その三十一 雷の戯れ
「よっしゃあ!勝ったぞー!」
「我ながらよく勝てたと思うわ」
「たしかにそうですね。鬼ごっこのルールにして本当によかったです。ですが、氷結鳥が倒れてしまったら山を越えられませんよ」
「………あっ」
やっちまった、氷結鳥このまま起き上がらなかったら何のために戦ってたんだよ。
だが次の瞬間、その悩みは一瞬にして解決した。
氷結鳥は突然起き上がった。
「うおっ!ビックリした。突然起き上がるなよ」
すると、凍り付いた口に力を込めて氷を破壊する。
まじかよ、まだそんな余力が残っていたのか。
「異邦人!」
「な、何だ!まだやるのか!」
俺達は次の攻撃に備えて魔法陣を展開する。
「矛を納めろ、異邦人」
「矛ではなく魔法ですけど」
「お前は黙ってろ!とにかく、敗けは敗けだ。潔く認めよう」
そう言うと氷結鳥は戦う姿勢を見せないようにしているのか、羽を閉じてただじっとその場に立っている。
それを見て俺達も警戒を解いた。
「当たり前なんですけどね。そんな仕方なく言ってる感じだしてますけど」
「だから黙ってろって言ってんだろうが!」
「おい、リドルこれ以上はやめとけ。怒って飛んで逃げられたら面倒なことになるだろ」
「怒ってもいないし、逃げもしない!」
それを怒りながら言ってる時点で怒ってるんだよな。
「とにかく、私の美しい氷の翼を泥だらけにし、くちばしを凍らせ、地面に叩き付け、無礼な口を利く様な失礼な異邦人だとしても、願いを叶えてやる」
やっぱり根に持ってるな。
「それじゃあ、早速だけどあの氷結山を越えてくれないか?出来れば早めに行きたいんだけど」
「そうだな。今の空色は青だが、着く頃は藍色になっているな」
「まあ、大体それくらいか」
「かつさん、ここはもう奈落まで飛んでもらうのはどうでしょうか?その方が早そうですし、時間もないので」
「そうだな。せっかく何でも言うことを聞いてくれるんだし、それくらいの方がいいか」
実際残り時間は7時間を切っている。
まだこの先も何かあると考えてると使えるものはドンドン使っていった方がいいかもしれない。
「でも、先ず奈落まで行けるの?氷結山を統べるって言っても実際どこまで強いのかも分からないし、奈落に氷結鳥よりも強い魔物が居たら逆に目立って危険じゃない?」
「まだ私の実力を疑っているのか?鬼ごっこというルールじゃなければ異邦人など一瞬で殺せるぞ」
「いや、十分殺そうとしてたけどな」
「突き刺されたいのですか?」
嫌な殺気を感じて俺はこれ以上はまずいと察知して、喋るのをやめる。
こいつの煽り耐性の低さは戦ってる時は使えるが、会話するには面倒だな。
「奈落まで飛べばいいのでしょう。分かりました、そこまで私が連れていきましょう」
「ありがとう、これで何とか間に合いそうね」
「その前に私の翼の泥を取ってください」
そう言って泥だらけの翼をこちらに差し出してくる。
あーそういえばそうだった。
「それじゃあ、私に任せて」
「ちょっと待て、さっきも魔法使っただろ。まだこの先もあるんだ。魔力をここで使うのは勿体無いから俺がやるよ」
俺は魔法陣を空中に展開させて、早速翼の洗浄に入る。
氷結鳥は翼を広げて俺に身を委ねている。
その間にミノルがある疑問を口にする。
「気になったんだけど、もし私達が毒の沼を越えられて奈落まで行けるとしたら、どれくらいかかるの?」
「異邦人が毒の沼を越えられるとは思わないが、もし越えたとしても歩くなら空の色は赤になるだろう」
「明らかな時間切れですね。どうやらかつさんの作戦は大成功だったみたいですね」
「まあな、そもそも毒の沼の時点で詰んでたしな。これしかないと思ったんだよ」
正直マジで提案してよかった。
というか、最初に見たのが氷結鳥で運が良かったな。
こいつが悪戯に命を奪うような奴だったら、そもそも提案にすら耳を傾けなかったろうし。
「よし、これでどうだ!だいぶ綺麗になったと思うけど」
泥を完全に流して、最初の頃の真っ白い美しい翼に戻っていた。
氷結鳥は翼を確認するように傾けたり、少し揺らしたりする。
それから満足げにその翼をしまった。
「うむ、実に美しい翼だ。これなら飛べるだろう」
「お前って結構ナルシストだよな」
「私は事実を言っているだけだ。早く乗れ、時間がないのだろう」
そう言って体を屈ませて俺達を背中に乗せようとする。
時間がないので俺達はすぐに氷結鳥の背中に乗る。
「おっ、背中に乗ると気持ち良いくらいひんやりしてて意外と良いな」
「そうですね。しかも固くもなく羊の毛のような柔らかさもありますし」
「気持ちいいわね。眠たくなってきちゃう」
「寝るのは構いませんが唾液を垂らすのだけはやめてくださいね。それでは行きます」
そう言って翼を羽ばたかせと地面から離れていく。
「おおすげぇ!飛び始めたぞ!」
「鳥の背中に乗って飛ぶなんて、中々無い体験ね!」
「ドラゴンは鳥ではないですからね。確かに貴重な体験です」
「しっかりと捕まっていてください。行きますよ」
