その一 シンラの遺言
「んっここは……」
気が付くと小さな丘の上に立っていた。
そして少し先にはシアラルスが見えた。
「何でこんな所に出たのよ。シアラルスに向かわないわけ」
「直接行くのはまだ危険だからな。一旦ここで様子を見てから行く、ついて来い」
そう言ってサザミを先頭にして歩き始めた。
どうやら外から様子を見て中に入るみたいだ。
俺はエングの側に移動してこっそりと質問をした。
「いつもこうやってシアラルスに来てるの?」
「そうだぜ、俺達は顔が知られてるからな。あんまり目立つ行動は出来ねえんだよ。それはお前も例外じゃねえぞ。悪い意味でのだがな、がっはっはっは!」
「あははは……」
俺にとっては全然笑い事じゃないんだけどな。
しばらく歩いているとシアラルスの入口へとやって来た。
シアラルスは特に警備が居るというわけでは無い、モンスターも近くにいない為誰でも受け入れる町でもある。
するとサザミが俺達に待つようにジェスチャーをすると一人だけ言ってしまった。
俺達は少し離れた所でサザミの帰りを待っていた。
「遅いわね。何してんのよ、もう私が直接行こうかしら」
「さっき行ったばっかだよ、それにサザミに待っててって言われたでしょ、ちゃんと待たないと駄目だよ」
「イナミ、私達はお留守番に来たわけじゃないのよ。いざとなったら自分の考えで行動するべきなの」
「良いこと言うじゃねえか。己の判断が己の命を守る。確かにそれもあるが今は仲間の判断を優先した方が良いぜ」
「あっそ」
何かピンカここ最近妙に苛立っているな。
最初に会った時もこんな感じだったが今はまるで何かを焦っているみたいだ。
すると案外早くサザミが帰って来た。
「遅いわよ、何してたの」
「すまないな、危険がないか確認をしていた。人影はあまりないから今ならバレることも無いだろう。今日が最終日の事もあるだろうが好都合だ。この気を利用するぞ」
そうか、ほとんどの人が城の中に集まってるんだったな。
だとしたら侵入も意外と簡単かもしれない。
「がっはっは!とりあえず中に入るとするか」
「かつ……行こ……」
「ああ、ハイトも早く行くぞ」
「分かってる」
「ピンカも早く行こ」
「イナミに言われ無くても分かってるわよ」
俺達は警戒しながらも町の中へと入って行く。
周りを見ると店はがらんとしており厳重に閉められたり商品が置かれていなかったりとほとんどが店じまいしていた。
本当に人が見当たらないんだな。
「寂しい町……」
「これがガイスが支配する町と思うとぞっとするな」
「それを阻止する為に俺達が来ているんだ。こっちの路地裏なら人にバレる心配もないだろう」
「何で路地裏なんかに行くのよ。城に行くんじゃないの」
「作戦を聞いてなかったのか、城に行くのは俺達だ。それ以上はバレる可能性があるから無理だぞ」
「それはあんた達の作戦でしょ。私は私のやり方で作戦を実行するわ。行くわよイナミ」
そう言ってピンカは城を目指そうと勝手な行動を取り始める。
やはりピンカは何かを焦っている、ガイスを殺すことになのか。
それとも他に何か理由があるのか。
「ピンカちょっと待って!今はまだ勝手な行動は駄目だよ」
「イナミ、まさかやらないって言うんじゃないでしょうね。今やらないでいつやるって言うのよ!」
ピンカとイナミが言い争っているとサザミが二人の口論を止めに入る。
「お前ら好き勝手に言うな!俺の言う事を聞け!じゃないと帰らせるぞ!」
「あんたは私の親なの!ただの協力者でしょ、これは私達の問題なの!」
「おいおい、ピンカ流石に自分勝手すぎるぞ。これはお前らの問題じゃねえ、俺達の問題だ。城に残った奴らだって自分たちの恩人を殺されて悔しいはずだ。それでも城に残ることを選んだ、俺達の為にだ」
「だから何だってのよ」
「エングの言葉の意味が分からないのか大人になれと言ってるんだ」
そう言ってサザミはピンかを睨みつける。
だが負けじとピンカも睨みつける。
「大切な人が殺されても我慢するのが大人なら、私はそんな奴にはなりたくない」
まずいな、一触即発って感じの雰囲気だ。
ツキノも怖がって俺の袖を強く握ってるし、これ以上は作戦にも支障をきたすよな。
だけど止めに入った方が怪我しそうな雰囲気だよな。
火に油を注ぐじゃないけど無駄に和ませようとすれば返って悪化させちゃいそうだし。
