その三十三 奈落の闇
「何かだんだん寒くなって来たな」
「氷結山に近づいてるからじゃない?この距離ですでにこれだけ寒いなら実際に山に入ったら、すぐに凍り付いちゃいそうね」
「そもそも、僕達みたいな普通の半獣が生きれる環境ではないですしね。ですが僕たちは間違いなく最もこの世界を生きている半獣だと思いますよ」
確かにここまで生きてこられた半獣は居ないだろう。
俺達みたいに24時間以内に助け出せれば出られるという条件の元、この世界に来た者はいるはずだ。
だけど、この世界を生き残れた者は居ないって言うし、まだ油断できないのも事実だ。
「氷結山を越えていよいよ奈落に突入しますよ。覚悟は出来ていますか?」
「もちろんだ。今更引き返すわけにはいかない」
「ここまで来たらもうなるようになれっていう感じだし」
「どっちみち助けられなければ僕たちの命はないですしね」
すでに俺達の決意は固かった。
三人の言葉を聞いて氷結鳥も奈落に飛び込む決意をする。
「見えてきました。あれが奈落です」
氷結山を越えた少しの場所に崖の様な物がある。
その下は真っ暗で覗いたとしても中は何も見えない漆黒の闇。
これからこの中に入るのか、さすがに委縮しそうになるな。
「やめるなら今の内ですよ?」
それを感じ取ったのか氷結鳥は再び質問する。
「大丈夫だ。行ってくれ」
「分かりました。それではしっかり捕まって絶対に離さないように、行きますよ!」
そう言って氷結鳥は一気に下降して奈落に侵入する。
入った瞬間不思議な感覚に襲われる。
冷たい?何かが纏わりついているようだ。
しかもこの感覚どこかで感じたことがある。
「何なのかしら、体の表面に何かが覆われてるみたい」
「やはり、この場所も何かがありそうですね。長時間居るのはあまり得策ではないかもしれません」
「そんな事言ったって、早さは氷結鳥だよりだしな」
うーん、何か感じたことがあるんだよな。
何だったけな~。
「きゃっ!何あれ」
ミノルはある場所を指差す。
その先には何か明かりの様な物が灯されていた。
いや、あれは明かりじゃない、あれは……
「あれは目だ! まさか魔物か!」
やっぱり奈落にも魔物は居るのか。
今はこっちに来る様子は見られないし、早いところ逃げた方が良いな。
「氷結鳥、魔物に見つかる前に早く逃げよう。氷結鳥?」
何だ?さっきから氷結鳥が返事をしない。
そういえばさっきよりもスピードが落ちてるような気がする。
「ねえちょっと、何か魔物が増えてるんですけど!」
周りを見るといつの間にか無数の魔物に囲まれていた。
姿が暗くて見えづらく目玉の明かりでしか、数を数えられないがそれでも10匹以上いるのは分かる。
「氷結鳥さん!氷結鳥さん、返事をしてください!」
リドルが必死に氷結鳥に呼びかける。
だが、やっぱり氷結鳥は返事をしない。
もしかして死んだのか?この一瞬で?誰に?
