その六 味オンチ
「みんな~起きるのじゃー!朝飯を用意するのじゃー!」
陽気に小鳥たちがさえずる清々しい朝はデビの叫び声によって目覚めることになった。
「何だあいつうるさいな……」
俺は眠たい目を擦りながら未だに叫び続けているデビの元へと向かう。
そこには今の姿はからは考えられないような駄々をこねていた。
「遅いのじゃ!何をしておる早く妾の為に飯を作れ!」
「あのなあ、デビ。お腹が空いてるなら自分で作る。どこかのお嬢様じゃないんだからそれくらい自分でやれよ。ていうか昔は自分で料理とかしてただろう」
「じゃが地獄では妾の身の回りの事は従者がやってくれたぞ」
そう言えばこいつ地獄の王なんだよな。
てことはある程度のことは他の人がやってくれるのか。
なるほどな、通りで前よりもわがままになってるわけだ。
長い事その生活をしてて慣れちまったってことか。
「デビお前はもういい大人だろう。それともお前はまだ自分の事すら出来ないおこちゃまなのか?」
「っ!妾はおこちゃまではない!気品あふれる大人じゃぞ!」
「だったら当然できるよな。デビの手料理食べてみたいなあー」
「任せるのじゃ!お主をいちころするほどの料理を作ってやるのじゃ!」
そう言ってデビは張り切って台所に立ち料理を始めた。
ていうかデビってる料理できるのか?
100年位地獄に行ってたのなら味覚とか食材の使い方も違うような気がするんだけど。
やばい、何か俺ミスったか。
「おはようかつ、デビちゃん。あれ?さっきデビちゃんが駄々をこねてる声が聞こえたけど、何で料理作ってるの?」
「まあ色々あってな。そう言えば体の調子はどうだ?人間に戻った時に何か副作用とか出てないのか?」
「今の所健康その物よ。まあ魔法は使えないから家の物に魔力を注げないのが不便だけどね」
「そっか、まあ元気ならよかったよ」
するとミノルはデビに聞かれないように耳元で言葉を発してくる。
「昨日の事なんだけどさ」
「昨日の事か……」
そう昨日の夜確かミノルが俺の部屋にやって来たんだったよな。
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「話がしたいんだけど、部屋の中に入ってもいいかな?」
俺のは部屋の扉をノックする音が聞こえるとそんな事を言うミノルの声が聞こえた。
こんな真夜中に話がしたいなんて、何の事だろうか。
「ああ、良いぞ」
俺の了承を得たからかミノルはパジャマ姿で中に入って来た。
そしてゆっくり俺の前に立つと俺が寝ていたベッドを指差す。
「横座ってもいいかな?」
「あ、ああ全然大丈夫!」
俺はすぐにミノルが座るスペースを開けるとミノルはそこに腰を下ろす。
そしてしばらく緊張する時間が流れる。
これは俺から聞くべきことなのか?
言いにくい事を言いに来たのなら言いやすい雰囲気を作った方が良いよな。
「「あの!!」」
「え?」
「あ、ミノルから良いぞ!」
「かつの方から話したい事があるなら、先でいいわよ!」
「いや、俺はミノルが話し合う雰囲気をと思って」
「そうなのね。それじゃあ話すわね」
何か逆に妙な空気にさせてしまったな。
まさかこんな、同時に同じことを言うが現実で起きる何て、実際にそうなるとめちゃくちゃ恥ずかしいな。
「私言ったよね。あの試練の事を全て話すって」
「試練て黒の魔法使いの奴だよな」
「うん、私の試練は自分の心の闇に打ち勝つこと。今から言う話はあくまでも試練を通して思い出したことだから、ずっと黙ってたわけじゃないってことは分かってほしい」
「うん、分かった」
ミノルはよほど大事なことを言うんだろうな。
緊張で手が震えているのが分かる。
だったら俺は何も言わずにミノルがその事を教えてくれるのを待つだけだ。
そしてミノルは意を決して話し始めた。
「あそこでは私は存在しない人だったの。ここと同じ世界なのにただ一つ違うのは私が存在していないだけ。それでも世界は何事も無く回って居るんだけどね。自分の存在がこれほどちっぽけだって気付かされた。かつも私が居なくても楽しそうにデビちゃんとリドルとそしてメイと話してたの」
「メイ……」
もしミノルと会っていなかったら俺はメイと最初に会ってたってことか。
まあ、それはあくまで元々仲間だったから反映されたかもしれないな。
