その三十六 王と戦う者たちの前夜
その夜、俺はガルアの部屋に来ていた。
明日の最終確認をする為にだ。
「入るぞ」
俺はドアを数回叩いてからガルアの部屋の中に入る。
ガルアの部屋はシンプルで机と椅子とベッドのみだ。
城に住んでた人とは思えない内装だ。
「来たか。まあ適当に座ってくれよ。喉乾いたならまだ開けてない瓶があるはずだ。ぬるいけどな」
「いや、別に大丈夫だよ」
俺は床に座ると窓辺の椅子に座っていたガルアがふと空を見上げていた。
「いよいよ明日だな」
「ああ」
明日、ついにコアと戦う事になる。
それはつまりラミアに会うと言う意味にもなる。
いよいよ対面するとなれば複雑な想いにもなるだろうな。
「かつ、明日は俺にとって人生最大の山場になると思う。そこで生きるか死ぬかを選択されるだろうな。俺は勝つまで戦い続ける、負けることは死ぬことだ」
ガルアは本気で勝てなきゃ死ぬつもりだ。
それは今まで分かっていた。
ガルアの瞳には確かな意志が込められている。
「お前は死んじゃだめだよ」
「え?」
「お前が死んだら、誰が妹を守るんだ?」
ガルアは意表を突かれたかのように目を見開く。
「お前は俺が絶対に死なせない。だから死ぬことじゃなくて、生きる事だけを考えろ。あいつを救えるのはお前だけだ」
「かつ……ありがとう。だけどお前だってあいつを救うことが出来る。だから俺たち二人で助け出すぞ」
そう言ってガルアはこちらに笑みを浮かべる。
それに対して俺も思わず口元を緩ませる。
「さてと、明日はどう動くか。ブライドとの修行で得るのもは色々あった。格上との戦闘での重要ポイントも把握できたの」
「ああ、重要なのはオリジナル魔法と魔力レベルだ」
俺の言葉にガルアは静かに頷く。
「勝敗を分かつのはそれだろうな。その為の策としてはまず当初から上がっていた作戦を実行する事にする」
「空中でのガルアのオリジナル魔法の展開だろ」
「ああ、当時の俺は空中に魔法陣を展開する事は出来なかった。だからそこを突く」
「俺のオリジナル魔法もバレてるってことだよな」
「ああ、ミレイから何度かあいつが城を出て行っていることを確認している。自分の事は自分でやるのがあいつだからな」
あの時使っていたのもまだ衝撃波を放つのみの状態だった。
もし情報は行き渡っているとしたらそこまでだろう。
こちらの動向を伝えていたイナミもそれよりも前に居なくなってしまったし、大丈夫だろう。
「てことはその二つの油断を付いて一撃を浴びせるんだな」
「かつと俺のオリジナル魔法は当たれば十分倒せる威力がある。それが決まれば勝率はかなり高まるだろう」
「そしてそれが失敗した時は俺が死ねばいいんだろ?」
「ああ、そう言う事だ。さらにそこから油断を付いて一撃を浴びせる。正面から当てるのはまず無理だ」
それは嫌程修行で実感した。
格上相手に警戒されれば当てるのはほぼ不可能。
だからこそ俺は一度死ななければならない。
だけど、本当にそれで行けるのか?
それだけで、コアに一撃を浴びせられるのか。
「複雑な作戦は却って柔軟性を失う。それで当日は行こう」
「分かった。後は臨機応変にだな」
とにかくこれ以上の要素を組み込むのは逆効果だよな。
ガルアの言う通り、作戦だよりは却って失敗した時立て直しが出来なくなる。
「それじゃあ、俺はもう寝るよ。明日は早いだろうしな」
俺は立ち上がると出口へと向かって行く。
ドアノブに手をかけた時、ガルアが声を掛けて来る。
「かつ、明日は絶対に勝つぞ」
「ああ、当たり前だ」
互いに誓いあって俺はガルアの部屋を後にした。
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ピンカの部屋
「いよいよ明日か」
思わず胸が高鳴る。
あいつが居なくなってからもう一週間以上は経つ。
ようやく会える、イナミともそしてシンラとも。
「あったら思いっきりぶっ飛ばしてやるわ。そして目を覚まさせてやる」
あいつがあっち側に付いた事を私は今でも許さない。
そこにどんな想いがあろうとも、私を置いて何も相談せずに行ったことを絶対に許さない。
「今頃他の奴らはそれぞれで作戦会議をしている所か」
私だけ一人、一人だけで立ちむかわなきゃいけない。
別に一人だからどうという事じゃないし、一人でだって別に構わない。
昔だって一人で何かをしてきたことはある。
「そう言えば、あの時も一人でやろうとしてたっけ」
この島に入る前の事、家族三人で毎日を必死に生きて来た。
借金取りに追われる毎日でまともな教育すら受けることは出来なかった。
