……俺の心でも読めるわけ?」
ほんとにツキノの目を見てると心を見透かされてそうなんだよな。
「そのコイン……ちょっと重たいの……バランスが違うから……表になりやすい……」
「そうなのか」
確かに言われてみれば左右でちょっと重さが違うような気がする。
「ていうか何でイカサマするんだよ。真剣勝負しないのか?あんまりイカサマしてるとつまみ出されるぞ」
「私は……教えたいの……」
「教えたい?何をだ?」
するとツキノが周りを見渡し始めた。
その目は先程のコインを見つめてた時と同じ目をしていた。
「あの人も……あの人も……あの人も……イカサマしてる……」
「え!?そうなのか……ていうか何でわかるんだよ」
すると再び俺の目を見つめる。
だが今までと違い普通の真剣な眼差しだ。
「イカサマは……バレなきゃ……イカサマじゃない……」
「何だそのひねくれた考え方は」
「でも……私が言わなきゃ……分からなかった……」
「まあ確かにとしか言えないな」
ひねくれてはいるが筋は通っている。
「犯罪はバレなきゃ犯罪じゃないみたいなことか」
「そういうこと……かつは……納得できない……思うけど……ここは……そういう場所……」
たしかにここはカジノだ。
イカサマなんてやってる奴なんて沢山いるだろ。
それをしなければ勝てない人も居るはずだし。
「見えてるものが真実とは限らない……気をつけてね……」
「え、ちょ、ま――!」
そう言うとツキノは行ってしまった。
「でも……ここがそういう場所だとしても……俺は自分が苦しむ事はしない」




