その十八 ありがとうを君に
「ふっふ〜ん。まさか俺達が負けるなんてな」
「すみません師匠。油断してしまいました」
「俺もまさかあの女が、急に木をぶっ倒すとは思わなかったぜ。完全に油断した」
ハムスとその弟子達はダリ熟練所の前で正座されていた。
筋肉が凄すぎて折りたたんだ足が太い。
「サクラお前そんな事して脱出したのか。まあ別に今更どうでもいいか」
「今までやられた分ストレスが溜まってたからね。でも、おかげでだいぶスッキリしたわ」
本当にスッキリしたみたいで、顔が妙につやつやしている気がする。
「これでこの道場はダリ師匠の物で良いって事で良いんだよな?」
「約束は約束だからな。道場は返すさ」
そう言って少し悲しそうな表情を浮かべる。
「これでおじいちゃんも喜んでくれる。おじいちゃんがくれた恩を少しでも返せたよね」
「早速看板を付けようぜ」
「それじゃあここに四つん這いになって」
そう言ってサクラは地面を指差す。
「お前それマジで言ってんの?」
「何?もしかして、女の子にそんな事をさせるの?別に良いけど、あんたがそんな奴だってのは分かってたし。私は地面に手を付いて、それからあんたに踏まれ――――」
「分かった!分かった!俺やるから!!」
「だったら最初から言いなさいよ」
こいつ〜!絶対こうなること分かって言いやがったな。
まあ流石に俺が上から踏むのはあれだよな。
「おい、ミノル。看板持っててくれ。サクラが上に乗ったら渡してくれよ」
「え?あ、うん……」
何だ?少しミノルが浮かない顔をしているような。
「ほら、かつ。早く四つん這いになりなさい」
「お前に言われるとむかつく」
だが正直俺しかいないので、渋々四つん這いになる。
「それじゃあ行くわよ。ほっ!」
「ぐっ!?おっも!」
「ちょ、あんた本当にデリカシー無いわね!」
「かつ〜!!」
「な、何だよ。俺なんか悪い事……痛!?痛いって!上で暴れんなよ!分かった、俺が悪かったって!」
サクラは急に黙ったまま俺の背中の上で足踏みをする。
「はい、サクラちゃん」
「ありがと、ミノル」
何かサクラとミノルが前より仲良くなってる気がするんだけど、気のせいか?
「よし、これで……出来た!おじいちゃんの道場が帰ってきた!」
「よし、良かったな。出来たんなら早く降りてくれ。背中が折れそうだ」
「あんたに言われなくても分かってるわよっ!」
「ぐえっ!?おま、ジャンプして降りるなよ!」
サクラは背中でジャンプして地面に着地する。
しかも、意外と強く飛びやがった。
「それじゃあ看板も元に戻った所で、俺達は行くとしよう」
そう言ってハムスとその弟子はゆっくりと立ち上がり、その場を後にしようとする。
「お前らなら何処でだってやれるよ」
「ふっ!そうか!筋肉に不可能は無いからな!」
俺とサクラはお別れムードが出ていたがミノルだけ浮かない顔をしていた。
「どうしたんだミノル?お腹でも痛いのか」
「違うわよ。……ねえ、サクラ」
「何、ミノル?どうかしたの?」
「この人達にも道場を貸してあげられないかしら?」
「え?」
「は?」
その言葉にサクラと俺は思わず声を出してしまう。
「ちょ、ミノル本気で言ってんの!?あの筋肉だるま達をおじいちゃんの道場に居さすなんて、絶対無理!」
「そうだぞミノル。これは道場感の戦いだ。負けたやつの道場に入るなんてこいつらも嫌だろ」
「でも………」
何故ミノルはここまで筋肉野郎の事を心配するのだろうか?
はっ!もしかして……
「ミノル、そういう事だったのか……」
「あ〜あミノルはそう言うのがいいのね。私はあんまりだけど、ミノルはそれが良いんだ」
「え!?ちょ、何か勘違いしてない!?私別に筋肉ムキムキな人好きじゃないかね!むしろ嫌いだから!」
「師匠。何かよく分からないけど、俺達振られたみたいだぜ」
「ふっふ〜ん!何を言ってるんだ。筋肉が俺達の恋人だろ?」
「なるほど。つまり俺達が彼女居ないのは既に筋肉が彼女になっているという事ですね。さすが師匠!」
それ彼女が居ないのを筋肉のせいにしてるだけなんじゃ。
まあわざわざ言わなくていいか。
「じゃあ何でそんなこと言うんだよ?」
「それは……」
するとミノルがチラチラとハムスの方を見る。
するとハムスが小さく頷く。
「お嬢ちゃん、もういいよ。俺達なら森で筋肉修業に勤しむさ。森の中でしか得られない事もあるしな」
「そうなの………分かった。まあ頑張ってね」
う〜ん、何が上手くはぐらかされた気がするが、まあいいか。
嫌いって言ってたし。
「それじゃあな、若き筋肉者たちよ!また何処かで会おう!」
「もう2度と来なくていいわよ」
「じゃあな、筋肉野郎」
そう言ってハムス達は森の中に消えて行った。
「よし!それじゃあ早速、ダリ師匠の所に行って報告しようぜ」
「そうね。ダリ師匠を驚かせたいしね」
俺とミノルが前に歩いているのにサクラは立ち止まっていた。
「どうしたサクラ?」
「早く行きましょう」
サクラはしばらくは黙ったまま立ち止まっていた。
そして、ついに口を開いた。
「ね、ねぇ2人共……」
「「?」」
「き、今日は……あ、ありがとう」
サクラの思いもよらぬ言葉に俺達は少しキョトンとしてしまった。
「ぷっ!ははははは!!!」
「ちょ、何笑ってんのよ!笑うな!」
「いや、まさかサクラがお礼を言うなんてな。思わず笑っちまったよ」
「サクラちゃん。ツンデレだからね〜。顔赤くなってか〜わいい!」
「う、うるさい!黙れ!!」
サクラは恥ずかしさを隠すように怒鳴る。
「ま、当たり前の事をしただけだよ」
「そうよ。私達もう友達なんだから。これくらい当たり前よ」
「っ!?と、友達……ふへへ」
「おい、また顔がニヤけてるぞ」
「うるさい!見るなー!!」
「ぐべっ!?」
そう言って、俺の顔を思いっきり殴る。
何でこんな目に合わなきゃいけないんだ。
「だから私達にも何かあったらよろしくね。サクラちゃん」
「っ!ふっ任せなさい!このサクラがミノルの悩みを何でも聞いてあげるわ!!」
初めて言われた事なのか嬉しそうに答える。
「お、俺の悩みは?」
「悩みがあるなら相談所にでも行けば?」
「ひ、ひどい!」
ミノルとサクラは俺を置いて、そのまま行ってしまった。




