その五十一 ミノル危機一髪
「ミノル!!」
「ミノルさん!」
「グフッグフフフっグフフフ!」
すると高所からこちらを見ていた男が嬉しそうな笑い声をあげる。
それを聞いた僕は思わずガラスに思いっきり拳をぶつける。
「何がおかしいんですか‥‥‥!」
「これが笑わずに居られるでしょうか。やはり人というのは面白いですね。それに喜ぶべきでしょう、たった一人の命で貴方の大切な人は守られたのですから」
「たった一人の命?それは何よりも重いですよ!!」
僕は思いっきり風の魔法を鏡にぶつけるが相変わらずビクともしない。
「がふっ!」
「ミノル、血が!リドルどうしよう!このままじゃミノルが!」
ミノルさんは薬を使った事で半獣になることが出来た。
ですがその代償として体に耐えがたい激痛が走ります。
恐らく副作用によるものでしょう、直ぐに何とかしなければ数時間後、早くて数分後の命。
鏡を割るのは不可能です、なら他の方法で中に入れれば。
僕はすぐに辺りを見渡す。
そしてある場所に目が止まった。
「壁‥‥‥そうです、壁はもしかすると」
試して見る価値はあるかもしれません。
僕はすぐさま壁に向かって魔法陣を展開させる。
「ロックガン!!」
強烈な岩の一撃を壁に向かって放つ。
すると鏡と違って壁の一部が大きく削れた。
「よし!やっぱり壁はただの壁ですね。これなら壊せます」
「グフフフっ正解です。ですがもう少し早ければ一人も死なずに済んだんですがね。それではご武運を――――――」
もう一度鋭い岩の魔法を指した後、巨大な岩をぶつけて壁に亀裂が広がって行き向こうへと繋がる。
「逃げられると思ってるんですか?」
「っ怖い怖い。その目、どうやらあなたもこちら側の様ですね。ですが、私は逃げ足だけは早いんですよ。それではっ!?」
その時逃げようとした男の足が突如凍り付く。
「逃がすわけ、ないでしょ!」
「死にぞこないが、余計なことを!」
ミノルさんが氷の魔法で足止めをしてくれている。
今の内にあの男の元に。
「うぐっ!」
「ミノル!リドル、ミノルがもう限界だよ」
「っ!ミノルさん‥‥‥」
「この程度の氷位簡単に砕けますよ」
そう言うと手に持っていた杖を固まった氷に向かって何度も突き刺す。
あの様子ですと氷を破壊するのにそれほど時間は要しません。
早く行かなければ逃げられてしまう、ですがミノルさんの状態もかなり悪いです。
すぐにでもマイトさんを呼んで治療をしなければ、いや人間に戻す薬を使えばもしかして治るかもしれません。
直ぐにポケットをまさぐるが、そこには薬はなかった。
そうだ、薬はあの男が持ってるんでした。
やはりあの男の元に行くしか。
その時、氷が砕ける音が聞こえた。
「やはりこの程度、どうという事ではありませんね」
完全に凍り付いてはいませんでしたか、これでは逃げられてしまいます。
直ぐにでもあの男を捕まえて薬を奪えば、まだ間に合うはずです。
「おっと忘れていました。これをお探しですか?」
そう言うとにやけた笑みで僕から奪い取った薬をちらつかせてくる。
「このお薬が大事なのでしたら差し上げましょう。受け取ってくださいよ!」
すると男は大きく振りかぶるとその薬を遠くに放り投げた。
まずいです、あの先は壁があります!
