その十九 時の不具合
「思ったりよりも粘ってるな」
「どうせここまでだろ。所詮は下界の連中だ、生き残れるわけがねぇ」
「同意だな。奴らは所詮は運のいいだけの小物、いずれその運も尽き裁かれることになるだろう」
「さっさと死ねよ」
水晶に映し出された映像を見ながら、悪魔達は文句を言い始める。
「エンマ様!これ以上見届けても無駄かと思います!早急に仕事に戻ってもよろしいでしょうか!」
そう言って大声をあげながらエンマに持ち場に戻る意思を伝える。
「ならん」
「ですが!」
「いいから見ていろ。最後まで何が起こるか分からんからな」
そう言ってエンマは水晶を静かに見つめる。
―――――――――――――――
「よし、行ったぞ」
俺達は岩影に隠れながら前に進んでいく。
「にしてもここから急に魔物が多くなりましたね」
ゴツゴツしている岩場が多く隠れる場所が増えたのはいいが、その代わりに魔物が断然多くなった。
「ていうか、ここどうなってんだよ。岩が空中に浮いてるし、変な形の魔物が多すぎるだろ」
ここは今までの場所よりもかなりおかしな空間になっている。
岩や滝も空中に浮いていて空中を歩いている魔物も居る。
「レベルが段違いだわ。確実に戦うのは避けていきましょう」
「前よりも隠れる場所が多いから多分何とかなるだろ。よし、行くぞ」
「随分慎重に行動してるんですね」
「っ!?」
俺達は声のする方に振り向く。
そこには平然と俺達の後ろに音もなく立っていた魔物の姿があった。
「何だお前は!」
気づかなかった!
こいつ、気配もなくいつの間に後ろに!
未知数だけどこれだけは分かる、こいつは間違いなく強い!
「そんなに警戒しなくてもなにもしないよ」
明らかに肌の色が紫色で指は3本、深い帽子を被っていて、体格は人間と同じだ。
「君達みたいな人は何度も見てきたからね」
その瞬間、いつの間にか俺の背中に寄りかかっていた。
「っ!?………お前、いつの間に」
「いい女も居るみたいだし」
またいつの間にかミノルの元に行き顔を触れていた。
「っ!!やめ………」
「やめろおまえ!なにして……」
「別にただ触っただけだろ」
その時俺の腕から血が吹き出した。
自分の腕は既にあの魔物の手に握りしめられていた。
「う………うわあああああっ!!」
突然の出来事に発狂し、あまりの痛さにもがく。
「あ、あんた!何すんの!!」
「何って、何が?」
「何がって、かつの腕を引きちぎったことよ!」
「何言ってんの?腕付いてるじゃん」
魔物はそう言うと俺の方を指差した。
「うぅ………ん?あれ、腕がある……」
「え!?嘘!何で!」
「どう言うことでしょうか。もしかして幻覚を見させられていた」
「痛みもちゃんと合ったぞ。幻覚とは違う気がする」
どちらにせよ、こいつは完全にヤバイ魔物だ。
すると、その魔物はニヤリと笑い空中を飛び始めた。
「せっかく来たんだからゲームをしようよ!」
「ゲーム?そんなことしてる時間はないわ。私達には時間がないの」
「知ってるよ、ここに来た人はみーんなそう言うからさ」
「てことは、前にもここに来た人が居るのか?」
「そう、そしてみーんな、結局ゲームをすることになるんだよ」
そう言って不気味な声で笑い出す。
こいつ、一体何なんだ、訳が分からないぞ。
「付き合ってられないわ。あんたのゲームに参加するつもりはないから」
ミノルはすぐにこの場から去ろうとする。
たしかにミノルの言う通り、今はあんなやつに構っている場合じゃない。
「じゃあ、君には動機になってもらおうかな」
「は?何言って―――きゃっ!」
その瞬間、ミノルの姿が突然変化する。
「もう………一体何なのよ」
「み、ミノル?」
「これは……どう言うことでしょうか」
「何?私の顔に何か付いて………あれ服が大きくなった?」
「これで確認してみろ」
俺は地面に水を張り鏡のようにさせた。
ミノルは自分の顔を見るために覗き込む。
「な、何これーー!!!何で私子供になってるの!?」
ミノルは魔物の力によって子供にさせられた。
「ミノルがちっちゃくなっちまった。どうなってんだこれ?」
「ギャハハハハ!いつ見てもこの反応は面白いな!!」
