その六十二 気になる人
「俺達の勝利だー!!」
島の研究者は反旗を翻した半獣たちによってなぶり殺しにされた。
研究所もいくつか破壊され、文字通りこの島は私達の島となった。
それからこの島で過ごすにあたって町の建設やルールなどが作られるようになった。
まるで政治ごっこだ、新たな国をこの島で築いて行こうなんて私にとってはどうでもいい。
島には奴らが作ったであろう生物が歩き回っていた。
新しい街を作るにあたってそう言った生物を殺しまわったりもした。
もちろんそれには参加した、暇を潰しには良い機会だったからだ。
だがそれは終わればまた退屈な日々の始まりだ、この島は強い奴が多いのに平和ボケして何にも問題が起きない。
実験から解放された反動からか妙に結束が固い。
私みたいに一人で行動する奴は見かけなかった。
「おわっ!急に何すんだよ!」
「あ?お前が私を睨んで来たんだろうが、文句があるなら正面から言えよ。こそこそとウザってえ」
「くっなら言わせてもらうが、お前みたいなふらついた奴が俺達の街に来るんじゃねえよ。手伝わねえ癖に飯だけはいっちょ前に食いやがる。この飯は仕事した奴をねぎらう為のもんだ、お前みたいな怠け者にやるもんじゃねえ」
「知らねえよ。テメエらが好きで働いてんだろ。私はそんなめんどくさい事はしない、腹が減ったから食う。ただそれだけだ」
男はまだこちらを睨みつけていたが、悔しそうに唇をかむだけで何も言ってこなくなった。
ビビッて何も言えない奴が私の前に出て来るからこうなるんだ。
早く飯食ってモンスターで遊ぶか。
「ちょっといいか」
「あ?」
また懲りずに文句でも言うつもりか。
仕方ねえ、体で覚えさせないと分からねえみたいだ。
私はもう一度男の方を見るが、未だに男は情けなく地べたに尻を付けているだけでこちらに声をかけた様子はなかった。
じゃあ、誰が。
「おい、何処を見てる」
再び声が聞こえて来て、もう一度聞こえた方を見る。
そこにはただならぬ気配を纏った男が鋭い目つきでこちらを見ていた。
あいつは確かガイスだ。
「何だテメエ、私とやり合おうってのか」
ガイス、もう一人ゼットって奴とよくつるんでるってのは聞いてるな。
あの半獣解放の実質的な実行犯もあの二人だって噂だ。
そして見ただけでも分かる、こいつは間違いなく強い。
恐らくこの島で一、二を争うくらいには。
いつか手合わせしたいと思っていたが、まさかようやくお目にかかれるとわな。
「さあ、かかって来いよ。お前をぶっ倒して私がこの島で最強になってやる」
するとガイスは黙ったままこちらに向かってくる。
やるか!
そう思った時、ガイスは倒れている男の側でしゃがみ込むと体を支え始めた。
「立てるか?」
「え?ああ‥‥‥」
そのまま男の肩を持って一緒に立ち上がる。
それから別の人物にその男を任せていた。
意味が分からねえ、こいつ何がしたいんだ。
「謝罪をしろ、コア。彼に怪我をした事を謝るんだ」
「‥‥‥一応聞くが、何で?」
「彼はコアに対して何かしたわけじゃない。むしろ彼に言い分は最もだ。何もしていないお前が好き勝手に食べていい物じゃない。その権利をお前は得ていない」
「権利?何だ、飯を食べるのに権利が必要なのか。それがこの島のルールかよ」
「公平性を保つためのやり方だ。げんにこの食料は日頃から働いてくれている皆の労をねぎらう為に支給された物だ。ただ飯を食いたいのなら自給自足でもすることだな」
「ただ飯を食う方法なら他にもあるぞ。力づくで奪い取るだ」
「それは俺より強い事が前提条件じゃないか?」
周りに殺気が漂う。
空気がピリ付き今にも戦いが始まる予感がしていた。
少しでも敵意を持って動けばすぐにでも始まるだろう。
だからこそ私はその手を下ろした。
「やめだ、よくよく考えたらそんな質素な飯食った所で腹の足しにもならねえし」
「そうか、まあそれが賢明な判断だな。今度は一緒に汗水たらして働かないか?案外いいものかもしれないぞ」
「やめとく、作るよりも壊す時に呼んでくれ。それに――――――お前の言葉は全部嘘くせえ。そんな奴と一緒はごめんだな」
私はそのまま町を離れた。
モンスターでも狩ろう、丸焼きは五日連続だが腹には溜まる。
目的の場所にたどり着くとすでに巨大なモンスターが倒れていて、近くで火が焚かれていた。
「ん?誰だ?」
いつもの狩場に誰かが居る。
ここは私ほどじゃないが一般の奴には手も足も出せねえレベルのモンスターがうじゃうじゃいる。
誰も近付かねえはずだが、一体何者だ。
「おい、テメエ誰だ」
そこに居る奴に声をかけるとそいつは焼けた肉にかぶりつきながらこちらを見た。
