その五 全滅
吹き荒れる吹雪の中、私達は行く宛もなく彷徨い続けていた。
「本当にすまないのじゃ。わざとじゃないのじゃ。信じてほしいのじゃ」
デビちゃんは先程からこんなふうに泣きながら謝り続けている。
「だからさっきから言ってるでしょ。デビちゃんのせいじゃないって。私達は仲間なんだし、失敗しても責めたりしないわ。だからもうそんなふうに泣かないで。私は笑ったデビちゃんが好きだから」
「本当か?本当に怒ってないのか?」
「だから言ってるでしょ。怒ってないって」
「そうか!よかった、また仲間外れにされるかと思ったぞ」
デビちゃんはようやく私の話を理解してくれたのか、泣くのをやめていつもみたいに笑顔を見せた。
私が言ったからあんまり言えないけど、デビちゃんて意外と立ち直り早いわよね。
「ミノルさん。デビさんを甘やかせ過ぎです。だからデビさんはいつまで経っても精神が成長せず、子供のままなんですよ」
「なっ!?妾は子供ではない!それにちゃんと反省しておる!」
「そうよリドル。デビちゃんだって反省してるのよ。それに昔のデビちゃんはわがままで言う事聞かない子供だったけど、今はちゃんと反省してるでしょ?これも成長よ」
「ちょっと待てミノル。昔の妾をそんなふうに見てたのか!?」
こんなふうに何気ない会話をしながら歩いているが、実は今はかなりのピンチな状態でもある。
何せ私達は何処かで休める場所がない。
しかも、もう何時間も吹雪の中に晒されている。
少しだけだが手が冷えてきている。
防寒着も長時間吹雪に晒されれば体温を失っていく。
命の危機が迫ってるのは確かね。
「リドル、今どれ位の時間が経った?」
「時計が無いので何とも言えませんが、多分3時間位は経ってると思いますよ」
「3時間か……そうなるとあと5時間位が命のリミットかしら」
この雪原では9時間以上外に居れば命の危険がある。
だからこそ入念な準備が必要なのだ。
でも、私達はある物を持っている。
それは………
「何かミノルさん。少し余裕そうですね」
「何言ってんのよ。リドルも分かってるでしょ。私達にはこれがあるのよ」
そう言って私はポケットから帰還出来るスイッチを取り出した。
「そうじゃ!妾達にはそれが合ったのう。なら早く帰ろうぞ」
「使いたいのはやまやまなんだけど、これ1回しか無料じゃないのよね。ちょっと勿体無いと思わない?」
「まあまだ一応動けますし本当にやばいってなったら使いましょう」
その時何かの雄叫びが響き渡る。
「っ!?今の声って?」
「ミノルさんあそこです!」
リドルが指差した方向には何やら怪しい影が見えた。
巨大なそのフォルムに2足歩行のモンスター。
もしかして…、
「なんじゃあいつ!何をしようとしているのじゃ」
そのモンスターは腕を大きく上げる。
そしてまた1つ雄叫びを上げるとその腕を思いっきり雪の積もった地面に叩きつける。
その瞬間物凄い地響きと共に雪がこちらに迫ってくる。
「嘘でしょ?まさかこれって………」
「雪が迫ってきたのじゃ!どういう事なのじゃ」
「ここは雪崩は普段起きない所ですがあいつは意図的に雪崩を起こせるモンスター。ハンマークマですね」
「解説してる場合じゃないわ!死ぬ気で逃げるわよ!」
「何か楽しいのう!!」
「楽しくないわよー!!」
私達は吹雪の中、全力で雪崩から逃げた。
―――――――――――――――
「はあ、はあ、はあ……う、うう……やっちゃったわ」
余計な体力を使ってしまった。
これじゃあ予想よりも早く命のリミットが来るかもしれない。
何とか呼吸を整えて皆の状況を確認する。
「皆、無事?」
「僕は大丈夫ですと言いたいですが流石に疲れましたね」
「妾も大丈夫じゃ。なあなあもう1回やらないか?」
リドルと私は疲れ切っているがデビちゃんはまだまだ元気そうだ。
「子供は風の子って本当かもね」
「今妾の事を見て言わなかったか?妾は子供じゃないぞ!」
するとデビちゃんはゆっくりと歩き始める。
「ミノルさん立ち止まってもしょうがないのでとりあえず歩きましょう。止まってたら雪が積もってしまいますし」
「そうね、でももう帰りましょう。本当だったらもうちょっと探索してモンスターを倒そうと思ってたけど、体力も使っちゃったしこれ以上は命の危険もあるしね」
「まあたしかにそうですね。ここまできて何の成果もないのは厳しいですが、命にはかえられません。一旦引き上げますか」
「妾はもうちょっと居たいが、妾はもう大人だから、わがまま言わずに皆と一緒に帰るぞ」
皆の意見がちゃんと固まったのを確認して私はスイッチを押そうとする。
「それじゃあ帰りましょうか………あれ?」
だが手にはスイッチがなかった。
それどころか体中色んなところを探してもスイッチが見当たらない。
あれ?私、スイッチどうしたっけ?