するとサザミがため息を吐いてこちらを見て来る。
「これ以上は無駄な論争だ。かつとツキノとハイトは先に城に迎え。作戦を開始しろ、騒ぎを起こさずにやれよ」
「え?いいのか」
「ちょっと待ちなさいよ!まだ話を終わってないわよ!」
「良いから行け!これ以上は作戦に支障をきたす」
「っ分かった。行くぞ二人とも」
「あ、ああ……」
俺達はサザミの言う通りに先に城へと向かう事にした。
後ろからピンカの突き刺さるような視線を感じながら俺達はその場を離れることにした。
「良かったのか、あのまま行けばむしろ悪化しないか」
「するだろうな。よく分からないけど、ピンカは自分自身でガイスを殺すことに執着しているみたいだし、俺達が言った後は間違いなく修羅場だな」
「やっぱり俺はあの雰囲気にはどうにもなれない。腹の探り合いは好きじゃないんだ」
「俺だって好きじゃねえよ。それでもやらなきゃいけない時もあるし、考えなきゃ自分どころか仲間の命にもかかわるからな」
「リーダーは大変だな」
「そんなんじゃないよ。ただ俺は誰にも死んでほしくないだけだ」
そう、あの時の感覚を味わうのはもう嫌だ。
するとツキノが俺の言葉に同調する様に肩を叩いてきた。
「私も……頑張る……」
「ああ、一緒に頑張ろう」
俺達は改めて計画の成功を誓い合って城へと向かって行った。
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かつ達が居なくなってからピンカ達は相変わらず睨み合っていた。
「はあ、こうなるからお前らを連れて行きたくなかったんだ」
「いまさら何を言ってるのよ」
「お前は今回の作戦に参加する時に俺に言ったはずだよな。絶対に自分勝手なことを言わない、俺の言う事を聞くと。お前がそう俺に言ったから俺はお前のわがままを許したんだ。だが結局はこうなったか」
そう言ってサザミは魔法陣を展開させる。
それに対してイナミが驚いた表情をする。
イナミ自身もまさか戦闘に発展するとは思ってなかったからだ。
対してエングは未だに止める様子を見せない。
「これ以上勝手な行動を取るって言うなら俺の強硬手段に出るしかないな。このまま黙って帰るか、それとも俺にやられて帰るかどっちにする」
「それならあんたをぶっ飛ばしてガイスを殺すよ!」
そう言ってピンカも同様に魔法陣を展開する。
それは完全に目の前の相手を敵と見た魔力量だった。
「ちょっと二人とも!こんな所で戦ったらバレるよ!」
「一撃で終わらせれば済む話だ」
「何言ってんの一撃で倒されるの間違いじゃない」
「それ以上生意気な口は閉じた方が良いぞ。イラついて誤って手加減せずにお前を殺してしまうかもな」
「何勘違いしてんのよ。本気で撃ったところで私には勝てないわよ。私の方が強いんだから!」
二人はお互いに魔力を高める。
宣言通りに一撃で沈める為である。
それはその魔法を撃った瞬間、周辺の建物も吹き飛ぶほどの物だった。
流石のエングもこの魔法は危険だと判断したのか、止めようと動き出したその時イナミが先に口を開いた。
「もうやめてよ!こんなことしたところで何の意味もない!」
「お前は黙ってろ!」
「イナミには関係ないでしょ!」
「関係あるよ!だって俺はピンカの弟だから!」
「っ!?今何て言った……?」
サザミはイナミの発言に驚きを隠せなかった。
それもそのはず、二人がそう言う関係だったことは知らされていないしサザミ自身予測していなかったからだ。
サザミは先程までピンカに釘付けだったが今はイナミの方に視線を移している。
イナミは続けて言う。
「俺達の母親は……」
「イナミ!それ以上は言わないで!」
「シンラ様なんだよ……」
「何だと」
「マジか、それは驚きだな」
サザミはさらなる衝撃の事実に目を見開き、エングは開いた口が塞がらないで居た。
そしてピンカは舌打ちをするとイナミの元に向かう。
「それは言わない約束でしょ」
「ごめん、だけどこのままだと取り返しのつかないことになりそうだったから」
「なぜ黙っていた。お前らが肉親関係だってことを。シンラ様の件はともかく姉弟の事は言っても良かったんじゃないか」
「隠してたわけじゃないわよ。忘れてたが正しいの。私達だってその事に気付いたのはつい最近なんだから」
その言葉で2人はどうしてその事を言わなかった真実に気づく。
