その三十六 あなたと出会った幸せ
「こ、ここまで‥‥‥なのね‥‥‥」
お姉さまの一撃を浴びたミュウラ様はそのまま膝から崩れるようにして倒れた。
倒した、倒したんですね。
本当にミュウラ様に勝った!
「よかった‥‥‥」
そのまま魔剣を床に落とすとお姉さまは力なくその場に倒れた。
「お姉さま!!」
すぐにお姉さまの元に向かうが既に荒い呼吸をしており顔色が良いとは言えなかった。
一目見ただけで分かるお姉さまの命が消えかけている。
「お姉さま!お姉さましっかりしてください!ああ、血がまた溢れて‥‥‥」
私は必死に腕から流れ落ちる血を止めようと抑える。
だがその血は止まることなくお姉さまの体から流れ落ちる。
「駄目止まらない、すぐにマイトさん呼びますね!」
「もう来てる」
その声が聞こえて来て、私は思わず後ろを振り返る。
するとマイトさんが悲しげな表情でこちらを見ていた。
「マイトさん!どうして分かったんですか!」
「こっちの状況はすぐに知れるようになっているんだよ」
「マイト‥‥‥」
マイトさんはお姉さまの方を見ると眉間にしわを寄せる。
「あっちの状況もかなり悪かったけど、こっちはそれよりもまずいみたいだね。すぐにキンメキラタウンに戻ろう。テレポート――――――」
「やめて」
お姉さまはか細い声でその言葉をマイトさんに伝えた。
予想だにしない発言にマイトさんも私もその場で固まってしまう。
状況が飲み込めないまま私は無意識に言葉を発していた。
「何を言ってるんですか?」
「私はもう‥‥‥助からないから」
「何を言ってるんですか‥‥‥!」
「だから最後に、言いたい事が」
「何を言ってるんですか!お姉さまは死にません!まだ助かります、すぐにキンメキラタウンに戻れば助かりますから!だから‥‥‥そんなこと言わないでください」
思わず涙があふれて止まらなかった。
お姉さまには生きてて欲しい、死ぬなんて言わないで欲しい。
助かる可能性があるのならそれにかけて欲しい、そんな望みはお姉さまは望んでいなかった。
「自分の終わり位、分かるわ。血を流し過ぎた上に限界の体を叩き起こして最後にひと振りをした。正直に言うと、もう目の前が真っ暗で何も見えないの」
「お姉さま‥‥‥」
お姉さまの視線は確かに私には向けられていなかった。
遥か上の何かを呆然とただ見つめていた。
お姉さまの頬に触れてみる、段々と体温が無くなってきているのが分かる。
死期はもう近い。
「ごめんなさい、こんな事になって。でも私はもうあの人が居ない世界で生きて行ける気がしないの。ミュウラ様は私の全てだから、だからごめんなさい」
「謝らないでお姉さま。お姉さまが死にに急いでたのは分かってました。ミュウラ様が死んでから自分の身を削って戦い続けるお姉さまを見て怖かったんです。私の元からいつか居なくなってしまんじゃないかって、やっぱりその通りでした」
「ナズミ、あなたはもう一人でも生きて行ける強さを持っているはずよ。私の後ろに着いて行くことなんてない自分で前に進めるはず、だからこれを受け取って」
そういうとお姉さまは顔を横に倒す。
見えてはいないはずですが、その先には魔剣があった。
「あなたに使って欲しいの、それでどうか幸せに生きて」
「っ!おねえ、さま‥‥‥」
「ごめんなさい、もう耳も聞こえないの。だからナズミを何を言ってるのか分からない。怒ってるでしょうね、私の事を恨んでいるでしょうね。何の相談もせずに勝手に決めてごめんなさい」
「怒ってないですよ。むしろ嬉しいで、お姉さまが私をそんな風に想ってくれて」
「ごめんなさい、もう口も回らなくなって来た。最後にあなたを抱きしめられなくて、ごめんなさい‥‥‥」
お姉さまの目がゆっくりと落ちて行く。
私は思わずお姉さまを強く抱きしめた。
強く、お姉さまのぬくもりを感じるように強く抱きしめた。
「お姉さまありがとうございました。お姉さまが居てくれたから、私はここまで生きてこれたんです。お姉さまがミュウラ様を愛してるのと同じくらい私もお姉さまを愛しています。大好きなお姉さま、どうかミュウラ様と幸せに過ごしてくださいね」
その言葉にお姉さまは答えなかった。
その時私は改めてお姉さまがこの世から居なくなってしまった事を実感した。
だからこそ私は少しでも辛うじて残っているお姉さまの温もりを忘れない為に、止まらない涙が止まるまでお姉さまを抱きしめ続けた。
―――――――――――――――――
ミズト‥‥‥ミズト‥‥‥ミズト!
