その八 昔話
俺は一体何を言ってるんだ?
こんな事ホントは言うはずじゃなかった。
だけど不意に言葉に出てしまった。
それを聞いたケインは困惑の表情をしている。
そりゃそうだまるで人間にあなたは猿ですかというくらいおかしな質問だ。
誰が見ても見分けが付くくらいの違いがありながら、知っていながらケインが人間じゃないかと疑った。
しばらく沈黙が続いたが覚悟を決めた様にケインが質問してきた。
「その根拠は何だ?」
「根拠は……」
一瞬固まった。
これ以上続けたらいけないと思ったからだ。
実は結構前から人間じゃないかとは疑ってはいた。
だけどもし俺がその事を言ったところで何かが変わる訳でもない。
だから余計なことを聞くのはやめておこうと思った。
こうなることを想像してたから。
でもここまではっきり言ってしまったら今更引けない。
俺はしばらく考えて質問に答えることにした。
「根拠はいくつかある。まず1つ目はこの路地裏にいる事。この路地裏にはしばらくいたけど俺とケイン意外全員人間だった。人間と半獣は仲が悪いのに一緒にいるのは変だなと思った」
ケインは俺の顔を真っ直ぐ見て静かに聞いている。
「2つ目は耳だ。しばらく見てたけど耳が動いてる所を見た事がなかった。他の半獣の人は動揺とか感情に変化があるとよく動いてたのにケインはその動きが全くなかった」
今の話を聞いてもケインの耳は動いていない。
先程と同様俺の顔をじっと見たまま動かない。
「最後はさっきの話。魔法の所とかまるで自分は持ってないような言い方をしてたからもしかして人間じゃないのかなと思った」
「それだけか」
「根拠はこれだけだ」
ケインは相変わらず表情を変えずに真っ直ぐ俺の顔を見ている。
怒ってるのだろうか、そりゃそうだろいきなりこんな事を言われたら怒るに決まってる。
これ以上はもう俺の精神も耐えられないし今すぐ謝ろう。
俺が謝ろうとした時ケインが自分の耳を掴みそれを引っこ抜いた。
「え!?何してるんだケイン!」
急な出来事で動揺している俺にケインが自分の耳を投げつけて来た。
「うわっ!び、びっくりするだろ!いきなり投げつけて来るな!」
「ははは……すまない、お前が急に真剣な顔で話すから、からかおうと思ってな」
「からかうって……」
ケインてそんなキャラだったっけ?
でもさっきの強張った表情とは違い笑顔が見えたのは良かった。
するとケインはお尻に生えている尻尾も抜き取った。
やっぱり人間だったのか。
「バレてしまった以上耳も尻尾もいらないな。お前にやろうか?」
「いや俺はいらないよ」
どうやら怒ってはいないようだ。
安心した、もしかしてぶん殴られるかと思った。
安心したらなんかもっと聞きたくなってきた。
しょうがない日本人はお節介なやつが多い。
俺もやっぱり日本人という事か。
「それでケイン、言える範囲でいいんだけどどうして半獣のフリなんかしたんだ」
「隠す必要も無いしな、教えるよ。実はそこまで深い理由は無い」
「そうなのか?人間のお前が半獣のフリをするなんて余程のことだと思うけど」
「理由は単純だ。半獣のフリをしてれば店で買い物できたり働く事も出来るからだ」
「え?それだけか」
「言っただろ単純な理由だと」
正直もっと重い理由かと思ったが何か安心した。
もしこれで家族の復讐とかそんな感じだったら何か申し訳ないしな。
「何だ?もっと重い理由だと思ってたのか。例えば家族の復讐とか」
「ははは……ちょっとだけな」
心読まれてた!
「ていうかどうして隠してたんだ。理由がそれなら別に話しても良かったんじゃ」
「知ってるだろ。半獣と人間は仲が悪い。もし俺が人間だと分かったら助けを拒むと思ってな」
「俺のために黙ってたってことか。ありがとなでもそれくらい俺は気にしないよ。命の恩人なんだから」
「そうかそれは悪かったな」
「ところで何で半獣と人間は仲が悪いんだ?」
「なに?かつは知らなかったのか。てっきり知ってるものだと思っていたが」
ケインは困惑の表情をしていた。
ケインがここまで驚いているって事はこの仲の悪さの原因は知ってて当然なのだろう。
まあ俺はこの世界で生まれた訳じゃ無いから知る訳無いんだよな。
「聞きたいか。知らない方が良いと思うが」
「そうなのか?でもここまで聞いた以上最後まで聞くよ」
この世界の事も色々知っておきたいしな。
それに個人的にも気になるし。
「お前がそこまで言うなら仕方ない。それじゃあちょっと待ってろ今準備する」
するとケインは自分の家の中にあるダンボール箱の中に入ってる物を取り出した。
「……ケインそれは何だ」
「これは昔の話をする時に使う紙と台だ」
それは幼稚園などでやってた紙芝居そのものだった。
「ケインそれ何処で教えてもらったんだ」
「知り合いにだが……もしかして何か間違いっていたか」
「いや間違ってはいない。むしろ完璧というか……なんて言えばいいんだろ」
「そうかならよかった。それじゃあ準備も出来たから始めるぞ」
何か昔を思い出す。
そういえば幼稚園では良く紙芝居をやったな。
思えばあの時が一番の思い出だったのかもしれないな。
「それじゃあ話すぞ。むか〜し、むかし―――――」
「ちょっとまて!何その始め方!どっからそんなの覚えたんだ」
「ああこれは知り合いから教えてもらった。これを言えば話がより深く伝わると聞いてな」
「いやでも…これって…」
まあ何となく予想はしてた。
これは、完璧に日本昔ばなしの始め方だよな。
てことはやっぱりその知り合いってやつは日本人なのか。
そいつにいつか会わせてもらおう。
「続けていいか?」
「え?あ、どうぞ」
とりあえず今は話に集中しよう。
俺は集中できるように自分の頬を思いっきり叩いた。
かなりヒリヒリ痛むがこれでバッチリだ。
「それじゃあいくぞ。むか〜し、むかしある所に2人の王がいました」
何か口調も昔話っぽくなってるが気にしたら負けだ、気にしたら負けだぞー!