その瞬間、ものすごいスピードで空を駆ける。
景色が次々と代わり、真下にはこの世界の全貌が見えるほどの高さまで上昇する。
「おおー!早いぞ!」
「これなら、すぐに着きそうですね!」
「ねえ、そう言えば氷結山を越えた時の時間は教えてもらったけど、奈落までの時間はどれくらいなの?」
「ああ、そう言えばそうだったな。どれくらいかかるんだ?」
「橙色を少し越えた頃ですかね」
「え?そんなにかかるのかよ。氷結山を越える時は橙色ちょうどって言ってたのに」
「それほどまでに奈落が困難な場所という事でしょう」
名前からしてやばそうとは思っていたが、やっぱり安全な所何てこの世界には無いんだな。
「おーい!面白そうなもの乗せてんじゃねぇか!」
その瞬間、雷雲のような物が出現して氷結鳥に向かって雷が落ちる。
「おわっ!?」
氷結鳥は華麗にその雷を交わして、ある魔物と対峙する。
やはり地獄、そう簡単には行かせてくれないか。
氷結鳥は不機嫌そうにその魔物を睨みつける。
「いきなり雷を降らせてくるとは喧嘩を売っているのですか?」
「喧嘩?おいおい、ただのじゃれあいだろ。面白いもの乗せてるから俺にも貸してほしくてよ」
そう言って舐めた口調で話しかけてくるそのモンスターは下半身が黒い雲におおわれていて、青色の体で筋骨粒々な体つきをしていた。
何か雷様って感じだな。
「これは物ではありません。異邦人です。それに私があなたの言う通りにすると思いますか?」
「暇なんだよこっちは!地上に雷を落としてるだけじゃ俺の高ぶった感情を抑えることが出来ないんだよ!」
叫び声と共に無数の雷が地上に降り注ぐ。
もしかして、岩場の時の雷はこいつが降らせてたのか。
「知りません。勝手に高ぶって勝手に静めてください。それでは」
氷結鳥が背を向けて山に向かおうとしたその時、背後から雷の槍が投げられる。
「っ!?」
氷結鳥は急旋回して雷の槍を避ける。
「おわっ!?休に荒い運転するなよ!」
「危なかったわ。羽掴んでおいてよかった」
「やはり野生の鳥は丁寧さがないのかもしれませんね」
「さっきからうるさいですよ!私の美しい羽をむしったら回転しながら飛びますからね。それに」
こちらに攻撃してきていたあの魔物は悔しそうに舌打ちをする。
「ちっ惜しかったな」
「何するんですか?」
「置いてけって言ってんだよ。お前が持ってても意味ないだろ」
「私は異邦人を奈落まで届ける義務があります」
「ぎむぅー?何でお前がそいつらを運ぶんだよ」
「あなたには関係ないでしょ」
「僕達にゲームで負けたからです」
「ちょっ!何を言ってるんですか!振り落としますよ!」
リドルの言葉に氷結鳥は明らかに焦っている。
すると、その事実を聞いて魔物は大きく高笑いをする。
「あっはっは!お前負けて言いなりになってるのか!ダサいな!!」
「私はあなたのような野蛮な魔物ではなく。知的で無駄な殺生はしない、高貴な魔物なのです」
「何言ってんだ。殺しあいをしなきゃつまらないだろ!」
「私は静かに暮らしていければいいのです。そんな思考だから野蛮な性格になるのです」
「高貴な魔物が半獣ごときに良いようにされてちゃ世話ねぇな!」
「くっ!黙れ!私に話しかけるな、クソ雷雲!」
そう言って氷結鳥は耐えられなくなりぶちギレる。
やっぱりこいつ、こいつ煽り耐性無さすぎるだろ。
「はっはっは!相変わらずキレやすいなお前は」
「おい、無駄な争いは避けてくれよ。時間がないんだよ」
「わかってます!そもそも構う必要はありません。最初から逃げようと思っていました。ということでもう話すことはありません。さようなら」
そう言って氷結鳥は一気に加速してその場から離れる。
「お、おい!ちょっとスピード落とせって!落ちちゃうよ!」
「あの雷雲男にそんなこと言ってられません。それより、奴は来ていますか?」
氷結鳥がそんなことを聞いてきたので、振り落とされないようにしながら後ろを振り返る。
「おいおい!逃げることはないだろ!逃げるならそいつら置いていけよ!」
「着いてきてますよ!しかもかなり愉快に!」
「待てって言ってんだろ!雷槍!」
その瞬間、再び雷の槍をこちらに飛ばしてくる。
氷結鳥は前を進みながら次々とその槍を避けていく。
「ねえ、これ大丈夫なの!」
「いえ、かなり鬱陶しいですね。このままではじり貧なのでこれをお願いします」
そう言って氷結鳥は口で氷の剣を作る。
そして、それを俺に渡してきた。
「え?いやいや、これ貰って何すればいいんだよ!」
「それで弾き飛ばしてください」
「ちょっと待て!剣で戦ったこと無いから無理だぞ!」
「大丈夫です。当てて弾き飛ばせばいいので。頼みました」
そう言って氷結鳥は飛ぶことに集中し始めた。
こいつ適当すぎるだろ!
「ちょ、リドル!代わりにやってくれ!」
「僕はそういう技術はないので」
「じゃあミノル!」
「私はそんな氷の剣何て持てないわよ。かつ、頑張って」
「結局俺なのかよ!」
すると、新たな槍がこちらに投げ込まれる。
「くそっ!やるしかねえか!」




