その十九 決別
扉をゆっくりと開ける。
その瞬間、何かが勢いよく突っ込んできた。
「あれ?かつさん」
「………リドル?リドルか、びっくりした。何かがこっちに来たから死んだかと思ったぞ」
正直言って全く動けなかった。
音もなく気付けば目の前に現れていた。
リドルじゃなかったら完全にやられてたな。
「お前なんでこんなところに……ってお前は!」
俺がそいつを見つけた時、リドルが居たと言う事などもうどうでもよくなっていた。
そう、そこに居たのは、裁判の時に俺を苦しめたあの女貴族だ。
「あら、あなたもここに居たの」
「あなたもって、お前はなんでここに居るんだよ!」
すると貴族が答える前にリドルが口を開く。
「この人は前王の愛人だそうですよ」
「愛人!?前王ってこの街のか!?」
「そうよ。ていうか、あんた性格悪いわね」
そう言って、リドルの方を睨み付ける。
だが、リドルはその視線を爽やかな笑顔で返す。
さすが、動じない男だ。
「でも、前王はもういないんだろ?愛人ってことは結婚してないし、ここに居られんのか?」
この城の人達にとって愛人の人がうろちょろしてるのは気にくわないはずだ。
それにこの城には前王の妻も居るはずだ。
尚更立場がないだろ。
「だから、ムラキ様の召し使いとしてここに居させて貰ってるの」
「なるほど。要は一生奴隷としてこき使っても良いのでここに置いてくださいってことですね」
「なるほど、一種の命乞いだな」
「あんた達、本当にムカつくわね」
そう言って今度は俺達2人を睨み付ける。
「そんなことよりお前の現状は分かったが、メイは元気なのか?」
「は?メイ誰よ、それ」
「は?いや、いや、お前の子供だろ?もしかして全王との子供なのか?」
「ああ、メイね。あの子は今部屋に居るわ。あの子はあの人との子供じゃないわ」
こいつ、何だ今の反応。
まるで本当に忘れてたみたいな反応してたな。
そんなわけ、無いよな。
「と言うことは他の人と出来てたんですか」
「そうね。あの男は私のすべてを奪ったの」
「全てを奪った?それはどういう」
「リドル、そいつの過去話なんてどうでも良いだろ。今はミノルだ」
俺はリドルの言葉を止めさせて話を変える。
「そうですね。でも、今は気になる方もあるんじゃないですか?」
そう言って俺の心を見透かすような視線で見てくる。
「今はミノルだ。そうだろ?」
リドルは納得したような顔をして頷く。
「そうですね。それじゃあ早速ミノルさんの居場所を教えてください」
「ふっ別に良いわよ」
「妙に素直だな。昔のお前は俺達みたいな庶民をゴミとして見てたのに」
「あれはストレスが溜まってたから腹いせをしただけ。ついでに言うとあの時あんたを殺そうとしたのはムラキ様の命令だから」
そんな重大なことをさらっと言う。
「ちょ、ちょっと待て。ムラキの指示!?意味が分からん!何でムラキが俺を殺そうとするんだよ!だって俺はあいつのことを知らないんだぞ!」
「あなたが知らなくてもムラキはあなたの事をよーく知ってるみたいよ」
俺の事を知っている?