「片方は不思議な力を持つ半獣、もう片方は高い知性を持つ人間の王様がいました。2人は半獣と人間がそれぞれ豊かに暮らせる為に色々なことを協力して乗り越えてきました」
今のところ仲は良さそうだな。
ホントに今の状況が信じられないくらいに。
「だけどある日人間の王が何者かに殺されてしまいました。すぐに島の真ん中に人が集められ犯人探しになりました。すると人間は、半獣が殺したと言ってきたのです。ですが半獣はそんな事をしていないと反論しました」
中々雲行きが怪しくなって来たな。
「その争いは激しくなりついには戦争になってしまいました。その戦争は1ヶ月も続き多くの死者を出しその戦争は半獣の勝利で終わりました」
やっぱり戦争になったか、どの世界も戦って決めることしかできないのかね。
「そして半獣の王は2度とこんな事にならないように人間にいくつかのルールを設け半獣の王がこの島の王となりました。そしてしばらくして半獣と人間の仲も戻ろうとしていたある日人間が半獣の王を殺したのです。これには半獣は怒り人間をひとり残らず殺していったのです。子供も女も男もおじいさんもおばあさんも全員殺したのです。それは戦争と言うにはあまりに一方的でそして粛清と言うにはあまりに残虐でした」
人間も殺したことは悪いが半獣もそこまでしなくてもいいと思うけどな。
「そして人間が絶滅してしまう程殺され続けたある日、1人の半獣がみんなに終戦を申し込みました。その半獣のおかげで人間は絶滅されることなく戦争は終わりました。そして人間は半獣とけして関わらない事を条件に生きることを許されました。こうして半獣は人間の事を嫌い、人間も半獣の事を嫌い、決して関わることのない関係になりました。めでたしめでたし」
最後はどう考えてもめでたくないけどこれが半獣と人間の嫌いになった理由なのか。
話が終わって暗い気持ちになったのを気遣ったのかケインが肩を叩いてくれた。
「大丈夫か。俺もあまり聞かせたくなかったがこれが事実だ」
「後悔はしてないよ。逆に聞けてスッキリしたし。それに……」
「それに?」
「ケインが話してくれたことが嬉しかったから」
「どうしてだ」
「ケインはこの話を聞いたら俺が人間を嫌いになるって思ったでしょ。でもケインはそれを分かってて俺に話してくれた。それってつまり俺が人間を嫌いならないって信じたってことだろ」
「そんな大層なもんじゃない。俺はただ真実を話したかっただけだ。この島にいる以上この出来事を忘れちゃいけないからな」
するとケインはまたタバコのようなものを吸い始めた。
ケインにとってタバコは半獣の耳みたいな物だな。
ケインはそう言ってるが俺的に信じられるのは初めてだから嬉しい。
「ケイン俺は嫌いになんてならないよ。だってケインは命の恩人だし、大切な友達だからな」
「年の差考えろ。友達とか言える年齢じゃない」
「そういえばケインって何歳だ?」
「127歳」
「え?今なんて言った」
「127歳だ」
「……え、ええええ!?ひゃ、127歳って3桁ってどんだけ年寄りなんだ」
「全然年寄りじゃないだろ。自分で言うもの何だがまだ若い方だぞ」
「……だってどう考えても」
違う、俺は重大な事に気付いてなかった。
そうここは異世界だ。
文字もお金も数字も習慣も違うこの世界では平均年齢も違うはずだ。
「ケイン!ここの平均年齢っていくつだ!」
俺はケインに食い気味で質問した。
顔が近いせいでタバコみたいな物の匂いがきつい。
「だいたい8000~9000歳くらいだな。1番長生きした年齢は10000歳と聞いたことあるな。ちなみにあの戦争が起こったのは10000年前で終戦したのが10年前くらいだな」
頭がついていかない。
どんだけ長生きするんだよ。
てことは俺もそれくらい生きれるってことか。
でもそんな生きたって長生きし過ぎて暇になると思うけど。
「まさか今知ったのか」
「まあね。びっくりしたよ。そんなに長生き出来るなんてな」
「お前はほんとに常識を知らないな。1度図書館でこの世界の常識を学んで来たらどうだ」
「図書館か確かにそれも良さそうだ。ケインも来るか」
「俺はバレると厄介だから行かない。あとお前しばらくここに残るだろ」
「そのつもりだけど」
「だったら食料調達係お前がやれよ」
「何で俺なんだ」
「元々俺がやってたんだが半獣に成りすまして買うのも正直キツくてな。見つかった時のリスクも高いしそろそろ交代しようとしてた所だった。秘密も話したしちょうどいいだろ」
食料調達の為に半獣に成りすましてたのか。
確かに本物がいるんだったらもう危険を犯す必要も無いしここは引き受けるか。
「わかった任せてくれ。それじゃあ俺図書館行ってくる。色々相談乗ってくれてありがとな!」
「気お付けろよ」
そう言って笑顔で手を振っているケインに応えるように俺も手を振った。