こいつは確かゼットだ、マジかよこんな所で会うなんて。
今日はやけについてる。
「お前ゼットだろ。何でここに居るってのはもうどうでもいい。せっかくだ、今俺はむしゃくしゃしてるんだ、やろうぜ。悪いがこれは強制だ」
「‥‥‥」
するとゼットは再び肉の方へと視線を戻した。
なっ!?こいつ私を無視しやがった。
「おいテメエ!ふざけんじゃねえぞ!私を無視してんじゃねえ。私はコアだぞ!」
「ふう、ごっそうさま」
「おい!」
ゼットはそのまま倒れているモンスターの懐に入ると両手で持ち上げて見せた。
あいつ、まさか私と同じタイプか。
そんな事よりもさっきから私を無視しやがって。
ムカつくな。
「ディザスターウォーターストーム!」
「っ!」
私はその場から立ち去ろうとしているゼットに向かって魔法を放った。
あいさつ代わりのつもりだったがやっちまったか。
「コアと言ったか」
「っ!?テメエ生きて、ていうか私の魔法を片手で止めやがったのか!」
ゼットは片方の手を前に突き出し、もう片方の手で巨大なモンスターを持ち上げていた。
ていうか何て怪力だよ、小さい山一つ分あるほどの大きさだぞ、それを片手って。
「噂になっている怠け者はお前か。働きもせずふらふらと歩き回り、近くの人物に難癖付けては喧嘩を吹っかける危険人物」
「知ってくれてるとは光栄だな。私も知ってるぜ、ゼット。最強の半獣だって噂じゃねえか、私とどっちが強いか勝負しようぜ」
「興味ねえな」
そういうと、ゼットは再び背を向ける。
「逃げるのか!」
「今日は食糧を取りに来ただけだ。コアに構ってる暇はない。リープ」
その瞬間、一瞬にしてゼットの姿が消えた。
「くそ、逃げやがったか。だが」
やっぱり実力は本物だ、あいつと戦いてえ。
どうにかしてもう一度会わないとな。
「てっ私もモンスター狩りしねえと!腹減ってたんだ」
それから私はゼットに執着するようになった。
ゼットが行きそうなところを巡ったり、何時間もまったり人から聞いたり。
それでようやく会えたとしてものらりくらりと交わされて戦う事すら出来ない。
そんな日々が一週間続いたある日、ゼットが珍しく逃げることはせずにその場で立ち止まっていた。
「ようやく戦う気になったのか」
「余りのしつこさに嫌気がさしただけだ。何でそんなに俺と戦いたい、俺の事がそんなに嫌いか?」
「あ?好き嫌いかで戦う奴決めてねえよ。ただ私は最強になりたい、その為にはテメエをぶっ殺さねえといけないんだ」
「殺す必要はあるのか?せめてぶっ倒すくらいで済ませないのか」
「どうでもいいだろうが!それよりやるのか、やらねえのか!」
するとゼットは無表情のまま疑問形で私に聞く。
「俺はコアの敵じゃないが」
「あ?」
「この島にコアの敵はいない。なのに何でそんなに敵対心を向ける」
「意味が分からねえな。私は戦いたくて戦うだけだ。それに私に味方は居ねえ」
「俺がコアの味方になる。それなら戦う理由はないだろう」
こいつ、何言ってんだ。
意味が分からねえ、油断したところを襲うつもりか。
でも、こいつの言葉には裏がねえ。
本音を言ってるのか。
だとしたらその理由は何だよ。
「どうした、お腹でも空いたか?」
「今日はこのくらいにしてやる!」
私はすぐにその場から離れた。
胸に抱えた小さなしこりを残して。
次の日、昨日と同じ場所に行ってみるとそこにはゼットが居た。
正直会うつもりで向かってはいなかったが、何故か今日に限って会ってしまった。
「何でここに居るんだよ」
「ここに居るモンスターを狩りたくてな。手伝ってくれるか?」
「何でテメエの手伝いをしなくちゃいけねえんだよ!」
「そうか、それじゃあな」
するとゼットがすぐに私に興味を無くして、その場から離れようとする。
「待て!」
私は思わずゼットを呼び止めてしまった。
何で呼び止めたのかは分からない、今日は別に戦う気分でもない。
でも何故か言葉を発していた。
「何だ?手伝う気になったのか」
「お前私の味方になるって言ったな。それどういう意味だ」
「どういう意味?そのままの意味だ、別に深読みする必要はないぞ」
くっなおさら意味が分からねえ。
どうつもりなんだ、今までの奴らはそんな言い方した事ないし誰もかれも私を騙そうとして来た。
なのにこいつはそれだけ言って、私に何もしてこない。
心配するわけでもなく、私の行為をやめさせようとするわけでもなく、興味がないように見えて味方なんて言葉を使う。
初めて出会うタイプの人間、少なくとも裏社会にはこんな奴はいなかった。
知りたくなった、こいつが一体何者なのかを。
「手伝う気はねえ、ただ憂さ晴らしする為のサンドバックを探してる所だ。場所を教えろ」




