その四十二 自分には無い物
「アイラ!!」
「リドル‥‥‥!」
その姿を目撃した瞬間、僕は迷わず駆け出していた。
それが罠だったとしても、今の僕にはそんな冷静に考えられる余裕はなかった。
ただアイラという存在を僕がこの手ですぐにでも感じたかった。
アイラの元に駆け寄ると僕は力いっぱい抱きしめた。
「アイラ!アイラ!よかった、本当に良かったです」
「ごめんなさい、リドル‥‥‥私、私!」
「大丈夫ですよ。もう大丈夫です、無事でよかったです。本当によかった」
偽物じゃない、本物のアイラです。
ようやく会えることが出来た、この瞬間をどれほど待ちわびた事か。
僕はしばらくアイラを抱きしめてから、ゆっくりと離れた。
「アイラ、これからはずっと一緒です。もう離れ離れにはさせません」
「ありがとうリドル」
「あのう、お取込み中の所すみません」
声を掛けられたことで僕はようやく周りの人々に見られていることに気付いた。
「ああ、すみません。僕はリドルと言います。捕まっている人々を救助しに来ました。皆さんもちゃんと外に連れて行きます」
「おお!本当ですか、ありがとうございます!」
僕の言葉を聞いて周りの人々は歓声を上げる。
余程この状況に不安を感じていたんでしょう、皆さんも見た限り大きな怪我は見られなさそうですしよかった。
「もう少し早く来てくれればあの子も助かったのにな」
「あの子?」
「そうなの!ミノルが!ミノルが!!」
「ミノルさんが?」
そう言えばミノルさんが姿が見えない。
こういう時真っ先に不安な人々に寄り添うはずですから、この様子を見るにミノルさんは別の場所に居るんでしょうか。
「アイラ、落ち着いてください。ゆっくりでいいですから、ここで起きた状況を教えてください」
「うん、それじゃあここで起きたことを話すね」
――――――――――――――――――
「お前らはここに居ろ。順番が来るまで待っているんだ」
研究所に居る人に連れられて私とミノルは檻の中に閉じ込められる。
檻の中には私たち以外の人も居て、その誰もが生気を失い目に光が宿っていなかった。
疲れてやせ細ってる、ここに何日も閉じ込められてるんだ。
私もあんな風になっちゃうの。
怖い‥‥‥
その時、私の手を優しくミノルが握りしめてくれた。
「大丈夫、私が付いてるわ。あなたに何か合ったらリドルに怒られちゃうからね」
「ありがとう、ミノル。それとごめんなさい、私のせいでこんな事になっちゃって。皆が傷つく姿をこれ以上見たくなくて、咄嗟にあんなことを。ミノルだったらもっとうまくやれてたよね」
この選択が正しかったとはとても思えない。
衝動的に行ってしまった、とにかくあの人が居なくなってくれればと思って必死だった。
そのせいでミノルを巻き込んでしまった。
叱られるかもしれない、そう思い覚悟を決めてるとミノルは優しい声色で答えた。
「先に言われちゃったからなあ」
「え?」
「本当は私もアイラみたいに自分を人質にして、その場を収めようとしてたんの。だけどアイラに先越されちゃった。アイラは皆を助けたんだよ、こっちこそありがとね」
怒るわけでもなく、むしろ感謝されてしまった。
分かってる気を使ってくれたってことは、それでも私は。
「うっうう‥‥‥」
「ちょっ!アイラ泣かないでよ」
「分かってる、分かってるんだけど、涙が止まらないの」
「もう、私達は仲間なんだから。こんなの当たり前なんだよ。ほら、涙拭きな」
そう言うとミノルはこちらにハンカチを渡してくれた。
私は一瞬、涙でハンカチを濡らすのは申し訳ないと思ったけどミノルがせっかく渡してくれたのでそれを受け取って涙を軽くふいた。
「大丈夫よ。すぐにリドルが助けに来てくれるから。リドル、アイラの事になると無我夢中だからもしかして今日とか助けに来ちゃうんじゃない」
「さすがに体の事もあるから休んで欲しいけど、でもリドルならやりかねないね」
その様子を思い浮かべると思わず吹き出してしまった。
それを見たミノルが優しい笑みをこちらに向ける。
「ようやく笑ってくれた。ここ最近のアイラ暗い顔してたから心配だったの」
「心配かけてごめんなさい。毎日人の死と向き合ってたら何だか疲れちゃって、誰も傷つかずに平和になってくれたらいいのに」
「なるわよ。また馬鹿みたいに笑って冒険して一緒に過ごす毎日がね」
ミノルをそれを心から願う様に檻の外を見つめる。
「そんな平和が本当に来ると思ってるのか?」
突如奥の方からそんな声が聞こえて来た。
その人は暗闇からゆっくりとこちらに近づいて来る。
その時ミノルが隣で息を飲む。
「何であんたがここに‥‥‥」
ミノル?あの人の事を知ってる様子だ。
「久しぶりだな。その姿、どうやら上手く行ったみたいだな」
「ええ、おかげさまでね。それで何であんたが居るのよ、アルバ」
ミノルは目の前の男の人にやけに高圧的な姿勢を見せる。
あまりいい関係じゃないのかな。
「そう殺気立てるなよ。別にお前に会いに来たわけじゃないぞ、偶然出会っただけだ」
「別にそうは思ってないわ。ただ何であんたがここに居るのかを知りたいだけ、あんたが居るってことはあの男もここに居るの?」
探りを入れるような口調でミノルは相手に問う。
アルバという人はその言葉を受けて考えるように顎に手を置く。
「知りたいのか?もう黒の魔法使いとは関わらないんじゃなかったか?」
「今ので大体分かったわ」
そう言うとミノルはアルバから背を向ける。
もう話すつもりはないだ用だ。
「いいの?あの人とは知り合いなんじゃ」
「いいのよ。正直もう会うつもりがないの会っちゃって互いに気まずいの。だからもう関わらないようにしましょう」
「そうなんだ‥‥‥」
私はちらりとアルバの方を見る。
何かこっちをじっと見られてるような、気のせいかな。
「それよりこの暗い雰囲気にのまれない様に何かお話ししてましょう」
「呑気なもんだな。周りの奴らを見てそんな希望を抱けるなんて」
アルバが話に割り込んで来たためミノルが明らかに不機嫌そうにしている。
「そう言えばアイラはリドルの何処が好きなの?」
無視した!
