その十三 君の隣で生きたい
「なにこれ、どういうこと……」
気付いた時には何故か世界が暗闇に包まれていた。
いや、元々この世界は現実じゃないはず。
てことはあの扉を潜れば目が覚めるってこと。
「ミノルは小さな病院で生まれた。生まれた時お前の母親は涙を流して、ミノルを優しく抱きしめていた。だが、その時に父親は仕事の都合上立ち会うことが出来なかった。それがすべての始まりだった」
目の前にあった扉は突然開かれ、その奥に私の母親と赤ん坊の頃の私が見えた。
そうだ、私はこの世界で生まれたんじゃない。
私は日本で生まれたんだ。
すると別の扉が現れ、そして開かれる。
「母親は仕事を休んでミノルの育児に専念していた。だが、父親は育児には全く参加せず、仕事も夜遅くまで帰ってこなかった。ミノルは母から愛情を貰っていたが、父親からは貰っていなかった」
そうだ、私の父親は私に興味がなかった。
だからこそ、私も父親を好きにはなれなかった。
「ミノルが幼稚園に入りだした頃、父親と母親の口げんかも激しくなっていった。ミノルのお迎えが誰か行くかや朝のお弁当作りなど、今まで育児に全く参加しなかった不満が徐々に大きくなっていった」
私は両親が仲良くしているのを見たことなかった。
家に帰るたびに空気が重くなって、家に居るのが辛くて、私は迷惑を掛けない為に話さないようにしていた。
「ミノルが小学生に入った頃から父親は家に帰らなくなり、母親は育児に付かれてミノルに八つ当たりをするようになった」
お母さんは変わってしまった。
いつも私の前では笑顔を見せていたのに、いつの間にか笑顔よりも憎しみを向けられるようになった。
だから私は家を飛び出した、迷惑を掛けたくなかった。
母親には笑顔になってほしかった、私が居なくなればまたお父さんとやり直せるとそう思っていた。
「家を飛び出したミノルはそのまま人気のない路地裏に入った。そして気が付くとミノルはこの世界に来ていた」
そう、私は気が付いたらこの世界に来てたんだ。
忘れてた、私もかつと同じだった。
私も迷い込んだんだ。
「そしてミノルがそこで初めて出会った人がシントだ。それからミノルはシントの道具として体を強制的に半獣にされた。その後遺症で髪の色は白くなり、感情を失った。それがミノル……いや、黒崎実の人生だ」
そうだった、全部思い出した。
忘れていたこと忘れていようとしていたこと、全部思い出した。
「貴様の人生は本当に救いようもないものだな。これから先もお前は自分を犠牲にして生きていくんだろう」
「あなた何者?」
「俺は黒の魔法使いのクラガだ。貴様も知っているだろう」
「そんなことを聞いてないことくらい分かってるでしょ」
クラガはじっと私を見つめほくそ笑む。
「すぐに分かる。そしてその戦に貴様も参加することになる。だが、その前に選べ、俺達と共に戦うかあいつらと共に生きるか」
その瞬間、目の前に扉が2つ出現する。
そこには黒と白が現れていた。
その扉を見て私は白の扉を開こうとする。
「貴様何もわかっていない。あいつらと共に居るということがどういう事か。かつは使命を背負ってこの世界に来た。そしてかつの仲間である貴様もその使命を全うしなければならない」
分かってる、私は逃げない。
かつと一緒に戦うと決めたんだ。
「それには貴様は力不足だ」
「っ!」
「貴様らの仲間はどんどん成長していく、精神も魔力も、それに比べ貴様は何一つ変わっていない。貴様がそのまま現実に戻ってもただの足手まといとなる。かつが貴様が死にそうになった時、命を懸けて貴様の盾になるだろう。そして、かつは死ぬ、貴様のせいで」
死ぬ?かつが私のせいで、死ぬ。
私が弱いから、私が足手まといだから死ぬの?
自然とドアノブから手を放してしまう。
「強くなりたいか?だが今の貴様ではいくら鍛えようと強くなれない。なぜだが分かるか、貴様の心が弱いからだ。ならば強くなる方法は明白だ。心を無くせばいい。あの時と同じように」
「いや!あんな思い、もうしたくない!私はあなた達の道具じゃない」
「なら感情を失っても意思は持てばいい。そうすれば、貴様は大切な人を守れるようになる。心を無くせば躊躇なく殺せる。迷いがなくなり、苦しみも無くなる。隣に居なくても大切な人は守れる。それが貴様の力だ」
強さ、それがなければ守れるものも守れない。
心が弱ければ、戦うことも出来ない。
どんなに苦しくても前に進まなければならない、生きて行かなければならない。
皆にはその覚悟がある、私はまだ過去すら克服できていない。
記憶を消さなければ、生きていけない私にそんなこと出来るの?
「私はかつの隣に居る資格はない……それがクラガが言いたい事?」
「選ぶのは黒崎自身だ。どちらにする」
私は一歩後ろを下がり、二つの扉を見る。
白を入ればかつと共に使命の為に戦うことになる。
黒に入れば戦う力を手に入れ、代わりに皆の側に入れなくなる。
入る場所は決まっている。
「私はこの道を行く」
私は迷いなく白の扉に向かう。
「本気か?黒崎、貴様はこのままで良いと思っているのか」
「黒崎実って呼ばないでくれる。私は名前はミノルよ。そして私はあなた達の仲間じゃないわ」
「このまま戻ったところで貴様は何一つ成長せずに終わるぞ」
「それを決めるのはあなたじゃないわ。私はもう自分に嘘はつきたくないの。大切な人だからこそ隣で戦いたいの。かつの隣は誰にも渡したくないの!そして私は成長する!だって私には仲間が居るから!」
「貴様!」
「この想いは誰にも負けないから!」
私はドアノブをひねり扉を開ける。
その瞬間、幻想的な景色が広がっていた。
桜が舞い散り、小鳥たちが飛び回り、澄んだ空気が草原の香りを運んでくる。
「ここは日本?」
「実」
後ろから声が聞こえてきて私は振り返る。
そこには母親が居た。
「お母さん!どうして……」
「ごめんね実。辛い思いさせて、ひどいこといっぱい言ったよね」
「そんなことない!お母さんは何も悪くないよ!」
母親は自分のしたことに後悔したのか、悲しげな顔をしている。
「本当だったらもっと愛情を注いであげたかった。もっと色々な場所に連れてあげたかった。でも私が母親としてしっかりしてないせいで、実を追い詰めてしまったわ」
「そんなことないよ。私はすごい幸せだった。私が風邪をひいた時毎日看病してくれたよね。私それがすごい嬉しかった。自分が必要とされてるって実感できた。ちゃんと分かってるよ」
自然と涙が零れてくる。
母親も目に涙を浮かべる。
「それにお母さん、私今幸せなんだ。大切な仲間と一緒に過ごして、好きな人も出来たの。お母さんとはもう会えないけど、ずっと私のお母さんだからね」
「こんな私をお母さんと呼んでくれてありがとね。実、幸せになるんだよ」
そう言って母親は微笑む。
私は涙を拭き取り精いっぱいの笑顔を見せて頷いた。




