その四十五 薬を使う覚悟
「アイラ、逃げて!」
「逃げてください、アイラ!」
「どうしますか!そのまま仲間を見捨てて逃げるのも良し、自己犠牲の精神で助けるのも良し!見せてください、極限状態で起こる本性を!」
あの男!これが終わったら必ずやってやります!
それにしても状況がかなり悪い、アイラはただの人間です。
奴隷は魔法を使える半獣です、そんな状況で戦うなんて無謀すぎます。
かと言ってあの薬を使えば勝てたとしてもすぐに命を落としてしまいます。
僕が助けなければいけないのに、ガラスのせいであそこに行けません。
「アグレッシブフルート!リフトタイフーン!アグレッシブフルフルート!」
さっきから魔法を何でも当てていると言うのに一向に壊れる気配がありません。
「無駄ですよ。それはここで作られた強化ガラスです、特殊な素材で出来ていて魔法のテストでよく使用されていたようですからね、グフフフ」
「くそ!こんな事して何になるんですか!アイラが一体何をしたって言うんですか」
「何もされてはいませんね。ですがそれはどうでもいいんですよ。私はただ人の苦しみや嘆きを楽しみたいんです。絶望を感じる程私は生きてることを実感できる」
「どうやら言葉が通じない人の様ですね」
あのような人に話し合いなど出来るはずがありません。
とにかくどうにかしてアイラの元に行かなければ。
そうだ、魔法陣を中で展開させればアイラを守ることが出来ます。
僕はすぐにガラスの中に魔法陣を展開しようとイメージをする。
だが何故か上手く中に魔法陣が展開できなかった。
「どうしてですか、イメージしているのに展開が出来ません」
その時上の方からこちらを馬鹿にするような笑い声が聞こえて来る。
「グフフフっ言ったではありませんか。これは魔法に対する特殊なガラスだと、一見中の様子がはっきりと見える様で景色が少し中と外では違うんですよ。イメージを大事にしなければいけない魔法陣の展開では致命的な物となるでしょうね」
「対策ですか、鬱陶しいですね」
魔法陣を展開させるのは不可能という事でね。
「ロックスタンプ!」
「ファイヤ―バインツ!」
「ウォーターガン!」
「きゃっ!」
「アイラ!」
その時巨大な岩がアイラの真上に落ちる。
それを避けようとしてバランスを崩したアイラがその場で倒れ込む。
だが岩が壁となったおかげで後から放たれた魔法を防いでくれた。
どうやら戦い慣れてはいないようですね。
ですがやっぱり人間のアイラではこのまま逃げられるわけがありません。
「アイラお願い逃げて!私の事はいいから自分だけ助かる事だけ考えて!」
「はあ、はあ、私は見捨てたくない。逃げたくない!見捨てられる辛さは知ってるから」
「アイラ、あなたは‥‥‥」
「グフフフ熱いですね。ですがこのままでは死にますよ」
唯一アイラと一緒に居るミノルさんでさえ身動きが取れない状況にあります。
アイラが強い意思で戦う事を選んだ以上、このままでは薬を使ってしまいます。
「リフトタイフーン!」
「グランドファイヤー!」
「ウォーターガッチメント!」
「しまっ!」
その時風の魔法がアイラの手にあった薬を飛ばしてしまう。
その直後風の魔法が炎をかき消してしまう。
だがアイラが水の檻の中に閉じ込められてしまった。
「うぐっ!もごもご!」
「アイラ!」
だがその時勢いが収まらない風の魔法によりアイラが水の檻の中から吹き飛ばされる。
どうやらまだ魔法になれていないのでしょうか、威力の調整が大雑把ですね。
「がはっ!はあ、はあ」
「ちょっとあんた達!あんなか弱い女の子いじめて何とも思わないわけ!」
ミノルさんが怒りの言葉を三人にぶつけると、それに対して必死の形相で声を荒げる。
「‥‥‥っ!仕方ないだろ!俺達だって死にそうなくらい辛いんだよ!」
「魔法を使うたびに体中が燃えるように痛むんだ!」
「俺達だって生きたいんだ!だからやるしかないんだよ!」
「っあんた達は私達が必ず助けるから!だからこんなこともうやめて!」
「そんなの信じられるわけないだろうが!!」
大声を上げながら三人の奴隷は一斉にアイラの元へと向かう。
相手もそれなりの理由があるようですね、ですがそれでもアイラだけは何がっても守って見せます!!
僕は何度も何度も魔法をガラスにぶつける。
何度も何度も何度も何度も。
「壊れてください!壊れてください!壊れてください!壊れてください!」
だがこれだけ魔法をぶつけたのにもかかわらずヒビどころか小さな傷すらつけることは出来なかった。
「くそ、こんな縄何てすぐに引きちぎって‥‥‥ああっ!」
ミノルさんは自分を縛り付けている縄を必死に切ろうとしている。
ですがあの縄の太さ、無理に動こうとすれば体に食い込んで痛みが生じるでしょう。
「あがかない方が良いですよ、痛みが来るだけです。それよりも彼女の事を応援してあげてください。こんなにも頑張ってるんですから」
「薬を早く取らないと」
アイラは遠くに落ちている薬を取りに行こうと走り出す。
だがその様子を見て奴隷たちはアイラの行く手を阻んだ。
「俺達の為に死んでくれよ!」
「あなた達の痛みも痛いほどわかります。でも初めて出来た仲間を見捨てる訳には行きません!」
アイラは強い覚悟を持って三人の元へと真正面から迎え撃つ。
「アイラ危険です!そんな真似をしないでください!」
「死ねええええええ!!!」
容赦なくアイラに向かって魔法が放たれる。
「避けてください、アイラ!」
直撃する!
そう思った時、アイラがすぐに足を滑らせて姿勢を低くさせる。
地面すれすれを滑って行き真上にある魔法からギリギリ回避した。
だが体を上げた瞬間、片腕が炎の魔法に被る。
「っ!」
それでもアイラは前へと進みついに薬をその手にした。
「おおっ!ついに使いますか!」
「アイラやめてください!それを使えばあなたは死んでしまうんですよ!」
「アイラやめて、そんな事しても私は嬉しくないわ!」
だがアイラはゆっくりと首元にその薬が入った注射器を当てる。
「アイラ!」
「ごめんリドル、私はもう逃げる人生は嫌なの」
そう言うとアイラはそのまま注射器のボタンに指をかけた。




