その四 泣き虫デビ
「いやー久しぶりの我が家だな。やっぱり家が1番だ」
俺はいつものソファーに座りゆっくりと体を伸ばす。
やっぱりここの場所は落ち着くな。
「本当はかつさんが帰ってきたらご馳走を振る舞うつもりだったんですけど」
リドルは少し申し訳なさそうに視線を落とす。
俺は改めてソファーから立ち上がると二人の近くの椅子に移動する。
「いいよ別に。何か大変なことがあったんだろ。それで俺が居なくなってから何があったんだ」
俺達は椅子に座ってじっくり話を聞く体制に入った。
「はい、でもその前にかつさん、道中で何かありました?」
「へ?どうしてだ」
「体が少々痛々しいので」
俺は自分の体を改めて見ると確かに血が出ていたり腫れていたりと少し傷が目立つ。
といっても擦り傷程度なのでほっといても勝手に治るだろうが。
「ああ、実はここに来る前に黒の魔法使いのトガと戦ったんだよ」
「え!?黒の魔法使いと戦ったんですか!!」
するとリドルは驚いたのか勢いよくに立ち上がる。
それにより椅子が勢いあまって倒れてしまった。
「お、おお……ていうか、そんな驚いてどうした?」
「どうしたって……かつさん黒の魔法使いの強さを忘れたわけじゃないですよね」
「ちゃんと覚えてるよ。そもそも俺は黒の魔法使いを倒す為に修業したもんだからな。でも、今回は相手が良かった。たまたま勝てただけだ」
するとリドルは倒れた椅子を直して再び椅子に座り、冷静な口調で告げる。
「それは、たまたまじゃないですよ」
「え?」
「かつさんが本気で修業をした結果です。ちゃんとした実力ですよ」
「そっか、ありがとな」
そうだよな、これは俺の力で勝ち取った勝利だ。
「ミノルーー!!妾をおいてかないでくれ〜〜!!うわあああぁぁん!!」
デビは叫びながら涙でソファーをぐしょぐしょにさせる。
ああ、結構お気に入りだったのにな。
「ていうかこいつなんでこんな泣いてんだ。本当にミノルの身に何が起きたんだよ」
「ああ、すいません。それではちゃんと話します。かつさんが居なくなった後の話を………」
――――――――――――――――――
それから俺がいない間に何が起きたのかを説明してもらった。
「何ー!?そんなことがあったのかよ!マジか、それならすぐに行かなきゃな。ラミアの元に」
俺はすぐにラミアの元に行こうとしたがリドルが俺の腕を掴む。
「ちょっと待ってください!本番はこれからですよ!」
「ああ、そうだな。ミノルの話をまだ聞いてなかった。それでミノルの身に何が起きたんだ」
俺は一旦冷静になり椅子に座り直す。
ラミアは心配だが元気になったのならまずはミノルの話を聞くのが先決だよな。
「その後、依頼の達成を祝ってご飯を食べようとしていました。その時誰かが扉をノックしたんです」
リドルは真剣な口調で話を続ける。
「ミノルさんが扉を開けたんです。僕とデビさんは全く見に覚えのない3人組の男達でした。1人は青年でもう2人はまるでガードマンの様な姿をしていました。ミノルさんはその人達を見た瞬間、何やら驚いたような顔をしていました」
「ミノルはその男達を知ってたのか?」
「分かりません。ですが僕達と同じ位の1人の青年がミノルさんを知っている様子でした」
俺達と同じくらいの男……この島の年齢基準とか意味分からんけど日本基準で言うと多分16とか17位か。
「ミノルの友達とかか?」
「分かりませんが青年の方はミノルさんに対してフランクにお話をしていました。そしてしばらく話し合った後ミノルさんが僕達の所にやって来て、『すぐ戻る』それだけ言って、ミノルさんはそのままあの3人組と一緒に家を出ていきました」