「ミノルさん、どうしたんですか?早く帰りましょう。ちょっと体も冷えてきましたし」
「妾はまだ温かいが、妾は仲間思いだから早く帰ろうぞ」
「わ、分かってるわ。早く帰りましょう」
あれ?どうしたっけ本当に。
思い出せ私!
そうだ、たしか皆にスイッチで帰れるって言ってポケットから一旦出したんだ。
その後私そのスイッチを……しまわずにそのまま走っちゃったんだ。
てことは私、スイッチを何処かに落としちゃった?
その事実に私は思わず顔が青ざめていくのが分かる。
「どうしたんですか?さっきから様子がおかしいですよ。もしかして……スイッチを落としたんですか?」
その言葉に私は思わず体を震わせる。
「そんな事は無かろう。ミノルはしっかり者じゃから落とすわけ無いじゃろう」
「そうですよね、落とすわけ無いですよね」
心が痛い!
ていうか息もなんだか苦しくなって来たしもう色々辛い!
でも、心配させるわけにはいかないわよね。
ここで平静を保って皆を安心させなきゃ。
「も、もちろん……だ、大丈夫よ」
私は今の私に出来る全力の笑顔で答えた。
「落としたんですねミノルさん」
「ふぇっ!?落としてないわよ!!」
「声も早口になってますし、顔も引きつっているし、それに信じられないくらい顔が真っ青になっていますよ。それに少し涙目ですし」
めちゃくちゃバレバレだったわ。
「う、うう……ごめんなさい。別に隠そうとした訳じゃなくて、皆に心配をさせないようにって思って」
「言い訳ですか?」
「いや、本当にごめんなさい」
気づけば私は自然と正座をしていた。
膝が少し冷たいわ。
「それじゃあどうするのじゃ?帰れなくなってしまったのじゃろう?」
「テレポートでは帰れないんですか?」
「吹雪の中で視界が悪いから魔法陣を展開できないのよ」
実はテレポート出来ないかと何回も試してはいるんだけど、やっぱり視界が悪いせいで展開するイメージが沸かない。
「やっぱりここに来る前に言われた通り、魔法は使えないみたいですね」
「その為に弓矢とか色々モンスターを倒す道具を持ってきたのに、まさかこんな事になるなんてね」
私は持っていたカバンを降ろし中身を確認する。
どれもこれもモンスターを倒す道具ばかりで今の状況を打破できるものは無いわね。
「なあなあ、今の状況って意外とやばいんじゃないのか?」
デビちゃんの言葉で緊張感が辺りを包む。
よくよく考えて見ると今の状況は本当に危険な状況だ。
帰る方法もないし、泊まる場所もない、それに長い時間吹雪に体を晒されて冷えてしまって来ている。
やばいわね。
「リドル外出てどれくらい経った?」
「恐らく4時間近くですね」
「そう、やっぱり……」
時間が無い。
するとデビちゃんが私の手を握りしめる。
「デビちゃんどうしたの?」
「お主の手が震えておったから」
「え?」
自分の手を見ると明らかに震えていた。
気づかなかった、いつの間に震えていたなんて。
「暖かい。ありがとねデビちゃん。とっても暖かいわ」
私はデビちゃんの手を握り温もりを感じる。
何だか安心したら眠たくなって来ちゃった。
ていうか、自然と目蓋が……
「ミノルさん!寝ちゃ駄目ですよ!」
「っ!?ご、ごめんなさいつい」
危ない危ない、気を引き締めなきゃ。
私は自分の頬を思いっきり叩いた。
頬がじんじんするけどそれがかえって眠気覚ましになるわ。
「どうしたのじゃミノル!?急に頬を叩いて」
「眠気覚ましよ。これでもう大丈夫。それよりこれからどうするか決めましょう」
「とりあえず雪原から出ることを考えましょう。ここで1日を過ごすのは余りにも絶望的過ぎます」
「分かってる。でも、自分がどこにいるかも分からないし。本当に無闇に動いてて良いのかなって思っちゃって」
実際何も考えずに歩いてても余程の運が無い限り、雪原から出るなんて無理だろうし。
どうすればいいの。
このまま死んじゃうの?