そんなわけない、実際どんな奴かは知らないが、少なくともムラキ何て名前のやつ最近聞いたくらいだ。
「なるほど、どうやらそう簡単には取り返せなさそうですね」
そう言って意味深な言葉を残してリドルが扉を開ける。
「早く行きましょう。間に合わなくなる前に、案内よろしくお願いします」
――――――――――――――――――
女貴族の案内によって俺達はミノルが居るであろう部屋の前にやって来る。
「あの扉にミノルさんが居るんですね」
「そうね。あそこに居るわね」
「何か妙に従順だな。口調も何か偉そうじゃなくなったし。どうしたんだ?」
「なに、心配してるの?あんたみたいな一般人が私に気をかける時点で無礼だから」
「すまん、さっきの無しで」
するとリドルが周りを見渡し安全を確認して扉のところに行く。
俺もそれに続けて、扉の方に行く。
「よし、ここまで来たんだ。絶対に助けに行くぞ!」
俺はその覚悟と共に扉を開ける。
そして、その扉の中には、ミノルではなく見回りの男達が詰められていた。
「は?どういう事だ?」
俺はこの状況をまだ理解できてない瞬間、リドルが後ろを振り返る。
俺も同じ様に振り返るとそこには貴族の周りに見回りの男達が居た。
「な、何なんだよこれ」
「どうやら、はめられたらしいですよ」
すると奥から貴族の人が不適な笑みを浮かべながら近づいてくる。
「ごめんなさいね。あなた達の事、騙して。残念だけど、庶民の言うことを聞くほど落ちぶれてないから。おい、連れてきなさい」
その掛け声で周りに居た見回りの男達が俺達の事を拘束する。
さすがに人数が多すぎるか。
「安心しなさい。捕まえたら、ムラキ様の所に連れてこいと言われてるから、ミノルには会えるわよ」
こいつ、やっぱり最低最悪だ!
そして、俺達は抵抗も虚しくそのまま連れてかれる。
「かつさん、そんなに落ち込むことはないですよ。この人達がミノルさんのところまで連れていってくれるんですから、逆に好都合ですよ」
「お前はポジティブで良いな。ん?あいつは……デビ!?」
そう、そこに居たのは小さな子供と歩いてるデビの姿があった。
「ムラキ様!その子供を捕まえてたんですね!さすがです」
「勝手にしゃべるなおばさん」
「……っすみませんでした」
「しゃべるなっていってんだろ!追い出されたいのかな?」
すると貴族の人は喋らなくなった。
やっぱり奴隷だな。
それにしてももしかしてこいつがムラキなのか。
「お前ら無事で何よりじゃ!」
「これが無事に見えますか。デビさんの方こそ無事で何よりです」
「お前らが例の侵入者の残りだな。おい、解放してやれ」
ムラキらしき子供の言葉で拘束を解く。
やっぱりこいつムラキなのか?
俺はリドルに耳打ちする。
「おい、リドル。お前の話では俺達と同じくらいの青年と聞いてたんだが」
「すいません、これに関しては僕の予想外です」
「おい、お前ら話聞こえてるぞ」
やべ、聞こえてたか。
「実はこいつ外に出る時は見栄を張って棒の上に乗って身長を誤魔化してるみたいなのじゃ」
「おま、何勝手に話してんだよ!」
あの様子からして、本当みたいだな。
「まさか、身長を誤魔化してるとは。と言うことはこの街の人達の事も騙してると言うことですか?」
「待てよ。てことは年齢も誤魔化してんのか」
「それで脅したところで意味ないぞ。身長の小さい王なんて普通に居るからな」
こいつ、ガルアの事言ってんのか?
「脅したところで無駄のようですね。それより僕達は他にやるべき事があります」
「ああ、そうだな。ミノルの所に連れていってくれ」
「ふっいいぞ。でも、行っても意味ないと思うけどな」
「どういう意味だ?」
「ミノルは俺にぞっこんだからな」
そう、自信満々に言う。
こいつの自信はどっから出てくるんだ。
どっちみち会えば全て分かる。
会えさえすれば大丈夫だ。
「この部屋の中に居るぞ。別れの言葉は決まったか?」
「早く開けてくれ」
「あっそ、つまんないの」
そう言って扉をゆっくりと開ける。
そして、俺の瞳はすぐにその人を捉えた。
ベットに座っているその人を。