「ジェットウィンド!」
僕は薬に風の魔法を当てて手元に来るようにする。
それにより何とか割れずに済みましたが、すでにあの男の姿が無かった。
逃げられましたか、でも今は。
「ミノルさん、大丈夫ですか。すぐに薬を打ちますね」
僕はミノルさんの元に行き、苦しそうに唸り声をあげているミノルさんの腕に注射器を当てる。
するとミノルさんが弱々しくも僕の腕を掴んでくる。
「あのクソ野郎を追いかけなさい。あいつに一発かまさないと私の気が晴れないわ。私の事はいいから、あの男を」
「ミノルさん、僕はもう復讐を優先したくないんです」
僕は優しくミノルさんの手を僕の腕から離れさせると、そのまま注射を打ち込む。
「そうよね、あんな奴に構う必要はないわよね」
「はい、あのクズ野郎はどうせろくでもない目に会いますよ」
「リドル、口悪いよ。でも助けてくれてありがとう、また助けられちゃった」
「何言ってるんですか、アイラも十分に戦ってくれましたよ。僕達の為にありがとうございます」
「っうん」
アイラは目元を拭い、震える声で返事をした。
さてと、後はマイトさんに報告してついでにミノルさんに凍らされた人達も運んでもらいませんと。
「マイトさん、こちらリドルです。ミノルさんとアイラを保護しましたので支給お迎えに――――――」
「ミノッち!」
ガラスの向こう側から突如声が聞こえて来た。
そちらの方を振り返ると大勢の人が一斉に部屋の中に入って来る。
「皆さん!?どうしてここに」
「おーリドルか!元気そうだな、そうでもないか?まあ、お前も無事みたいでよかったぜ」
ガイさんはこちらに手を振ると安心した笑みを見せる。
どうやらツキノさんとハイトさん以外の突入メンバーは全員ここに居るようですね。
それは良いのですが、よりにもよってなぜ黒の魔法使いまで。
「っ!隠れよ……」
今、一瞬目を逸らして身を隠したのはアルバさん?
仲間には関わるなと言っていたのにどうして、一緒に行動してるんですか。
するとガイさん達がガラスの中に入って来て僕達の元に来る。
「おいおい、そいつ絶対かつの仲間だろ?何か具合悪そうだけど大丈夫か?」
「半獣になる薬を打ってしまって、今人間に戻す薬を打って何とか痛みを消しているんですが。マイトさんに応援を頼んだので直に来ると思います」
「でもマイトさんなら私達の方も呼んじゃったから、来るのは少し遅くなるかもしれないですよ。捕まっていた人たちをキンメキラタウンまで送って行ってもらってるので」
「そうですか、ミノルさんを早く安全な所で見てもらいたいんですが」
「リドっち、リドッち!ミノッち大丈夫なの!?私人工呼吸とかしようか」
慌ててメイがミノルさんに人工呼吸をしようとするのをぺプロさんが慣れた手つきで止める。
どうやらすでにメイさんの扱いにはなれているご様子ですね。
「大丈夫ですよ、メイさん。先程薬を打ったので」
「じゃ、じゃあ。その苦しそうにしてるのって副作用とか?」
ガビットさんは不安げに声を漏らす。
僕は咄嗟にミノルさんの方を見ると、先程よりも顔色が悪く汗も大量に額から出ている。
「ミノルさん!大丈夫ですか!」
「はあ、はあ、はあうぐっ!魔力が、どんどん溢れて来るの」
「魔力が!?どうして、人間に戻る薬は売ったはずですよ」
「最初、薬を打った時に体の中がこじ開けられるような痛みが走ったの。この感覚、昔無理矢理半獣にさせられた時と、似てる」
体を無理矢理こじ開けられるような痛み。
もしかすると無理矢理マナの通り道を体に作って一気に取り込むことで、半獣化を促している?
だとするとそれが際限なく続いて体が壊れてしまうのなら、失敗作と言われる説明も付きます。
「おいおい、人間に戻る薬を打ったんだろ?なら元に戻るんじゃないのかよ!」
「そのはずなんですがどうして」
「ミノッち負けちゃ駄目だよ!ほら、ひっひっふーひっひっふー」
「それは違うから!リドルさん、他に方法はないんですか?」
他の方法、人間に戻る薬が駄目だと言うのなら魔力を大量に体に抱えているのが原因だとすると、魔法を放出し続けるとか?
いや、それは却って半獣化を進めるだけで苦しみが消えるわけでは無いでしょう。
すると、弱々しくミノルさんがアイラの手を握る。
「ミノル!」
「何か、いよいよやばいわね。幻聴まで聞こえて来る、本来いるはずのない人の声が聞こえて来るの」
「ミノルさん、こんな所で死んじゃ駄目です!かつさんが帰りを待ってますよ!」
「そうだよ、ミノッち!まだおかえりって言われてないよ。ただいまって伝えても無いんだよ!」
「ミノル、しっかりしてミノル!」
僕達はミノルさんの手を握りしめる。
だがミノルさんが握り返してくれることはない。
するとミノルさんが虚ろな目で口元に笑みを浮かべる。
「ごめんね、かつに伝えて‥‥‥大好きって」
「そう言うのは自分で伝えてください!‥‥‥ミノルさん?ミノルさん!」
目を瞑ってしまった、反応がない。
そんな、嘘だ。
こんなのあっていいはずがありません。
こんなの!こんなの!!