「過去の記憶を取り戻した時ってことか」
「そうよ、記憶を取り戻してた時真っ先に思い出したのが人間の頃の家族との思い出。正直自分の記憶が偽物だと疑ったわ。いや、偽物の方が良かったかもね。だってそうでしょ、それを知った所でもうママはこの世に居ないんだから!」
ピンカは涙を流して悔しさと怒りで血が出る程拳を握りしめる。
「俺だってそうだよ。今も後悔してる、あの時どうしてもっと必死に助けなかったんだろうって。だからこそ僕達はせめてガイスをこの手で殺したかった。母さんの仇を取りたかった」
「だからお前らは意地でもガイスをこの手で殺したかったのか。わざわざ嘘を付いてこの作戦に同行したのもそのためか」
「そうよ、あんた達には分からないでしょうね。最後にシンラ様が死んでどうしようもなく自分の不甲斐なさに打ちのめされていた時、立て続けに自分の母親だってことを知った私達の気持ちなんて!」
「分かるぜ、俺だってカノエ様の事は家族以上に」
「そう言うんじゃないのよ!私達は本当の家族を殺されたのよ!シンラ様は最初から気づいてたのに、だから私達を選んでくれて育ててくれた、それも全部シンラ様だからこその優しさだと思っていた。でも本当は違かった、ママは最初から私達を探してくれていたのに、偶然じゃなくて必然なのに、ずっと家族の様に接してくれてたんじゃなくて本当の家族だったのに、私は何一つ気付きことも出来ずに、自分が不甲斐ない!」
そう言ってピンカは力いっぱい地面を殴りつけた。
その一撃は自身の手を痛めつけるのには十分な威力だった。
血が飛び散り、泣く声が路地裏に響き渡る。
「最後に母さんは僕達にこういったんだ。幸せになる生き方をしてくれって、でも俺達はその事実を知ってしまったらあいつが居る世界じゃ幸せに生きられない。だから俺達は勝手にガイスの城に潜入しようとしてた。すみません」
「なるほどな、お前らの事情も分かった。だが俺はその行動に賛同することは出来ない!」
その言葉を聞いてピンカは涙を拭き立ち上がる。
それはサザミに対する怒りだった。
「お前らだけが特別だと思うなよ。今すべきことは復讐を果たす事じゃない!ガイスをこの世から消すことだ、それが何よりの最優先事項だ。己の私情で俺達の計画を崩し理由にはならない」
「あんたっ!」
「まってピンカ!サザミの言う通りだよ!」
イナミは今にも飛び掛かりそうなピンカを掴んで説得をする。
だが暴れ馬の様にピンカはサザミに飛びつこうとするのをやめない。
「私はママの遺志を継がなきゃいけないのよ!これは私がすべきことなのよ!」
「それがシンラ様の遺志なのか?俺にはそんな風には捉えられなかったけどなあ」
「は?」
「お前らに伝えたメッセージは一つ!幸せになる生き方を探してくれとしか言ってないんだろ、されも復讐をしてくれとは言ってないだろ」
「そんなのあんた達が勝手に解釈してるだけでしょ!」
「ならお前らはガイスの元に行きその遺言通りにガイスに立ち向かうのか?それは無理だろう、普通に死ぬだけだ。となるとシンラ様はお前らに死んでくれて言ったのか?」
「サザミー!」
ピンカはさらに激しく動き出し、イナミの拘束から脱出しようとする。
イナミは必死にピンカの暴走を止める。
何度も引っ掻かれて頬に血がにじみ出る。
「ピンカ落ち着いて!」
「少なくともイナミはその事を理解してるんじゃないのか」
「っ!」
「ピンカだけがやる気満々でイナミはそれ程だもんなあ。お前がわがままを言ってるだけなんじゃねえのか?」
「どうなのよ、イナミ」
ピンカが暴れるのをやめたことでイナミはピンカを解放する。
そしてイナミは言いにくそうに口をもごもごとさせる。
「聞こえないわよ、もっとはっきり言いなさい!」
「サザミの言う通りだよ。俺は正直賛成じゃない」
「なんでよ、まさかあんたはガイスがのうのうと生きてるのが嫌じゃないの!?」
「嫌に決まってるよ!だけどそれ以上に母さんの事も考えてあげてよ!」
「っ!」
「母さんは僕達に復讐を頼んでるんじゃないんだ。幸せになってほしいんだよ。ガイスが居なくなればそう言う生き方も出来るはずなんだ。姉ちゃん、それが母さんの遺言だよ」
「っうう、うあああああん!」
ピンカはイナミの胸の中で涙を流し続けた。
それは世界でたった一人だけの母親に対する謝罪の涙だった。




