その二十五 世界一の母
赤い瞳と強張った顔から現れる血に染まった鋭い牙。
そんな姿をした異形の怪物をタクトは瞬時に自らの母親だと、気付いてしまった。
「ンっンアアアア」
声にならない叫びが目の前の母親から聞こえてくる。
その時タクトはその下に倒れている者に気が付く。
「何で‥‥‥どうして」
それは数時間前無邪気な笑顔を見せていた、メラの変わり果てた姿だった。
その時母親はタクトに目を向ける。
それは焦点が合っていなかったが、確実にこちらに向かって来ようとしていた。
「母さん!!」
思わずタクトは母親を呼んだ。
それはまだほんの少しの希望を抱いて、目の前の異形の姿に変わった母親に呼びかける。
「タ‥‥‥クト」
「っ!母さん!!」
ほんの少しの希望を抱いた瞬間、母親は怯える小動物のように家を出て行った。
「待って!!」
タクトはすぐに母親の後を追った。
だがその時村中から悲鳴の嵐が巻き起こった。
「やめろーーーーー!!」
「痛い!やめて殺さないで!!」
「モンスターだ!モンスターが来たぞー!」
村中がパニックに陥り人が家から出ては倒れ、声が消え、命が終わる。
それは目にも止まらぬ速さで次々と村人を殺していく。
それはもう、自分が知っている母親ではなかった。
モンスターそのものだった。
「やめてよ、何なんだよ。何でこんなことになってるんだよ!やめろよ、俺の村を壊すな!俺の家族を傷つけるな!俺の大切な物を奪うんじゃねえよ!一体誰がこんなことしやがった!許せねぇ!!」
タクトは目の前の光景が信じられず、まだ他の者が村を傷つけているとそう思い込み泣き叫ぶ。
だがその思いは届くことはなく、村を壊した人は村で一番優しいと言われていた、タクトの母親だった。
何がいけなかったんだ、何処から間違えた。
何が母親をそうさせた、何が母親を化け物に変えさえた。
どれだけ考えても答えは出なかった。
化け物を退治させるために放った火は近くの家に燃え移り、さらなる地獄と化した。
そして叫び声は消えて行った。
灼熱の炎と血で染まったその場所はもうタクトが知っている村ではなかった。
「意味が分からない。俺はどうすればいいんだよ」
命を懸けて守ると誓った家族は家族によって壊された。
大好きだった村は化け物と化した母親によって壊された。
今のタクトには一体誰を憎むべきなのか分からなかった。
「アアアっ!!」
その時何処からか声が響き渡る。
それは母親の声だとタクトはすぐに気づき、その場所に向かう。
「母さん!!」
するとそこには見知らぬ人物が母親を魔法で殺そうとしていた。
「え?あなた今何て言ったの?」
誰だあの人は魔法使い?この村の人じゃない、まさか異常を知って母親を殺しに来たのか。
タクトの頭の中で様々な考えが頭の中を駆け巡る。
今目の前にいるどちらが敵か味方か、それは今のタクトには決めることが出来なかった。
「その人は俺の母親なんだ!だから殺さないでくれ!お願いします!!」
「‥‥‥残念だけど、それは無理」
「え―――――――」
その瞬間、氷の魔法で母親の頭を潰した。
そして目の前の母親の命も尽きた。
タクトはこの瞬間、一人ぼっちになった。
「何で、何で殺したんだよ!」
「ここは危険よ。私が連れて」
タクトはその魔法使いが差し出した手を振り払う。
「うるせえ!この人殺し!母親は無実だったのに!お前が俺の全てを奪ったんだ!恨んでやる、絶対復讐してやる!」
タクトは目の前がすべて真っ赤に染まり無我夢中で近くに合った、折れた棒状の木片を手に取り魔法使いを襲った。
「くっごめんなさい!」
そう言って魔法使いはタクトを気絶させた。
薄れゆく意識の中、タクトはある思い出を思い出していた。
それは雨が降った日、妹のメラが森の中で迷子になった時、タクトは何とかメラ見つけて家に帰った。
「タクト!!」
母親はすぐに玄関を開ける。
そこには雨で泥だらけになったタクトと怖くて涙を流し続けて目を真っ赤に腫らしたメラの姿が合った。
「ただいま母さん」
すると母親は2人をすぐに抱きしめる。
「もう馬鹿、一人で行っちゃ駄目だって言ったのに」
「ごめん母さん」
「ごめんなさい、お母さん」
すると母親はさらに強く二人を抱きしめる。
だがその口調は先程よりも穏やかだった。
「お帰りなさい、タクト、メラ。お腹空いたでしょ。ご飯、用意してるわ」
その時の母親の温もりは今でも忘れない。
この時俺は何が何でも家族を守ると、そう誓った。
「あ、れ‥‥‥?」
頬に何か暖かい物が零れる。
そして目の前には森が合った。
―――――――――
「それから僕は黒の魔法使いの存在を知りました。僕は死に物狂いで黒の魔法使いを調査して、ミノルと言う人物が黒の魔法使いと言う情報を得て、探し始めました。それから‥‥‥僕は‥‥‥」
そう言うとリドルは話すのをやめた。
大変だったという言葉では片付けられない過去、それが俺達の知りたかった真実だった。
「リドル、やっぱりお前ちゃんと知ってたんだな」
「かつさん、やっぱり敵わないな。そうですね、かつさんの言う通り僕は嘘を付いていました。目の前の現実から目をさらして、ミノルさんを敵と見なしました」
「リドル、あなたに伝えなきゃいけないことがあるの」
するとミノルはボロボロになった体を必死に動かして、リドルの元に向かう。
「最後にあなたのお母さんは私にこう言ったの。『駄目な母親でごめんね』そう言って死を願っていた。リドル、あなたのお母さんは駄目な人だったの?」
「‥‥‥そんなことあるわけがない。僕の母親は世界一立派な母親でした」
そう言ってリドルは涙を流しながら空を見上げた。