すぐ戻る……か。
「それから帰ってこないのか?」
「いえ、1週間位でした。ミノルさんが突然帰ってきたんです。僕とデビさんは色々質問したんですけど、黙ったままで苦しそうな顔で俯いたまま、その場に立ち尽くしていました。その時は雨も降っていて中に入るように勧めたんですけど、それでもただじっと立ったままで……そしたら突然顔を上げて笑顔でこう言ったんです。『私結婚することになったの』と」
突然の発言に俺は一瞬思考を停止する。
「…………え?ちょっと待て。話が全然整理できないんだが。何故急にその話になった?」
するとリドルはそのまま先程の話の続きを話し始める。
「僕達は、聞きました。どうしてですか?突然何でと?ですがその答えは聞けずミノルさんは一方的に話し続けました。『前から結婚を約束してた人が居るの。その人は何年か前に急に居なくなっちゃって、それで私もきっぱり忘れようと思ったんだけど、まさかまた会えるなんてね。はは、何か運命みたい!だから、私はこの運命を失いたくないの。皆には悪いけど私結婚します』そう、笑顔で言ったんです」
「おい、聞いてんのか俺の話を。何でそうなったんだよ。俺の質問に答えろ」
だがリドルは止まることなく話を続ける。
「僕は聞きました。本当にそれでいいんですか?それがミノルさんの幸せなんですかと?そしてミノルさんは笑顔で……」
「リドルもういい」
俺はリドルの言葉をそこで止めさせる。
リドルは暗い面持ちで顔を俯かせる。
「すみません」
「謝ることじゃないだろ。お前も何が何だか分からないって感じだし、しょうがない事だ。なるほどね、だからデビは見放されたと思ってんのか」
「うう〜ミノル〜ミノル〜!」
「いいからお前はさっさと泣きやめ!」
俺はデビの頭をひっぱたく。
するとデビは頭を押さえてこちらを抗議するような視線を向けてくる。
「いたっ!何するのじゃ!か弱い少女が泣いておるというのに!」
「どこがか弱いんだよ………そんなに悔しかったのか。ミノルを止められなくて」
「…………っ!ゔん!ぐすっ、妾ば、ながまなのに、どめられながっだ!!」
言葉にすることで悔しさが押さえきれなくなったのだろう。
先程よりも涙を流し鼻水をすする。
「仲間想いのやつが居て、ミノルも幸せだな。でも、ミノルは絶対に仲間を見捨てない。それは分かってるよな?」
デビは涙を吹きながら頷く。
「あいつは自分の事よりも仲間の心配ばかりするやつだ。そんなやつが突然仲間を捨てるなんてことがあるか?何か理由があるはずだ。その男の集団の青年ってやつが気になるな。何処に行ったのかさえ分かれば、説得出来るんだけど」
「それなら僕知ってますよ」
「え?知ってるのか?」
するとリドルが地図を取り出す。
「実はミノルさんが出て行った時後をつけてたんです。僕、バイトで尾行をしていたので尾行は得意なんですよ」
「いや、前々から思ってたけどお前、何のバイトしてんだよ」
「ぐすっ妾お主がミノルの場所を知ってるなんて聞いてないぞ!しかも、妾と一緒に探したよな!まさか、妾をもて遊んでいたのか!」
「その時は知りませんでした。それに言っても言わなくても変わらないと思ったからです」
そう言って地図を開く。
「それってどういう意味だ?」
「ミノルさんが行った場所を知った時から……僕はもうミノルさんは、帰ってこないと思ってます」
そう自身を納得させるかのようにリドルは呟く。
一体そこは何処なんだ?