だからこそ、一人で生きる力を得る為にバレない様に盗みを……
「一人で居ると昔の事を思い出しちゃう」
話し相手が居ないと思い出に逃げようとするのは私の悪い癖ね。
それもこれもあいつが勝手に居なくなったのが悪いのよ。
「はあ、考えてるだけどイライラしてきた。もう寝よ」
どうせ明日ですべて分かる。
寝不足すれば明日に支障をきたすし。
「おやすみ」
私はゆっくりと目を閉じる。
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エングの部屋
「以上が作戦の概要だ。エング、質問はあるか?」
「ねえよ。俺達らしい良い作戦なんじゃねえか」
俺はエングの部屋で最終的な作戦会議を開いていた。
その作戦もようやく形になって終わることが出来た。
「それにしても明日はいよいよカノエ様との直接対決か。あの時のリベンジ戦が出来るってわけだな」
エングは瞳を燃やしながら拳を握りしめる。
源魔石を奪い合う戦いの時にカノエとは一度出会っているその時、大量の爆発と奴隷が押し寄せて体力を削られた時にカノエの魔法でやられた。
勝負というよりも姑息な手段で行われた一方的な蹂躙だ。
カノエ様らしくない、やはり魔力がガイスの魔力で満たされることでもうカノエ様の人格は消えてしまったのだろうか。
「サザミ、大丈夫か?」
「っ心配するな。俺は至って普通だ」
「もしかしてまだ可能性を感じてんのか。カノエ様が戻る可能性を」
カノエ様が戻る可能性、考えてないわけじゃない。
ほんの少し、脳裏にはよぎる。
だが……
「安心しろ。やる時は手加減などしない。手加減が出来る相手ではないからな」
「がははは、カノエ様とは一度きちんと戦って見たかったんだ。覚えてるか、俺とお前がまだ互いにいがみあってた時の事」
「クフフフ、忘れるわけがないだろう。あの時は二人ともまだ未熟だった」
「確かにな。己が強くなることしか考えてなかった。だからこそ、カノエ様の言葉が俺達を結び付けてくれた」
思わず記憶をたどる。
あの時の出来事は確かにエングと俺の絆を深めた。
やはり今の俺達があるのはカノエ様のおかげだ。
「あの時の約束忘れてないだろうな?」
「ああ、忘れるわけがないだろう。だからこそ、明日は必ず勝つぞ二人で」
俺達はそう誓いあい、拳を合わせた。
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ミズトの部屋
「どうしたこんな遅くに」
私はゆっくりとお姉さまの部屋を開ける。
部屋の中ではお姉さまがオリジナル魔法で使用する魔剣の柄を磨いていた。
「ごめんなさいお姉さま、何だか寝付けなくて。明日の事を思うと、眠るのが怖いんです」
「こっちに来なさい」
お姉さまの言葉に私はゆっくりとお姉さまの隣に座る。
するとお姉さまが私の肩を優しく抱き寄せてくれた。
私は身をお姉さまに預けて肩に頭を置く。
「いよいよミュウラ様に会うとなるとどういった表情をすればいいのか分からないんです。どういう気持ちで臨めばいいのか」
「ナズミ、もうミュウラ様は居ないのよ。居るのは偽物ただ一人、だから敵と対峙する時と変わらないわ」
「それでも敵意を向けられる気がしないんです。対峙ししてしまったらその覚悟が揺らいでしまいそうで……ごめんなさい、こんな前日に弱音を吐いてしまって」
気を引き締めなければ行けないのは分かってる。
もう敵となってしまったミュウラ様にそんな思いで臨めばすぐに殺されてしまう。
お姉さまの足手まといにもなってしまう、
せっかく守れる力を手に入れたのに、私は何処までもお姉さまの背中で隠れているだけなのかもしれない。
「ナズミ」
「はい」
優しい口調で私の名前を呼ぶとそのまま私の頭を撫でてくれる。
「あなたは出来る子だって私は知ってる。だからこそ私は明日、全てに決着を付ける。あなたは自分が思っているよりも強いの、それを私は知っている。もし、自分が信じられないのなら私を信じなさい」
「お姉さまを信じる……はい、信じます。お姉さまが私を信じてくれるのなら」
「よかった、ならもう寝なさい。明日に支障をきたすわ」
「分かりました。お姉さま、ありがとうございました。おやすみなさい」
私はお姉さまの側から離れるとそのまま部屋を後にした。
お姉さまの温もりがまだほんの少しだけ残っている。
まだそのぬくもりに甘えたかったけど、もうそう言う訳にはいかない。
お姉さまがそう言ってくれたんだから、私も成長しないといけない。
「頑張ります!」
私は気合を入れて自室へと戻って行った。