「っ!!ここは‥‥‥」
目が覚めるとそこは真っ暗の空間だった。
だけど不思議と自分の姿ははっきりと見える。
私はどうしたんだろう、ここは何処なのだろう。
そしてさっき誰かに名前を呼ばれたような気がした。
「ミズト」
「っ!?どう、して‥‥‥」
その声色には覚えがあった。
振り返るよりも先にその声を発した人の姿が頭に浮かんだ。
それだけでなぜか涙が止まらなかった。
そんなはずはないと分かっているはずなのに、期待せざる負えなかった。
私はゆっくりと振り返る、そこには確かに誰かが居た。
そしてゆっくりと顔を上げてその姿を目に焼き付けた。
「ああ‥‥‥どうして、居るんですか。ミュウラ様‥‥‥」
その姿もその雰囲気もその佇まいも紛れもないミュウラ様だった。
「久しぶりですね、ミズト。こうして話をするのが懐かしく思います」
「私も、もう一度話を出来るとは思っても居ませんでした。ミュウラ様!」
私は思わず駆け出していた。
こんな事するのはおこがましいとは分かってる。
だけど無性に抱きしめたくて仕方がなかった。
だがミュウラ様は次の瞬間、冷たい声色で告げる。
「ミズト、私は怒っています」
「っ!ミュウラ様‥‥‥」
「ここに来たという事はあなたも私と同じ運命をだどったという事、死んでしまったのですね」
「すみません、私はもう生きる意味を失ってしまいました」
「あなたには守るべき人が居たはずです。彼女を一人残していくのに罪悪感は無かったのですか?」
的確に私の心のうちを付いてくる。
ミュウラ様には隠し事は出来ない。
「あります。自分勝手な行為をしたと思っています。だけど最後の最後にナズミと一緒に戦って確信したんです。あの子はもう私が居なくても大丈夫だと、むしろ私よりもあの子がこの先の未来を生きていくのにふさわしいと、そう思いました」
「後悔はないと言う事?」
「ありません」
その言葉を聞いてミュウラ様は満足げに頷く。
「そうですか、あなたがそう言うのなら私はもう何も言いません」
「ありがとうございます、ミュウラ様」
するとミュウラ様はゆっくりとこちらに歩み寄って来る。
そして突然、私の事を抱きしめた。
あまりの衝撃に私はその場で固まってしまった。
ミュウラ様が、自ら私を抱きしめてくれるなんて。
呆気に取られているとミュウラ様は私を抱きしめたまま口を開く。
「本当のことを言うと私はあなた達には生きていて欲しかった。二人で幸せを掴んで欲しかった。そう切に願っていました」
少し悲しげに告げるミュウラ様の声を聞いて私はゆっくりとミュウラ様から離れる。
「私は幸せでしたよ。あなたに出会った日から、あの地獄のような日々から救い出してくれたあの日から私の毎日は幸せで世界が煌めいて見えました。覚えてますか、初めて会った日の事を」
「もちろん、覚えていますよ。忘れるわけがないじゃありませんか」
「私も覚えています。目を瞑るとあの日の情景がありありと思い出されます。あの日は雨が激しく降り注いでいた日でした。親に捨てられた私達は路地裏でお腹を鳴らして雨宿りをしていました」
―――――――――――――――
人も通らない様なゴミを漁る鼠が居る路地裏で私とナズミは膝を抱えてうずくまって居た。
「お姉ちゃん、お腹空いた」
「大丈夫、お姉ちゃんがご飯取って来るから」
盗みを繰り返して何とか命を繋ぎとめていた私達だったけど、それは限界に近かった。
この日も私は盗みに出ようと立ち上がった時、目の前に傘を持った女の人が現れた。
「こんにちは、こんな所で何をしているの?」
その人は修道服を着ていてその顔つきは見惚れてしまう程に美しく、私は思わず言葉を失った。
「あ、あの‥‥‥」
「最近子供が盗みを働いているって噂があったけど、もしかして君達?」
その時私は全身の血の気が引いた。
捕まると思った、捕まってしまえば妹が一人ぼっちになってしまうと考えた私はすぐにその場を離れようとしたけど、その前に腕を掴まれてしまった。
「逃げないで、お姉さんはあなたの敵じゃないわ。寒いでしょう、風呂に入らない?」
お姉さんに着いて行くと協会のような場所に着いた。
そこに隣接している孤児院を経営していたお姉さんは私達にお風呂と食べ物、そして住む場所を提供してくれた。
「今日からここがあなた達の家よ。ミズト、ナズミいつまでもここに居ていいからね」