「その時の私は昔の記憶を思い出すだけで取り乱す程の精神状態がボロボロだったから、それを克服するための試練だったと思う。最初は誰にも覚えてもらえないことが辛くて苦しくて、私は黒の魔法使いから差し出してきた手を取りそうになったけど、何とか耐えたの」
「それでミノルは精神的弱さを克服して試練を突破したってことか」
「うん、その時自分の過去を全て思い出したの。黒の魔法使いの事や自分が半獣になったキッカケも」
「……半獣になったキッカケ?」
何だ今の言い方明らかにおかしいよな。
俺の思い違いか、でもその言い方じゃっまるで。
「かつ、私はあなたと同じ日本から来たの」
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その後、ミノルが日本から来た時に起きた出来事を聞いたんだっけな。
にしてもまさかミノルも俺と同じ日本出身だったなんて、ていうか日本に来た理由も絶対にあの人のせいだよな。
後でその事について聞きに行こうかな。
「それでかつ昨日の事デビちゃんにも言った方が良いかな?」
「え?あ、どうだろう。それを伝えたところで信じてもらえるか分からないし、俺もまだその事について話したわけじゃないから、まだ控えた方が良いと思う。それに言う時は皆がそろってからの方が良いと思うからさ」
「そうよね離すならリドルが帰ってきた時よね」
ミノルはアキサの事を知らないようすだった。
だけどアキサはミノルの事を知っているような口ぶりだった。
恐らくミノルは最後の日本人、俺の解釈が間違ってなかったらの話だけど。
でももし本当にミノルはアキサのミスで連れてきてしまったとしたら、今のミノルは生身の体ってことだよな。
今まで見知らぬ土地でしかもまだ子供の頃だったとなると、生身でこの世界を生きるのはとてつもなく辛く俺なら死んでいただろうな。
「ミノル」
「何?」
「頑張ったな」
「え?ちょっとやめてよ、急に褒める何て。そんなの……ねえかつ私――――――」
「出来たぞお主ら!」
デビは出来上がった料理を皿に盛り付け、それを一斉に机に並べる。
「おい、ミノル今何を」
「うわーすごい美味しそうね!デビちゃんが作った料理楽しみだわ!それじゃあ、早く座りましょう、かつ」
「そ、そうだな」
明らかに話を逸らされた気がするが、まあ別にいいか。
俺はミノルに言われた通りに席に着く。
目の前の料理はいたって普通の見た目の物ばかりだ。
お店でもよく見られる唐揚げやサラダにごはんに焼いた肉など特に変な所は見られない。
「まあどれも簡単な物ではあるが、味は一級品じゃ。まあリドルには負けるじゃろうがお店に並べられても大丈夫じゃろ。ほら早く食べるのじゃ」
「それじゃあかついただきましょうか」
「そうだな食べてみるか」
味は大丈夫だろうな。
先ずは唐揚げを頂くとするか。
俺は箸を手にして唐揚げを丸ごと口に放り込んだ。
何度か咀嚼を繰り返してその味を下が感じ取った瞬間、俺は思いっきり立ち上がった。
「かれーーーーーーー!!」
「ちょ、かつ大丈夫!?」
「水!水をくれ水を!」
「台所にあるから早く飲んで!」
俺は台所に猛ダッシュで向かいそこから出てくる水をがぶ飲みした。
次第に口の中の辛みが落ちていき、何とか俺は正気を失わずに済んだ。
「おかしいのう。妾の味付けは完璧じゃったと思うが……もぐもぐ、うんやはり美味しいぞ」
「やっぱりな!お前味音痴になってるぞ!地獄の料理を食べ過ぎてお前の下は地獄の料理に合った味覚になってるんだよ!」
「そっか、この世界の味と地獄ので食べる物の味は違いが出そうだもんね」
「なるほどのう。すまんかったのうかつ。妾の下ではお主を満足できなかったみたいじゃ」
こいつ露骨に申し訳なさそうにしてくるな。
そんなしおらしい顔されるとこちらも怒るに怒れないな。
「別に気にするなよ。俺達の為に作ってくれたんだろ。その気持ちだけで十分だよ」
「そうよデビちゃん。料理だってまた練習すればいいわ。私も手伝うから」
「お主ら……そうじゃのう妾は精進するぞ!そしていつかお主に認められる女になってやるからな!」
こいつは一体何を目指してるんだ。
「それじゃあ、早速この世界の味を思い出すためにも外食しましょうか」
「そうだな、それじゃあ食べに行くとするか」
こうして俺達はご飯を食べる為に久しぶりに皆で出かけることとなった。