「退け」
その時、背後から冷たい声色で聞こえて来る。
そこにはこちらを見下ろす様にしてクラガさんが立っていた。
「退けと言っているのが聞こえないのか」
「何をするつもりですか」
「そいつを助けたかったら大人しく俺の言う事を聞け」
淡々とそう語るクラガさんを見て、僕はゆっくりとその場を離れた。
わざわざこんなことを言うなんて、明らかに怪しいですが今はとにかく悪魔でも何でもすがりたい気分ですから。
「ちょっとクラガ、本気かよ。そいつは敵だぞ、ていうかもう関わるなって言われてなかったか」
「あいつらに騒がれたらうるさくて仕方ないからな。それにこれで借りは返せるだろう」
そう言うとクラガは懐から謎の液体を取り出す。
あれも薬ですか?
「ミノルが使った物はあの人の旧型の半獣薬だろう。お前らが作った特効薬では成分がそもそも違ったから意味をなさない。だからこそこれで中和させる」
するとクラガは躊躇うことなくミノルさんの体にそれを注入する。
「っ!?何を入れたんですか!」
「騒ぐな、悪いようにはしない。さてと、少々刺激を加えるぞ」
そう言ってミノルさんの首を右手で掴むと、その瞬間ミノルさんの体が勢いよく跳ねた。
「ちょっとクラッち!ミノッちに変なことしちゃ駄目だよ!」
「するわけがないだろう。不純な魔力を取り除いただけだ、これでいい」
本当にこれでミノルさんが生き返るんですか?
そんな疑問は次の瞬間、解決された。
「がはっ!げほっげほ!」
「ミノルさん!」
「ミノッち―!」
すると興奮気味にメイさんが起き上がったミノルさんに抱きつく。
「え?ちょっあれ?メイ?何でこんな所に、ていうか私」
「よかったですミノルさん。無事に目が覚めて」
「うんうん、本当によかった」
「何か、頭がぼーっとする。前後の記憶が曖昧なんだけど、私何か合ったの?」
「ミノルさんは一時的に生死の境を彷徨っていたんです。ですが戻って来てくれたので良かったです」
「そうだったの。もしかしてリドルが助けてくれたの」
「え?あっそれは」
ミノルさんとクラガさんを鉢合わせさせるわけには行かないですよね。
わざわざクラガさんも声を出さずに身を潜めていますし。
「クラッちが助けてくれたんだよ」
「メイ!?あんた、空気読みなさいよ!」
「クラッち?それって、もしかっして‥‥‥」
その時ミノルさんはそのまま再び倒れてしまった。
「ミノルさん!?クラガさんどういうことですか!」
「騒ぐなと言ってるだろう。冷静に見て見ろ、ただ気を失っているだけだ」
気を失っている?
ああ、本当だ微かに寝息が聞こえますね。
どうやら体力が限界を迎えたみたいです。
「体を正常にしただけで半獣化を治したわけじゃない。そいつはもう一度半獣として生きていくだろうな」
「生きていれば大丈夫ですよ」
「好きにしろ」
そう言うとクラガは興味なさげに背を向ける。
相変わらず他人の事には興味を示さない人ですが、義理は守るようですね。
その時、突如目の前に魔法陣が展開されるとそこからマイトさんが現れた。
「ごめんごめん、時間を喰っちゃって来るのが遅くなったよ。それで連れて行きたい人はどこに居るの?」
「マイトさん、お待ちしてました。ミノルさんとアイラをお願いします」
「リドル、私は」
「大丈夫です。ミノルさんの事をよろしくお願いします」
アイラはその言葉を頷くとミノルさんを背中におぶる。
「それじゃあこの二人だけでいいんだね。テレポート!」
こうしてアイラとミノルさんは先に戦線を離脱する。
「よっしゃあ!それじゃあ最後の奴らを迎えに行くか」
「お前らはもうここから出ろ」
突然クラガさんがそんな事を僕達に行って来た。
「どうして?まさか借りは返したから私達をどうにかしようとしてる」
「戦うのは勘弁だぞ!」
「俺は警告だ。今から向かう場所にあるモンスターが居る」
「モンスターですか?」
研究所ではそう言った実験も行われていたという事でしょうか。
「いまさらモンスターにビビると思ってるのか」
「ただのモンスターじゃないんだよ」
「何々?もしかして牛乳で出来てるとか?」
「メイ、黙ってて」
「あいつはこの研究所の闇そのものだ」
「闇そのものですか?」
するとクラガさんが一拍溜めてから言葉を放つ。
「人体実験の果てに作られた原初の半獣だ」