約束したのに、かつを待ってるって。
いや、駄目だ。
死ぬわけには行かない、私にはやらなきゃいけない事が沢山ある。
「行きましょう。立ち止まってる、場合じゃないわ」
「分かりました。行きましょう」
「大丈夫じゃ!妾達がそう簡単に死ぬわけ無いじゃろう」
そうよね、大丈夫よね。
――――――――――――――
あれから何時間経ったのだろうか。
歩いても歩いても変わらない景色。
まるで進んでるかも分からない中で、時間と体力の消費だけが進んでいく。
体は全身冷え切っていて、足を上げるのも辛い。
頭もぼーっとしてしまい何も考えずにただただ進んでいく。
その時後ろから何かの声が聞こえた。
「リドル!おい、どうしたのじゃ!」
リド…ル……?
「はっ!リドル!」
その言葉を理解した瞬間頭の靄が一気に晴れ、何とか正気に戻った。
私はすぐに倒れてしまったリドルの元に駆け寄る。
「リドル、大丈夫!?」
リドルの手はとんでもなく冷たく、体も冷え切っていた。
呼吸は浅く、目もほとんど開けられていない。
いや、いつも細めだけど今回はより一層ね。
「ごめんなさい、ミノルさん。僕、意外と寒さに弱いみたいです」
弱々しい声でリドルは謝罪をする。
そんなリドルに対して私は体を持ち上げて声をかける。
「ほら、しっかり立って!まだ諦めちゃだめよ」
「僕はもう無理です。足に力が入りません。僕の事は構わず、2人で行ってください」
「リドル……あんた……」
「ミノル、どうするのじゃ?」
私は無言でリドルをおんぶする。
まだリドルを背負う体力は残ってる。
「ミノルさん、何を」
「置いていけるわけ無いでしょ。私達は仲間なんだから。絶対見捨てない」
「でも……」
「そうじゃ!仲間なのじゃ!だからお主はつべこべ言わず黙ってミノルにおんぶされてろ」
余程元気が無いのかデビちゃんの言葉に静かに頷く。
リドルをおんぶしながら歩く事によって、私の体力は更に削られていく。
おんぶしてから1時間が経とうとしてたその時、私はついにその場に崩れ落ちた。
「ミノル!」
デビちゃんの声がする。
でももう一歩も動けない。
意識がどんどん遠のいて行く。
分かってるここで寝てしまったら確実に死ぬ。
でも、ごめんね。
もうデビちゃんの声も聞こえないの。
すると頭の中である人の事を思い出す。
ああ、そうか私やっぱり…………
―――――――――――――――――――
「ミノル!リドル!起きるのじゃ!寝ちゃ駄目なのじゃ!」
妾は必死でリドルとミノルを起こす為にほっぺを引っ張ったり、叩いたり、耳元で大声を出したりと色々やった。
だがそれらをやっても2人は全く反応を示さなかった。
死んでしまったのか?
そんな事は無いと思っても心の何処かでそう思ってしまう。
「そんなことないのじゃ。妾は諦めない!」
妾は2人の片足を持って引きずりながら前に進む。
あの時妾がわがままを言わずに普通の値段の服を買ってればミノル達はまだ歩けてたかもしれない。
妾がライトを持っていなかったら普通にテントに戻って、ちゃんとモンスターを討伐して、無事に終わってかも知れない。
そう思うと涙が止まらなかった。
「妾しか居ないのじゃ!妾がやらなきゃいけないのじゃ!迷惑掛けた分恩返しをする為にも、頑張るしかないのじゃ!」
自分を鼓舞する為にデビは大声を上げ諦めないと何度も言った。
だが足場の悪さと2人を引きずっていることもあり、次第に体力は無くなっていった。
引きずってから10分経ったところで引きずる力を失っていた。
手から二人の足がすり抜けて、その場で動けなくなる。
「はあ、はあ、はあ……寒い。これが雪なのか。寒いのう」
妾はリドルとミノル抱きしめる。
「すまん2人共………」
妾は2人を抱き締めながらゆっくりと目を閉じた。