良いのかなあ、何かこっちまで気まずくなって来た。
でもミノルの問題みたいだし、部外者の私が気にしたら逆に失礼か。
「正直私はリドルの事が好きなのかよく分からなくて、大切にしてもらってるのはすっごくありがたいんだけど、リドルの想いを弄んじゃってるんじゃないかなって最近は思ってて」
「ふーんなるほどねえ」
そう言いながらミノルはこちらをニヤニヤと見て来る。
「何?」
「何でもないわよ。リドルも苦労しそうねえって思っただけ」
「それってどういう意味?」
「自分で考える事ね」
一体どういう意味なの。
何か今の笑みは含みがあるような気がする。
「のろけ話とはずいぶん余裕だな。今の状況分かってるのか?」
「うるっさいわね!かまってちゃんは静かにしてなさいよ!」
ミノルが怒鳴る声を上げるとアルバの他に同じく檻に居た人も体をビクッと震わせる。
それを見てミノルは恥ずかしそうに口をつぐむ。
「ごめんなさい、いきなり大声を出して。あいつがあまりにもしつこかったから」
「別に私は構わないけど、それよりミノル――――――」
「時間だ」
その時、檻の前にいつの間にか誰かが立っていた。
そしてそれを見た人達が怯えたような目をしている。
時間って言ってたけどもしかして実験の?
その男は檻を開けると私達を一通り見渡す。
その時ミノルは私の前に立って、守ってくれた。
「お前だ」
「ひいっ!いやだ、やめてくれ!」
隣に居た人が選ばれてその人は悲痛な叫び声を上げる。
「うるせえ!とっとと来い!」
「嫌だ!俺は行きたくねえ!」
無理矢理連れて行くつもりなんだ。
あんなに嫌がってのに、でも皆黙ったまま動こうとしない。
口を出せば自分が連れていかれるって思ってるからだ。
でもこんなの見てられるわけ。
「ちょっと待ちなさい」
そう言うとミノルが連れて行こうとする男の手を掴む。
「私が行くわ。だからその人から手を離して」
「口答えをするな。お前の番はまだ先だ。邪魔だ!」
「きゃっ!」
智から一杯突き飛ばされたことでミノルはバランスを崩して倒れてしまう。
「ミノル!」
「ほら、早く行くぞ!」
「いやだ、助けてくれ!助けてくれー!」
檻は閉められてその人はそのまま連れ攫われてしまった。
何も出来なかった、ただ見ている事だけしか。
「随分と非力になったな。それが人間の力ってわけだ。昔みたいに何でも出来るなんてことはないんだよ」
「うるさいわね。そんなの分かってるわよ」
「どうしてあんなに必死になってるか分かるか?檻の中の人数はお前らを入れて五人だ。この広さの檻に比べて少ないと思わないか?」
確かにこの檻はかなりの広さを持ってる。
後十人くらいは入れそうだ、奥の方もだいぶスペースがあるし。
「本来はもっとここに居たんだよ。でも誰も帰って来なかった。みんな知ってんだ、檻から出たらもう二度と帰ることは出来ないってな」
「それってどういう意味‥‥‥」
「わかりやすく言った方が良いか?死ぬってことだよ」
その瞬間、空気が一気に重たくなる。
死ぬ、ここでも人の命が簡単に奪われる何て。
それに対して私は何も出来ない。
「なら行かなければいい」
「え?」
「は?」
「行ったら帰って来れないなら行かなければいい、簡単な事でしょ」
ミノルはさも当たり前かの様に言ってのける。
「確かに行かなければ大丈夫だと思うけどでも」
「だからもうそんなことお前には出来ないんだよ。逆らえば俺達まで巻き添えを喰らうんだ。勘弁してくれよ」
「私の仲間がもうすぐ来てくれるはずよ。だからそれまで待てばいい」
確かにリドルは来てくれるだろう。
それでもいつ来るかは分からない。
そんな状況で本当に逆らえるのだろうか。
「大丈夫、私が皆を守ってあげる」
不安が顔に現れていたのだろう。
ミノルは笑ってこちらを励ましてくれた。
ミノルは本当に強い人だ。どんな状況でも諦めずに前を向いている。
私もいつかそんな風になれるかな。