リドルは現在地を指差す。
「ここが現在地です。そこからコウ馬などの移動手段を使ってカルシナシティを通ってその先の街セレブ達が住むと言われている街キンメキラタウンの王、ムラキ様の城です」
「は!?王の城だって!?ちょ、ちょっと待て!てことは―――」
「ミノルは王様と結婚するということか!!」
こいつ、俺の台詞を取りやがった。
「何じゃ?違うのか?」
「違くはないけど………まあいいや。ていうか何でその……ムラキ様ってやつがミノルと結婚するんだ?」
「分かりません。ですが通常、一般市民が王と結婚するには何か特別な出来事が起きない限りありえません。それにシアラルスからキンメキラタウンまで距離はかなりあります。まず、何故ムラキ様がミノルさんの事を知っていたのかも何故ですし」
色々と謎は深まる。
居なくなった理由も王との関係性も何一つ知らなかった。
ミノルのことを何も知らなかったんだ。
だからこそそれを知る方法がひとつある。
「よし、行けばわかるだろ」
「え?本気ですか?」
「このまま何も分からずに別れるわけには行かないだろ。仲間として理由を聞く権利があるはずだ。そうだろ?」
「じゃな!」
もし何か並々ならぬ理由があってその決断をしたのなら、何で話してくれなかったんだミノル。
話したい事が山程あるんだ。
何も言わずに居なくなるなんて、リーダーの俺が許さないぞ。
仲間ならちゃんと納得の行く理由を言ってからいなくなれよ。
だから俺は行くぞ。
「よし、仲間をミノルを取り戻しに行くぞ!」
「おおー!!」
俺達はリドルの方を見る。
視線を集められたからかリドルは困惑しながらも俺たちと同じように手を上げる。
「お、おおー」
――――――――――――――――――
「あ?コウバを出して欲しいって?」
コウバを取り扱っているおじさんはそう言って気難しそうに眉間にシワを寄せる。
「ああ、1番早いのを頼む。急いでるんだよ」
「駄目駄目、今の時間帯は休みの時間帯なの。モーニングタイムなの」
「おじさんモーニングタイムの意味理解してないでしょ」
「あ〜!うるさい、うるさい!とにかく今は無理だ。そうだなぁ……明日の早朝とかなら出してやってもいいぞ」
駄目だ話にならないな。
ここは別の移動手段を使うしかないか。
「よし、お前ら別の移動手段を……デビ?」
するとデビがのんきに座ってるおじさんの目の前に立つ。
「何やってんだあいつ」
「子供の考えてる事はよく分かりません」
「妾はコウバに乗りたいのじゃ」
「いや、だからナイトニングタイムで」
いや、もうなんのタイムか分かんないから。
ていうかあいつあんなにコウバ嫌がってたのに……
「妾は!コウバに!乗りたいのじゃ!」
「だから………ああ、もう!分かった分かった!馬と荷台を貸してやるから、早く消えてくれ!」
そう言って荷台が付いてるコウバを指差す。
まじか、意外と押せば行けるもんだな。
それともデビだからか?
「ほんとか!?話が分かるやつじゃのう。褒めて使わす!」
「せんでいい!ていうかただでいいんですか」
「ああ、ちゃんと返してくれるなら構わん!だから早く消えてくれ!カモシダスタイムの邪魔だ」
ていうか結局どれなんだよ。
「まっこれでとりあえず移動手段は確保できたな」
「そうですね。でも、早速問題点が1つ」
そう言いながらコウバの方を見る。
「ああ、そうだな。操縦者が居ないな」
「何を心配しておるのじゃ。妾がいるじゃろ」
「お前はコウバのエネルギー源だ」
「何じゃその言い方は!」
その瞬間、リドルが服を取り出す。
「とりあえずどれで行きましょうか?」
「ん〜そうだな……」
「ちょっと待てお主!何普通に服を選び出しておるのじゃ!」
「メイド服なんてありきたりでいいんじゃないか」
「そうですね。それで行きましょうか」
数ある服の中で良さそうなものをピックアップし、それをデビに渡す。
「じゃ頼んだぞ」
「え?本気で言っておるのか?」
数分後―――――
「くっ!屈辱的じゃ……」
かわいいフリフリの付いた黒と白を基調としたメイド服を見に纏っていた。
既にデビは涙目で顔を真っ赤にさせている。
「大丈夫ですよ。似合ってますよ」