様々な考えが頭の中を駆け巡る。
ただ唯一分かっていることは、この状況を俺達の力で解決しなければいけないということだ。
「半獣よ、さっさと出ていけ!ここはお前が居る場所ではない!」
「っ!何だ今の!?」
氷結鳥と同じように頭に響き渡る感覚、こいつらもテレパシーを使えるのか。
その時空中をゆらゆらと動く謎の発光体が現れた。
それにより周りが少しだけ明るくなる。
その瞬間目玉の正体が分かった。
「なっ!」
「噓でしょ!?」
「これは驚きですね……」
そうそこには複数の魔物ではなく一匹の巨大な魔物の姿が合った。
沢山いると思っていた目玉はすべてその魔物の体の柄だった。
そして俺はその瞬間、先程の感覚の正体に気付いた。
この巨大な魔物の姿はまるでクジラの様な姿をしていて、先程現れた謎の発光体はクラゲの様な姿をしている。
そしてこのゆっくりと落ちていくような感覚、この暗闇はそうまるで。
「深海だ」
そうだこの感覚は水の中に入っている感覚だ。
ひんやりと冷たく何かが纏わりついてるような感覚。
「深海?それは何ですか?」
「海の底だよ。この奈落ってのはどういうわけか深海に居るような感覚がするんだ」
「海って言っても、私達息してるわよ」
「理屈はよく分からねえよ。でもそんな感じがするんだ」
「お前ら!無視をするな!」
すると頭の中から魔物の叫び声が響いてくる。
「あんまり叫ぶなよ。頭がガンガンする」
「ここは我の縄張りだ。即刻立ち去れ!」
「立ち去れと言われても僕達はこの奈落の底に用があるんです」
「そんなことは知らん。良いから立ち去れ」
「私達だって色々事情があるのよ。それに氷結鳥が突然動かなくなったから、早く行きたくてもいけないの」
「当たり前だ。外の魔物たちではこの環境を生きてはいけない」
「え?それってどういうことだよ」
氷結鳥からそんなこと一言も聞いてないぞ。
「奈落は外とは別の世界だ。陸の生物が海で生きられない様に外の魔物が奈落で生きることはできない。奴もそれを知っているはずなのに、突っ込んでくるのが見えた時は驚いたぞ。そいつは自殺願望でもあるのか」
「嘘……そんなこと一言も言ってなかったわよ」
「覚悟というのはそういう事だったんですね」
「なあ、何で俺達は大丈夫なんだよ!」
「お前たちはこの世界に来たばかりだろう。体がまだ適応されていないから、お前らは影響を受けないのだ」
何なんだよそれ、何でそこまでしてこいつは俺達を連れてくれようとしたんだ。
約束だからってここまでする義理ないだろ。
「くそ!」
俺は空中に魔法陣を展開させる。
「ウィンド10連!」
俺は風の魔法で早く下に行こうとする。
だが、スピードは変わらずゆっくりと降りていくだけだった。
「何でだ!」
「無駄だ。お前らはまだ適応出来てないと言っただろ。お前らが何をしようが、落ちるスピードは変わらない。そもそもお前らは落ちることも浮くことも出来ないのだ。今はその鳥に捕まっているから沈めているがな」
「だから氷結鳥はしっかり捕まってって言ったのね」
全ては俺達を奈落から抜け出させるためなのか。
こいつこんないい奴だったのか。
「因みにこのままの速さで落ちていくとどれくらいかかりますか」
「どれくらいかかる?言っている意味がよく分からないな」
そうかこんな真っ暗な場所じゃ時間なんて概念ないんだな。
しかも空の様子も分からない、今どれくらい経っているのかも確認できないな。
「もしかしてこう言うところも計算に入れて、この場所にしてるのかしら」
「かもな。多分だけどこのまま普通に降りて言ったら時間切れになると思う」
「何か別の方法を探さないといけませんね」
「話し終わったか?ならば早く立ち去れ」
こいつさっきから立ち去れ立ち去れうるさいな。
ん?まてよ、こいつは普通に行動できるんだよな。
「なあ、何でお前は動けるんだ?」
「我には特殊なヒレが付いている」
言われてみればこいつの巨大な体には巨大なヒレが腹部に6つ付いてるな。
あのヒレ一本貰えないかな。
「お前、今我のヒレをもぎ取ろうとしたな」
「いや、言い方はあれだけど確かにそう思ったかも」
「ヒレがあればこの奈落を進めるんでしょ?確かに言い考えね」
