その二十五 ツキノ&ハイトの研究所探索その3
そいつは俺達を見つけると裂けた口で声にならない叫び声を上げる。
「おいおい、本気で戦うつもりか?随分と好戦的じゃねえか」
「どっちにしろ、こんな奴野放しにしておけば上に仲間が危険な目に合うだろ」
かなりの狂暴的な性格と見える。
周りの肉片は捕まった人達の数よりも多い。
おそらくここにもこいつみたいな化け物が居たんだ。
それをこいつは全員殺した。
「皆‥‥‥殺した‥‥‥許せない」
ツキノは小さな声で確かな怒気を放っていた。
人実を殺されたことに腹が立っているのだろう。
「ああ、殺された人たちの為にもあいつを倒そう。トガ、協力しろ」
「それは無理だな」
「何?お前、自分の立場を分かってるのか。薬が欲しかったら協力しろ」
「だから出来ねえって言ってるだろうが。この印があるせいで魔力を消費すればすぐに印が爆発しちまうんだからよ」
「何だって!?」
一人になっても檻から脱出しなかったのはそう言う事か。
人に見られることを気にしてたわけじゃなくてそもそも使えなかったのか。
「ならもういい。ツキノ、二人でやれるか」
「もちろん‥‥‥」
「よし、それなら俺がサポートするからツキノはガンガン攻めて——————」
そう言いかけた時、目の前の化け物が口を大きく開くと何かを溜め始める。
そして口の中が赤く輝きだした時、俺達は咄嗟にその場から離れた。
「まじかよ!!」
周りの空気を一瞬で燃やし尽くす程の炎が放たれる。
俺達はすぐにその部屋から脱出する。
一瞬にしてあの部屋はマグマ地帯となってしまった。
「何だありゃ桁違いの威力だろ。あんなの喰らったら一巻の終わりだ。ツキノ大丈夫か?」
「大丈夫?」
「おいおい、俺の心配はしねえのかよ!」
トガは少し服が焦げているがどうやら逃げ切ったようだ。
「何だ生きてたのか」
「殺すつもりだったのかよ!」
「あんな状況でお前を助ける余裕はない。魔法が使えないのならせめて足手まといにはならないでくれよ」
「ちっムカつくやろーだぜ。それよりも気付いたか?」
「気付いた?何がだよ」
すると何故かドガはニヤリと笑みを見せる。
「何だお前気付いてないのか?そっちの奴は気付いてるみたいだぞ」
「何?ツキノ、何か分かったのか?」
するとツキノはゆっくりと頷く。
「何に気付いたんだ?」
「一瞬‥‥‥魔力‥‥‥感じた‥‥‥」
「魔力?それってあの化け物からか」
魔力を感じたって言う事はあの一撃は魔法ってことになるぞ。
あの化け物が魔法を放ったって言う事なのか。
それってまるで——————
「っ!逃げろ!」
壁が突如破壊され電撃が地を這う。
それら威力は一撃でも当たれば命を奪うには十分な物だった。
軌道を逸らせないと!