「う、うるさい!お主に言われても嬉しくないわ!」
「だ、大丈夫だぞデビ!めちゃくちゃ似合ってる!かわいいぞ!」
「べ、別に可愛いと言われた所で何も出ない……ゴニョゴニョ」
と言いつつも嬉しそうな顔してんだよな。
「それにミノルさんを助ける為です」
「そ、そうじゃな!仲間を助ける為じゃな!よし、やるぞ!」
そう言って、気合を入れてコウバのもとを向かう。
「ちょろいな」
「ちょろいですね」
「ていうかあの服何処で手に入れた?」
リドルが持っていた他の服とあの服どう考えても日本で売っていたメイド服そのまんまんだ。
「カルシナシティにコスプレショップという店がありまして、そこに不思議な服が沢山合ったのでデビさんに、着せたらおもしろそうだと思ったんで」
「ナイスリドル。それ後で俺にも少しくれ」
「いいですけど、僕の目の前では着ないでくださいよ」
「俺が着るわけ無いだろ!まあ後でいいから。おっ!デビがコウバの前に立ったぞ」
デビはこのコウバを死ぬほど嫌がってたから、一体何をしたのかちょうど気になっていた所だし、なんか面白そうだな。
「……………」
「……………」
お互い顔を見合わせるだけでなにか起こるわけもなくただただその場で立ち尽くす。
「そういえば、コウバの性癖を聞く人がいないな」
「そういえば、そうでしたね」
やばいな、もしかしてデビ何していいか分からず立ち尽くしてるのか。
「おい、デビ色っぽさ見せろ!コウバを興奮させるんだ!」
「大丈夫ですよ!デビさんなら行けます!」
「色っぽいってどうすればいいのじゃ!」
「お前の思う色っぽさでいいから!」
するとデビが必死に色っぽさを考える。
そして思いついたのか足を折りたたんで体をくねらせる。
「何か〜熱くなってきちゃったのじゃ〜」
そうやって胸の無い谷間をチラチラ見せてくる。
「ばふっ」
「なっ!?」
「………ぷっ!鼻で笑われてやがる……!」
「かつさん……!笑っちゃ駄目ですよ……!ふふ!」
「―――――――っ!もうお嫁に行けないのじゃーー!!」
そう言ってデビはどっかに行ってしまった。
「あっ……しまった。ちょっと笑い過ぎたか」
「かつさん。流石に失礼すぎますよ」
「お前だって笑ってただろ。たく、俺はデビを探してくるから、コウバ頼めるか?」
「はい、任せてください」
コウバをリドルに任せて、先程泣きながら走り去って行ったデビを追いかける。
するとデビが道の真ん中でうずくまって泣いていた。
「うう、ぐすっ」
「おい、デビ。お前今日だけで何回泣いてんだよ。目の周り真っ赤になるぞ」
「うるさい!1人にして欲しいのじゃ」
かなりへこんじゃってるな。
まあデビ的にはミノルの為に必死に頑張ったのに笑われたとなりゃ、そりゃへこむよな。
「ごめんな、嫌な役やらせちゃって。お前は頑張った。だから………」
「あの馬、妾の事を鼻で笑いやがったのじゃ。なあ妾には魅力が無いって事か?」
「そんなこと無いぞ。あいつには見る目が無いだけだ。だから元気出せよ」
俺はデビの肩を叩く。
「ミノル助けに行くんだろ」
するとデビが静かに頷く。
「あっそれと」
「何じゃ」
「その服、本当に似合ってるぞ」
―――――――――――――
「あっおかえりなさい。あれ?デビさん機嫌良くなってますね」
「そうか?そんなわけないじゃろ」
ニヤニヤが止まってないから説得力ゼロだな。
「それよりコウバの方はどうだ?」
「はい、バッチリです。いつでも出発出来ますよ」
コウバは興奮気味に鼻息を荒くしている。
一体どうやったのかは聞かないでおこう。
「よし、それじゃあ荷台は俺達が乗るから、コウバの方は任せたぞリドル」
「はい、大丈夫ですよ」
「妾もコウバに乗りたいのじゃ」
「おい、変な事をするなよ。面倒くさいことになるから」
「とか言って妾の事、心配しておるのか?安心しろ妾は丈夫じゃからな。そう簡単に死なんぞ」
そう言って俺の腕をつんつんする。
何こいつうざいんですけど。
「俺はただ単に面倒くさいことになるのが嫌なだけだ。リドル出してくれ」
「分かりました。それじゃあ行きますね」
こうして俺達はミノルを取り戻す為にキンメキラタウンに向かうのだった。