魔物は空中を笑い転げまわる。
それを聞いたミノルは小さな指を突きつけて、精一杯の怒りを見せる。
「ちょっとあんた!今すぐに私を戻しなさい!」
「それ無理だ。でも、ゲームに参加してくれたら戻してあげなくもないよ」
そう言っておちょくるように飛び回る魔物を見て俺達は覚悟を決めた。
「仕方ねぇそう言うことなら、参加するしかないか」
「ちょっとかつ!」
「仕方ないだろ。このまま進むわけには行かないし、戻せるのもあいつしか居ないんだから」
「ミノルさんが子供のままで居たいなら、別にいいですけど」
「絶体やだ!すぐにそのゲームをやりましょう!」
そう言って小さな握りこぶしを作る。
「いいよ、それじゃあゲームしようか!!ゲーム内容は鬼ごっこだよ!俺を捕まえればお前を元に戻してあげる」
「なっ!?聞いてないわよ!ゲームに参加すれば元に戻してくれるんじゃなかったの!」
「そんなこと言ったっけ?」
「しらばっくれて……さっさと元に戻しなさいよ!うすらとんかち!」
「あっ?さっきからうるさいなぁ、ゲームするって言ってんだから口答えするなよ。そう言うやつにはこうだっ!」
その瞬間、魔物はミノルに向かって指を弾く。
何かを飛ばされたと思い、俺はすぐにミノルの前に立つ。
だが、特に攻撃を喰らった感触がなく、痛みも来なかった。
「な、何だ今の?」
「おどかちたわね!わたちたちの事おちょくらないでよ!」
「え?ミノル、何かお前言葉がおかしくないか?」
「へ?何もおかちく……って何よこれ!何でこんなこちょになっちぇるの!」
「あっはっは!見た目にあってるじゃないか!似合ってるよ!」
そう言って魔物は腹を抱えて笑い出す。
それを見てミノルは恥ずかしそうに頬を赤らめる。
何て言うか気の毒だな。
「それじゃあお前らが鬼だから、俺を捕まえてみてよ!」
その瞬間、突発的にゲームが始まった。
「ちょっと待て!空に飛ぶのはズルすぎるだろ!」
「何でもありだから、お前らも空飛べばいいよ!」
「飛べないから言ってるんだろうが!」
「ああ、後早く捕まえた方がいいよ」
「なに!?」
「この空間は時間が狂ってるから、自分が感じてる時間よりも外の時間の方が早く進んでる場合もあるから。いつの間にか時間切れってこともありえるから」
「なっ!嘘だろ!」
「じゃあねー!」
そう言って飛んでいってしまった。
「くそっ!ミノル、リドル!すぐに後を追うぞ!」
「はい!」
「ちょとまっちぇよ!わたち、あちが子供もだからおちょいの!もう、やだこの声!」
色々魔物に変えられてしまったミノルがとてもかわいそうに見えてくる。
「悪かった。ほら、おんぶしてやるから」
「わ、わたちは子供じゃない!」
「いや、子供だろ。ほら、ミノルちゃん背中に乗りまちょーねぇ~」
「ふんっ!」
「んぬ!?」
金的を蹴られた俺はあまりの痛さに声にならない叫び声をあげる。
「リドリュ、おんぶちて」
「わ、分かりました」
「け、蹴ることねぇだろ」
「わたちを子供あちゅかいするからよ」
そう言ってスッキリした表情でリドルの背中に乗る。
「とにかく、早く見つけないとな。あいつの言ってることが本当なら、ここから見える空の色も当てにならないみたいだし」
ここから見える空の色は橙色だが、既にもう色が変化してる可能性もある。
「それもそうですが、問題なのはマネギアルの持続時間ですよ。もしかしたら、もう既にギリギリかもしれませんよ」
「ああ、そうかその問題もあるのかよ。これは結構やばい状況かもしれないなって――――止まれ」
俺は魔物を見つけてすぐに岩影に隠れる。
「プラス魔物に見つからないようにもしないとな」
「色々制限がありますね」
「こっちは時間無いって言うのに、めんどくさいことに巻き込まれたな」
魔物が行ったのを確認して再びあいつを追いかける。
「にしても、何処に行ったんですかねあの魔物は」
「空飛べるからな。もしかしたら俺達が届かないと思って高みの見物してるかもしれないな」
「もしくは実は近くから見ていて、僕達が困ってるのを見て楽しんでいるかですね」
「正解」
「っ!」
また後ろにっ!?
