その五十九 家族愛
私は兄弟が五人いたらしい。
生まれた時にはすでに二人死んでおり、そしてもう二人は私の目の前で死んだ。
日頃の両親の暴力により次の日ピクリとも動かなくなっていた、もう片方は骨が皮とくっ付くほどにやせ細っており丸まった格好で静かに息を引き取った。
産まれてから一度も名前を呼ばれたことも無く、クズや馬鹿、おい、お前、役立たずなど罵詈雑言を言われ続けた。
最低限の生活と最低限の食料、そして過酷な労働。
親は物心ついた時から私を一日中働かせに行かせた。
「おらっ!何ちんたらしてんだ、さっさと運ばねえか!」
大人に混ざって木材を運ぶ日々、子供でも容赦なく仕事が出来なければお仕置きとして鞭を打たれる。
気付けば、働いている人達全員に痛々しい鞭を打たれた後が残り痛む体を叩き起こしながら、必死に働き続ける。
そして目の前で倒れてもう目覚めない事もしばしばあった。
それだけ働いても働いても給料が上がる事はなくそれも親の娯楽に使われる。
法も秩序も無い、人の死すら軽んじられるこの場所は貧民街、そして同じ島でありながらこことは真逆の位置にある場所は富民街、この島は天国と地獄をよく表したリッチ島と呼ばれる場所だ。
「ただいま‥‥‥」
家に帰っても両親が居ることはほとんどない。
父は別の女の所で金を使って、母は危険な薬に手を出して夜な夜な奇声を上げて街中を徘徊している。
この街には娯楽がない、みんなごみだめのような場所で住んでいる。
そして私は今日も両親の為に働きに行っている。
「子供なのにこんな所で働いてお前は随分可哀そうだな」
この島に訪れた旅の人がやってきた。
そいつはこの街の現状を嘆いていた。
そして仕事をしていた私に目を付けて、度々話しかけて来る。
「この街はどこもかしこも異臭だらけだな、住んでいるだけで病気になりそうだ。君の体が心配だよ」
その男はケイレンと言った。
爽やかな笑みと歯の浮くような言葉を言うきな臭い男、この街の人々とは真逆の人々だった。
「君が良ければ僕と一緒にこの街を出ないかい?ここに居ても君は傷つくだけだよ」
「パパ、ママ、駄目だ」
「パパとママがそれを許さないって?それは君を利用しようとしているだけだ。あっちの街は知っているだろう、富裕層が連なり派手に金を使っている。完全にここと隔離されてるんだ」
「知ってるよ」
「この街はまるでなかったかのようになっている。あそこではここの街は禁句となっているがあそこの財力はここの労働者によって賄われている。一生ここで死ぬまで働く事になるぞ」
「だからなに」
「だから助けたいんだ。君が死にゆく姿を見たくない」
「は?」
「君に一目ぼれしちゃったからかな」
ケイレンは恥ずかしげもなくそう言って来た。
意味の分からない男、でも悪い奴ではない。
その男と話してる間は私人間らしくなれてたと思う。
「ただいま‥‥‥」
「こんな時間まで何してたの」
「っ!」
この日は珍しく両親が家に居た。
そして私は体を何度も殴られた。
「痛い‥‥‥やめろ‥‥‥パパ、ママ」
「やめろだと、随分と生意気なこと言うじゃねえか!?あっ!テメエ、よそ者に会ってるみたいだな」
父は私の髪の毛を鷲掴みすると私の体を持ち上げる。
「いいか、よく覚えてとけよそ者と関わるな!あいつらは決まって俺達によくない影響を及ぼす。下手に関われば面倒事になるんだよ。いいか、迷惑かけんじゃねえぞ!」
そう言って私の顔面を思いっきり地面にぶつけた。
鼻血が出て口を切っても話は終わりだと言うのに、もう私に対して興味を失った。
私はパパとママの何なのだろう、家に置いてくれてるんだから他の兄弟とは違うんだよね。
殺さないって事は私は必要とされてるんだよね、私は愛されてるんだよね。
「え?どういう事?」
ケイレンは仕事終わりにいつも通り私に話しかけて来た。
私はもう会わない意思をケイレンに伝えた。
「うざい、消えろ」
「ずっと思ってたんだけどその口調は誰かの真似?」
「っ!」
「言葉すらろくに教えてもらえない環境でどうやって生きていくんだ?君はまだ世界を知らないんだよ」
そう言うとケイレンは優しく私の頭を撫でる。
それは不思議と心地よく嫌じゃなかった。
「確かにこの街の人々は僕に対していい印象を抱いてないみたいだ。まあ、僕も富民街から無断でこの街に来てるから仕方ないんだろうけど」
するとケイレンは何かの本を取り出すとそれで思いっきり殴って来た。
「っ!?」
何で、殴れた?