その言葉に私達がどれだけ救われたか、家を失って孤独に生きてきた私達にミュウラ様が手を差し伸べてくれたことがどれだけ嬉しかったか。
それからの毎日は本当に幸せだった。
孤児院の子供達と過ごし、毎日朝の五分間お祈りをして一日が始まる。
皆と過ごし日々はどれもかけがえないに宝物になって行った。
孤児院は里親の募集も行っていた為、時が経つにつれて一緒に暮らしていった人も段々と少なくなっていった。
寂しさは合ったけど、ミュウラ様と過ごせれば他に何もいらなかった。
そんな日々が続くと思っていた。
ある日、怪しげな二人組の男が孤児院にやって来る。
その人は前から何度かこちらに訪問して聞いたため、見かけてはいるが怪しげな雰囲気を持っていて近寄りがたかった。
その日はミュウラ様は買い物に出かけており別の人が孤児院を任されていた。
「ミズト、ナズミ!こっちに来なさい」
孤児院の人が私達を呼び出すと先程の二人組がそこで待っていた。
「この人達があなたの里親になりたいそうだ。よかったな貰い手が見つかって、これで君達も本当の家族になるぞ」
「何を言ってるんですか‥‥‥?」
「お姉ちゃん、あの人怖い」
「私達はずっとここに居ます。ミュウラ様が私のお母さんです。私達は里親何て募集してません」
「何を言っているんだ、ほら迷惑をかけるんじゃない大人しくするんだ」
そう言うと孤児院の人は私の手を掴んで来た。
私は咄嗟にその手を振り払うが、次の瞬間私は体を掴まれる。
「何処を行こうとする!もうお前はこの人達に買われたんだよ!大人しくしろ!」
「やめて離して!」
「きゃあ!」
「ナズミ!妹に触るな!」
激しく抵抗するが子供の私達が大人に勝てる訳もなくそのまま強引に連れていかれる。
「いやだ、行きたくない!助けて、ママ!」
車に押し込まれる直前、私はそう叫び声を上げた。
心の底からの助けだった。
この幸せを失うのが怖かった。
「ちょっと待って!!」
その時買い物から帰って来たミュウラ様が鋭い剣幕でこちらに駆け出してきた。
「その子達は私の子よ!勝手に連れて行くなんて許せない」
「ママ‥‥‥」
「残念だがこの子達はもう買った。取り戻したかったら同額の値段を請求する」
「あなた達、普通の人じゃないでしょ。何か怪しげなことをしようとしてるんじゃない」
「君には関係のない事だ。普通の人生を歩みたかったらこれ以上は深入りしない事だ」
「何が普通の人生よ。それを今あなた達が奪おうとしてんでしょ」
ミュウラ様は一度私達の方に笑みを向けると再び男たちの方に視線を向ける。
「なら私も連れて行きなさい」
それから私達は車の中に押し込められて何処に行くのかも分からないまま車は走り続ける。
「大丈夫、何があっても私が守るから」
ミュウラ様は私達にずっとそう言い続けてくれた。
――――――――――――――――
「それから想像を絶するような地獄を味わい続けた。それでも耐えられたのはミュウラ様が居てくれたから。あなたと一緒ならどんな地獄も乗り越えられますから」
過去の思い出を語り終えて私は一度深呼吸をする。
死んだせいか思い出が溢れて止まらなくなっている。
話し終えた後、ミュウラ様は笑みを浮かべていた。
「そうね、あの時はとにかく必死だった。気付いたらこんな事になっていたけど、あなた達と一緒に過ごした時間はこれまでの人生で一番の幸せだった。それが終わっちゃったのは少し残念だけど」
「私はもう満足です。それにまた一緒に過ごせるんですから」
その時、私の足元に雫が落ちる。
一瞬、上から何かが降って来たと思ったけどそれが自分の目から零れていることに気付いた。
「どうして、何で涙が止まらないの。受け入れたはずなのに、覚悟は決まっていたはずなのに、何で‥‥‥」
「あなたは立派な姉でしたよ。誰が何と言おうと神は‥‥‥いえ、私がそう言ってるんですから」
「っはい!」
涙を拭いて私はミュウラ様の隣に立つ。
「一足先に待っていましょう。あの子が幸せになってここに来る日まで」
「その時は一杯思い出を語りましょう。なんせ半獣の寿命は長いですから」
光指す方へとミュウラ様とともに歩いて行く。
最愛の妹が幸せになる事を願って。
ミュウラvsミズト&ナズミ 勝者ミズト&ナズミ