「ロックガトリング!」
複数の岩を打つことで電撃がこちらに近づくのを阻止させる。
すると開けた穴から化け物がこちらを覗き込む。
「くっこっちだ!先ずは身を隠そう!」
幸いなことに地下の研究所は中々の広さだった。
逃げるには十分だが、次々と壁や天井を破壊していく化け物から逃げるのは容易じゃない。
「どうやら大ピンチみたいだな!お前等じゃ荷が重いんじゃねえか!」
トガは走りながらもこちらを挑発するような言葉をかけて来る。
「ならお前はこの状況をどうにか出来るのかよ!」
「出来る」
「なっ!?本気で言ってるのか」
「俺の誰だと思ってんだよ。このままじゃあの化け物になすすべなくやられるだけだぞ。薬を寄こしな、それで助けてやるよ」
薬を渡せばこいつは魔法を放てるようになる。
この状況は少しでも戦力が必要だ。
こいつは腐っても凄腕の魔法使い、戦ってくれるのなら心強い事には変わりはない。
「いや駄目だ!お前だけ逃げる可能性もある。信用できるか」
あぶなかった、つい薬を渡すところだった。
こいつは絶対に逃げるそう言う男だ。
「ツキノ、二人であいつをやるぞ。逃げるのはもうやめだ」
「分かった‥‥‥」
俺達は何もないだだっ広い部屋で立ち止まり化け物を待ち構える。
ここは戦闘訓練でもして居たのだろうか、壁や地面には凹んだり引っ掻いたような跡がある。
「来るぞ!」
化け物が通路を無理矢理破壊しながらこちらにやって来る。
まずは俺の力がどこまで通じるかを知る時だ。
「ファイヤーバーニング!」
「ラノストーム‥‥‥」
強力な竜巻が俺の炎を巻き込んでさらに巨大になる。
すると化け物は四本ある腕を掲げると力を溜めるようにしてその場に固まる。
すると巨大な水の塊が出現してそれを竜巻に向かって一気に放出する。
そして竜巻は見事にかき消され壁や天井を削って行く。
「くっデタラメな威力だ。こんなの受けきれるわけがない」
流石に俺のオリジナル魔法と相性は悪いか。
ある程度攻撃を防げるように放ったが、あの威力は許容範囲を軽く超えてるだろう。
それに俺の魔力レベルもまだこのオリジナル魔法を完全に使いきれる水準にはいっていない。
すると今度は背中から突如羽が生えてそれを思いっきり羽ばたかせる。
それにより巨大な竜巻が発生し巻き込んだものを切り刻んでいく。
「レベル魔法、リュートアグレッシブサイクロン‥‥‥!」
それに対抗するようにしてツキノも同じように殺人的な竜巻を生成する。
それがぶつかり合い、吹き飛ばされるような風圧と共に消滅した。
「はあ、はあ、はあ‥‥‥」
「ツキノ大丈夫か!」
「大丈夫‥‥‥」
この様子だと一度に大量の魔力を消費したんだろう。
それでようやく相殺できるレベルの威力、正面からやり合うのは無理だ。
「ツキノ、時間を稼いでくれるか」
「どうするの‥‥‥」
「オリジナル魔法を使う」
「っ駄目‥‥‥死んじゃう‥‥‥」
「安心しろ。相手の一撃を受けるつもりはない。空中のマナを溜めこむことに集中する。威力が十分になるまで奴の気を引いてくれ。ツキノのオリジナル魔法なら出来るだろ?」
「‥‥‥分かった」
ツキノは真剣な瞳で頷いた。
どうやら覚悟を決めたようだ。
「それじゃあ始めるぞ!」
俺はすぐにその場から離れると魔法陣を地面に展開する。
この円の中に居る間、俺はマナを取り込み魔力としてエネルギーを蓄え続ける。
その間はツキノ、頼んだぞ。
ツキノは化け物と対峙すると自身を複製し始めた。
「複数複製‥‥‥」
するとツキノのコピーだけではなく他の人達のコピーも現れる。
どうやら決戦前に握手をしていたようだ。
「みんな‥‥‥行くよ‥‥‥」
ツキノの指示の元一斉にコピーが化け物に向かって行く。
「ほう、こりゃすげえな。あんなオリジナル魔法を持ってたとわ」
「おいトガ!そんな所に居たら死ぬぞ!」
「安心しろ。自分の身くらい守れる」
そういってツキノから目線を外すことなくその場から動かない。
やられても知らないぞ。
「ぶっ飛ばしてやるわよ!」
「ちょっとピンカ、あんまりはしゃがないほうがいいよ」
「かなりの大物みたいだね。腕がなるよ」