「それじゃあ、そこまで待ってるよ」
その言葉を言い残すとケイレンはその場を離れて行った。
その直後、いつもの働いてる場所でリーダーをしている男がやって来る。
「お前、あの男と親しいわけじゃないのか?まあいい、余計なことはするなよ。この街で面倒事を呼び起こすな」
唾を吐き捨てながらそのまま行ってしまった。
殴ったのは私がケイレンと親しくしてると思われない為。
その本を見るとそれは分厚い本で開いてみると様々な用語が書かれていた。
そしてあるページにメモが挟まっていた。
「この場所は‥‥‥」
次の日、呼ばれた場所に向かうとそこにはケイレンが居た。
「おっ来た来た、待ってたよ」
「どうして、ここ知ってたんだよ」
「おっ前よりも流暢になったかな。僕の上げた辞書が役に立ってよかったよ、女の子何だからもうちょっと言葉遣いを柔らかくした方が良いと思うけど、それも君の魅力かな」
そう言うと優しく私の髪の毛を撫でる。
「身だしなみも整えたいけどそれはまた後かな」
「どういう事だ?」
「僕と一緒にこの街を出よう」
真剣な表情でケイレンは私に告げた。
それはあまりに突発的な提案だった。
そんなことは考えたことも無かった。
「駄目だ、私はパパとママが居る」
「両親は君を道具だと思っているだけだ。幸せに何てなれ――――――」
「違う!勝手に決めつけるな!!」
思わず出た言葉で私は一度冷静に戻る。
「あっ私は」
「いや、確かに何も知らない癖に言い過ぎた。でも君はどうしたいんだ?」
「私は‥‥‥」
両親はひどい事をするけど嫌いではない。
あの人達だけが繋がりがあるから、私がこの街に居る意味があるから。
それじゃあ両親が居なかったら離れても良かった。
「君が困るようなことは何もしない。何不自由なく暮らすことが出来るよ、そして幸せにしてあげる」
何が正しくて何が正しくないのか、分からない。
「だけどこれは君が決めることだ、ただ一つだけ良い事を教えてあげる」
「何?」
「この世界は自分を中心に回っていると思うんだ。そしたら何でも出来る。返事を待ってるよ」
ケイレンはそれだけ言葉を残していってしまった。
私は一体どうすればいいんだろうか、こんな時誰かに相談できれば。
「あ?両親と離れることが正しいかどうかだと、何言ってんだお前まさかこの街を出て行くのか?」
「違う、たとえ話だ。どう思う」
私は現場で一番の古株の人にこの相談を持ち掛けた。
経験が豊富そうだし、何かいい言葉を掛けてくれるかもしれない。
「お前まだ八才だろ、普通に考えて離れるのはまずいがお前の親クズだもんな」
「っ!」
「お前の父親別の女のとこに行ってるとこ何度も見たし、あの母親はもう駄目だ。薬漬けで頭イカレちまってる。ここら辺じゃ珍しくもないがな」
「何を言ってるんだ‥‥‥」
「お前も気の毒だな、あんなクズ共が親でさ。俺が子供だったらすぐにでも家を離れただろ—————」
「だまれ!!」
思わず私はその男に掴みかかった。
この男に行ったのは失敗だった、直ぐにでも口を塞ぐべきだ。
だが結局は子供が大の大人に勝てる訳もなく、あっという間に地面に転がされた。
「ガキが調子に乗るなよ!教えてやろうか、お前は所詮誰からも愛されない可哀そうな奴なんだよ。分かったらそんな意味分からないこと言ってないで働けよ。後で上にチクっておくからな」
私は無力だ、両親の悪口を言われたのにそれを反論するだけの力がない。
その後、私はむち打ちの刑に処された。
その日は傷の治りが遅かった。
痛む傷跡を気にしながら家に帰る。
「ただいま‥‥‥」
「また仕事場でみんなに迷惑かけたの」
パパ、ママ、二人が居る何て。
まずい、また怒られる、また殴られる。
今は殴られたくない。
「ごめ、んなさい。でも聞いて私が悪くないの、あっちが」
「言い訳するな、お前は言い訳をするんじゃねえよ」
ゆっくりとパパが近づいて来る。
ああ、これは殴られる殴られる!
いやだ、殴られたくない何か何か言わないと。
「大好きだよ!」
「あ?」
「私、パパとママが大好きなの。他の兄弟は殺されも私は殺されなかった。そう言う事だよね、パパとママも私の事を」
「勘違いしてねえか」
「え?」
何でそんな目で見るの?
パパとママは私の事を愛してくれてるんじゃないの。
「私達は別にあなたの事を愛してないから」
「じゃあ、どうして」
「金を稼げる奴が欲しかっただけだ、そしてお前は殴ってもうるさくないからな、サンドバックとしても優秀だ。だけど、反抗的になりやがって」
するとパパは空瓶を手に取るとこちらに振り下ろしてきた。
何度も何度もぶつけられる。
そこには愛情も殺意も無い、ただムカつくから殴る。
家族って何?愛って何?私は何者なの?
「あっ壊れちまった。おい、新しいから瓶持ってこい」
「はあ、はあ、はあヤダ来ないで!私の物を取らないで、私から何も奪わないで!」
「はあ、また幻覚か。薬なんて飲み続けるからこうなるんだよ」
パパは割れた空き瓶を放り投げて次の空き瓶を取りに向かう。
私はゆっくりと立ち上がって割れた空き瓶を手に取る。
「それじゃあ続きを――――――っ!!?」
そしてそれをパパの喉元めがけて突き刺した。
「がっあああああああ!」
痛みでのたうち回るパパを見て私の気持ちがすっと冷めて行く。
私は世界の中心、だから何をしても大丈夫。
私はすることは全部正しい事、そして私は反論できる強さを持っている。
もう一度パパの頭にそれを突き刺す。
そしてピクリとも動かなくなった。
ママの方を見るとうずくまり何かに怯えるように震えている。
私に家族なんて居なかった、こいつらは私を愛していなかった。
ならもう必要ない。
「私の人生にお前らは要らない」
私は最後にママの首を絞めてその息の根を止めた。