「ミノルさんもかなり残酷なことを考えるようになりましたね」
「我のヒレは渡さないぞ!」
まあ、そうだよな。
こいつの体の一部だし貰えるわけないよな。
どうしようか考えていると何処からともなく声が聞こえてきた。
「見つけたぜ!今日こそお前の縄張りよこしやがれ!」
そう言いながらどこからともなく猛スピードでこっちに向かってくる。
その姿はサメの様な姿をしていて巨大な魔物の半分くらいの大きさで、とてつもなく鋭い歯が特徴的だった。
「お前は————————っ!」
巨大な魔物がその姿を確認してその場から離れようとした時、サメ型の魔物はさらにスピードを上げて巨大な魔物の腹に嚙みついた。
「ぐあああああっ!」
巨大な魔物の悲痛な叫び声が頭に響いてくる。
サメの魔物は噛みついたまま首を上下に振る。
それにより肉を引きちぎった。
「ぐあっ!!お前ー!!」
「ははは、死ね死ね死ね!この縄張りは俺の物だ」
さらにサメの魔物は肉に噛みついていく。
それにより、ヒレが奈落に落ちて行った。
「しめた!あれを手に入れるぞ!」
何という幸運だ。
巨大な魔物には悪いがこの機を逃す手はない。
「かつさん!氷結鳥から離れれば2度と戻ってこれませんよ!」
「分かってる!くそ、あれさえ手に入れれば解決できるのに」
「なら手と手を繋げて延ばせば届くわ」
「なるほど半獣ロープということですね」
「よし、それで行こう。幸いあいつらは自分の事に夢中みたいだしやるなら今だ。それじゃあ、俺が取りに行くからリドルがここで氷結鳥を掴みつつミノルの手を掴んでてくれ」
「いや、私が取りに行くわ」
そう言ってミノルが立候補してくる。
「本気で言ってるのか」
「ふざけてるわけないでしょ。かつの方が力があるんだし、氷結鳥を掴む大事な仕事はかつがすべきよ」
「それでは端っこは僕がすべきでは?」
「リドルよりも私の方が軽いわ。それに真ん中も力はある程度必要だし、私が端っこに行って取った方が一番いいわ」
「確かにごもっともだけどよ。危険だぞ?失敗すれば奈落でさまようことになるぞ」
「分かってる。デビちゃんを助けるためだもん。このくらいのことはやるわ」
ミノルの目は本気だった。
何を言ってもやるという目をしていた。
「分かった。時間もかけられないしそれで行こう」
「分かりました。それではミノルさん、しっかりと捕まってください」
俺は氷結鳥の毛をしっかり握りリドルの手を握る。
リドルもミノルの手をしっかり握った。
それを確認して、ミノルは氷結鳥から離れる。
「くっ!あともう少し……」
ミノルは精一杯手を伸ばして、千切れたヒレを取ろうとする。
だが、ギリギリのところで届かない。
「ううー!あともう少し、あとちょっと……」
「ミノル!早くしてくれ、これ以上は伸ばせないぞ!」
これ以上延ばせばしっかりと掴めなく人差し指同士を絡めてギリギリまで伸ばす。
「くー……っ!届いた!」
「離せ!」
その瞬間、巨大な魔物の体が大きく右に動いた。
その先にはミノルが居た。
「ミノル逃げ————————」
「きゃっ!」
その瞬間噛みついていたサメの魔物の体がミノルに激突する。
その衝撃で繋がれていた手が離れてしまった。
「ミノル!」
まずい、このままではミノルが奈落をさまようことになる。
そう思いミノルを助けに飛び出そうとした時、リドルが俺の腕を掴む。
「離せリドル!早くしないとミノルが」
「飛び出したところで、かつさんはミノルさんの元には辿り着けません!」
「だからってミノルを見殺しにするっていうのかよ!」
「落ち着いてくださいかつさん!ミノルさんは死んではいません。ミノルさんの手には今何がありますか?」
「何がって……あっ」
ミノルが飛ばされた方を見るとヒレを必死に動かしているミノルの姿が合った。
「私は大丈夫!それより見てよ!本当に奈落を動けるわ!」
ミノルはヒレを動かして無事に氷結鳥の背中に戻ってくる。
「マジでもう2度と帰ってこないかと思ったぞ」
「かつ心配し過ぎよ。はいこれ」
そう言って、ミノルは巨大なヒレを渡す。
それは2メートル以上あったが重量はそこまでではなかった。
「それでこれをどう使いましょうか?」
「ちょっと試したいことがある」