「おいリドル!あんな化け物相手するのかよ!」
「かつさん、覚悟を決めてください」
「妾もやってやるのじゃ!」
「がっはっは!中々きつそうだな、サザミ!」
「問題ない、俺達なら勝てる」
「お姉さま、共に行きましょう」
「ええ、後ろは任せたわよ」
それぞれがオリジナルの人格を持ちながら自身の魔法を使って戦っている。
更にオリジナル魔法も使えるのか。
話には聞いていたが、ここまで強化されてるなんて。
魔法の性質だけで言えば王に匹敵するんじゃないか。
「さてといっちょやるか、クリシナ!」
「ええ、私達の力を見せてあげましょう」
「クリシナとブライドまで、本当に何でもありだな」
コピーたちの攻撃により化け物はダメージを喰らっているのか時折体をのけぞらせる。
だが、それも長くは続かなかった。
攻撃を受けた瞬間、コピーは瞬時に体が消えて行く。
どうやら維持するほどの魔力はないようだ。
さらに化け物は屈みこむと背中の鱗が逆立って行く。
そしてそれらが一斉に放たれるとコピーたちが次々と消えて行く。
やはりいくら強力な魔法使いをコピーしたとしても時間の問題か。
そして欠けた鱗の部分が再び生え始める。
「ツキノ!もうちょっと持ってくれ!」
「分かった‥‥‥」
今度は自身の複製を大量に作り始めた。
どうやらもう他の人のコピーを出すストックがないようだ。
俺の魔力もかなり溜まって来たが、あの化け物を一撃で倒すためにももうちょっと魔力が居る。
コピーが破壊されるためにツキノは新たなコピーを作り出す。
だが段々とコピーが生み出されるよりも消えて行く方が早くなっていく。
「うう‥‥‥」
流石のツキノも魔力の限界が近づいている。
コピーされたツキノも魔法を放つことなく陽動に専念しているし。
だけど後もう少しなんだ。
「ああっ!」
「ツキノ!」
本体に気付き始めたのか、化け物の矛先がコピーではなくツキノに向けられる。
くそ、後もう少しなんだ。
後もう少し、せめてレベル魔法一発分の魔力があれば。
「っツキノ!俺に向かってレベル魔法を撃て!」
「分かった‥‥‥」
ツキノはすぐに魔法陣をこちらに向かって展開させる。
「レベル魔法、ウィグザードウルフ‥‥‥」
切り裂くような風が狼の姿となりこちらに突っ込んでいく。
そしてその一撃を受けた瞬間、大量の魔力が流れ込んできた。
「これで溜まった!」
溜まった魔力を魔法に変える!
「全力倍返し!」
込められた魔力がすべて化け物に向かって放たれる。
化け物はそれを真正面から受け止めた。
すべての魔力を注いだ一撃だ。
ツキノに与えられたダメージもあるし、これで倒れただろ。
「どうやら終わりじゃないみたいだぜ」
「なっ!?嘘だろ‥‥‥渾身の一撃だぞ!」
その化け物はそのままゆっくりと立ち上がると不気味な赤い瞳でこちらを見据える。
「もう気付いてるんだろ、奴の正体を」
「正体‥‥‥」
「攻撃する時の魔力を消費する行為、攻撃手段が水や炎や岩などの属性、そして強力な魔法の一撃を浴びたのにまるで効いていない。全てある種族に当てはまってるじゃねえか」
「やっぱりそう言う事なのか」
あの異形の姿を見て、そんなわけがないと思った。
だけど奴の発言を思い返してみてもそうとしか思えない。
「あの化け物は原初の姿、ここが実験場だとするならばもうそう言う事だろう。あれは俺達半獣の最初の姿だろ」
「最初の姿‥‥‥」
魔力抵抗と魔力の消費、あれほどの魔法を放つために体がそう改造された。
「お前らも記憶にあるだろう、俺達はモンスターと合成されて生まれた。だからと言って最初から人の姿を保ってられると思うか?」
「つまりあいつはモンスターが表立った姿だってことか」
「禁忌の実験の代償があれだってことだろ。ここはそう言った奴らの墓場だ」
俺達はああなるかもしれなかったのか。
そう思うと目の前の化け物がただの化け物に見えなくなってくる。
あの化け物も一人の犠牲者なんだ。
「さてと、どうするんだ?このまま奴に殺されるか?それとも俺を解放して逆転するか?さあ、選べよハイト!」
そう言ってトガは選択肢を迫って来た。




