その二十七 黒のやり返し
山奥の研究所施設
「どうしてあんな話を受けたんですか」
薬品を調合していたシントは赤から緑色に変化する工程をじっと見ながらクラガの質問に答える。
「ガイスは話しでは解決することは不可能だ。これが穏便に解決できる方法だからな。研究のじゃまだ、部屋を出ろ」
「あいつは俺達の敵のはずだ。今まであいつが好き勝手させないように半獣を皆殺しにしようとして来た。違いますか?」
「分かっているのなら理解しろ。死にたくなければな」
その言葉にクラガはイラつきを覚える。
先程よりも口調を荒げてクラガはシントへと詰め寄って行く。
「俺達は死ぬことを恐れてない!それは俺達に対する侮辱じゃないのか!何のために今までして来たと思ってるんだ!」
「死ぬ必要がない時に無駄に命を失うな。これが終わればワタシ達は真の傍観者だ」
「俺達は元々傍観者で居るつもりだった。それをシントさん自身が破った。元々の薬の調合が覚醒のリスクが少ないのなら、そのままにすればよかった。わざわざガイスの為に再び薬を作るんだ。その薬でガイスは一体何を始めるつもりだ。俺はあいつの味方になるつもりはないぞ!」
クラガの怒りがシントに伝わったのかそのまま手にしていた物を机に置いてクラガの方を見る。
「馬鹿な真似をするなよクラガ。約束を忘れたか?自由に行動を許したのはお前らが自分を守る力があるからだ。今のこの島の現状は気軽に足を踏み入れることを許さないぞ」
「こっちはバカにされたままなんですよ。何事もなく終われば俺も傍観者で終わったでしょう。だけどもう火が付いてしまったんですよ。俺達は」
そう言ってクラガは研究所を出ようとした時、扉の前で聞き耳を立てていた他の連中も雪崩れるように研究所へと入って行く。
「なぜここに居る。まさかクラガが呼んだのか?」
「何言ってんだ。俺達の意思に決まってんだろ。馬鹿にされたままで黙ってられる訳ねえだろうが」
「俺達だって黒の魔法使いの弄って物があるからな。こんな所でただ死を待つのはごめんだね」
「私、先生馬鹿にされたの許せない」
「お前ら、本気で行っているのか?俺が改良した半獣薬を完成させれば、何事もなく終わるんだぞ」
「何事もなく終わらせるのは出来るだろうな、だけどなシントさん。生きる事だけがすべてじゃねえんだ。それが俺達が生きてきた世界のはずだ」
クラガは決意に満ちた瞳でシントの方を見る。
それを見てシントは言葉が出なくなりただ拳を握りしめる。
「死ぬかもしれないんだぞ」
「死を恐れてたら今の俺達はない。行くぞ」
クラガの一言で同じ瞳をした黒い魔法使いは一斉に研究所を出て行く。
それをシントは悔しそうに見守るしかなかった。
クラガは研究所を出てまず初めに自分たちの拠点へと向かって行った。
その様子を見てトガは不思議そうに尋ねる。
「行くっていうにも何処に行くんだよ。もしかしてあの生意気野郎に殴り込みに行くのか」
「トガ、短絡的な行動はよせと何度も言っているはずだ。それにあの男に勝つのは現状俺達では不可能だ」
「やっぱり王様は段違いってことか。あーやだやだ作戦を立てられない敵との戦いって焦っちゃうんだよ」
「でも引き下がらないよね」
「その通りだ。正面から戦って勝つことがすべてではない。恥をかかされたのなら同じように恥をかかせればいい。俺達の目的はそれだ」
「なるほどな、目には目を歯には歯をって奴か!楽しみだなあ、クラガ!」
トガが暑苦しくクラガに詰め寄って来るがそれを軽く払いのける。
「サキ、島中に散らばせた飛行小型カメラは起動できるか?」
「出来るよ」
「そこであの男が何を企んでいるのか探ってくれ」
「分かった」
そう言うと先は早速島中に散らばったカメラと自前のパソコンを使って接続を図る。
「おいクラガ、俺は何すんだよ。そういう慎重な作業は俺は苦手だぞ」
「貴様の不器用さは俺が一番分かっている。トガにはヒットアンドアウェイをしてもらう。ことを上手く行かせなければ必ずぼろが出るものだ。それにはアルバも同行しろ。そう言うのは得意だろ」
「任せてよ。そう言う計画は立てやすいからな」
「またこいつと一緒か?こいつと居ると自由が効かなくて窮屈なんだよ」
「作戦実行の時は俺に従ってもらうからなトガ」
「今たりないのは情報だ。情報を得てあの男が何をしているのか、そして何をされるのが嫌なのかを理解した時が行動の時だ。言っておくが今回の任務は死ぬを覚悟しておけ」
「いまさら過ぎねえかそれ」
「死ぬことは恐れじゃないだろ?」
「それが私達の流儀」
その決意を目の当たりにしてクラガは思わず笑みを浮かべる。
「やるぞ、俺達の力を見せてやろう」
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研究所施設
「クラガ達はもう子供ではないな。一人で考え行動が出来る、それに友達も居るんだ。俺が心配する必要はないのかもしれないな」
クラガを恐れているのはむしろワタシの方かもしれないな。
だからこそもう二度とするはずもない研究を再び行っているのだから。
これは誰のための研究何だろうか、初めは世界をより良くするために行っていたはずなのに。
禁忌に触れ、世界のタブーを犯すような研究を続けた結果がこれか。
もしかしたらこの島は存在してはいけないものかもしれない。
だけどそれを決める権利はワタシには存在しない。
だけどそれでもワタシはその渦中に入りつつある。
傍観者になろうと半獣になったあの日から決めていたはずだったが、やはり死というのは恐ろしい物だな。
「ははっ帰る家すら存在しないのにどうして生に執着してしまうのだろうか。人間というのは本当に不思議な物だな」
ワタシは先程まで調合していた薬をそのまま乱暴に床に放り投げる。
割れるような音と共に床に緑色の液体が散らばって行く。
これ一つ作りのに相当の研究材料を消費した。
調達する事すら困難なこの状況で再び一から同じものを作るのは不可能だろう。
「これで良いんだ。ワタシはもうマッドサイエンティストになるつもりはない。もう二度と誰かを傷つける研究をしたくはない」
思わず目をつむる。
瞼の裏かあの時の景色が鮮明に思い浮かぶ。
沢山の悲鳴と血が流れ、地獄のようなその光景の中自分が生きたいからと死よりも苦しみを選んで半獣となった日。
身分を隠し、いつバレるのかも分からない恐怖にただ怯えそして自分を守るために彼らを仲間として引き入れた。
全て自分の為だったのかもしれない。
ワタシはワタシの為に人生を生きてきた。
だからこそ先日もまた一人ただの人間を半獣にさせてしまった。
失敗することは分かっていた、あの少女に投与した薬と同じものだからこそ並大抵の人間ではそれに耐えることは出来ないと分かっていたのに、ワタシはワタシが助かりたいためだけにまた一人の命を奪った。
「あいつらに見限られるわけだな。ワタシはとんだ弱虫だ」
彼らは戦っているというのにワタシはこうしてまた何もせずにいる。
戦うことが出来るのだろうか、何か解決できる方法はあるのだろうか。
「少しだけ、抗ってみようか」
ワタシはそのまま研究所に残っている物をかき集めて再び研究を開始した。