「ミノル………?」
するとその声が聞こえたのかこちらを振り替える。
「か……つ……?」
その顔は嬉しさと切なさが合わさったような複雑な表情をしていた。
「ミノルーーー!!」
その瞬間、デビがミノルの所に一目散に走って行った。
「ミノルーー!会いたかったのじゃ!寂しかったのじゃ!」
今まで会いたかった気持ちがミノルと会うことによって一気に溢れたのだろう。
ミノルの服はあっという間にデビの涙でびしょびしょだ。
「デビちゃん、そんなに泣かなくても私はここに居るわよ」
そう言って優しくデビを撫でる。
やっぱりミノルは優しいやつだな。
「ミノルさん、お久しぶりですね」
「リドル、ごめんなさいね。迷惑かけたわよね」
「本当に迷惑かけられましたよ。デビさんは毎日泣きますし、お金はなくなりますし、クエストもスムーズに行きませんし、本当に大変でした」
「想像した以上に大変だったみたいね」
俺はミノルの元へと向かう。
色々言いたいことがある。
でも、まだその事を言うわけにはいかないよな。
「ミノル、久しぶりだな」
「そうだね、1年ぶりかな?」
お互い複雑な心境でぎこちない雰囲気が流れる。
その空気を察してかリドルが口を開く。
「とりあえず、先ずは会えたことを喜びましょう」
「私も皆に会えて嬉しいわ。でも…………」
何やら裏がありそうな言い方をする。
「どうして、あいつと結婚するんだ?」
俺は今の疑問をそのままミノルにぶつけた。
正直聞きたくはない、でも聞かなきゃ何も始まらない。
すると、言いにくそうにしながらミノルは口開く。
「結婚したいって思ったから」
ミノルの答えは予想以上に予想通りだった。
「それは、本当なのか?」
「急に驚いたわよね。でも、本当なの。この人と一緒に暮らしたいって思ったから、だから今ここに居るの」
ミノルの言葉は俺の心に深く突き刺さり、現実を突きつけられる。
「それ、本気で言ってるのか?あいつは子供だぞ!分かって言ってるのか」
「おい、おい、愛の前には年齢なんて関係ないの!そうだよなミノル」
「お前には聞いてない。俺はミノルに聞いてんだ」
俺はムラキの言葉を拒絶する。
だが、その言葉にミノルは大きく頷く。
「関係無いってことか………」
「ごめんね。でも、しょうがないよね。好きになっちゃったんだから」
「っ!?」
これは、現実なのか?
だが、頬を何回つねっても痛みが来るだけだった。
「だから、もうみんなのパーティーには、入れない。私は……………」
ミノルは一瞬言葉を閉ざしたが、すぐにその続きを言う。
「パーティーを抜けるわ」
「っ!?」
その言葉にいち早く反応したのは俺でもデビでもなく、リドルだった。
「ミノルさん、これまで一緒に冒険していた1人として言わせてください。本当の理由はなんですか?」
その言葉に俺は気づく。
そうだ、ミノルがそんな簡単にパーティーを抜けるわけがない。
なにか裏があるんだ。
「ミノル、俺からも頼む!本当の理由を教えてくれ!」
俺はミノルの手をつかむ。
その手はほんの少しだけ温もりがあった。
「妾もお願いじゃ、これじゃあ納得できないのじゃ!何で、パーティーを抜けるのじゃ!抜ける必要はないと思うのじゃ!」
確かにそうだ、結婚をするからと言ってパーティーまで抜ける必要はない。
いや、もちろん結婚もしてほしくないけど。
だけど、ミノルは首を横に降る。
「それは駄目だ!」
その声は後ろから聞こえた。
もちろんその言葉を言った奴はムラキだ。
「俺と結婚したら、勝手な外出は禁止だし、昔の友達とかパーティーの仲間とかその他もろもろの縁も切ってもらう」
「なんで、そんなことするんだよ」
「俺の女になるんだから、他の人に会う必要ないだろ。ミノルも俺が居るだけで十分幸せだしな」
そう言ってミノルに同意を求める。
そして、ミノルもそれに同意する。
くそ、何でだよ。
何で納得するんだよ。
「お主はこれでいいのか?」
純粋な目でデビはミノルを見る。
「デビちゃん…………」
「妾はお主とまだ冒険がしたいのじゃ」
泣きそうなのを必死に我慢して、ミノルに伝える。