てっそんなことに驚いてる場合じゃねえ。
捕まえろ!!
俺はすぐにその魔物に向かって手を伸ばす。
だが……………
「焦りすぎだって、そんなんじゃ捕まえられないよ」
そう言って余裕そうに俺達を見下ろす。
「テメェ!」
「それじゃあ、頑張ってねー」
「あっ!ちょっと待て!」
「待つわけないだろ。捕まえてみなよ!」
再び魔物は飛んでいってしまった。
「これ、勝負になってるんですかね」
「明らかにあいつの自己満足だろ。ていうか、これはもう魔法使わなきゃ勝てねぇぞ」
体調からしてまだ魔力には余裕はありそうだな。
だが、そんな連発は出来ない、タイミングをよく見極めないとな。
「それにしてもあの魔物の早さは凄まじいですね。気配を全く感じられません」
「感じられないってレベルじゃないだろ。声をかけられるまで居ることすら認識出来ないってそんなことあるか?」
「魔物は普通とは違いますからね。ですが、確かに移動した形跡もありませんし、風の揺れも起きないとなると少し妙だとは思いますけど」
「あいつは何かしらの能力持ってるから、それを使ってるかもしれないな。予想するに瞬間移動の類いか?」
気配すら察知することが出来ずに近づけるとなるとそれくらいしか思い浮かばない。
「確かにそれは僕も思いました。瞬間移動を持っていればあの超高速移動にも説明が出来ますし。ですがミノルさんが幼児化した理由が分かりません」
「だな、てことはあいつは色んな事が出来るってことか?いや、勝てないだろ」
もしそうだとすれば、いよいよこのゲームがあらかじめあいつが勝てることが決まっていた、デキレースになるな。
ゲームなんか受けなきゃよかった。
「ミノルさんはどう思いますか?」
「ていうか、お前何でずっと黙ってるの?」
「子供みちゃいなこちょばになるからよ」
「ていうか、子供だ……何でもないです」
小さな体からは想像できない殺気を感じ、言葉を止める。
「わたちはちぎゃうと思う。じゅっとうちろで見ちぇたけど、目の前にとちゅぜんあらわれちゃの」
「突然現れた?てことはやっぱり瞬間移動か?」
「ううん、それはちぎゃう。わたちは別の力をだと思う。あいちゅもいっちぇたけど、ここは時間がおかちくなってるって。わたちも子供にされちゃったし、おちょらくちゅんかんいどうじゃなくて、時間をちゅんさするちゅからだと思う」
「時間を操作する力?なるほど、そう言うことか。時間を止めて俺達の目の前に行き、時間を止めるのをやめた瞬間、まるで突然目の前に現れたかのように見せるってことか」
「それならミノルさんが幼児化した理由も説明出来ますね」
時間の操作か。
中々厄介だが、能力が分かっただけでもよかったか。
「リドル、俺達がここに入ってきて何時間くらい経った?」
「1時間過ぎくらいですかね」
となると、こっちの空間が外よりも2倍の早さで時間が進んでたらそろそろやばいな。
「念のためマネギアルを食べようぜ。こっちの時間じゃもしかしたらギリギリかもしれないからな」
「そうですね。死んで後悔しても遅いですからね」
リドルはマネギアルを取り出す。
俺達はそれを受け取り口に含んだ。
「よし、それじゃあ早速捕まえに行くか」




