その八 ミノルだけ存在しない世界
空は青く、小鳥たちが鳴いている。
その鳴き声が今の私の目覚ましになっている。
宿屋に泊まって一週間が経過した。
起きても起きても、現実は変わらず宿屋で目覚めることしか出来なかった。
「もう、無理なのかな?」
元の世界に戻ることは叶わない。
さすがにこれだけの時間をここで過ごすとそう思ってしまう。
あの日を逃げ出してから、目覚めるのを期待して宿屋にずっと籠っていた。
でもそれももう、やめにしよう。
部屋を出て階段を降り、受付の横を通る。
「ありがとうございましたー」
受付の人の挨拶を聞き、私は久しぶりに宿屋から出る。
「うーん、清々しいほど気持ちのいい青空ね」
私は早速、ある場所に向かった。
この世界はどこまで変わっているのか確かめるために。
人気のない場所に行くと、見知ったお店が見えた。
「やっぱりここは変わらないわね」
かすれた看板や壁に絡まったツタを見ると、妙な安心感を感じる。
でも、実際は‥‥‥
「おじゃましまーす」
私は恐る恐る、扉を開けて中に入る。
そこには棚に置いてある商品を掃除している、リツの姿が合った。
「あ!」
そして、私を見つけるとすぐに棚に商品を戻してこちらに駆け寄って来る。
「っリツ!」
「いらっしゃいませ~!何をお探しですか~?」
「あ‥‥‥えっと、ごめんなさい。回復のポーション貰える?」
「分かりました~すぐに持ってきますね~」
そう言ってリツは回復のポーションを取りに行く。
あれがリツがお客さんと対応する時の話し方なのね。
なんだか少し、寂しいわね。
私とリツが他人同士の世界。
「持ってきましたよ~どーぞ~」
「ありがとう、はい」
私はお金をリツに渡す。
リツをそれを受け取りにっこりと笑って
「ありがとうございました~」
と言った。
私も無理矢理笑顔を返す。
「また来るわね」
「本当ですか~ありがとうございます~この店お客さん少ないので~常連になってくれると~ありがたいです~」
「考えておくわ。それじゃあね」
私はリツの顔を見れず、すぐに店を出た。
「やっぱり辛いわね。友達に忘れられるのは」
私は目を抑えてその場から逃げるように走り出した。
弱音を吐いてる場合じゃない、完全にこれは別世界。
でも、必ず脱出できる方法があるはず。
まずはこの世界を理解すること、それが脱出に必要不可欠のはず。
そのまま私は魔法協会に向かった。
「いらっしゃいませ、ご依頼なら掲示板をご確認ください。何かお困りが合ったら受付までどうぞ!」
私はすぐにルルのいる受付に向かった。
「ルル、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「はい、何でしょうか‥‥‥あのう、失礼ですが以前お会いしたことありましたか?」
「へ?あ、ああ!ごめんなさい、つい興奮して呼び捨てしてしまって」
「全然大丈夫ですよ。それで本日はどういったご用件で?」
私は気を取り直して、ルルにあることを聞く。
「黒の魔法使いって今誰が懸賞金がかかってます?」
「黒の魔法使いですか?少しお待ちください」
何、今の反応。
黒の魔法使いの名前を聞いた割にはあまりピンと来てないような感じだった。
するとルルが奥から戻ってる。
手元には何も持ってはいなかった。
「すみません、そのような方は見つけられませんでした」
「そう‥‥‥ですか。急にごめんなさい」
どうして?何で黒の魔法使いが活動してないの?
おかしい、黒の魔法使いが正式にお尋ね者になったのは、サキン村の事件からよね。
もしかして、それが起きなかったの。
「どうして?まさか、私が関わらなかったから?」
この世界は私だけが居ない世界のようで、私が居たからあの世界はあんな風になったの?
「違う、それは違う。違うよね?」
分からない、とにかく図書館に行こう。
この世界の出来事を調べれば、何か分かるかも。
「今日は何の依頼にするか」
「っ!?」
私は咄嗟に壁の端っこに隠れる。
何で!?何でこんなタイミングで皆が来るの?
「楽しいクエスト行こうよ!私、ブルードラゴンの討伐に行きたい」
「ちょっと待て、お前の楽しいの基準はスリルか!?」
「僕は何でもいいですよ。今日はお金を稼ぎに来ただけですからね」
「デビはどうだ?デビ?」
何か妙に視線を感じる。
まさか、バレてる?
ここは早めに退出した方がよさそうね。
そう思い、魔法協会を出ようとすると誰かに肩を掴まれる。
「お主何をやっておるのじゃ?」
「ふえ!?」
まずい、見つかった!
デビちゃん、何で見つけるの!
「あれ?ミノル!こんな所で何してるんだよ」
「こ、こんにちは~」
「久しぶりですねミノルさん。この前は突然帰ってしまいましたけど、今日な用事でもできたんですか?」
「そうじゃぞ!まさか、妾と一緒に寝るのが嫌だったのか?」
「違うわ!あの時はその‥‥‥約束を思い出したの!」
私はつい適当な嘘を言ってしまった。
だけど、こういうしか今この場を乗り切れない。
「約束ですか?」
「そう、それを思い出して急いで向かったの。急に出て言ってごめんなさい」
「何だそうだったのかよ。てっきり何か合ったのかと思ったよ」
「ねえねえ、ミノッちはこの後暇?一緒に冒険に行こうよ!」
そう言って天真爛漫な笑顔で私を冒険に誘う。
ああ、この手を取ったら私もこの世界の住人になれるのかな?
皆に自分の存在を認めてもらえるのかな。
また思い出を作れるのかな。
戻りたい、あの日々に。
毎日が輝いていた、皆と過ごした日々に。
「どうしたんだミノル?もしかして迷惑だったか?」
「僕達に遠慮する必要はありませんよ。仲間は多い方が良いですからね」
「そうじゃ、何ならお主もパーティーに入らぬか?」
「え?私も入っていいの?」
「あったりまえじゃん!何ならミノッちはもう仲間みたいなものだしね!」
「どうかなミノル?俺達の仲間になってくれないか?」
そう言ってかつがこちらに手を伸ばしてくる。
この手を握ったらまたあの日々に戻れる。
この世界なら黒の魔法使いにも縛られることも無い、平和な毎日が過ごせる。
この手を握るだけで、私は――――――
「ミノル!」
「っ!」
この世界に来て、初めて名前を呼ばれた。
私はすぐにその声の方を振り向く。
そこには、なぜかクラガの姿が合った。
「クラガ?」
「連れが失礼しました。おい、行くぞ」
そう言って強引に腕を掴み、その場から立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと!」
私は突然の状況で何が何だか分からずに、そのままされるがまま魔法協会を出た。
そして人気のない路地裏で足を止める。
「ここなら大丈夫か」
「あなた一体‥‥‥」
「なんだもう、俺の名前を忘れたのか?」
「忘れたって言うか。どうして私の事が分かるの?」
「逆に何で貴様の事を忘れる」
意味が分からない、今までの人は私の事を完全に忘れてたのに、どうしてクラガは私の事を覚えてるの?
「貴様、今あいつらと握手をしようとしてただろ。このまま夢の中に閉じこもるつもりか」
「っ!?どうしてそれを!」
「安心しろ、俺は敵じゃない」
「どういうこと?」
「俺はミノルを助ける為にやって来た。ミノル、貴様はこのままだと大切な人を失うことになるぞ」