だが、今にも溢れ出しそうだ。
そうだ、こいつは仲間をそう簡単には見捨てない。
絶対にだ、それにこんな意味分からない条件をミノルが飲むわけがない。
ミノルだからじゃない、普通に考えてあり得ない。
「ごめん、それはもう出来ないの。私だって冒険したいけど、でも忘れないから。皆の事絶対に忘れない。だから…………」
「ミノルは、今幸せなのか?」
「っ!?」
その言葉で、ミノルは俺の顔を真っ正面で見る。
「結婚って言うのは、普通人生で1番幸せな瞬間だろ?だけど、幸せな顔どころか笑った顔すら見てないぞ。自分でも気付いてないのかもしれないけど、今のお前の顔は涙を流してる顔だぞ」
「っ!?…………」
自分の顔を触ってようやく泣いてる事が分かったのだろう。
涙を吹き、そして目一杯の笑顔を見せた。
「皆と離れることが寂しかったのかな。ごめんね、情けない姿見せちゃって、でも大丈夫……私は」
「大丈夫な奴はそんな顔しないぞ」
すると、ミノルは俯き表情を見れないようにする。
「今までのミノルさんの言葉は嘘だらけでしたけど、別れるのが悲しいと言う言葉だけは本当ですね。ミノルさん、僕達に言えないようなことなんですか?」
「私は……私は!」
「ミノル!お前は俺と結婚したいんだよな?」
そう、まるでそれしか答えが用意されてないかのような質問をムラキはしてくる。
何か言おうとして居たがミノルは崎ほどの言葉に強く同調する。
「もちろん!決まってるじゃない!」
「ミノル、本当に何があったんだよ!」
俺はミノルの肩を揺らす。
すると、俺の手を振り払った。
「触らないで」
「ミノル?」
その目はまるで嫌いな奴を見るような冷たい視線を感じた。
何で、そんな目で俺を見るんだ。
「私とあなた達はもうパーティー仲間でもなければ友達でもない。赤の他人よ」
そう、言い放った。
言い放ってしまったのだ。
決して、聞きたくなかったその言葉を。
「ミノル、何でそんなことを言うのじゃ!」
「ミノルさんらしくないですよ」
「私はもう皆の知ってる私じゃないの」
そう言うとミノルは立ち上がり俺達に背を向ける。
ミノル、本当にどうしちゃったんだ。
1年でこんなにも変わってしまうのか。
俺はミノルの背中に手を伸ばそうとするが、突然の弾くような音が聞こえその手は止まる。
ムラキが手を叩いたのだ。
「はい、これで話しは終わったな。それじゃあもう帰ってくれ」
「ちょっと待ってくれ!まだ話しは―――」
「終わったの。もう終わり。だから、早く帰れ。諦めろ、諦めの悪い男は嫌われるぞ」
そう言ってニヤニヤしているムラキの顔に腹が立ち、俺はムラキの胸ぐらを掴む。
「いい加減にしろよ。お前のせいでミノルが!」
その瞬間、俺の高くあげた拳をリドルが止める。
「かつさん、止めてください。仮にも王ですよ」
「………っくそ!」
リドルの言葉で正気に戻り拳を納める。
「惜しいな、あともう少しで処刑に出来たのに。でも、お前らが悪いんだぞ。俺のミノルに手を出すから」
こんな奴でも殴れば処刑になるって?
俺は行き場を失った拳を握り締めムラキを睨み付ける。
「お前のじゃねえよ」
「どっちみち俺の物になる」
「子供が結婚できるわけがない!」
「子供子供って言うけどな、この街では11歳はもう大人だ」
こいつ…………でもそうだよな、今はこいつが王なんだ。
法律なんて好き勝手作れる。
「かつさん、ここは一旦帰りましょう。相手が悪すぎます」
「でも!」
「あと、おまえら、ここに来るまでに色々やらかしたよな。大人しく帰ってくれるなら、その色々をなしにしてあげる。俺って優しいな」
そう言って、自分で自分を褒める。
こいつ、やっぱり子供だな。
「かつ、妾もう、ここに居たくないのじゃ」
「デビ………分かった。帰るよ」
俺はミノルの方を向く。
だが、ミノルは顔を見せてくれず背中を向ける。
「じゃあな、ミノル」
そう、言葉を残し俺達は外に出た。
途中で置いていったコウバに乗って、会話もないままシアラルスへと帰っていった。
仲間を1人残して…………




